走るのは、好きだ。走るとしんどいから嫌いって言う子が多いけどあたしは好き。乱れて苦しくなる呼吸も、どんどん足が重くなっていくのも、じんわりと滲み出る汗も、上がる体温も、全部全部好き。大好きなことだったから誰よりも1番になりたくて、だからあたしは努力した。毎日毎日、早朝に起きて町内を走りこみ夜は1時間2時間は色々なところを回って走る。走ることは大好きだ、体力だってスピードだってついた。運動神経抜群の風子ちゃんにだって、走ることなら負けない自信があった。


さん」

「へ?」


今の時刻は22時34分。地元からは結構離れた所まで来ているのでここらの地域の人は自身のことは知らないはず。故には驚いてその場で立ち止まった。今までずっと走っていたために、こうして一度立ち止まってしまうとどっと疲れが襲ってくる。薄暗く視界が悪いため立ち止まって声の聞こえた方に目を凝らすもそこは人影しか見えない。じっくりと目を凝らしていれば直に見覚えのある姿を晒した。


「あ、あの時学校にいた人…」

「覚えててくれたのね、嬉しいわ…。今日は貴方にプレゼントがあってきたのよ」

「プレゼント?」

「そう、とってもとっても大事なプレゼント」


怪しげに微笑み女性の姿には少々びびりながらも言葉を返す。いざとなれば全力疾走し逃げ出すつもりは満々。腰を低くして走る準備を構えていれば女性がに差し出したものは大きな紙製の箱だった。


「気に入って貰えると思うわ」

「うん…?」


箱を受け取り、恐る恐る蓋を開けて中を覗く。もしも中に烏やら鳩類の死骸でも入っていたらどうしよう。そんな嫌がらせなものでも入っているのではとの心の中はドキドキだった。の中でのこの女性のイメージとはそれ程怪しげで物騒そうなものなのだ。しかしはこの中身と言えばそんな酷いものではなく、逆に立派なものが入っていた。


「靴?」

「ええ、でもただの靴じゃない。名前は韋駄天。それに履き替えて走ってみたらどう?」


見た感じはただのブーツ。は女性の言葉に不思議そうに首を傾げるも近くのベンチに腰を下ろして履き慣らした運動靴を脱いで貰ったばかりの韋駄天という靴に履き変える。妙にしっくりとくる感触、フィット感、とても足が軽く感じられた。


「(ていうか何であたしの足のサイズ知ってんだろ…)」

「さあ、走ってみて」

「あ、はい」


女性の言葉には頷きながら返事をすると、ぐっと足に力を込めて駆け出す。一瞬にして変わってしまった景色に思わず目を見開いて声を上げてしまった。


「うわあっ!!」


急ブレーキをかけると勢いがあり過ぎたのか前のめりになって頭から前転でもするかのようにこけそうになる。丁度目の前に電信柱があり、そこに両手をついてゆっくりと息を吐いた。もしもちゃんと止まれなかった場合、この無駄に硬い塊と正面衝突していたことになる。嫌でも血の気が引いて嫌な汗が流れたことがわかった。


「すご…何じゃこりゃ…、」

「”韋駄天”足に装着する事によって高速で移動できるようになり、それに耐える筋力を与えるもの。まだまだ使いこなすには時間がかかるみたいだけれど…気に入って頂けたかしら?」

「えっと…気に入らないことはないんだけど…なんかこんな凄いものあたしみたいなのが貰っちゃっていいの…?」


こんな物が作り出せる程、わが国…って言うか全国の科学技術は進歩していたのだろうか…!そんな心配を取り合えず脳の隅っこの方に押しやり、は頭の中でこの靴の販売金額を予想する。結果予測不能な、とんでもない数値になり本当に貰っていいものなのかと心配になった。後で金を払えなんてことを言われても払える気が全くしないからである。まるでの心が筒抜けな様に(というか顔に全部出ていたのだが)女性はくすりと笑って「ええ」と一言頷く。


「本当に本当にほんとーーーにタダ?貰っていいの?」

「ええ、むしろ返品は不可よ」

「なら、安心した!ありがとう。あたしって言うんだけど貴方は?」

「私は影法師。また近い内に会うことになるわ」

「へ?」


影法師はそう微笑むと影の中へと消えていく。超非現実なその光景に思わず夢でも見ているのかと目を擦ってみるが相変わらず足には貰った韋駄天があり、近くのベンチには白い箱と元々履いていた運動靴もある。そしてはもう一つ、不思議な点に気付いた。


「そういえば初めにあの人あたしの名前…っても苗字だけど…、呼んでたよね。なんであたしの名前知ってんだろ」


ストーカー?いやいや、ないないないない。生まれてこのかた16年。そんな恐ろしいものの被害に遭ったことない。欠片もない。最終的には何も考えない、所謂現実逃避を決め込むとは箱の中に運動靴を入れて両手で抱え、今だ慣れない韋駄天で帰路を走る。度々そのスピードにびびり止まりながら。自宅につくのはそれから30分後のこと。





















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