「すっげーーっ 水鏡ィ!!」


きゃあきゃあと声を上げながら水鏡の周辺で騒ぐ烈火と風子。風子に限っては水鏡に飛びついている。気まずい雰囲気の中でもは水鏡への想いは変わっていないので風子の行動にピキッと音を立てて青筋を浮かべた。の只ならぬ殺気に土門は顔を青くする。しかし、次の試合が自分の番だと思い出せば何処かへと走っていってしまった。にこにこと、笑みを浮かべる。すると自分に突き刺さる視線に気付いたのか風子は何気なくの方を振り返った。そして「ぎゃあ!」とでも言い出しそうな引き攣った表情を浮かべるなり弾けるように水鏡から離れて距離をとる。風子のいきなりの行動に不思議そうに首を傾げる烈火は風子の視線の先を追う。とにかく笑顔で殺気を放つに烈火は勢いよく顔を逸らした。見てはいけないものを見てしまった気分である。はくるりと踵を返すとつかつかと歩いていく。その様子に陽炎はに声を掛けようとするのだが陽炎は手を伸ばしたところでやめた。はそのまま闘技場を後にする。烈火が陽炎に向って声を上げた。


「何で止めなかったんだよ!?あんな怒ってたし、もし副将戦に間に合わなかったら…」

「逃げ出したんじゃないのか。己の命欲しさに逃げ出したんだろう」


烈火の言葉を否定するように水鏡が柳の治療を足に受けながら静かにそう言った。その発言に風子が今にも殴りかかりそうな勢いで振り返るが陽炎が「大丈夫よ」とはっきりとした声色で言えば皆が動きを止めて陽炎を見る。陽炎は自信たっぷりに、言葉を繋ぐ。


「怒って出て行ったんじゃないわ。気合を入れるためみたい。それに…皆が思う程、彼女は弱くない、強いわよ」



















その頃は殺陣ドームを出、外の空気を肺いっぱいに吸い込んでいた。軽く柔軟体操をしながら先程モニターに表示された表を思い出す。


「石島君の次に風子ちゃん、そんであたしか―――…」


戦うのは怖い、喧嘩と全然違うことが先程の試合でよく分かった。しかし逃げていても現実は変わらない。土門と風子の試合が終われは戦わなくてはいけないのだ。もちろん棄権という手もあるのだが、柳が景品となっているのに今更怖いなんて理由で棄権なんて出来ない。覚悟を、決める必要があったのだ。戦う覚悟を。


「よっし!」


ぺちんと両頬を叩けばその場で数度ジャンプする。空は快晴、体調も万全。文句なしの状態だ。


「一っ走り行きますか」


ジャンプをし、地面に着地、刹那強く地を蹴って走り出せば既にそこにの姿はなかった。



















「あ!帰ってきた!」


柳の明るい声に皆が反応して振り返る。そこには少しだけ息の上がったがいた。どうやら帰ってきたらしく風子がに飛びついた。


「もー!アンタあともうちょっと遅かったら危なかったんだからね!!」

「ぐえっ!てか風子ちゃんなんか服装変わってない…?」


飛びついた勢いが強すぎては一瞬首が絞まった。後方にこけそうになるも何とか持ち直して改めて風子の格好を見る。空と書かれた上着に巻かれた包帯。怪我をしているようだが大事には至らなさそうだ。は顔を上げてモニターを見る。土門が引き分け、風子は勝利した様子。火影が二勝一分、副将戦にリーチがかかった。どくん、と緊張から心臓が大きく波打つ。それを押さえるようには強く拳を握ると風子から離れずかずかと歩いていくと水鏡の前で立ち止まった。の行動に水鏡以外の一同が目をぱちくりとさせる。水鏡は無表情でを見下ろし、は緊張しているのかほんのり頬を赤くさせながら震える手を押さえて口を開いた。


「水鏡先輩!あたし、絶対負けません!!」

「は?」


の宣言にまず声を上げたのは風子だった。一同はの告白でも期待していたのだろうか、期待はずれと言うかなんとも残念そうな顔をしている。は返事を待っているのだろうか何とも恥ずかしそうな表情だ。水鏡は暫く口を噤んだままだったがぽんぽん、との頭を軽く叩くと歩き出しすれ違い様に言う。


「自分で宣言したことだ。破るなよ」

「はいっ!!」


は勢いよく振り返り背を見せ歩く水鏡に満面の笑みと大きな声で答えた。顔はまだほんのり赤い、まさか頭を叩かれるなんて思いもしなかった出来事。頬の熱は暫く引きそうになさそうである。高鳴る胸を落ちつかせる様に、深く息を吸って吐き出し深呼吸。階段を上がってリングに立てば緊張で心拍数が上がる。落ち着きを取り戻すためには再び深呼吸をした。


「絶対…勝つ!」

「”空”最澄!!”火影”!!副将戦始め!!」


辰子の試合開始の合図に観客の声が大人しくなる。は対戦相手である最澄を見た、着ていた上着をなく晒されている肌には風子の着ていた上着を思い出した。


「あの、風子ちゃんに上着…ありがとうございます」

「いえ、こちらに非がありましたから。…そういえば貴方はいらっしゃらなかったですね」

「?えーっと…」

「その前に―――」


笑みを零した最澄にどうしたもんかとが言葉を濁すと最澄が手甲から紙を取り出すと一瞬にして鶴を折り何かを呟く。するとその手にあった折鶴はふわりと浮いて宙を羽ばたく。ぽかーん、と口を開けて折鶴を凝視するに最澄はにっこりと笑って言う。


「これが僕の力です」


最澄の手には紙と書かれた宝玉。がぼーっとそれを眺めているとリングの外にいる陽炎が声を上げた。その声に驚きながらは陽炎の方を向く。


「あれは火影の魔導具”式紙”!!式紙は…術者の気を注入する事によって紙に命をふきこむ!なるほど…”空”の中で一人だけ格闘者らしくないとは思ってたけど、導具使いだったのね…」


陽炎の解説に大人しくしていた観客達が一斉に湧く。その中で聞こえる殺せ殺せというコールにの体は震え出す。火影陣はその様子を心配そうに見ていた。しかし水鏡だけはを見定めるような目で見ている。すると会場にぱちん、と乾いた音が鳴り響いた。が自身の両頬を力いっぱい叩いたのだ。少しだけ騒がしいのが大人しくなる会場。


「(怖い怖い怖い…でも、水鏡先輩に言ったんだ…。絶対勝つ!!)」


はもう一度深く深呼吸をした。分け目のない前髪、胸より下まである濃い灰色の髪は毛先がうねっていて右耳の後ろで一つに結う。二重の大きな瞳は漆黒、長い睫毛、白い肌、華奢な体。フリーサイズの大きな白のシャツに薄い色をしたメンズものだろうか、大き目の長ズボンのサロペット。肩幅より少し大きく足を開いて腰を低くすれば、最澄も腰を低くして構えをとる。まだ早い己の心拍数のリズムを聞きながらは最澄にはっきりとした声色で言った。


「お願いします」


の凛とした声が会場に響いた刹那、リング上からの姿が消えた。


「!!」

「んなぁ!?」


最澄は目を見開き周囲を見渡すがの姿はない。驚きを隠せず素直に声を上げたのは烈火だった。消えたの姿に観客達も何所だ何所だと騒ぐ。「ちょっとタンマ!」と騒ぎを制止されるように風子が挙手して陽炎に向って言う。


の魔導具って早く走れるやつじゃなかったの!?」

「ええ、彼女に渡した魔導具は”韋駄天”霧沢さんの言う通り足に装着する事によって高速で移動が可能で、それに耐える筋力を与えるもの。知っていたかしら?彼女、魔導具なしても結構足速いのよ」

「それがどう消えることに繋がるんだ?」

「走ることが好きみたいね。早朝と夜遅くまで毎日韋駄天で走りこんでいたわ。恐らくこの中で一番魔導具の能力を自分のものにしている…彼女にあの魔導具を渡したのは間違いではなかった」


陽炎がふっと笑みを零す。そしてはっきりと断言した。


「言ったでしょう、彼女は強いって」





















inserted by FC2 system