が姿を現したのは最澄の背後。最澄がすぐに振り返り対処しようとするも遅く、は最澄の頭に回し蹴りを決めた。どんなに運動慣れはしていても喧嘩慣れしていないの拳や蹴りは軽い。しかし、そこにスピードというものを殺さずに加われば軽い蹴りも脅威的な力となる。例えるならば軽く投げた石よりも思いっきり投げた石のほうが断然痛い、そんな感じだ。の蹴りを見事に受け吹っ飛ぶ最澄だが、すぐに体勢を立て直す。


「式紙を使え!!」

「はいっ!」


空海が最澄にそう指示すれば最澄の手甲から勢いよく飛び出してくる紙の包帯。


「気ぃつけろ!!何かやるぞ!!」

「いきますさん!!!紙演舞!!」


風子の忠告が飛び、最澄が放った紙の包帯は螺旋を描いて凄まじいスピードで迫ってくる。それをぎりぎりの所で避けるのだが紙の包帯は即方向転換しに襲い掛かる。はぎょっとしつつ、先程のように姿を消すまでにはいかないがリング上を駆け抜ける。紙の包帯はだけを標的に襲い掛かる。しかし紙の包帯は中々を捕まえられず軽々とは紙の包帯を避けている。まだまだ余裕そうなにリングに向って再度空海が叫ぶ。


「遠慮は要らぬ!お前の全てを見せつけてやれ!!」

「はいっ、師範代!!」


最澄は紙の包帯を纏めてに飛ばすとその隙に新たな紙を出して句を読む。紙はその形状を細い切先が鋭利な刃物に姿を変えた。


「芙蓉!!」


紙の包帯を避けたは次なる武器を持ち向かってくる最澄に視線を向ける。最澄は紙の剣を両手でしっかりと握ってに優しく微笑んだ。


「正直嬉しいです。あなたのような強者と戦えることが…」


最澄の刃が素早く上、斜め、右、左とを襲う。しかし全て見切っているのか何の苦もなくは回避する。姿が消えてしまう程のスピードで走る。そのスピードの中で周囲を見て判断するのだ、自然と動体視力が上がるものである。そして足元を狙われ上に両足でジャンプして避けるとそのまま刃を持つ最澄の手を蹴り刃を飛ばした。息が上がり始めた最澄、後方に飛んで距離をとるに最澄は再び句を読んで小さく折ったものを飛ばした。


「文屋、黒主、業平、小町、遍照、喜撰!六歌仙!!」


飛び道具を予測していなかったは反応が送れ避けるも頬を切り、右太腿と右肩は直撃する。其の他至る所に擦り傷を負うという割と軽傷な方だが痛みに慣れていないには十分過ぎる程の怪我だった。


「痛っ!」

「痛みには不慣れですか。勝たせていただきます!」


先程が弾いた紙の剣を握りなおし、体勢を崩したの足に切りかかる。咄嗟には体を反らしたがその剣は深く右太腿を切り裂いた。


「あぐっ…!!」

ちゃん!!」

!!」

っ!!」


足を押さえて痛みに小さく悲鳴を上げ、リングの上に倒れるに柳、土門、風子が声を上げる。骨折すらしたことのない。今まで感じたこともないような痛みにじんわりと涙が浮かぶ。その薄っすら霞む視界の中で火影陣を見た。リングに向って涙を薄っすら浮かべている柳、心配の色を隠せないでいる土門は何か叫んでおり風子はリングを握った拳で叩きながら冷や汗を浮かべて叫んでいた。


「もういいから棄権しろ!!」


烈火の叫びがやけによく聞こえた。心配そうにこちらを見る烈火に同意するように風子や土門もに大声で言う。その向こうで水鏡は顔色を一切変えずにを見ていた。


「(痛い痛い痛い、もう戦いたくない)」


じんわりとデニム生地に滲み、リングの上で血溜まりが出来る。先程の剣の一撃でデニムは避け、左の方だけショートパンツの長さに切れていた。とはいっても外側だけで内側の方はまだ繋がっているのでかなり不細工な長ズボン状態である。烈火、風子、土門が必死にに向って叫ぶ。柳に関してはぼろぼろと涙を流していた。ふと、の視線が水鏡に向き、二人の視線が交じり合う。


「(駄目だ、あたし水鏡先輩に言ったんだから…!)」


消えかかっていた闘志の色が瞳に戻ったことに水鏡は気付いたのだろう、その口元で弧を描けばはがくがくと震え痛みに悲鳴をあげる足を無理矢理立たせる。


「止めろ!さっさとリングを降りな!!」

「そうだ!次の俺に任せて棄権しろ!!」

!!」

「五月蝿い!!」


風子、烈火、土門の声を黙らすようには大声を上げた。しん、と静まり返る闘技場。はふらりと体を傾けるがすぐに足にふんばりを聞かせて立つ。そして大きく息を吸うと一瞬息を止めて


「絶対勝つって決めたの!言ったの!だから棄権なんかしないし勝つったら勝つ!誰も邪魔すんなぁああ!!」


驚くほどに大きな声に言葉を失う一同。妙に切れて不恰好になってしまった左足のズボンのデニムに手をかければは勢いよく残りの部分を裂く。こうして左足だけショートパンツの丈になり晒されたの足は細く、そして足元には今まで隠されていた韋駄天、魔導具の姿。靴に埋め込まれた”韋”と刻まれた宝玉がライトの光りに当たって光る。


「最澄くん…待たせてごめんね」

「いえ…、!く…」

「?」


微笑を浮かべて答えた最澄だが、いきなり胸を押さえてその場に片膝を着く。その様子に首を傾げれば空陣の方から声が上がった。


「終わらせろ最澄!こいつを使ってな!」


息が洗い、最澄は何とか立ち上がると空海に投げ渡された千羽鶴を受け取る。すぐに何をする気なのか理解したは深く深呼吸をした。


「逃げて…ちゃん…!」

「…だめだ、もう遅い」


全ての鶴に気を注入し、ふわふわと浮く千羽の折鶴。涙を流し言う柳に水鏡は残酷な現実をつきつける。は口角を吊り上げて、言った。


「柳ちゃん!大丈夫だよ」

ちゃん…」

「あたし、まだ走れるもん」


肩越しに後ろ振り返ってにかっと笑う。柳は口元を両手で押さえて更に涙をぼろぼろと流す。


「両足ついてる限り、あたしは走り続けるから」


「いきます!!千鶴!!!」


最澄が両手をの方へと突き出せば鶴もに向って一斉に飛んでいく。は視線を柳から前へと向ければ刹那、走り出した。両足に怪我を負っているのにも関わらず出せるスピード全力で。目に映らぬ速さ、再びリング上から姿を消した。標的を見失い一瞬動きを止めた千羽の折鶴。次にが姿を現したのは最澄の懐で、は渾身の一撃を最澄の腹に決めると式紙の宝形がふわりと宙を舞う。最澄の体が傾き、はすかさず式紙の宝玉をかかと落としすれば地面に叩きつけられ粉々に砕け散る。魔導具を破壊され力を失った折鶴達は元の折鶴に戻りぼとぼとと地面に落ちた。


「くやしいな…もう限界みたいだ…僕の…負けです…」


腹を押さえながら何とか立っていた最澄だが、言葉通り限界らしく前のめりになる。咄嗟にが支えるも自身に掛かった最澄の重みに耐え切れなかったのか両足の怪我から電撃でも受けたような衝撃が走る。がくんと膝が曲がりは尻から座り込んで、その上に最澄が重なった。


「勝者―――!!」

「勝った…?」


轟く観客達の声。勝利した事実に驚きながらもそこに座ったままでいると空陣から大将の空海がやってきた。顔を上げて空海を見るとまるで父親のような見ていて落ち着く笑みを浮かべていた。


「すまんな…こいつは心臓に病があってね…15分以上闘えんのだ。これで”空”は敗北だ…火影の健闘を祈る」


最澄を抱き上げリングを降りていく空海の姿を呆然と眺める。するとリングに烈火が上がってき、そこらに転がっていたリングの破片を1つ空海に向って投げつけた。鈍い音をたててそれは空海の後頭部に激突し、リングの上に落ちる。空海の後頭部に傷は一つも見当たらない。相当頑丈な肉体らしい。


「それで納得できんのかオッサン?俺はできねーなぁ!!あんたが残ってんぜ!!」


烈火の言葉に土門と風子が両手を挙げて驚きを表現する。もその場で目を見開いて烈火を見上げていた。風子と土門、審判の辰子の反論に耳も貸さず烈火は大声を上げて断言する。


「ゴチャゴチャうるっせえーーっ!!強かったといえ最澄にゃ心臓にハンデがあったんだぞ!!こんな勝ち方認められっかーーーっ!!!上がって来いオッサン!空と火影の決着だ!!これで終わっちゃ最澄が救われねえ!!」


烈火の言葉に上着を脱いで振り返る空海。ざわざわと騒ぐ観客達、辰子もどうすべきか困惑していた時主催者である森光蘭の許しが下りて特別試合が開始されることとなった。リング上にはすでに烈火と空海の姿がある。しかし、の姿もあった。


「ほれ、さっさとリングから降りて安静にしとけい!」

「いや、あのー…」


にっと笑ってに言う烈火に対し、は気まずそうに空笑いする。足がもう思うとおりに動いてくれないのだ。故にリングを降りたいのや山々だが降りれない状況にある。それに気付いたのか烈火は頭上にぴこーんと豆電球を浮かべるとにや、と笑みを浮かべて火影陣を見て声を上げる。


「水鏡ィー!動けねぇみたいだから助けてやってくれー!」

「何で僕が」

「いいだろ!ほら、早く!」

「んなァ!?」


びくんっと反応しは赤面する。によによと笑みを浮かべて烈火はの耳元でこっそりと耳打ちする。火影陣では渋る水鏡を妙に笑顔な土門と風子が説得にかかっていた。


「いいじゃねえか!好きなんだろー?水鏡のことが」

「〜〜〜っ!」


は耳まで真っ赤にすると照れ隠しに烈火の腹をグーで殴る。すると背後で聞こえた足音には顔を上げると更に顔を赤くする。水鏡がそこに立っていたのだ。


「烈火、一応僕も足を気がしているんだが」

「姫に治して貰ったんだろ!」

「……、立てるか?」

「へっ、あ…ごめんなさい」


烈火に文句を垂らすが事実を述べられ水鏡は押し黙るとの前に片膝をついて問いかける。間近でみる水鏡に沸騰寸前のは視線を下に落として小さくそう言えば水鏡は溜息を一つ。そして体の浮いた感覚にが目を点にすれば、己の今の状況に声にならない悲鳴を上げた。


「(水鏡先輩にお、おおおおおお姫様だっこされてる!!)」

「…五月蝿い」

「すみません!」


水鏡に抱えられ余計に早くなる心拍数。これだけ密着しているのだ、速い鼓動が気付かれていそうで恥ずかしさが余計に増す。リングを降り、火影の陣地に戻ってくると水鏡はゆっくりとその場にを下ろす。直ぐに風子や土門、柳、陽炎が駆け寄ってきた。


「すぐに治してあげるからね!」

!あんた凄いじゃん!最初と最後のやつ、全然見えなかったよ!!」

「よく勝ったな、にしちゃよくやった!!」


柳がまずの両足の怪我の治療に入り、風子はの後ろから抱き着いて土門が横からの頭をわしゃわしゃと撫でる。足の痛みが引いたと思い視線を足へ落とせば既に完治しつつある傷に改めて柳の治癒能力の凄さを感じる。ふいに視線を感じ見上げればほんのりと笑みを浮かべた水鏡の姿があった。


「み、水鏡先輩…っ」

「君にしては上出来だ」

「っ…!!あの、あたしって言います!!よかったら…その…、って呼んでください!!」


頬を染め、見上げるに水鏡は驚いたように目を丸くするもすぐにいつもの表情に戻して一言。


「わかった」

「(や、やったぁあーー!!)」


柳の治療を受けながらは小さくガッツポーズをする。風子がの耳元で「よかったな!」と言えば満面の笑顔を返した。こうしてが周囲に花を散らしている間に烈火VS空海の試合はどんどん進んでいき、が平常心を取り戻した頃、丁度辰子が火影の勝利を宣言していた。





















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