「小金井ィイイ!!!」


リングの中心部に生えた大きな葉のない木。烈火はその木に向って叫んだ。いくつもの枝に絡め取られ、取り込まれた小金井は顔と鋼金暗器だけを外に晒して捕らえられていた。もちろん小金井も戦闘でそのようになったわけではない、麗(幻)の次峰であり小金井の元パートナーの木蓮にまんまと騙されたのである。木蓮自身も幻獣朗が心霊医術を施した魔導具と人間の合成獣だという。身動きの取れない小金井はその身体を締め付けられる力にどんどん息が荒くなっていく。


「油断した…兄ちゃんたち、後は頼むよ!俺の負けだい…」

「戦闘不能と認めます!!勝者木蓮!!」

「てめえの勝ちだ木蓮!!小金井を解放しやがれ!!」


子美がそう宣言し、烈火が木蓮に向って怒鳴る。気味が悪いぐらいに静かな闘技場、皆の視線は声を上げた烈火と、人面樹と化した木蓮に向けられている。


『イヤ…だね!』


木蓮はそう断言するとみるみる内に木の中へ取り込まれていく小金井。はリングに駆け寄って上半身を乗り出してその光景を目を見開いて見る。それはまるで、信じられないとでも言うような。


「うそっ!何で!?薫くんの負けでいいじゃん!何で!?放してよ!!」


が木蓮に訴えかけるも小金井を取り込むスピードは衰えることなくついに小金井の身体は完全に木の中に取り込まれて見えなくなってしまった。まさに唖然、もうには吐き出す言葉がなかった。


『このまま、こいつの血も肉も骨も俺様の養分として吸い取ってやるぜ!!くやしいか?くやしいか!?ぎゃははははははは!!』


柳は涙を流し、ショックが大きかったのだろうそのまま気絶してしまった。慌てて近くにいた土門が柳を受け止める。がリングについていた手をぐっと力一杯握った。


『そっちの次峰はお前だったな、花菱烈火!?会いたかったぜてめえには…早よ来いよ!!』

「上等だよクソ野郎!!」


烈火が木蓮にそう声を上げて返しリングへ上がろうと階段を上った時だった。素早く何かが斬られる音と、腹部へと軽い衝撃。水鏡が階段を閻水で切り落とし、烈火の腹部をが軽く蹴飛ばしたのだ。後方に吹っ飛んだ烈火は起き上がるなり水鏡との方を見て声を荒げた。


「なっ!なにしやがるてめえらああ!!!」


烈火の声が聞こえていないはずがないのだが水鏡もも何も言わない、真っ直ぐただ木蓮を見ていた。木蓮もいきなり邪魔に入ってきた水鏡とを見ている。暫しの沈黙、先に破ったのは木蓮だった。


『…なんだてめえらは?』

「僕は自分の名に誇りを持っている。貴様の様な下郎に教える名などない」

「ただの女子高生です(…本当は先輩みたいに格好いいこと言ってみたいんだけど…!)」

「おい、幻獣朗と言ったな?次峰は烈火だが、個人的に僕が出たい。勝ち抜きルールを認めたという事で、こっちの要求も飲んでほしいのだが…」

「それからあたしも出たいんだけど、この試合2対2にしませんか」


がそうはっきりと幻獣朗に向って言えば烈火や土門は驚いた様子でを凝視した。は自ら望んで戦闘には望まない、寧ろ戦闘を避けたいと思っている事は実は火影陣には筒抜けでバレているのである。故に自ら戦闘に出ると言い張ったが意外過ぎたのだ。いつの間にかの隣に立つ水鏡がに視線を落とす、それはを試しているかのような目だ。一瞬怯んで目を逸らしそうになるが、視界にあの大きな木を捉えれば真っ直ぐと決意を固めて水鏡を見ることが出来た。


「水鏡先輩…、」

「…そういうことだ、幻獣朗。僕と、そっちも2人で次の試合どうだ?」

「(み、水鏡先輩が始めてあたしのことって呼んでくれた…!!)」

「ほっほ…よかろう…それもまた運命じゃろうて…」


意外とあっさりと幻獣朗の了承がおり、はそっと安堵の息を吐いた。刹那、後方から聞こえてくる騒がしい声に振り返れば土門に羽交い絞めにされた烈火の姿がある。まるでサルのように鳴く姿には苦笑いを浮かべた。


「木蓮は僕がやる。は烏って奴だ、いいな」

「は、はいっ!」


どきどきと波打つ心臓を抑えるように1度大きな深呼吸を。ゆっくりと息を吐き出せば水鏡と並んでリングへと上がり、大きな人面樹とその隣に立つマントの人物に視線を向けた。


「(駄目だ駄目だ!水鏡先輩格好いいしドキドキ止まんないけど!でも今は戦いに集中!薫くんを助けるんだ)」

「両チームの同意により、火影次峰は変更!!次峰水鏡凍季也!!中峰!!麗(幻)中峰烏!!木蓮、烏VS水鏡、ーー!!始め!!」

「行くぞ」

「はい!」


子美の開始の合図と同時に木蓮はリングの上に這っていたいくつもの根っこを操作し、鋭利な切先をこちらに向けて襲い掛かってきた。その枝を水鏡は片っ端から切り捨てていき、は自慢の足で全て避けていた。


「さぁ、俺達も始めようか」

「!」


背後に聞こえた声には即座に反応して地面を蹴って横へと飛ぶ。そこにはマントを脱ぎ捨てた細身の気味の悪い男が立っていた。


「俺の名は烏。よろしくぅ」

「…よろしくお願いします」

「ねぇ、キミその足が自慢なんだってね」

「………。」

「俺とキミ、どっちの方が速いのかなァ?」

「っ!!」


刹那その場から姿を消す烏。しかし消えたわけではなく、実際にはその動きが見えていた。即座に転がるように右に避ければ間一髪、ギリギリだろう。が立っていた場所は深くリングが抉られていた。すぐに体勢を立て直し腰を低くして直ぐにでも走れる体勢を整えるはその見覚えのある魔導具にぽつりと呟いた。


「飛斬羽…」

「この魔導具知ってたのかァ?便利だぜ、これを使うと自由に飛べるんだ。知ってると思うがァ、腕の下の部分に羽みてぇなエネルギー体が発生する。これで相手を切り裂くことができるんだぜェ」

「知ってます、よ!」


ぐっと足に力を込めて出せる限界のスピードで駆け出す、いわば消えた。続いて烏も飛斬羽を使い宙へと飛べば猛スピードで飛行、そこから同様姿を消した。リング上から消えた二人に勿論驚きを隠せないで騒ぎ出す観客達。そんな観客達の見えないそのスピードの中でと烏は戦いを始めていた。


「思ってたより速ぇなァ」

「そっちこそ!」


飛斬羽の生み出した羽のエネルギー体の攻撃をギリギリのところで交わし、カウンターで回し蹴りを仕掛けるのだが烏もそれを後方に飛んで何とか交わす。が間合いを詰めればまたその羽の攻撃が襲い掛かってき、上へ飛んで避ければ上空から一直線に烏に向って蹴り下ろす。しかしそれも避けられ、どちらとも攻撃を受けず当てられずをこの高速の中で何度も繰り返していた。


「!!」

「っと、てめぇ木蓮!危ねぇだろうがァ」


烏と、お互いに間合いを詰めるために同時に駆け出した刹那、木蓮の木の枝の切れ端が飛んでくる。それは水鏡の閻水によって切り落とされたものでは横へと飛んで回避し、烏は宙に飛んで避けていた。烏が木蓮の方へと視線を向けて呟く。すると観客の方から大音量で罵声が飛んできた。


「何やってんだ、全部斬られてんじゃねェか!!早よその男女を串刺しにしちまえ!!」


心底どこまで火影は不人気なのだろう、そう思う。観客の中に火影を応戦する人はいない、全員が木蓮の応援をし、火影の敗北を叫んでいた。勿論それは空との試合時からの事なので今更何とも思いはしないのだが。木蓮の切り落とされた枝が飛んでくるのを避けながら集中する先には烏。大きく振りかぶり、振り下ろされた烏の羽の攻撃をリング上を強く蹴って宙へとジャンプして避ける。


『キサマらに言われんでも…』

「!?」


木蓮がニヤっと気味が悪い笑みを浮かべれば水鏡に切り落とされた枝の先から新たな枝が一瞬で再生する。驚きを隠せない水鏡、木蓮の枝が水鏡の胸部へと襲い掛かった。胸部を押さえ痛みに耐え歯を食いしばる水鏡の姿にを目を見開き叫ぶ。


「水鏡先輩!!」

「余所見はだめーよォ」

「!!」


背後に気配、耳元で人の声。がそれを感じ取った刹那背中に強烈な衝撃を感じた。痛みはあるものの、斬られたような痛みではない限り足で思いっきり蹴飛ばされた様子。蹴飛ばされた勢いは殺せず宙から強くリングに叩きつけられた、受身はその中で何とかとったので怪我はしなかったが。


『なめんなよヒヒヒ!!植物の生命力を甘くみるなっ!踏まれても生え続ける雑草と同じ。切られた所から新たな根が出る再生能力を!!これじゃ、近付く事もできねーな色男!!このままじゃ小金井、ミイラになっちゃうよ!ひゃはははは!!』

「痛っ…(蹴りでよかった…、羽で斬られてたら死んでたかもだけし…。てか木蓮の言ってることの一部…自然の凄さに感動した、とか言ったら皆に怒られるかな…)」

「こんくらいの蹴りで痛いってかァ?相当弱いねキミ。そんなんじゃ小金井って子助け出す所かキミも一緒に養分にされちゃうんじゃなァい?…嗚呼、養分にもならないかもしれないけどねェエ!」

「………。」


高らかに笑う烏。は無言になりゆっくりと立ち上がればキツク烏を睨みつけた。蹴られた背中も、受身をとったと言えど体中みしみしと悲鳴を上げている。それでも立ち上がって烏と戦わなければいけないのだ、小金井を助け出すために。柳を守るために、水鏡の負担にならぬように戦わなければいけない。負けることも弱音を吐くことも許されない戦いの中に己はいるのだ。リング上に叩きつけられた衝撃で、付いた汚れを軽く叩いて落とす。丁度すぐ近く、隣に立っていた水鏡はとても冷たい目で木蓮を見ていた。


「…いちいち癇にさわるブタだ。殺す」

「今の内に存分に空飛んどけっつの!すぐに地面に叩き落す!」


水鏡は閻水を構え、は烏に人差し指を指して大声でそう宣言する。そしてふと、は急に気温が下がったような気がした。水鏡の隣にいたからだろうか、だからは誰よりも閻水の変化に早く気付いたのだ。水で固められていた閻水の刃が氷に変化している、その影響で少し肌寒さを感じたのだろうと己を納得させた。


『いちいち気に入らねえガキだな、てめえは!!この木蓮様を怒らせた罪は重いぜぇ…!!』

「まだいけるな」

「勿論です!」

「ならいい」

「(水鏡先輩やっぱり格好いい…!!)」

『死ねぇ!!』

「行け」

「はい!」


いくつもの木蓮の鋭い木の枝が水鏡へと襲い掛かる。その枝をしっかりと見据えて水鏡はにそう言えば、その場から一瞬にして離れ烏の懐に入る。行き成り懐に入ってきたのに驚いたのだろう、烏は一瞬動きを止める。その瞬間、拳を強く握り腰からそれを放てば烏は間一髪ではあるが身体を右へとずらして避けた。体勢が少し崩れた烏、間居れずは回し蹴りをして烏を地面に叩き落す。同時に自分も烏同様リング上に降り立てば、あるモノを拾い手に持った。


「っ、スピード上がってやが、る…!さっきまでのスピードが全力じゃなかったのかァアア!」


烏は大きく、だらしなく、口を開けてはそこから高速で飛びに近付けば腕を振り上げ羽のエネルギー体をに向って振り下ろす。しかしそれはに当たることはなく地面へと突き刺さっていた。


「降参して」


烏の背後を取り、その後頭部には手に持つ枝の鋭い切っ先を突きつけていた。先ほどが拾ったもの、木蓮の切り捨てられた枝だった。水鏡が木蓮の枝を切り落としあちらこちらに散らばって落ちていたものである。武器を持たないにとっては先端が鋭利なこの枝でも十分な武器だったのだ。


「ぎゃははは!俺が降参すると思ってんのかァ!?甘ぇな甘ぇええ!何だソレ、”降参しないと殺す”って脅しかい?てめぇみたいな甘ちゃんが俺を殺」


烏が高らかに笑って言うのだが言葉の途中で物凄い勢いで観客席の方まで吹っ飛んでいったのだ。途中で中断されてしまった台詞、砂埃を立てる烏が吹っ飛んでいった観客席。は後頭部に木蓮の枝先を向けて烏にそう言った後、烏が笑い言葉を発している内に後方に下がり助走をつけて烏に向っていけばその頭を思いっきり回し蹴りで蹴り飛ばし、観客席まで吹っ飛ばしたのだ。戦闘能力のまるでない、故に助走をつけなければ吹っ飛ばすまでの威力を出せない。只々思うのは烏が馬鹿で、が1度助走をつけるために離れた事に気付かなかったことに感謝するのみである。


『……てめえ…』


木蓮が場外に吹っ飛びぴくりとも動かない烏から視線をへと向けた。意識して上で攻撃されるのと、完全に隙をつかれての攻撃とは全く違う。それも、もろに頭部に足蹴りを受けたのだ。もう試合続行は不可能だろう。残る相手は、木蓮のみ―――…





















inserted by FC2 system