「極寒の中、植物はその成長を止める」


烏が場外に吹っ飛び戦闘不能と見なされた時、水鏡は閻水の剣は氷と化し木蓮の斬った枝の断面を再生できないように凍らせていた。


『だからなんだあああ!!』


木蓮の大声に反応し、は振り返る。無数の枝や根が一斉に水鏡に襲い掛かる。それを1本1本凍らしていく水鏡。せめて少しでも水鏡の手間を省ければ、力になれればとも駆け出した。助走をつけ、高く飛び上がり、人面樹の目の部分に足をぴったり揃えてドロップキック。攻撃能力が上がるわけではないだろうが、気合を入れるために「どおりゃぁあああ!」なんて声を発しながら。恋心を抱く水鏡の前ではおしとやかな可愛らしい女の子でいたいだが、小金井の命が掛かっている以上、そんなことは気にしていられない。


『ぎゃぁああああ!!この小娘がァアア!』


木蓮が絶叫を上げ、気狂った目でを見れば無数の枝と根でに襲い掛かる。それを全て上手い事タイミングを見計らって回避していく。枝と枝が衝突するように避けて自滅させたり等、攻撃能力の無いはそうやって枝の本数を減らしていく。再生していく枝だが、その間に水鏡が凍らしていくので確実に先程よりは手際よく本数が減っていった。


『忘れんなよ!!俺の中には小金井が閉じ込めてある!!ちまちま時間かけてりゃあ、こいつは本当にオダブツなんだぜ〜!!』

「ヒキョウだぞ、てめえ固羅!!人質とらなきゃ勝てねえんかい!!」

『うるせえゴリラ男…昨日、誰かも言ったが勝てばいいのよ』

「(終わりよければそれでよし。って言うけどそうはいかないよね…)」


土門の張り上げた声に木蓮ははっきりとそう答えた。木蓮の枝や根を避けながらそんなことをは思う。烈火が人面樹から人間に戻す事が出来れば、と漏らすと木蓮はあっさりとそれを肯定した。攻撃する枝や根を止めて、はっきりとした声色で話し出すのだ。


『理屈は正しいぜ、花菱!「木霊」を抜き取れば人間に戻る!ただしそれはうまく隠してて、見つかりっこねえがな!しかも隠し場所は本体のどこか!近付けねえ訳だもんな?結局無理だ!!ぎゃははははははあ!!』


木蓮の下品な笑い声が闘技場内によく響き渡る。誰もがその鉄壁の防御に口を噤んだ。ぎりっとも下唇を噛んで策を練る。しかしこれといって、良い案が浮かばない。そんな時だ、木蓮がと水鏡に提案をしたのは。


『小金井を助けてやってもいいぜ…武器を捨てな!!俺の私刑に耐えられたら助けてやるぜ!!』

「なっ…なんだとォーーーっ!?」

「…いい加減にしろよ木蓮…小金井を離せ…っ!灰にするぞ」

『おどしはきかねえな、切り札はこっちだ。言う事聞くのか聞かねぇのか!?』


土門が顔を真っ青にして叫び、烈火は鋭い目で木蓮を睨みつける。小金井という人質を持つ木蓮は、やはり怯えた様子は微塵も感じられない。木蓮の視線が水鏡とに向けられる。刹那、リングを抉り深く深く垂直に突き刺さる閻水。は水鏡の方へと振り向く。水鏡は真っ直ぐ木蓮を見上げていた。


「水鏡!!?」

『てめぇはどうする?』


烈火が驚愕の声を上げた。木蓮が閻水から手を放した水鏡から、まだ韋駄天を履いたままのを見る。は視線を下に落とすとすんなりと韋駄天を脱いだ。ついでに履いていたくるぶしソックスも一緒に脱いでリングの隅の方へと投げる。裸足でリング上に立つ、これでには攻撃手段も攻撃を回避する能力も失った。


!!?お前まで何やってんだ!」

「そうだ!お前只でさえ戦い慣れもしてねぇのに…死んじまうぞ!!」


痛みへの耐久性がまるでない。魔導具を持たず、生身の体だけならば火影最弱と言っても過言ではない。今の今まで只の普通の平凡な女子高生をしていたが木蓮の私刑に耐え切れるはずがないのだ。例え小金井を助けるためであっても、の行為は自殺行為。


「特別扱いしないでよ!!」


烈火と土門の声にはそれを上回る程の大声を上げた。静まり返る闘技場。水鏡も横目での様子を見ている。怖くないといえば嘘になる、それでも立ち向かわなければいけない。


「あたし、風子ちゃんみたいに強くない。石島くんとか花菱くんとか薫くんとか水鏡先輩みたいに力もない。陽炎さんみたいに物知りな訳でもないし、柳ちゃんみたいに心が強いわけでもない。でも、あたしにだって出来ることはあるはずなんだよ!」


これから襲ってくるであろう激痛、木蓮の私刑に耐えれるようにと足を肩幅に開く。長袖のパーカーで隠れているが右腕の丁度包帯の巻かれている部分をぎゅっと握った。


「あたしは弱いから、強い薫くんがいた方が火影は勝ち進めるんだよ。それに皆には薫くんが必要…。だから、薫くんは絶対に助けなきゃ」


火影が勝ち進む事を考えるならば、攻撃の能力の低いより攻撃能力の高い小金井の方が必要とは考える。別には自分が必要ないとそう思っているわけではない、どちらの方が必要かと聞かれれば小金井だと思っているのだ。勿論、生を諦めたわけでもない。水鏡の強さ、あの頭脳ならばこの試合勝利するだろうとは予測している。故に水鏡はここで倒れるはずはない。しかし自分はそうとは言い切れない。しかし次に繋げるためにもはここで自分を捨て身にしても小金井を助け出す必要があった。火影の今後の勝利のために、そして柳が泣いてしまわないように。もしかすれば自分が倒れても泣いてしまうかもしれないが。


『よォ〜し、イイコだねええ…剣と足のねえてめえらなんざゴミよっゴミ!!!死ね死ね死ねー!!死ねええっ!』


容赦ない木蓮の枝や根の攻撃が無防備なと水鏡に襲い掛かる。今更ながら、はハーフパンツに裸足という自分の格好を激しく後悔した。まだ長ズボンだったならこの枝や根の擦れた摩擦の痛みはマシだったのかもしれない、そう思わずには居られなかった。息継ぎするような間も与えず全身に絶えず走る激痛。声を上げないようにするだけに必死だ。ほんの一瞬、視界の端で捕らえた光りには目を見開く。木蓮の目の上辺り、直後鳩尾に入った攻撃にはリング上を滑り吹っ飛ばされた。


「うっ……、」


綺麗に鳩尾に入ったようだ、気持ち悪いほどの吐き気に襲われる。妙に顔がひりひりとする。片方の手でお腹を押さえ、もう片方の手の平で顔に触れればぬるりとした感触。少量ではあるが血が付着していた。立ち上がろうとすれば太腿や脹脛が麻痺したようにがくがくと震える。とにかく全身が木蓮の攻撃に悲鳴を上げていた。しかしはゆっくりではあるが立ち上がる。リングがとても冷たい、これは反撃の合図。最後の最後、じっとしているわけにはいかない。


「…もう1度聞くぞ木蓮、小金井は助けるな?」

『はぁ!!?いつ何時何分誰が言ったんだ!?』


木蓮の非道っぷりに観客側も静まり返る。裸足のため、足裏からも感じる氷のようなひんやりとした冷たさに感覚が麻痺してきたのか痛みがどんどん引いていったような気になる。はその場から歩き出す、そしてそれは徐々にスピードが上がっていき木蓮向って一直線に駆け出した。


「何時何分なんてアンタ何処の小学生の言い訳なのさアホんだらぁあああ!」


駆け出し、途中で転がっていた木蓮の切り落とされた先端部分の枝を拾って木蓮の目の上辺りに思いっきり投げつける。尖っているといえど相手は人面樹。然程攻撃能力もなく、その辺りに浅く傷をつけるだけだった。しかし、それでよかったのだ。はにやりと口角を吊り上げる。


『それで攻撃でもしたつもりか!?……あ…れ?なんだァ!?なんか枝がギクシャクする…!?』


寒いと火影陣に向かい着る物をないか尋ねる審判の子美。そしてギコ、ギコ、と不自然な動きをする木蓮の枝。刹那、高い音を鳴らし木蓮の全身、枝の先から根の先までが凍りついた。


『かァ…体…がァ…凍ってるウウウ!!?』


凍りつきぴくりとも動かぬ体に木蓮が悲鳴に近い絶叫を上げる。水鏡はリング上に突き刺したままの閻水の柄に手を伸ばせば、それを勢いよく引き抜いた。リングの外では帽子に上着、手袋までした土門がガタガタと震え、白い息を吐きその木蓮の姿に目を飛び出させて驚いている。烈火はそんな土門にはっきりと「剣さ」と答えた。


「氷の剣を突き刺し、舞台を冷やしていったんだ。木蓮は根が直に舞台にくっついてるからモロに凍った!!」

「にしてもの奴、裸足だぜ?よく耐えれたな…」

『まっ、待ちやがれ、この中には小金井がいる!!俺を斬ったら奴も死ぬぞっ、いいのかぁぁ!?』


土門が感心したような目で枝を投げつけ、そこにちゃんと2本の足で立っているにぽつりと零す。木蓮が焦ったように、切り札だと言わんばかりに声を荒げる。何とも醜い木蓮の最後の悪足掻き。水鏡とが同時に地面を蹴って駆け出した。


「そんな脅しきかないもんね!」

「僕やがただやられてただけだと思うか?小金井の目印はがしっかり付けてくれた!」


木蓮の目の上辺り、ライトの明かりで仄か光るのはが木蓮の枝の切り落とされた先端部分を投げつけ、浅く傷をつくった場所、その傷口から少し見えやすくなった小金井が身に着けていたロザリオだ。水鏡が閻水を横に振るう。人面樹を横に真っ二つにした切り口は、まるで滑る前のスケートのリンクのような、傷1つない綺麗な断面だ。


「ぐぎぃぁあああああ!!」

「貴様は卑怯でズル賢い…」

「ついでに小学生みたいだね、思考回路」

「隠すなら離れた所ではなく、目の届く安心出来る場所―――魔導具の隠し場所はそこだ」


人面樹の目の部分から人間の木蓮、顔の部分が飛び出し聞くに堪えない悲鳴を上げる。水鏡は凍りついた枝に飛び乗り、は水鏡が真っ二つにした断面の上に立つ。閻水の剣により、木蓮の長い前髪が綺麗に切り落とされた。露になった左目には眼球の代わりに木と記された魔導具が埋め込まれている。それを閻水で抉るように取り出せば人面樹だった姿は解けて人間の姿に戻っていく。同時に木蓮の体の動きを止めていた氷の解けた。水鏡とは1度上に跳んで木蓮を宙から見下ろす。


「許してえええ!!小金井なら返すぅ!!俺の負けだっ、たのむ…!!」


両手を挙げて、木の枝で小金井の腹部に巻きつき差し出すように掲げて木蓮が水鏡とに許しを乞う。勿論、水鏡もも木蓮の言葉に耳を傾けるはずがなかった。


「やなこった!」

「悪いな…僕は火影で…一番冷酷なんでね…」


水鏡は閻水を振り下ろす。血を噴出して木蓮の左腕が切り落とされた。その瞬間は小金井を両手でしっかりと抱きしめて救出する。トン、と同時にリング上に降り立つ水鏡と。後方では腕を失った木蓮がその激痛に絶叫を上げていた。一瞬、腕が切り落とされ、大量の血が噴く出すのを見たは気分が悪くなったが、すぐに視線を外し何も考えないようにしてその場をやり過ごす。はそういうグロテスクなものが好きなわけではない。故にそのような過激なシーンのある映画だって見たりしないのだ。生でそのようなものを見ることもまずない。少々刺激の強さを感じた。子美が火影の勝利を宣言する、観客達が声を上げて一瞬にして騒がしくなった。


「さすがだな水鏡!!もよくやった!化物野郎を完全撃破だ!!」

「小金井も助けて!よっ大統領!!大統領夫人!!」

「ふ、夫人…!」


小金井を両手でしっかり幼い子を抱き上げるように抱いたままのは土門の言葉に頬を赤く染め今にも天に昇りそうだ。陽炎が小金井の心配をすれば、思い出したかのように烈火も声を上げた。の腕に抱かれる小金井に一斉に視線が集まる。気持ち良さそうに鼻水と涎を垂らして眠る小金井、ハンバーグと寝言を零した瞬間水鏡が小金井の首根っこを掴み、から無理矢理引き剥がすと手加減もなしに強く地面に叩きつけた。それにはもぎょっとして視線を隣に立つ水鏡に向ける。


「大丈夫だ、命に別状はない」

「でも…っ」

「この試合よくやってくれた、僕の予想以上に動いてくれたよ」

「(せ、先輩に褒められた!)い、いえいえいえいえいえ!そんな!」

「リングを閻水で冷やしていた時もよく耐えてくれた」

「いえ、あの!でもその冷たさで怪我とか痛みが気にならなかったですから…!あの、有り難う御座います!」


土門や烈火が目覚めた小金井と軽い殴り合いをしている中、水鏡とは会話に花を咲かせていた。とはいっても、そう感じているのはだけなのだが。ここまで水鏡と会話したことのなかったは緊張は最高潮、妙に恥ずかしくなって勢いよく頭を下げて礼を述べた。すると頭に軽く2度ほど叩かれる感触、どうやら水鏡に頭を叩かれているらしい。林檎のように顔を真っ赤にさせて水蒸気が出てきてしまいそうなだった。


ちゃんも有り難う!そんなになってまで…」


パーカーの袖を引かれ、顔を上げれば申し訳なさそうに笑みを浮かべた小金井がそこにいた。どうやら小金井が木蓮に取り込まれてからどうなったのか聞いたらしい。リングの隅の方に置いておいた韋駄天と靴下を片手に抱いて小金井は体中傷だらけのに言った。はへにゃりと笑うとがしがしと乱暴に小金井の頭を撫でた後、強く強く小金井を抱きしめる。


「薫くんが無事でよかった、今日はゆっくり休みなよ!」

「うん!」


が微笑みを浮かべて言えば小金井は満面の笑みを浮かべて頷いた。そして小金井から韋駄天と靴下を受け取り、足裏についた砂等を綺麗に払っては靴下を履き、韋駄天を履く。少しの間履いていなかっただけだというのに久々に履いたような感覚になったのは不思議なものである。


「麗(幻)副将、前へ!!瑪瑙!!」


子美のコールに小柄でマントを着た人物がリングに上がる。マントを片手で脱ぎ捨てれば、セーラー服を着たショートカットの美女が無表情で立っていた。獅獣の次に木蓮、その流れからこんな可愛らしい子が出てきた事には烈火やは驚きを隠し切れない。


「クク…見かけで判断すると痛い目にあうぞ…”メノウ”こそワシの最高傑作じゃ!それを存分に教えてやるわい…」

「だとさ。行け、烈火!」

「頑張れ、花菱くん!」

「のわに!?俺ぇ!!?」


水鏡はリングを見たまま、は烈火に向ってガッツポーズをして烈火に言う。烈火は己を指差して不満だといわんばかりに声を上げた。


「みっともない話だが今の戦いで受けた傷は軽くない。僕が此処で退かせてもらうよ」

「水鏡先輩に同意!全身痛くて仕方ないんだよね。ほらずっと黙ってたけど額から血出てるし、ずっと垂れ流し状態。これ滅茶苦茶痛いんだぞ」

「ウソだ!は兎も角、水鏡は女の子と戦いたくないんだ!!」


どくどくと、少量であれ血が流れ額に伝い、顎から落ちてパーカーに染みを作る血。パーカーは白色なので余計にその赤色が目立つ。う、と烈火はのその状態に言葉を飲み込むと矛先を水鏡に向けて詰め寄って言葉を吐いた。


「僕はこれから後の戦いの事も考えてる。無理はしない!怪我を押して玉砕するなどマヌケのする事だ。それにな、烈火!君だったら強いから大丈夫だ」


正論な言い分から、水鏡は柳の治療を受けて次の戦いに回る事に決まる。最後の一撃にと水鏡は烈火の肩をポムポムと叩いて強いと言えば、単純な烈火は上手い事乗せられ笑いながらリングへと上がっていった。


「えっと、治癒はどっちからすればいいかな?」

「あ、じゃあ水鏡先輩からでいいよ!あたし見た目こんなのだけど然程酷くないしさ」


笑みを浮かべて柳にそう告げればは拒否するように手を左右に振った。本音を言うととてつもなく痛い、相手が水鏡先輩ではなく烈火や土門だったら迷わず自分からと挙手していただろう。好きな人の前では良い格好をしたい、そういうやつである。こうして水鏡の治癒が終わってからの治癒が始まる。木蓮にやられた怪我とどさくさに紛れてパーカーで隠れた包帯を巻いてある右腕も治癒してもらい、これから始まる試合に達はリングに立つ烈火と瑪瑙に視線をやった。





















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