辰子の合図と同時に魅希が物凄い速さで駆け出す。その普通ではないスピードには目を見開いた。


「韋駄天の魅希!お相手いたします!!」

「やっぱり韋駄天…!」


魅希が烈火の目の前、顔を近づけて現れれば拳をきつく握って殴りかかる。しかしそこには既に魅希の姿はなく、離れた所で音遠がフルートを吹いていた。


「前奏曲―――」


音遠が烈火の方へフルートを向ければリングを抉りながら烈火の方へと向っていく。咄嗟に避けた烈火だがそこには丁度水鏡がいてぶつかる。


「ちょろちょろすんな、てめえ!!」

「ぶつかってイバるな!」


リングに上がって早々、喧嘩を始めそうな2人。陽炎がそれを制せば音遠の魔導具、不協和音について音遠に尋ねる。音遠は陽炎の問いを肯定すれば不協和音について説明を始めた。道具は音を吸い、エネルギーとして蓄えるタンク。その音を操り、振動の波を破壊レベルにするのが不協和音。が音遠の説明を聞いている、油断している時だった。


「私のこと忘れてない?」

「!」


背後から、それも至近距離で聞こえた声にはすぐさま前へと飛びのく。自分の立っていた方向へ振り返れば、そこには亜希が立っていた。


「私達もはじめましょう。爾、刮目せよ。蛇蛇蛇蛇蛇蛇、数多の蛇の姿有り。見よ…」

「は?蛇…?」


亜希の言葉に首を傾げるが体中に感じる何かの感触、重みに視線を落として己を見る。体中に巻きつく大きさ、種類ばらばらのいくつもの蛇。の体に巻きついている分だけではなく、周辺のリングの上にも蛇が沢山いた。


「!」

「なぁ!?蛇ぃ!?」

「ちょ、何で蛇!?どっから蛇!?」


声は上げなかったが驚いた様子が見える水鏡、素直に驚愕の声を上げた烈火。蛇の怯えはしていないものの、何処から出てきたかわからない蛇には少し混乱をしていた。その様子を見ている火影陣や審判の辰子、観客達は静まり返り頭上にクエスチョンマークを浮かべている。刹那、の頭部に強い衝撃。横へ吹っ飛び地面に叩きつけられる。亜希に蹴飛ばされたらしい、若干だがその蹴りで擦れた肌から血が滲む。ふと自分の体を見れば巻きついていた数多の蛇が消え去っていた。そして陽炎は亜希の魔導具に気付き声を上げる。


「”言霊”!?あれは言葉に宿る魔力を力とする幻覚魔導具!!ある一言をスイッチに、耳にした言葉がそのまま相手には映像となる!!おそらく私達には見えない何かがさんや水鏡くん、烈火には…!」

「”言霊”の発動範囲はこのリングの中だけにレベルを合わせてある…”言霊の亜希”…亜希の幻覚を見ながら無事に私の音、魅希の足から逃れる事が出来るかしら?」


「言霊への発動命令は”刮目”!!その言葉の後に幻覚は現れる!視覚だけに頼っては負けるわよ!!この戦いにおいて力技は無効!精神力が勝負のカギとなる。つまり…幻覚をはね返す精神力がなければ…!」


陽炎、音遠の言葉を聞きながらはゆっくりと立ち上がった。ずきずきと血が滲む額。が亜希と対峙している間にも烈火と水鏡、音遠と魅希の攻防は続く。魅希は矢魔彦という音の波をはね返す魔導具を取り出し、烈火も苦戦しているようだ。水鏡も閻水で魅希に向って素早く剣で攻撃をしかけるが韋駄天を履いた魅希はそれを全て回避する。そしていとも簡単に水鏡の懐に入れば顔を近づけ笑みを浮かべる。


「!」

「あんた綺麗なカオしてるねー、キスしちゃおっかなあ」

「はぁああ!?」


すかさず反応したのは言うまでもないだろうが。勢い良く水鏡と魅希の方へと振り返れば、魅希は水鏡の腹部に拳を決める。片膝をつき、少量の血を吐き出す水鏡には今にも駆け寄りたくなった。ちなみに先程の音遠の音の攻撃により、左腕から出血している烈火への心配は微塵もなかったりする。


「あの男に惚れてるのね」

「!!」

「愛しい男に殺されるのも幸せでしょう?刮目してごらんなさい」


背後から聞こえた亜希の声に振り返る。するとそこには亜希の姿ではなく、優しげに微笑んだ水鏡の姿があった。の瞳がまん丸と見開かれる。


「み、かがみ…先輩……」

「…血が出てるな、傷むか?」

「あ、いえ…」


幻覚の水鏡は血が滲むの額へと手を伸ばす。あと少しで触れるというところで、気味が悪いほどに幻覚の水鏡の口角が吊り上がった。


「このまま死ね」

「死ぬかバーカ」


幻覚の水鏡が鋭利な刃物を持つ手を振り上げ、そう言葉を発した瞬間、高い高い壊れる音がした。亜希の作り出した幻覚の水鏡が消える。水鏡の幻覚に被って立っていた亜希は目を見開いていた。亜希の首もとについていた言霊の核をは蹴り上げ、核を壊したのだ。核が壊れれば魔導具の効果は発揮されない。故に幻覚の水鏡は消え失せたのである。


「なっ!?幻覚に掛かってたんじゃ…!」

「幻覚にはかかってたけどね!」


そのまま遠心力を利用しては亜希の腹部に回し蹴りを決める。言霊を破壊されたショックから反応が遅れた亜希は受身もとることも出来ずに場外へと吹っ飛んだ。場外の地面で蹲り身動きの取れないでいる亜希。は血の滲む額に触れれば手の平に微かについた血を見てぎゅっと強く拳を握り、歯を食いしばり、蹲ったままの状態で睨みつけてくる亜希に向って親指を立て、それを下に向けた。


「自慢じゃないけど!水鏡先輩があんな優しそうに微笑んだとこなんか1回もないんだから!嘘くさいんだよ!それからお礼言っとく、ありがとね。ここ、蹴られて頭すっきりしたよ」


血の滲む額を指差しては口角を吊り上げる。頭に衝撃を与えられ、落ち込んでいた気持ちはすっかり吹っ飛んでしまった。亜希に背を向けはこちらを見ている烈火、水鏡、音遠、魅希に向き合う。


「亜希はこれで動けない。こっからはあたしが相手になる!」


ずんずん、とはリング中心部に向って歩いていけば立ち止まり音遠と魅希に向って宣言する。亜希をやられた音遠と魅希は歯を食いしばり鋭い目でを見ていた。昨夜と変わらずの服装の、ショートパンツの長さに切ったメンズもののサロンペット。中に着た白の半袖のTシャツは今は捲り上げていない。


「(とりあえず水鏡先輩と花菱くんが仲直りするまであたしが時間稼がないと…。亜希はほぼ1対1でお互い攻撃系の魔導具じゃなかったから何とか倒せたけど、同じ韋駄天の魅希と、攻撃系の魔導具持ってる音遠の2人相手じゃさすがにあたし1人じゃ無理だし…やっぱり水鏡先輩か花菱くんに倒してもらわなきゃ。……人頼ってばっかだな、あたし)」


堂々とリングの上に立ちながらそんなことを思った。その間に音遠は紅麗について、紅麗のチームのことについて語る。そして1歩1歩、前へと音遠が歩を進めれば烈火の前に立つ。


「君らはここで死んで先にはいけない!私を醜女呼ばわりした罪は重いのよ、烈火ぁああ!!!」


音遠の凄まじい蹴りが烈火に当たり、烈火はそのまま後方へと吹っ飛び水鏡とぶつかった。お互いそれで口喧嘩を始めてしまいそうだが、何だかんだお互いを庇っている行動には笑みが零れそうになる。烈火は水鏡と逆に動き、水鏡は吹っ飛んだ烈火を支えてダメージを弱めた。刹那、響き渡るフルートの高音の音。同時にも烈火と水鏡に向って駆け出す。


「狂詩曲!!」


足元のリングが砕けて吹き飛び、烈火と水鏡が宙を舞った。





















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