里巳の合図と同時にリング上から水鏡と戒の姿が消えた。消えたように見えるだけで凄いスピードで移動しているだけである。も同じスピードを出せるため、2人の動きはしっかりと見えていた。


「(韋駄天もなしにあのスピードが出せるなんて…何か悔しいっていうか、凄い…)」


リングの上空、其々の武器が交わり2人は距離をとってリング上に着地する。刹那、水鏡の左腕が裂けて血が噴出した。は2人の動きをしっかりと見ていたし、見ていた。腕を斬られた瞬間も見ていたのだが、やはり血が流れているのを見ると表情が歪む。無傷かと思われた戒だが水鏡の攻撃は当たっていて容姿を隠していたフードが切り刻まれ戒の姿が晒されようとしていた。


「リーダーがスパルタでね。ハンパな戦闘では奴に合わせる顔がない」


フードがバラバラに引き裂かれ、戒の姿が晒された。ドレッド頭に上半身裸、その身体には幾つか切り傷の様な古傷が刻まれている。布一枚剥ぎ取っただけで凄まじい殺気が溢れ出た。それは力を解放したという事、水鏡を評価したということで遊びは終わりだという事である。両者動かず暫し静かな時間が流れるが2人の間に流れる空気はそんな軽いものではない。


「…聞きたい事がある。そう言ったな水鏡凍季也」


戒は真っ直ぐ水鏡を見てそう言った。水鏡は試合前、閻水の刃を水で作った時に戒にそう言ったのだ。喉を鳴らして笑う戒、しかし水鏡は何も言わない。それはその言葉の続きを待っているかのようだった。


「それはもしや…殺された姉の事かな?」


嫌な笑みを浮かべて言う戒に対し、水鏡の目は見開かれる。誰から見ても図星と分かる水鏡の反応。興奮気味の戒の攻撃を塞ぐ水鏡、一方的な戦いがリング上で行われていた。そしてこちら火影側も、そのリング上での会話が聞こえていて戸惑いが隠せない。


「…聞こえたか?」

「うん…殺された姉とかなんとか…」

「やはり…あったのね…彼の…戦うべき全ての理由が………!」

「じゃあ…!あの人が水鏡先輩の!?」

「水鏡先輩のお姉さんが殺されてて…先輩が、復讐のために生きてるってこと…?」


動揺を隠し切れない土門、割と落ち着いた様子の風子、深刻そうな表情を浮かべる陽炎に、戒を見て声を上げた柳。は土門以上に動揺していた、まさか水鏡にそんな過去があったとは思ってもみなかったのだ。


「もし…仮に君が、僕の求めている人間だとすれば…これほど素晴らしいことはない。不思議だ…昂揚している。興奮を抑えきれない!姉さん、答えが出るよ…」


水鏡の浮かべた表情は氷のように冷たい。は背筋が凍るような錯覚を感じた。それからの戦いは凄まじいものだった、水鏡の汀舞を戒は同じく汀舞で相殺する。水鏡の何十本もある柱をたった一本だけで戒は壊したのだ。魔性の剣技、氷紋剣を戒も使えるのだという。水鏡の水成る蛇を戒は氷成る蛇で相殺した。


「ふむ、そういえば紹介が遅れたな。氷魔閻!!属性が氷!閻水とは兄弟のような武器だそうだ。巡狂座にいただいた」


口角を吊り上げて手甲と一体化した刀を掲げて戒は魔導具、氷魔閻を紹介した。巡狂座とは水鏡の剣技の師、同時に戒の師に当たる人物だという。それから戒は氷紋剣を習得するまでの話をし始める。戒の話す巡狂座は人を人と思わぬような言葉ばかり戒に浴びせていたらしい。


「事あるごと、おまえの名を巡は繰り返した!!あいつは天才!!私は凡人と!!」


戒の剣が水鏡に決まり腹部から血を流す水鏡。戒は話を続ける。氷紋剣を会得して山を下りる時、巡狂座は氷紋剣は一子相伝の剣ゆえに水鏡を殺せと言ったそうだ。それを聞いた水鏡は剣を握りなおし、声に出して静かに笑った。浮かべた表情は真剣そのもの。


「聞きたい事が二つに増えたな。戒―――おまえが同じ門下生だろうが、関係ない。すべてを語ってもらおうか」


水鏡と戒の戦いは一瞬たりとも目が離せない、素早い攻防、少しでも目を離してしまえば見逃してしまいそうだ。戒の出した技、氷雨。複数の氷の塊が容赦なく水鏡に襲い掛かるが、それは水鏡ではなく、水で作った人形で音を立てて水がリング上に落ちる。いたる所に傷を負い血を流す水鏡が腹部を抑えた状態で戒の背後に立っていた。


「氷紋剣”水傀儡”か…その体でよくやる…」

「か…っ!」

「水鏡先輩!!」

「ボロッボロじゃねーか!?」

「やべぇ…体力の限界…防ぎきれなかったんだ!」


吐血し、閻水を落として両膝をついた水鏡に思わず声を上げて身を乗り出した。土門も水鏡の有様に驚きを隠せておらず風子も焦りを見せている。意思を持つ氷魔閻が戒に斬れと叫んで戒に訴えかけるが戒は氷魔閻に五月蝿いと怒鳴った。観客達もが黙り込み、一瞬気持ちが悪いぐらいに静まり返った会場。戒は振り返り、水鏡を真っ直ぐ見る。そして攻撃を仕掛けるわけでもなく、口を開いた。


「剣を取れ水鏡。素手のおまえを殺すなど、私のプライドが許さない。私のプライドがな…!!わかるか!?今まで常に万人を見下ろしていた私が見下されたのだ!!それから私は死ぬ思いで氷紋剣を学んだっ!おまえを超えようと!!そしたらよ!黄金の価値のあるおまえが七年かかった剣を…一年だ!!私は一年で会得した!!やっとおまえに会えた、つらかったぜェ……内臓がグチャグチャで体中糸だらけだ!なにが天才だ!!石が金を潰すトコ見せてやる!!」

「…戒…勘違いをしないで欲しい…僕は黄金でもなんでもない。僕は姉の仇を討つ…それだけのために氷紋剣を手にした。それだけなんだ……血を求めるのは僕も同じ、たった一人で生き恥を晒して剣を振るう、石コロなんだよ。むしろ…純粋に強さを求めている君の方が、僕には眩しく映る」

「(…あたしは、先輩のこと何も知らないんだ…)」


水鏡の主張に驚いたような表情を浮かべて黙って聞く戒。先ほどその頬を伝っていた涙はもう止まっている。無口で自分を出さず、心すら見せない水鏡が今こういった形で見せている。この試合が始まってからは驚く事が沢山あった。あれほど毎日学校で水鏡の姿を見ていたというのに、が知らぬことが山程あった。大会が始まってから、この試合が始まってから知ることが多い。


「(あたしは…先輩の何を見てきたんだか…)」


目の奥が熱く、鼻がつんとする。強く歯を噛んでその衝動を抑えていれば隣で柳が涙を流していた。風子が柳の背に手を伸ばし、自身に強く引きつける。柳は風子にしがみ付いて涙を流していた。


「泣いちゃダメ、柳!それでもあいつは戦ってんだっ。あんたの為!私達の為!烈火の為!そして、自分自身の為に!一人なんかじゃないさ。あいつも火影だ!」


リングに立つ水鏡を見る。先ほどまで膝をついていたというのに手にしっかりと閻水を握って立ち上がっていた。その目にはまだ闘争心がある、まだまだ戦うつもりなのだ。何だから感傷に浸ってしまう、思わず溜息が零れそうになったところ、頭を強く叩かれて驚き振り返れば風子が笑っていた。


も!しっかりしなよ、アンタらしくない」

「…わかってるよ!」


風子の言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに笑みを零して強く風子の背中を叩く。風子は「痛ぁ!!」と背筋をぴんと伸ばして声を上げ、は可笑しそうに笑った。そして背中を摩る風子を横目に再び視線を水鏡へと向ける。


「(あたしはまだ水鏡先輩のこと、知らない事いっぱいあるけど…、でもこれから知っていけばいいよね)」


リング上で見詰め合ったまま戒も水鏡も微動だにしない。戦闘思考が最終段階に入ったのだ。この戦いは直に終わる。優先なのは完全に戒の方だ。技にしろダメージにしろ、何より勝ちへの執念が凄まじい。静まり返った静かな闘技場、先に動きを見せたのは水鏡だった。四方に水の玉を作る、それは先程出した水成る蛇の技の初期段階である。


「”水成る蛇”!?愚かな!そいつはさっき完全につぶされた事を忘れたか!?」

「戒…これは最後の賭けだ。閻水に残された全ての水を使う。僕の全ての力を出し尽くそう。四方より交じりて汀を纏わん…”汀成る蛇!”」


閻水をリングに突き刺し、氷の柱が出たと思えばそれは四方の玉と混ざっていく。戒へと襲い掛かる蛇は先程のものとは違い、汀舞と水成る蛇が合わされたものだ。今度は戒が技を見せる番、氷魔閻から氷を生み出し、体を凍らせる。防御術のようだ。戒は襲い掛かってきた汀成る蛇を氷を纏った体全身で受け止める。汀成る蛇にも、戒の体を覆う氷にも亀裂が入り、高い音が鳴って押し合う。戒が汀成る蛇を砕いたかと思えば戒も無傷ではすまなかったようで体半身を纏っていた氷は吹き飛んでいて右腕もなくなっている。水鏡の閻水には水がなく刃はない。立ち尽くす水鏡に向って戒は駆け出し氷魔縁を振るった。


「勝ったぞ水鏡ィイ!おまえに勝つ!!今こそ積年の思いを!!!」


氷魔閻が深く水鏡の胸を貫く。その光景に目を見開き、咄嗟に口を両手で押さえた。しかし氷魔閻で刺した水鏡は次の瞬間水になり、結んでいた紐が切れて長髪をふわりと靡かせた水鏡が戒の背後に立ち、刃のある閻水で戒の右肩から胸にかけて切り裂いていた。


「ば…か…な。もう閻水に水はない…はず…紅い剣…そうか…血!自分の血を刃に…!汀成る蛇はカモフラージュにすぎない。最後の賭けとは、水がなくなったと油断を生ませる事…恐ろしい……男…!」


水鏡が手に持つ閻水の刃は紅い。吐血し倒れた戒に続いて、水鏡のその場に倒れた。里巳が倒れた二人を見て10カウントを取る。戒も水鏡も立ち上がろうと必死に体を動かすのだが、互いに傷は深く力が入らないようだ。


「「水鏡!!」」

「みーちゃん!!」

「水鏡先輩!!」


リングに零れる血は最早戒のものなのか水鏡のものなのかわからない。ただ尋常じゃないその血の量にもしかしたら出血多量で死んでしまうのではないか、そんなことがの頭に過ぎる。観客席から戒と水鏡を名を呼ぶ声が闘技場に響き渡る。水鏡と戒も立ち上がろうとしたのだが、最後の最後で水鏡は再び吐血しリングに倒れる。雄たけびを上げて立ち上がった戒、戒の勝利が宣告された。会場が観客達の声で騒がしい。


「……勝っ…た…勝てたのか…?水鏡凍季也に―――」

「僕はすべての力を出しきった。あれで立たれるとは思わなかった。素直に負けを認めよう。君は、石なんかじゃない」


片膝を着き、立ち上がろうとする水鏡にはさっきまであった殺気が綺麗に消え去っている。それに気付いた戒は口角を小さく吊り上がらせて口を開いた。


「すでに気付いていたのか…私がおまえの、姉の仇ではないことに」

「それらしい言葉で、そう思わせようとしていたみたいだが…君には執念こそ感じても邪悪な念は、感じられなかった」

「……執念か。そう、私はお前に勝ちたい…それだけだった。それだけが、それだけが生き甲斐だった。今、その想いが報われて、張り詰めたものが切れた…終わった…って思うぜ。これで思い残す事…っ」


穏やかな表情を浮かべる戒は試合中では想像も出来なかっただろう、それ程に優しいものだった。話の途中、行き成り吐血し両膝をついた戒。腕を無くし肩から胸にかけて切り裂かれ、相当な重傷ななのだ。吐血するのは可笑しな話ではない。駆け寄ろうとした水鏡を戒は大声を上げて制止する。


「来るんじゃねェ…来るなよ、水鏡!おまえは、こっち側の人間になっちゃいけねえ!!」

「そっち側の…人間?」

「おまえは殺された姉の仇を討つ事だけを目的に生きる。私はおまえを倒す事だけを目的に、剣を磨き、ここへ来た!共に、底に流れている感情は、いずれも執念、怨念、負の力!!似ているのだ、私とおまえは!そういう生き方だって、あるかもしれねェがよ…そうやって生きてく男の末路は、きっと一つだぜ」


ゆっくりと立ち上がってそう言う戒は何処か吹っ切れたような、兎に角優しい表情で声色だ。水鏡は駆け寄ろうとした足を止め、その場で立ち止まり戒の話に耳を傾ける。刹那、氷魔閻の核が光り氷魔閻が言葉を発した。


《何言ッテヤガル、戒!!血ダ!!奴の血を早ク飲マセロォォオォオ!!》


「…そうだな。氷魔閻にも力を借りた…さぁ、たっぷりと飲ませてやる」


戒は氷魔閻の言葉に納得したのだろう、そう頷くとゆっくりと氷魔閻を掲げ、勢いよく自身の右胸に深く突き刺した。行き成りの行為に皆が驚きに目を見開き、戒はリングの1番端に立っている。再び戒の名を叫び駆け寄ろうとした水鏡を、すぐに戒は制止した。戒の表情は、悔いはないと言わんばかりに口角を吊り上げて笑っている。


「水鏡…復讐という負の力だけで戦うな…おまえはまだ若い…まわりには、多くの仲間もいるだろう。死を恐れろ!死に急ぐ必要などないのだ!これが…死力を尽くして戦ってくれたおまえへ、贈る言葉だ。想いが遂げられた時、死しか残らなかった…私のようにはなるなよ!!」


戒が再び吐血する。もう長くは持たぬだろう、突き刺さったままの氷魔閻が音を立てて戒の血を飲み干していく。1度麗(紅)の方へ戒は振り替えると紅麗を見て別れを告げた。答えるように紅麗も戒に別れを告げる。そして再び戒は水鏡へと視線を向ける。水鏡はそこから一歩も動かず戒を見ていた。


「最後に教えよう。おまえの姉を殺した男の正体は―――我らの師、巡狂座!!」


戒は水鏡にそれを告げるとリングから落ちて底が見えぬほど、深い深い底へと落ちていく。水鏡が駆け出し戒の名を呼んで手を伸ばすが既に遅く、戒の姿は闇にとけていった。





















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