「麗(紅)戒、死亡!!火影・水鏡生存!!しかし、戒の死亡前に、勝者は戒との判定が下りました!したがって、先鋒戦、火影に1ポイント!次鋒戦は、麗(紅)に1ポイント、両チーム、イーブンです!!」


モニターでは戒の所に○、水鏡のところに×の印がつく。リングの上に立つ水鏡に向って梯子が下ろされれば、水鏡は梯子を使って戻ってきた。風子が土門の胸を肘でついて合図をすれば土門は1度こくりと頷く。


「イヤーーーっ!負けたとはいえ、いい試合だったぜえ!!」

「戒って人も、立派な戦士だったしっ!互角にやれちゃう、みーちゃんスゴイ!!」


小金井は太鼓を叩き、やけにテンションを高めにして騒ぐ土門と風子。それだけ騒いだ後、土門と風子が黙り込んだ。何時ものように冷たい言葉を返されると思っているからである。1度、土門と風子と小金井の方を見た水鏡は微笑み、優しい表情で礼を述べた。雷が落ちたような衝撃を受ける土門、風子、小金井。陽炎の後ろで小さな声で騒ぐ3人を余所目には近くに立っていた柳の肩を指で突いた。柳はすぐに気付きの方へと振り返ると首を傾げる。


「どうしたの?(あ…。ちゃん、泣きそうな顔してる…)」

「水鏡先輩、お願いしていい?」

「え、うん!…ちゃんはいいの?」

「…いいよ。あたしじゃ、駄目だから」


笑みを浮かべて柳に言ったつもりが歪んでいたかもしれない、柳は眉を下げて心配そうに尋ねてきた。精一杯の笑顔を貼り付けて柳の背中を押せば、柳はを気にしながらも水鏡の方へと向っていった。信じていた師が姉の仇だと知った今、水鏡は自分を見失うほど混乱している。その胸中を悟られまいと、その結果先程の様な不自然な態度になってしまったのだ。支えが無ければ崩れ、心の脆さが見えてしまう。は自分では水鏡を支えることも、心の傷を癒すことも出来ないと悟っていた。恐らくたった一人を除けば、誰も出来ないこと。その唯一水鏡を癒す事が出来る人物をは柳と核心している。例え柳が水鏡に感情がなくとも、水鏡が柳に何らかの感情を抱いているのは明白。悔しいが、が入る隙はなかった。同時にあれだけの傷を負った水鏡に、が出来ることは何も無い。治癒の面においても、水鏡に必要なのは柳だった。


「よかった…水鏡先輩が無事で……スゴイ闘いだったから、見てて怖くなっちゃって…でも、もう大丈夫なんだね。生きててよかったね」


水鏡の傷だらけの手に手を翳し、治癒能力を発動すれば淡い光りを放って傷が癒える。眉を下げてぽろぽろと涙を流す柳に、水鏡の表情が変わった。目を見開いて、真っ直ぐ定まった目である。続いて水鏡の腕の両手を翳せば見る見る内に傷が癒えていく。観客達も気付いたのだろう、柳の治癒能力を凝視していてやけに静かだ。


「やだァ、私っ。また泣いてるぅ…ごめんなさい、集中しなきゃいけないのにっ!」


指で涙を拭いながら可笑しそうに笑って言う柳。そんな柳の頭に傷だらけの手を置いて微笑んだ水鏡はとても綺麗で、柳にしか見せることのない微笑みなのだろう。ちくりと胸が痛んだが、その後土門と何やら喧嘩を始めたいつも通りの水鏡を見て今は感傷に浸るのは止めとする。ウエストポーチに入れている空神がもぞもぞっと動いた。それに気付いたのはだけで、落ち着かせるようにはウエストポーチを押さえる。


「大丈夫、大丈夫―――」

「どうかした?」

「なんでもない!」


陽炎はのその小さく自分に言い聞かせるように呟いた言葉が聞こえていたようだ。不思議そうに首を傾げた陽炎に笑顔で答えれば観客達がどっと沸いた。何事かと視線をリングの方へと向ければ、リングの上に誰かが立っている。麗(紅)のメンバーで明るい茶髪をセンター分けにした青年である。青年は白く長い腕を上げ、真っ直ぐ火影の方。正確にはを指差してはっきりとした声で言った。


、下りて来い。お前の相手はこの俺だ」


自分が指名されたことに只々驚きを隠せないでいる。風子やさっきまで喧嘩をしていた土門や水鏡にも聞こえていたのだろう、動きを止めて青年とを交互に見る。青年はを指差す手を下ろすと腰に手を置いて不敵な笑みを浮かべた。


「紅麗様から貰ったんだろ?見せてみろよ、空神の力を」


青年のその言葉に1番に反応したのは勿論だった。無言で1歩前へと踏み出し飛び降りてリングの上に降り立つ。火影陣の方では慌てて風子がの名を呼んでいるのが聞こえたが、それよりも今は”紅麗から貰った空神”この言葉が皆引っかかっているようである。


「空神…もしかして…」

「知ってんのか!?」

「もし、もし私の思う魔導具だとしたら…」

「だとしたら…?」


陽炎が呟いた言葉に真っ先に食いついたのは土門。皆の視線が陽炎に集中している中、陽炎は深刻そうに呟く。先の言葉を言わず、黙ってしまった陽炎を促すように風子が尋ねれば、陽炎はリングに立つを見て、重い口を開いた。


が、危ないかもしれないわ…」


陽炎が意味深げにそう呟いた刹那、観客の男達が何やら布を広げて声を上げた。その声が響いてリングがビリビリと震えている。行き成り上がった声に中傷か何かと肩をびくつかせただが、広げられた布の文字を見て呆気に取られた。その衝撃が強すぎて言いたい事は山程あるというのに言葉が出ない。否、言葉にならない。


ーーー!!」

っ」

っ!っ!」

っ!!好きだぁあああ」

「今日も可愛いぞぉおおお」

「ウエスト細ぇ!エロいぞおおお!!」


怒声の様な強い声も耳をすませて聞いてみれば間が空くことなく絶えず聞こえてくる自分の名前。告白や褒め言葉、変態的発言なんかも聞こえてきて妙に恥ずかしくなってくる。布の文字に目を向ければ大きくと刺繍されたものや、我愛など様々な文字が書かれている。その中でも特に目に付いたものが”神速の!全勝!”と大きな黒地の布に金色で大きく刺繍されたもの。全勝はこの試合結果によっては達成できないわけで、妙にプレッシャーがかかって胃が痛むような錯覚を覚える。応援してくれているのは有り難いし嬉しいのだが、今まで火影を批判する人が多かった故に妙に抵抗を感じてしまう。


「決勝戦第3戦!VS黒塚!!始め!!」


試合の審判である十二支で人参の竹刀を持った亜馬樹がコールする。すぐに頭を戦闘モードに切り替えて視線を黒塚に向けて息を吐く。先に仕掛けたのはだった、目にも映らぬ速さで黒塚の背後の回れば容赦ない蹴りを繰り出す。しかしそれを黒塚は易々と体を逸らして避けるとに向って拳を握り殴りかかった。体を捩り、手でガードするも勢いよく吹っ飛ばされる。宙で体勢を整え、リングに片足で着地するとすぐに駆け出し黒塚に向かって行った。


「空神は使わないのか?韋駄天だけで俺に勝てるとでも思ってるなら大間違いだぜ」

「!!」


黒塚に向って行っただがすぐにその場で止まろうと足を止めてブレーキをかける。しかしそう簡単にはスピードが落ちるわけもなく、体はそのまま黒塚に突っ込んでいった。咄嗟に後ろに倒れるように上半身を倒せばその上ギリギリを風の音を鳴らして通る剣。あのまま走り抜けていたら首が落ちていただろう、そう思えば一気に熱が下がる。が剣に気をとられたその一瞬、体勢を立て直す前に黒塚はの顔を蹴り上げた。丁度左の額辺りに命中したようで血が吹き飛びは少し離れたところに受身も取れずに倒れこむ。


「弱っちーな、お前。もうちょっとマシだと思ってたんだけど…まぁ、いい。さっさと終わらせるぜ」


呆れたようにそう息を吐いて黒塚は言うと剣を左手に右手を前へと突き出した。その右手首に付けられた太いブレスレットの様なもの。そこには大きな核のようなものが付いていて”闇”と文字が刻まれている。いち早くそれに気付いたのは陽炎で、陽炎は驚き目を見開くとリングの上でまだ倒れているに向って叫んだ。


!!早く立って逃げなさい!!」

「どうしたのさ陽炎!そんな慌てて」

「早くあの場から離れないと危険なのよ!黒塚の魔導具の範囲内に入ってしまうわ!」

「範囲内?」

「無駄無駄、”闇籠”の範囲はこのリング上全域にあわせてある」


水鏡が陽炎に聞き返すが陽炎が答える前に先に黒塚が答えた。その謎の発言に土門が黒塚に向って「どういうことだ!?」と叫ぶ。愉快そうに、そして馬鹿にしたような笑みを浮かべて黒塚は右手首についたブレスレットを上に掲げて言葉を繋ぐ。


「見えるか?俺の魔導具、”闇籠”能力はまぁ、見てからのお楽しみにっつーことで」


頭から流れる血が頬を伝ってリング上に落ちる。はゆっくりと手を膝について立ち上がれば黒塚は口角を吊り上げた。足を肩幅に開き、は戦闘態勢をとれば黒塚は高らかに笑った。そして会場にいる全員に聞こえるように言葉を発する。


「闇籠、発動」


黒塚の言葉に反応して核が一瞬眩い光りを放ったと思えば、その核から物凄い勢いで黒い何かが飛び出し周囲を黒で塗りつぶしていく。行き成りの事にが驚いて周囲を見渡したが既に時は遅し、まるで真っ暗な部屋の中にいるかのような、光り1つない闇の中には立っていた。一方その頃、観客や火影陣では目の前の光景に目を疑った。


「何だよ…ありゃあ…!!」

「あれが闇籠の能力よ」


土門が搾り出した言葉に陽炎は真っ直ぐリング上で起きた光景を見る。リング上は黒いドーム状の何かに包まれ、中の様子が全く見えない。その大規模な結界のようなものに観客達も戸惑い口々に疑問の言葉を発するために会場はやけに騒がしい。


「闇籠はドーム状の闇の空間を作ることが出来る能力よ。あの空間内に入れば光りがない闇の世界。自分の姿も勿論相手の姿すら見えず、無で形成されたあの空間では導具の所有者の声しか聞こえない。闇籠の本体である黒塚の手首についた魔導具の核を破壊するか、黒塚自身が解除しない限りあの中から出ることは出来ないわ」

「それってヤバくねぇか!?」

「ええ。あの魔導具は力のない忍がよく使用したり、拷問に使っていたもの。殺気も相手の足音も一切感じないあの空間内ではまず普通の戦闘は出来ない、一方的な試合になるわ」

「それってめちゃくちゃヤバイじゃんか!!!もういいからギブアップして戻って来な!!」

「無駄よ、闇籠の作ったあの空間の中に入っていれば外部の声は中には聞こえない」


ドームに向って風子が叫ぶが陽炎が表情を歪めてそれを制した。攻撃能力を持たないが暗闇の中、黒塚を探しだし魔導具を破壊することは不可能に等しい。黒塚も馬鹿ではない、そう易々と攻撃を受けるわけがないのだ。すると高らかに笑う声が聞こえ、火影陣はその声のした方、麗(紅)の方を見る。命が笑っていた。



「ホホホホホホホ!勝利有りですね、未だ誰も闇籠から脱出できた者はいない。あの女、死んだわね」

「そんな…っ!」



瞳から大粒の涙を流し膝をついた柳。複雑そうな表情を浮かべる陽炎、俯く風子、小金井、土門。いつもなら風子や土門が命に言い返しそうなところではあるが、誰も言い返そうとはせず歯を食いしばって黙り込んでいる。観客たちまでもが黙り込んでその成り行きを見守っていた。涙を流し地面に染みを作る柳の隣に水鏡は立つと、片膝をついて柳の背を軽く1度叩いた。


「水鏡先輩…っ、」

「大丈夫だ。はこんなところで挫けるような女じゃない」


水鏡は柳にそう告げると視線をドームの方へと向ける。真っ黒な色をしたドーム状の闇。確かに攻撃能力を持たないにこの戦闘は確かに不利である。しかし水鏡は、何故だか理由は分からなかったが大丈夫だという確信があった。





















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