「っ…!!」

「痛いだろ、怖いだろ?何処からいつ来るかわからない攻撃、耐えられないだろ?」


闇の中にたった一人立っている。見えない分気配や物音に集中していたのだが行き成り左の二の腕を深く切り裂かれ、その激痛と何故気付かなかったのかに兎に角驚いた。右手で切り裂かれた二の腕をきつく握ればどろりとした生暖かい触感がし、血が重力に従い腕を伝って中指や人差し指の先から地面に落ちていく感覚がする。しかしその血が地面に落ちる音がしない辺り、此処は何もない無の世界なんだとは認識した。そう考えれば、気配がないのも物音がないのも頷ける。


「かはっ!」

「お前には拍子抜けだったよ、紅麗様が空神を渡した女だって言うからどれ程の奴かと思えば…」


強く背中を蹴られ、受身もとれずに地面に倒れる。起き上がろうとするのだがそれよりも先に最初に蹴られ血が出ている頭部を強く踏みつけられ、その痛みと重みで起き上がることが出来ない。


「この程度の女だったとはな」


地面に倒れたまま、頭を踏みつけられた状態で上から声がする辺り、黒塚に抑えられているのだろう。すると何やら首筋に冷たく鋭いものを感じ、息を呑んだ。


「このまま綺麗に首を刎ねてやるよ」

「っ!!」


首筋に当てられているのは剣の切っ先のようだ。黒塚の言葉に目を見開き、は頭部の痛みに耐えて必死に暴れると黒塚に蹴りを喰らわせよう足を思いっきり振るった。それが黒塚に当たる刹那、頭部の傷口を押さえていた靴の感触が消えて体を押さえつけていた重みが消える。蹴りを避ける際に離れたらしい。すぐに立ち上がれば鈍い痛みが頭部に走り、右胸辺りが生暖かいと思って触れれば、頭部から流れた血が頬を伝って右胸の辺りに血で染みを作っていた。


「無駄な足掻きだな、お前の死は決まってるっていうのに」

「…勝手に決めないでよ、あたし負けないから」

「はぁ?負ける?ハッ!馬鹿だろお前!これは試合なんかじゃねぇ、殺し合いだぜ?」


「死ぬか生きるか、だ」と嘲笑い高らかに笑う黒塚の声を聞きながらはウエストポーチを外した。そしてウエストポーチのチャックを開け、そこに手を突っ込む。ウエストポーチの中から入れておいた其れを掴んで取り出せばポーチはその辺に放り投げた。気付けば黒塚は笑うのをやめて黙っている。からは何も見えないが、黒塚にはの姿は見えているのだろう。


「見せてあげるよ、空神の力。おめでとう、アンタが初めてだよ。見せるの」


が取り出した空神を右手に装着する。空と刻まれた空神の核が眩い光を放った。



















「ぎゃあああぁぁぁあああああぁあああああああ!!」




「何だ!?」

「これ黒塚の声だよ!」

「中で何が起こってんの!?」


突如闘技場に響き渡る悲鳴、土門に続き小金井が声を上げれば風子は食い入るようにのいるドームを見る。刹那、まるで爆発したかのようにドーム状になっていた闇が吹き飛んだ。観客達や火影陣、麗(紅)陣の方までその爆風のような強い風が容赦なく襲い掛かり顔の前で腕を構えて反射的に目を瞑る。暫くしてその強風は止み、皆が恐る恐る目を開ければリングにあったドーム状の闇は無く、今まで闇籠で見えなかった黒塚との姿が見えた。


………?」


立っているの姿に無事だったと、歓喜して声を上げた風子だが直ぐにその表情は歪むこととなる。2本の足で立っているものの、微動だにしないの体。結っていた髪はゴムが切れたのだろうか、無造作に散らばっている。俯いて表情は窺えないが頭部から出血していて頬を伝い顎から落ちて白いTシャツに紅い染みを作っている。同時に左の二の腕が深く斜めに切り裂かれていて未だ止まっていない血が伝ってリングの上に少しの血溜まりを作っていた。そして何より目を引くのが、の右腕に装着された昆虫めいた禍々しい形をした物だ。細かい引っ掛ける足のような物があり、それがの指の間や手首に引っかかって装着されている。手首辺りに埋め込まれている宝玉には空という文字が刻まれ、手首より下の後ろ部分からは長い足の様な触覚の様な形容し難い物が2本あり、それが深く深くの腕に突き刺さっている。時々、ビクビクッと昆虫のように醜いその体を反応させていた。それを装着したの右腕は触覚の様な足が突き刺さっているところからは勿論、右腕自体がぼろぼろで血で真っ赤に染まっている。指先から血が落ちて足元には大きな血溜まりを作っていた。対戦相手であった黒塚はどんな攻撃を受けてそうなったのかは分からないが全身ボロボロ血まみれでリング上に倒れている。黒塚の手首に装着されていた闇籠の核は見事に粉砕されていた。魔導具を破壊され、闇籠の能力が解除されたようだ。


「陽炎、もしかしてあれが…」

「そう、空神よ」


風子の問いに陽炎はのその状態を見て目を細めながら答えた。黒塚の容態を見る限り、相当な殺傷能力を持っているのはわかるが使用者であるにも相当な負担があるらしい。それは一目瞭然だった。すると、今まで黙っていた紅麗が一歩前に踏み出してと黒塚を見下ろして言う。


「流石、空神の能力は高いようだな。…使いこなすことは出来なかったか」

「…ハッ」

「…ちゃん?」


紅麗の言葉に反応するようにぴくりと指が動き、続いて口角を吊り上げが発した言葉はの声だというのに何故かの声じゃないような、なのにじゃない。リング上でたった一人で立つ彼女の真逆の雰囲気に小金井は困惑した。小金井の口から漏れたの名を呼ぶ声も何処か弱々しい。そして次の瞬間、は勢いよく顔を上げた。


「ギャハハハハハハハハハハハハ!」

…?」

「ど、どうしたってんだよ…?」

「何か、様子可笑しいよ…!」

「………」

ちゃん…?」


の下品な笑い声は大きく、闘技場によく響き皆を黙らせるには十分すぎる程だった。それ程にその笑い方はのイメージからはかけ離れていて、風子や土門、小金井、柳も目を丸くして動揺を隠せないでいる。火影のメンバーで唯一何も反応を見せず黙っていた水鏡はリングの真ん中で血を流しながら笑い続けるから視線を外さずに陽炎に声を掛けた。


「アレが空神か?」

「ええ。事態は良いとは言えないかもしれないわ…」


陽炎が不安げに視線をリングに立ちまだ下品な笑い声を上げて笑うへとむける。その瞳は狂気に満ち、観客達も戸惑いを隠せないでいる。空を見上げて笑うは視界の隅で紅麗の姿を見つけると顔ごと視線を其方へ向けた。


「ギャハハ!久々によく笑ったぜェ。お、其処の仮面がに俺をくれてやった奴だなァ?」

「空神か。その娘の魂を喰らい体を乗っ取ったか?」

「いーやァ。この体はこいつのもんだ。俺が出て来るのは今日で最後なんだよォ、こいつは合格だからなァ」

「合格ですって!?それじゃまさか!」

「…屈服に成功したのか」

「屈服?」


の体で言葉を話す空神、つまり先程の笑いも今の話しているのもの体を借りて空神がしていることである。空神の合格の言葉に真っ先に食いついたのは陽炎だった。珍しく声を上げて空神、に向って叫べば、静かに紅麗は言葉を発する。紅麗の言った屈服の言葉に風子は眉を潜めて首を傾げれば、陽炎が1度頷いた。


「空神も風子の風神や戒の氷魔閻同様意思を持った魔導具。空神は特殊な魔導具で使い手を選ぶ!それだけじゃない、空神を自在に操る為には屈服させる必要があって、これが大変なのよ。空神を屈服させるには只の力技じゃ駄目なのよ、強い精神力と空神との相性の良さが必要とされる。相性が悪かったり、精神力が弱ければその隙をついて空神は術者の魂を喰らいに来る。魂を食われ体を乗っ取られた術者は沢山居たと聞くわ。故に殆どの忍が空神に触れようとしなかった…。また、屈服させるまでは己の血を代価に差し出さなければならないと言われている、あのの腕に刺さっている2本の触覚から血を吸い取っているのでしょう」

「ちょい待ち!でもの腕にあの触覚みたいなの突き刺さってるじゃん!これって、まだ屈服できてないってことでしょ?それに実際の体使って空神が喋ってるよね?屈服に成功したっていうより、…こんなのあれだけど私には魂を喰われたようにしか見えないよ…」

「安心しなァ、御嬢ちゃん。俺ァの魂は喰っちゃいねぇよォ、一応こいつは俺のご主人様だからなァ!」

「…なら何故その体に空神、貴様が居る?」

「これが最後だ、俺がこいつの体に入って直々に俺の使い方を教えてやっただけぜェ。俺の能力はそんな簡単に使いこなせる程、単純な技じゃないんでねェ。こうして1回は体に分からせる必要があるんだァ。屈服自体は昨日の晩には終わってあんだよォ。ま、ギリギリセーフってやつだなァ」


陽炎の説明が終わったころに風子は声を上げた。の腕には相変わらず2本の触覚が深く突き刺さったまま。風子の言葉を聞いていたのだろう、に入っている空神が火影陣の方に振り返った。その顔つきは不敵の笑みの標本のようで、本来のを知る者達からすれば不自然過ぎる表情だった。紅麗の問いにもちゃんと空神は答えると右腕を顔辺りまで掲げて見る。皮がボロボロに捲れ、いたる所から血が滲み出て表面を伝いリング上に落ちてまた血溜まりを大きくする。


「今回は荒業だったからなァ、腕がこんなボロボロになっちまったが次からは問題ねぇよ。安心しなァ………っと、まだ意識あったのかァ?」

「ぅぐ…、!」


肩で荒い呼吸を繰り返し何とか立ち上がろうとする黒塚を横目で見ては笑う。吐血をしつつも何とかして立ち上がった黒塚は焦点の定まらない目での姿を捉えると、丸腰のまま、拳を握ってに向って一直線に駆け出した。



「うぉおおおおおおおぉおおおお!!」


「観客の皆様方ァ、よーく見とけェ?もう一生見れねぇかもしんねぇからなァ!俺にご主人様が出来た記念にだァ!この空神様の力をその目ん玉に焼き付けとけよォオ!」



にやりと口角が吊り上がった、そしてボロボロで血まみれの右手を黒塚に向けた。刹那、音を立てて黒塚の体が爆発した。内部爆発ではなく、その体の周囲で爆発が起きたようだ。口から大量の血を吐き、既に目は白目を向いていて受身も取ることなく黒塚はリングに倒れる。唖然としていた審判だが直ぐに我に帰るとカウントを取り出した。


「1!」

「今の…何!?」

「2!」

「あれが空神の能力よ」

「3!」

「空神は空気を操ることが出来るの」

「4!」

「酸素を薄くしたり、空気を圧縮させて壁を作ったり、使い方は様々」

「5!」

「恐らく、今のは空気を爆発させたのでしょう」

「6!」

「爆発なんかも出来るのかよ!!」

「7!」

「空気が関わるのなら何でも出来るわ」

「8!」

「いくらでも応用の利く魔導具よ」

「9!」

「10!勝者!」


亜馬樹の宣告にどっと沸きあがる会場。陽炎が空神の能力の説明を聞き信じられないと言わんばかりに目を見開く風子達だがの勝利が決まると表情は一変し笑顔を浮かべて騒いでいる。会場が騒がしい中、は1度紅麗の方を見れば口角を吊り上げて笑った。すると空神本体がビクビクッと動き、の腕に深く突き刺さっていた2本の触覚が勢いよく引き抜かれる。その足はぐるぐるとの腕に巻きつけば、は糸が切れたかのようにすとんと顔を俯かせた。ぽたぽたと両手の指先から落ちる血、足元の血溜まりはどんどん大きくなっていく。しかし其処に立って俯くは微動だにせず、2本の足で立っていた。





















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