が勝った!」

ー!アンタ凄いよ!よくやったね!」


火影陣は騒がしい。一時はの負けを覚悟したのだが、こうして見事勝利した。風子が口元に手を添えて大声でに向って叫ぶのだがに反応はない。俯いたまま身動き1つ、ぴくりとも動かないに火影は動きを止めた。それに気付いた観客達も騒ぐのをやめて静かにリングの上に立つを見る。ぽた、ぽた、との指先から落ちる紅い雫が落ちる音がやけに耳についた。


「…もしかして、死んでるんじゃねぇの?」


誰が言ったか分からない、恐らく観客の誰かなのだろうが、その言葉を引き鉄に火影一同が一斉にリングに飛び降りた。1番先にに駆けつけたのは風子で、の両肩を正面から引っ掴む。


!!」


風子がかなりの近距離での名を呼んだ。だがに反応はない。肩を掴んだ衝撃で俯いていたの顔が少し上へ上がった。見えたのは無。無表情で目に光はない。死人のように青白い肌、しかしは立っている。


「こいつ…、立ったまま気絶してやがる」

…。アンタ…っ」


気を失っても倒れることなく2本の足でリングに立つ。勝利への執念がを其処に立たせているのだ。大会が始まる前とは大違いな真っ向から戦いに向う姿勢がうかがえる、火影の中で誰よりも変わったのはかもしれない。風子が瞳に薄っすらと涙を浮かべて強くの体を抱きしめる。しかしが反応を示すことはなかった。


「出血が酷い。すぐに治療を施さないと危険だ」

「…わかった」


水鏡がの肩に手をおいて風子に声をかける。指先から落ちる紅い雫は止まることなく落ちている。風子は1度より強くを抱きしめれば体を離して水鏡を見上げて1度頷いた。それを見て水鏡はの背と膝裏に手を回して抱き上げる。そして火影陣に戻るべく背を向けるのだが立ち止まって振り返ることなく言葉を繋いだ。


「風子」

「何さ」

「その酷い顔を早急にどうにかしろ」

「はぁ!?酷い顔って何よ!!」

が目覚めた時に心配する」

「!…そうだね」

「………」


風子は目を見開いて水鏡の背を見つめるが、水鏡は風子の視線に気付いているのだろうが振り返ることなく歩を進めて火影陣へと戻っていく。土門は何かを言うわけでもなく、ただ風子の頭を優しく一撫でだけすると水鏡の後を追ってリングを後にした。残された風子は俯きながら小さく笑みを浮かべ、次に顔を上げたときには何時もの強気な笑みを浮かべて麗(紅)陣にいる命を指差して声を上げるのだ。


「そこの仮面少年!!風子ちゃんが相手してやるっ、降りて来な!」


観客側から大音量での風子コールが湧き上がる。特に男性陣から大人気のようで、の試合開始前と出来事とデジャヴを感じずにはいられない。火影陣にを抱えた水鏡を戻れば焦りの色を見せている陽炎と、瞳に大粒の涙を浮かべた柳が駆け寄ってきた。地面にゆっくりと静かに水鏡はを横たわらせると顔を上げて柳を見る。


「柳さん、」

「わかってる!」


強く返事を返し、すぐに両手をに翳して治療を始めた柳に水鏡は視線を再びに向けた。瞼を下ろし、まるで死人のように血の気の悪い肌の色をして眠る。只でさえ色白の肌だ、傷口から流れる血はその白を背景にしているためにとても目立つ。今まで平凡に学生をしているの腕は今や傷だらけで血まみれだ。傷の1つや2つどころじゃ済まないだろう、柳の治癒能力によって癒えていく傷をぼんやりと眺めながら水鏡はどれだけの傷がこの肌に残るのだろうか考えた。


「(…何を考えているんだ、こいつに傷が残ろうと関係ないだろ。戦いを望んだのは自身だ、僕が気にすることじゃ―――気にしているのか?この僕が…?)」


傷がどんどん癒えていく。半分以上の傷が癒えたというのに顔色が悪いのは血がたりていないのだろう、あれだけの血を流したのだ。当たり前とも言える。目を覚ます様子もまるで無く、柳は溢れる涙を堪えきれずボロボロと流しながら震える手で一生懸命治癒を続けた。陽炎はそんな柳を見て悲しそうに眉を八の字に下げると、柳に歩み寄って肩に触れた。


「傷も殆ど癒えた、あとは医務室に運んで輸血してもらいましょう」

「ごめんなさい、私…本当に何も出来ない…っ!」

「柳さんが悔やむ事じゃない、仕方が無いんだ。医務室には僕が運ぼう」


陽炎の言葉に悔しそうに下唇を噛んで治癒を止め俯き柳の吐き出した言葉は悲痛で掠れてしまった小さな声だった。柳の頭を軽く一撫でし、言い聞かせるように静かにそれだけ告げれば、再び背と膝裏に手を回して抱き上げ、出口へと向って歩み出す。廊下に出れば観客達の声は小さくなり、暫く歩き続けると戦っている音だろうか、そんなぶつかり合うような音すらも時期に聞こえなくなった。角を曲がり、まるで来た道を辿るかのように歩を進める水鏡。最澄が手術を受けている隣の部屋が医務室である。迷うことなくその扉に歩み寄れば中から扉が開けられ、医師にベッドに運ぶよう告げられる。会場での騒ぎをどうやら知っているようだ。すでに連絡が回っていたのだろう。ベッドに下ろせば早速輸血の準備が行われ、医師がベッドの周りを囲むように立ったと思えば手際よくチューブの繋がれた針を腕に刺し、まだ癒えきっていない傷口に治療を施し包帯を巻いていく。あっという間に終わった治療、医師たちがどれだけ腕の良い人たちなのかが嫌でもわかってしまう。慌しかった医師たちも今は去って、其処にはベッドに横たわり先程よりは血の気の良い顔色で眠るとベッドの傍らに立った水鏡だけが居た。


「(僕が、何も知らない相手を気にする?……そんな馬鹿なこと…)」


何故だ?そう問うかのような視線を水鏡はに向けているが、意識がないが答えるわけもなく只沈黙が続くだけ。瞼を下ろし、小さく息を吐いて水鏡は近くのパイプ椅子をベッドの傍に引張ってくると其処に腰を下ろして足を組んだ。腕に刺された針、肘辺りには柳の治療により穴は塞がっているが空神の触覚の様な足が2本刺さっていた大きな穴と、同じような癒えてはいるが薄っすらと痕が残った穴が複数ある。以前から今回のように空神の触覚の様な足が腕に刺されることが何度もあったということが分かった。水鏡はまるで吸いつけられるように手を伸ばし、の無造作に散らばる髪に手を伸ばす。毎日手入れは欠かさずやっているのだろうか、本人にしか分からないことだが、さらさらで艶のある髪は水鏡の指先から滑るように落ちた。水鏡はじっと己の手を見つめる。


「(何だ、このもやもやしたものは―――…)」


答えが出ない、これ程気持ちの悪いものはない。恋愛感情ではないはず、しかしこの感情にしっくりと来る名前が浮かばない。どれだけ考えても出てこない、考えるだけ無駄だと結論を出した水鏡は腕を下ろして視線をに向ける。血が回ってきたのだろう、さっきまで死人のようだったというのに表情も顔色も見れるものになってきていた。


「(早く起きろ、もうお前は火影の中で大切な位置に存在するんだ)」


水鏡は静かに瞼を下ろし、一言も言葉を発することはなく静かに其処に居る。が目覚めるまでこの場を離れる気はないのだろう。



















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