森光蘭の姿がモニターに映し出され、この戦いを許可すると宣言した。子美が強くテーブルを叩き立ち上がってモニターに向ってルールを捻じ曲げてでも許可する必要はないと訴えるも森光蘭はたった一言「黙れ」と一蹴する。森光蘭のその瞳に恐れ、子美は口を噤んだ。


『花菱烈火は来ない…これは本来、敵前逃亡行為!不戦敗とみなされても文句は言えぬのだ。だが私は慈悲深い―――火影に尋ねるぞ…烈火は来るか!?』

「あったりめーだ馬鹿野郎。来る!」

『……ならば…奴が来るまで紅麗と戦え!!!ただし奴が来るより早く全員死んだ時、火影の負けを宣告する!!』


自信満々に風子が烈火が来ることを宣言すれば森光蘭は紅麗と戦うよう火影に言った。その言葉を聞いて土門は強く地を蹴ると飛び掛るように紅麗に襲い掛かる。しかし紅麗はたった片手、炎を出すこともなく土門の顔を鷲掴みにするとリングが砕けるほど強く叩き付けた。血を飛び散らし倒れたまま動かない土門を見て風子が土門の名を叫ぶ。


「一人の男はあまりの恐怖に姿を消した。しかしその仲間は男の出現を信じて疑わない。結果、その仲間達は一人…また一人と死んでゆく事になる。我が身を案じた逃走が、信じてくれた仲間を見殺しにするのだ!!これを…哀れと言わず、なんと言おう」


次に紅麗に襲い掛かったのは水鏡だった。閻水を手に紅麗に斬りかかるがそれは切り裂いた刹那、消える。紅麗の幻覚だったのだ。そして水鏡の後ろには複数の紅麗が立っていて水鏡の背中から血が飛び出す。が反射的に「水鏡先輩!!」と声を上げたが水鏡は反応を示すことなくその場に受身をとることもなく倒れこんだ。


「幻術だよ、水鏡君…君ほどの手練が同じ手に二度もかかるとはね。先の戦いのダメージもあるのだろう。そして…焦りがあるのだ!烈火が来ないかもしれぬと!!本当に信じきれるか!?命を賭けてまでも信じる事ができるか!?」

「るっせえ!」


風子が紅麗に拳を握って殴りかかるが、その拳が紅麗に届く前に紅麗に殴り飛ばされ風子も倒れる。そして紅麗は大きな声を上げて断言した。


「奴は来ない!!」


紅麗が最後に残ったの方へと振り返れば口を噤んで黙り込みを見る。も黙ったままで真っ直ぐ紅麗を見据えた。


「あの空神を屈服させた女…殺すのは惜しいが仕方あるまい」

「嘘つき」


のこの一言が騒がしかった闘技場を一瞬にして静まり返らせた。小金井同様、紅麗を嘘つき呼ばわりしたに此処にいる全員が注目していたのだ。先程まで浮かべていた複雑そうな表情ではなく、真っ直ぐと真剣な眼差しでは紅麗を見ていた。そしてはっきりとした口調で言葉を繋ぐ。


「紅麗さんは薫くんの言う通り嘘つきですね。殺すのが惜しいなんて嘘です、空神をあたしにくれたのは攻撃能力を持たないあたしが生き残る為ですよね?何でそんな嘘をつくんですか。思ってもいない癖に」

「フン、とんだ妄想だな」

「そんな仮面を付けても隠し切れないものだってあるんです。本当は優しい人なのに、何でそんな悪役ぶるんですか。そんな事したって紅麗さんが辛いだけ…、!!

「よく回る舌だな」


紅麗は一瞬での目の前に現れると容赦なくを殴りつける。受身をとることすら出来ずはリング上を擦って後方に飛んだ。紅麗はそんなを見て言葉を繋ぐ。は両手をついて体を起こそうとするが先程の戦いのダメージが抜け切っていないらしくなかなか立ち上がれない。むしろ怪我の痛みが余計に酷くなってき、冷や汗が出る。火影全員が倒れた所でぽつぽつと、観客達が烈火の名を口にし出した。


「烈火…」

「烈火…」

「烈火っ」

「来る!!来ないはずあるか!!」

「そうじゃ!!」

「あいつは……」

「来る!!」

「烈火!!」

「烈火!!」

「烈火!」

「烈火!!」


再び騒がしくなる闘技場、観客全員が烈火の名を力の限り叫んでいる。小金井は最澄を支えて立ち上がるとの方を向き、背を向けて立っている紅麗にはっきりと「来るよ」と言うのだ。紅麗がゆっくりと小金井と最澄の方へと振り返る。


「烈火兄ちゃんは絶対逃げないよ。俺も…信じてる」


手から炎を出して体ごと紅麗は小金井と最澄に向いた。しかし其処には小金井と最澄だけでなく、その前にまるで守るように両手を広げて立ちはだかるの姿があった。韋駄天を使い一瞬で移動したようだが、立っているのがやっとなのか体が小刻みに震えている。しかしの瞳は震えることなく、力強い光を持っていた。


姉ちゃん!?」

「…ついこの間まで只の平凡な学生だったと聞く。よくも立っているのもやっとだという体で私に戦いを挑んだものだ」

「こんな戦い無意味だ!十分過ぎるぐらいにお互い傷付いてるのにこれ以上わざわざ傷付け合わなくていいでしょ!!」

「勝手に言っていろ。…小金井、信じる者を間違えたな……」

姉ちゃん!危ないよ!!逃げて!!」

「薫くんは紅麗さんのことだって信じてるんだよ!!」

「死ね!!」


が声を荒げて紅麗に訴えるが紅麗は聞く耳持たずである。そして炎を纏った手を、小金井、最澄へと向ければ最澄を支えながら小金井はに叫んだ。しかしは両手を広げたまま其処から動く様子はなく力いっぱい出せる限りの声を上げて紅麗に叫ぶ。しかし紅麗は躊躇せず達に向って炎を放出した。勢い良く高温な熱風を放って真っ直ぐ達に向って襲い掛かる紅麗の炎。だがその炎は、小金井、最澄を飲み込むも灰になることなく消し飛んだのだ。


「!?幻!!?」

「わははははははは!!てめえ程の手練がよくひっかかったなぁ!!焦ってたんじゃねえのか?俺が来るって!!新生火影忍軍頭首!!姓は花菱、名は烈火!只今推参!!」


消し取った、小金井、最澄の幻は烈火の火竜である塁の姿となってその姿を晒している。そして火影メンバーは勿論の事、観客達もが待っていた人物の声が闘技場に良く響いた。元居た位置から離れ、右手に小金井、左手に最澄の首根っこを掴み、肩にを乗せて烈火は其処に立っていたのだ。小金井、最澄、そして最後に烈火はをリング上に降ろすとの痛々しいまでに傷付いた右腕、巻かれた包帯、滲んだ血を見てにかっと眩い笑みを浮かべるとくしゃりとの頭を一撫でする。そして「任せろ」と言えば今度は陽炎と共に火影陣に立っている柳を見上げて、烈火は笑うのだ。


「ただいま、姫!」


両手を口元で押さえて、涙を流しながら何度も頷く柳。観客達にも涙ぐむ人が居て、そして全員が一斉に声を揃えて烈火の名を叫んだのだ。烈火の名が響く中、小金井はぺたりと座り込んでしまっているの前へと移動すると戸惑ったよう様子で「姉ちゃん、」と声を掛けた。は小金井に視線を向けると首を傾げる。


「何であんな無茶したんだよ…。もし、もし烈火兄ちゃんが来るのがもう少し遅かったら…!」

「薫くん」


瞳に涙を溜めてそう言った小金井に、先は言うなと言わんばかりに名を呼んで遮ればは小金井の頭に手を置いてぽんぽんと軽く2度叩き、優しく撫でる。「今日は泣き虫なんだね、イイ男はそんな簡単に泣いちゃ駄目なんだよ!」なんて笑いながら言えば、今度は優しく微笑んで小金井に言うのだ。


「薫くんが無事で良かった」

「っ!」


の言葉を引き鉄に瞳から涙を流した小金井。そんな小金井には苦笑すれば「笑いなさい!」と歯を見せて笑った。小金井は下唇を噛んで乱暴に目を擦って涙を拭えば少し歪んではいるが笑顔を浮かべて「泣いてないよ!」と明るくに言った。そしてはそこで何かに気付いたように固まるとぐるんと顔を小金井から烈火に向ける。小金井はそのの急な行動に少々驚きながらも同様に烈火を見た。


「花菱くん」

「ん?どうかしたか?」

「ちょっと聞いてもいい?」

「いいぜ!」

「さっき紅麗さんに、てめえ程の手練がって言ったよね?それって紅麗さんが水鏡先輩に攻撃した時に言った言葉だよね、その後の焦ってるとかだって紅麗さんがあたし達に言った言葉だよね?何時から此処にいて、何で水鏡先輩が怪我したのに助けなかったの?何で見てただけだったの?水鏡先輩怪我したのに

「あ、いや、その…た、たたたタイミングが…!登場するタイミング逃しちまって…、!(水鏡の心配しかしてねぇ!)」


にっこりと笑みを貼り付けて背に黒いものを背負って言うが、烈火には鬼以上に恐ろしいものに見えた。その威圧感に烈火は顔を引き攣らせ、噛みながらも必死に言い訳をするのだがの笑みが消えることはない。はにっこりと笑みを浮かべたまま何も言わずじっと烈火を見ている。それが何より烈火は苦痛で、恐ろしかった。逃げ出したくなったのだがの笑みがそうさせてくれない。しかしそのの恐怖の笑みは意外とあっさり失せることになる。




「!水鏡先輩っ」


水鏡の登場により、貼り付けていた笑みも、背負っていた黒いものも一瞬にして消え失せる。そして烈火に向けていた視線もすぐに水鏡に移されることになり、烈火はそのの変わりように口元が引き攣ったが恐怖から逃れることが出来たので良しとしたようだ。一部始終見ていた小金井や最澄はお互いに顔を見合わせて苦笑する。水鏡はの隣に片膝をついて屈めば真っ直ぐを見て尋ねるのだ。


「立っているのもやっとだというのは本当か?」

え、(紅麗さんの馬鹿ぁあああ!!)えっとー…」

「それから、小金井と最澄を守る為とはいえ無茶し過ぎだ」

「ご、ごめんなさい…(先輩怒ってる…!)」


が肩を窄めて謝罪を述べれば水鏡は息を吐いた。しかしその表情は怒ったようなものと言うより呆れているものと言ったほうが近い。そして「無事だから良かったものの」と少し柔らかい表情で言った水鏡に、怒ってない…?なんて思いながらはもう一度水鏡に向って謝罪を述べた。


「烈火―――」


風子が烈火に声を掛ける。風子、土門は既に立ち上がっていて烈火に歩み寄れば最澄もゆっくりと立ち上がる。水鏡も立ち上がれば座り込んだままのを見て手を差し出す。はその差し出された手に頬をほんのり紅く染めて戸惑いながらも手を重ねれば水鏡の力を借りて何とか立ち上がった。烈火の二の腕には失った火竜を取り戻した証として再び文字が刻まれている。土門が歯を見せて笑って烈火に言う。


「次はお前だ!花菱!!今までのすべてを清算してこい!命はったこのマヌケな喧嘩大会も―――これでおしまいだ!!」

「オッケ!!」

「烈火兄ちゃん……紅麗を…」

「お?」

「………ん…なんでもない。がんばってこいよーっ!!負けたら怒るぞ!!」


笑みを見せて土門に返事をする烈火。小金井が烈火に声を掛け何かを言い掛けようとしたのだが結局何も言わず、浮かべていた暗い表情を何時ものような明るいものへと変えて小金井は火影陣へと戻る為にリング上に横たわっていた鋼金暗器を拾って駆け出した。そんな小金井には「花菱君なら…大丈夫」と小さく呟いた。それはまるで自分に言い聞かせるようにも聞こえる。すると刹那、水鏡の手を借りて何とか立っているの足がリングから離れて宙に浮いた。土門には担がれていたのだ。


「そんなんじゃ一人で戻れねぇだろ?」

「あ、うん。ありがと」

「何だその心の篭ってねぇ礼は!運び役は水鏡の方が良かったってか?」

「そりゃ水鏡先輩の方が良いに決まってるじゃん。でも水鏡先輩も怪我してるし…うん、仕方ないよね」

「突き落とすぞコラ」

「そんなことしたら呪ってやる」

「まじでやりそうで怖ぇよ!!」


風子、小金井は先に火影陣へと戻っていて近くには居ない。水鏡は先程まではの隣に居たのだが、土門がを担いだところで先に戻っていったのだ。故に此処に残っているのはと土門だけである。土門はを担いだまま楽々とリング上を蹴って火影陣へと戻ってくるとその場にを下ろす。やはりは立っていられないらしくその場に座り込んでしまった。すかさず柳がに駆け寄り治癒を施し始める。


「ごめんね、柳ちゃん。あたしが貧弱なばっかりに…」

「ううん。ちゃんも私の為にいっぱい傷付いて戦ってくれたんだもん、このぐらい当然だよ」

「柳ちゃん…!いいお嫁さんになるよ!」

「ええええ!?」


笑みを零して言ったイマリの言葉に柳は赤面して分かりやすく動揺した。柳の頭の中では烈火の姿が浮かんだのだろう。柳は赤面しながらもに「もう!」なんて可愛らしく怒りながら治癒を施している。そんなの肩を陽炎が軽く叩き、は顔だけを陽炎に振り返れば陽炎はある物をに優しく微笑んで渡したのだ。


「良かったら使って頂戴」

「あ!ゴム!!」


陽炎がに渡したものはヘアゴムだった。試合中にゴムを切ってからずっと解いたままだったの髪。陽炎に笑顔でお礼を良い、ゴムを受け取ると手馴れた手つきでは髪を束ねて右耳の後ろで一つに縛った。女の子というのは髪型一つで印象ががらりと変わるものである。髪を下ろしていたはやや大人っぽく見えたが、結ってしまえば何時もの。風子や土門が笑みを浮かべ、その後ろでは水鏡も小さく微笑んでいるようにも見える。陽炎も優しく微笑んでいて、柳はに治癒を施しながら「いつものちゃんだ」なんて笑みを零していた。





















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