「只今より!!最終試合を行います!!!麗(紅)大将、紅麗!!!火影大将、烈火!!!大将戦…っ―――始め!!!」


この試合で烈火が負ければ柳は奪われ森光蘭の手に渡る、紅麗が負ければ金輪際二度と烈火達の前に現れない。大将戦の審判である辰子のコールでついに最後の試合である大将戦が始まった。コールと同時に二人は動き出し、どちらも勢い良く後ろに拳を引いて突き出し拳と拳がぶつかる。力は互角、弾かれるように二人は少しだけ後方に飛び距離を置いて着地する。


「(そう言えば花菱君って紅麗さんと異母兄弟なんだっけ…命懸けの兄弟喧嘩…お父さんはみたくないんだろうなぁ…)」


試合が始まる直前までは柳の治癒により治療を受けていた。その為、傷はだいぶ癒され痛みもだいぶ引き立つことも可能になり現在風子の隣で試合を観戦中である。試合を眺めながらふと、はそんなことをぼんやりと思った。


「(…なに、あの顔だけ出てる女の人…)」

「…思ったよか早く出しやがったな」

「うん…」

「(…え、薫くんも石島くんもアレ知ってんの!?)」

「紅…覚えてる?みーちゃん。紅麗の洋館で初めてあいつを見た時、すげえ怖かった…その強さ、殺されそうな時まで美しいと思える事が…!!紅麗の炎、”紅”!!」

「(あれが噂の紅さんか!うお…確かに綺麗…あたしもあんな美人だったら水鏡先輩に振り向いて貰えるのかなぁ…)」


これだけ頭の中で関係のないことを考えられるのは、それだけ心に余裕が出来た証拠でもある。相変わらず空神で使った右腕はぴくりと動かすだけでも痛みが走るが他の傷はだいぶ回復しているので問題はなさそうだ。紅麗が紅を出してから烈火も火竜を出して炎を駆使しての激しい攻防が続く。紅に続き磁生を紅麗が出すと互角のように見えていた戦いも紅麗の一方的なものに代わり、烈火は紅と磁生に苦戦を強いられる。紅が烈火を押さえつけ、磁生が容赦なく烈火をサンドバック状態で殴りつける。そして紅麗が烈火の頭部を蹴りつければ烈火は大の字になってリング上に倒れた。観客達もこの一方的な試合に頭を抱えるものも居れば目を逸らすものまでいる。烈火が負けると思ったようで、観客の誰かが烈火の負けだと言った。勿論そんな事を言われて黙っているような火影ではない。事実誰も烈火の負けは思っていなかった、烈火が勝つ事を信じているのだから。弱気な観客達に柳が「勝手な事言わないで!!!」と叫び、その後烈火が勝つと断言する。柳の言葉に土門は腕を組んで何度も頷いており、と風子は口角を吊り上げていて、小金井や水鏡も動じた様子はない。心の其処から火影は烈火の勝利は信じていた。その後、烈火は立ち上がり、辛気臭かった観客達も元気を取り戻して声を上げた。


「スゲえええ!!」

「あいつやっぱスゲええーーっ!!」

「確かにたいした精神力ぢゃ!ま、そーでなくてはあそこまで紅麗とは戦えんからの」

「この声!」

「(水鏡先輩がぽかんってしてる!ちょ、可愛い…!悩殺だっ!)」


観客の声に賛同するように聞こえてきた声に1番最初に反応したのは柳だった。は何気なく見た水鏡が目を真ん丸にしている姿を見て思わず飛び上がりほんのりと頬を紅く染める。しかしその声の主、虚空が後ろから陽炎の胸を鷲掴みにしたことにより、陽炎が上げた悲鳴では直ぐに現実世界に戻されることとなった。陽炎に頬をビンタされ、虚空は陽炎から離れるとを見る。正確にはの腕にある空神を見た後にを見たのだ。虚空の視線に気付いたはとりあえず笑みを浮かべてみる。


「見事じゃ!この短期間で空神を手懐けるとはの」

「照れますって」


へらりと笑みを浮かべてそう言うに虚空は笑うと元気良く片手を挙手して「…というわけでお久しぶりぶりーーっ!!人呼んで謎のジジイぢゃ!!!」と挨拶をするのだ。そんな虚空に土門が何処に行っていたのかと尋ねると虚空は隠す事もなく答える。


「あいつをな…いろいろと試しとったのよ。なかなかどーしてたいした奴ぢゃ!!だが…真に恐ろしきは紅麗!!短時間の学習で強くなった烈火もスゴイが、おそらく奴はそれすらもしておらぬはず。天才炎術士じゃよ…!!だが、その天才を超える者を、ワシも見てみたい!」


虚空はぎりぎり前へと出るとそうはっきりと言った。まさか、そんな言葉が土門と風子、そして水鏡の頭の中で過ぎっただろう。そんな中、だけが慌てない。は虚空の正体を知っているのだ。以前聞いた天才武器職人の話、空神の話、それらと虚空から感じる他の人と違う空気の振動、そして空神の発言。この3つからは初めこそ信じ難かったが、となる1つの結論に辿り着いたのだ。


「ジャジャジャジャーーーン!ゆっくぞォ烈火ぁあぁ!!!」


強く地を蹴り、リングに立つ烈火に向ってまるでスーパーマンのように飛んでいってしまった虚空。選手以外の人間が入れば失格になる為、虚空のその行為に土門は焦って声を上げるのだが、虚空の姿が火竜へと変わり更に驚いて言葉を失ってしまった。の予想通り火竜だった虚空は烈火と一言二言、言葉を交わすと自ら烈火の中へと入っていき、二の腕に虚の文字を刻む。そして烈火は右手を高く天へと向かって伸ばした。


「早速だが使うぜ!竜之炎漆式!!!虚空!!!」


烈火が虚の文字を書いて虚空を出せば虚空は大きく口を開き、其処に崩の様な火の玉を作る。その火の玉から振動する空気にはこれから起きることを瞬時に予想すれば「やばい!」と声を上げたのだ。勿論、何のことか分からない火影陣は首を傾げている。


「目標はそこだ。よーく狙え」


烈火がそう言えば虚空はその玉からまるでレーザーのようなものを放った。紅麗には当たらず紅麗の後ろにあるドームの屋根をいとも容易く大穴を明けるとんでもない威力を持った攻撃。そのレーザー砲のような炎に紅麗は目を見開き、風子と水鏡は表情が引き攣っている。土門はというと腰が抜けて尻餅をついていた。大穴の開いた屋根からは瓦礫が落ちてきてその真下に居た観客達は悲鳴を上げて避難をする。暫しの沈黙の後、烈火の炎に闘技場中が驚愕の声を上げた。


「おーい。全員に忠告しとくぞ!!死にたくない奴は、今すぐ外に出ろ!!」


烈火が観客達に向ってそう言えば騒がしかった観客達も静まり返り、烈火の言葉に疑問を抱く。其々の席に座ったまま動かない観客達を見て、空海が立ち上がりマイクを通して観客達に真剣な表情で声を上げた。


「烈火の言うとおりだっ…今の炎を皆、見たであろう!!あれを例えば…崩と同時に出したらどうなると思う!!?一つの玉であの力だ!!無数の玉なら…!!」


空海の言葉に観客達の表情は一変し、血の気の引いた青い顔になる。そして一斉に悲鳴を上げて出口へと走っていくのだ。司会の十二支達が誘導していることもあり、闘技場から観客達の避難は円滑に進んでいる。勿論避難するのは観客達だけではなく火影メンバーもなのだが柳が一歩も動こうとしない。土門が柳の腕を掴んで強引に連れ出そうとするのだが柳は言うことを聞かなかった。


「急げ柳!!やべぇんだって!!」

「私は…っ、ここに残る!!烈火くんのそばにいたい!!」

「柳ちゃん…」


そんな涙を流しながら残るという柳に小金井は小さく柳の名を呟いた。すると土門の頭を掠って柳の手にくるくると弧を描いて収まる細長い火影の印が入った手裏剣。リングの上には柳に向って笑顔を向ける烈火の姿があった。


「母ちゃんからもらった、本物の火影手裏剣だ!宝物だっ、あずかっててくれよ!!行ってくれ。俺は必ず帰ってくる!!」


手の中にある手裏剣を握り締め、柳は烈火を真っ直ぐ見ると次に土門が腕を引っ張れば柳は従ってその場を離れた。柳が動き出したところで火影メンバーの避難が始まり、はリング上に立っている烈火と紅麗に何かを言うわけではなかったが視線を向けた。暫しその様子を眺めていると「!」と風子が声を上げてを呼ぶ。


「何ぼさっとしてんのさ!急ぐよ、走れる?」

「大丈夫!柳ちゃんの治癒のおかげだよ」


走り出した風子の後を追うようには今度はリングに振り返る事無く走り出した。既に導夢内に残る人は極僅かで廊下にもちらほらとしか人が居ない。混雑していたわけではないのですぐに導夢の外に出れた達は散らばることなく固まって立ち、導夢を見上げる。


『非常に危険な状態が予想されます!!皆さん、十分にご注意を…』

「大丈夫かな。あいつ…」

「平気さ!あいつがそう言ったんだもんね。な!!柳!!!」


土門の呟きに風子が笑みを浮かべながら答えれば陽炎の隣に立つ柳にその笑顔を向けた。すると柳は手裏剣を大事そうに両手で持って優しい笑みを浮かべて1度頷く。その柳の返事に風子は口角を浮かべたまま導夢を見て「烈火は…ウソはつかねーんだよ」と自信満々に言った。そして暫し時間が経ち、導夢から幾つものレーザー砲のような炎が飛び出して屋根や壁を粉々に破壊し大きな破片から小さな破片まで飛び散らす。その破壊力に全員が顔色を変えて容赦なく落ちてくる破片に戦える者は身構えて、戦えない者は悲鳴を上げて逃げ惑う。達にも導夢の破片、瓦礫が落ちてき直ぐにはまだ傷む右腕を上空にある瓦礫に向って突き出し空神を発動させようとする。


「空神は使うな」

「!」


そんな声が聞こえたと思えば、の前に鮮やかな髪が舞った。はこの状況にデジャヴを感じる。それはまるで大会が始まる前にエントリー用紙を提出した後、受付の男の合図で一斉に各々の手に武器を持って襲い掛かってきた男達に、恐怖で動けなかったの前に現れた其れと、一緒だった。たった数日前のことだがとても昔のことのように思える。鮮やかに閻水を操って瓦礫を切り刻んでいく水鏡。は水鏡は柳に付くと思っていたのでこの展開は予想外のもの。柳にが振り返れば小金井が柳に降りかかる瓦礫から守っていた。


「お前は無茶し過ぎだ。それ以上空神を使えばその右腕…使い物にならなくなるぞ」

「(つ、使い物にならない…!)だ、だって自分の身くらいは…と思って…!」

「少しは頼れ。風子にでも土門にでも、僕にでも」


そう言う水鏡の後姿は、とても頼もしくの心を擽った。落ちてくる瓦礫が細かく当たったところで怪我すらしないようなものになって来、地響きと砂埃を立てて崩れていた導夢も静かになり砂埃も晴れる。そして導夢が見れるようになればその導夢の変わり様、有様に全員が目を見開いた。最早原型を留めてすら居ない導夢、其処には何があったのかも分らないほどに崩れ去り瓦礫の山だった。そして導夢がこうなってしまうと紅麗と烈火の安否が気になるところである。水鏡が導夢に向って駆け出したところでもその背中を追う様に導夢に向って走り出す。導夢と言っても既にそれは導夢とは言えないようなものであり、表現としては導夢だったもの、が正しいのだろうが。


「花菱ぃぃぃぃいい!!!」


土門がその怪力を生かして大きな瓦礫を持ち上げては遠くに投げ飛ばして烈火の姿を探す。水鏡も大きな瓦礫に手をつければそれを退かせようと手を付いて必死になって押している。も水鏡の隣で瓦礫に手を付き力の限り押す。二人の力が加わって、瓦礫が少しだけ動いた。


「出て来いてめェーーっ!!花菱ィーーっ!!てめえは…俺の知ってる花菱烈火は…こんなモンで死ぬ程デリケートな奴じゃあねえぞ!!」

「あったりめえだ!!あのタコ、どっかの破片ふとんにして寝てるに決まって…」


土門は大きな瓦礫の上に立って周りに十分聞こえる大声で烈火の名を呼ぶ。続いて風子も力一杯瓦礫に手を付いて押しながらそう言えば、風子の隣に柳が立って、柳も必死に瓦礫を押している。空海が二人を捜せと指示を出せば観客達も其々瓦礫に近付いて行き紅麗と烈火の姿を捜す。全員掛りのそんな作業が暫く続けているとリングの方で何かが動いた。全員が手を止めてその方向を見れば瓦礫の間から片手が飛び出す。その手に土門や観客達が烈火の名を呼んだが其処から瓦礫を吹き飛ばし、立っていたのは烈火ではなく紅麗だった。紅麗はリングの上に立つと周囲を目だけを動かして見渡せば紅麗は怒鳴る。


「何処だっ烈火!!よもやここで死んだなどというマヌケな結末もあるまい!?貴様は私が直々に殺す!!これで終わりなど、許さぬ!!」

「…生きてます。烈火くんは約束してくれた。帰ってくるって。だから…だから…」


肩で息をしながら破片で切ったのか両手を血だらけにして瓦礫を手に柳が紅麗に向って言う。刹那、火薬が爆発し眩い光と煙を放てばそこから烈火が現れた。柳は涙を浮かべる事もなく、火薬の光以上に眩い微笑を浮かべて言った。烈火の無事を確認すればは瓦礫に付いていた手を放して瓦礫にも凭れかかるように背を預けて安堵の息を吐く。その隣で水鏡も安心したのか先程まで浮かべていた切羽詰ったような表情は消えていた。


「私はこう言うんです。”おかえりなさい”烈火くんっ」


烈火は紅麗同様リングに上がると審判である辰子に笑顔で手を振った。辰子は溢れ出る涙を拭い、マイクを左手に持ち、右手を天に叩く突き上げてコールする。


「両者生存!!!試合続行です!!!」





















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