最終試合、紅麗と烈火の試合は二人の生存が確認されて試合続行。辰子がそう宣言するが両者動かず見合ったまま。そして二人同時に動き出したかと思えば紅麗も烈火も炎は出さずに拳を突き出してお互い頬に相手の拳を受けながら、己の拳は相手の頬に命中させる。導夢を破壊するほどの力の解放により紅麗と烈火の精神力は限界、故に二人は炎を使えないのだ。最早ただのストリートファイト、二人の肉体だけを使った戦いが続く。しかし烈火の動きが少々ぎこちないところを見ると骨の一本や二本は折れているように思われる。その為、紅麗の方が優先のように見えた。


「烈火…お前はよく”守るべき者のために戦う”とほざくな?”それが忍だ”ともな…ヒーロー気分でいるつもりか?しかしな…そんな綺麗ごとなど…失った者のない楽天家のセリフにしか聞こえん。貴様に失う気持ちがわかるのか?わかるのか!!?答えろ!!烈火!!平凡な家庭に拾われ!!なに不自由なく気のままに暮らしてきた貴様!!そんな奴に、私の苦しみなどわかるまい!!わかるはずがないのだ!!」


紅麗は烈火を殴り飛ばし、倒れたところで後頭部を何度も何度も強く踏みつける。聞くに堪えないような、骨が軋んでいるような音に傍観している者達の表情は良いものとは決して言えない。紅麗の言葉は紅麗の苦しみだった。この時代に流れ着いてから、紅麗は色々とあったのだろう。沢山傷付いてきたのだろう。はそんな紅麗が見て居られなくなって目を逸らそうとする。しかし、それこそ紅麗に失礼だと思えば真っ直ぐ視線を紅麗に向けるのだ。


「…空海…といったな?貴様は一回戦でこいつに言ったな?”死んでも守る者の為、人をも殺す覚悟はあるか?”と…それは真理だよ。そしてその問いに出したこいつの答え…”俺は己の道をいく”…実にマヌケな…子供じみた返答とは思わんかね?そして自分の道を歩んだ者の姿が―――これだ」


紅麗は己の手よりも大きな石を持つと躊躇せずその石で烈火に殴りかかった。一部から避難の声が上がったが元々はあらゆる武器の使用を許可している武祭、石だからといって反則にはならない。


「烈火…幸せな現実と…苦悩の地獄が隣り合わせだという事を教えてやろう。貴様も……貴様も…貴様も地獄の苦悩を知れ!!烈火!!!今はまだ殺さん!!治癒の少女を森に奪われ!!”守れなかった”という己の無力さを呪わせ…失った絶望感!虚脱感を味わわせた後…!」


紅麗はリングの端から一本突き出すように刺さっていた鉄パイプを手に取るとそう叫びながら鉄パイプを振り下ろす。しかしそれは烈火に当たることはなく、振り下ろし烈火に当たる直前で烈火が片手で受け止めていた。そして鉄パイプを掴んだまま烈火は俯きながら立ち上がる。


「……俺…本っ当にバカだからよ…わかんねーんだ……自分が正しいのか…間違ってんのかもわかんねェ…正義の味方やってるつもりもねーしよ…それでも、足りねえ頭で山程よ…ずーーっと考えたんだ。わかった事は一つ…おめーへの気持ちだ。”ふざけるなよ馬鹿野郎”!!!」


烈火は強く拳を握り締めると紅麗顔を力いっぱい殴り飛ばした。リングの上を擦って紅麗は倒れると今度は烈火が話し出す。その表情は笑っているわけでも悲しいでいるわけでもなく、真剣そのものの表情だった。


「紅麗…イヤミじゃなくてよ…おめえは本当にスゲエ奴だと思う。そんだけ辛くて…悲しい思いをしてきた人間が―――そんな十字架背負ってそれでも足踏ん張って戦えるってスゲエよ。同情するつもりはねえが…音遠から話を聞いて、おまえがブッ倒していい奴か迷ったのも確かだ」

「……そこで…迷う事自体、貴様が甘いという証明なのだ!!!」

「けどよ…」


紅麗は立ち上がり地を蹴って烈火に向っていくが烈火に殴り飛ばされ、その後方にあった大きな瓦礫に激突すれば衝撃に耐え切れなかった瓦礫の方が粉々に砕かれる。烈火は言葉を繋いだ。


「ふっきれたよ―――しょってるモンがでけえってのはよ、こっちも同じなんだ」

「はっ!!笑わせるなよ烈火!!何一つ失ったことのないお前に…っ、背負う程の業があるか!?愛する者が目の前で肉片と化す瞬間を見た事があるか!?貴様と私はレベルが!重さが!すべてが違う!!」


紅麗は瓦礫の中から立ち上がると烈火に向ってまた怒鳴る。はその新たな真実に目を見開いた。紅を奪われた事は知っていたが、目の前で肉片と化す瞬間を見せられたというのは初耳だったのだ。は想像してみる、愛する人が目の前で肉片と化した時に自分は何を思い、どうするかを。


「(もし水鏡先輩が目の前でそんなのになったら…あたし…もう生きてけないよ…、大好きなんだもん…!!)」


目尻が熱くなり鼻先がつんとする。じんわりと温かい何かが瞳に浮かんで少しだけ、の視界が歪んだ。烈火が立ち上がった紅麗の目の前に移動すれば静かに口を開く。


「”陽炎”…俺の母ちゃんだ。俺は母ちゃんが生きてる…確かにその分じゃ、お前よかオイラ幸せさ。逆に…”死ねない体”だってこと以外はよ!!」


烈火が紅麗の顔に頭突きを噛ませれば紅麗はその瓦礫の上から滑り落ちるようにして倒れる。そんな紅麗を追いかけるように烈火もその瓦礫を降りれば紅麗の前に立って言葉を繋ぐのだ。


「時空流離…俺とお前をこの時代に流すために使った術で、母ちゃんは死にたくても死ねなくなった。この先二十年…俺がオッサンになって…ジジーになって…死んだって…!!母ちゃんは今のまんまなんだ!!俺は母ちゃんといっしょに年とって死にてえ!呪いを解く魔導具を探して…助けてえんだ!それが俺のしょってる戦う理由の一つ!!そして…」


烈火は言う。守りべき者を守れず死んでいき、この世に迷い、未練、呪いを残して魂が浄化されなかった炎術士が炎の竜に化す事を。つまり、烈火と共にある火竜は元々は人間で炎術士だったということである。火竜の八人は烈火にその無念を託したのだ。宿主である烈火が守るべき人を守りきった時、火竜達はその無念を烈火を通して晴らす事が出来る。その時、火竜という火影炎術士の呪いは解けるのだという。しかし烈火も火竜達と同じように無念を残して死ねば、烈火が九匹目の火竜となるそうだ。はその話を聞いて、体が震えた。


「…それまでは火影頭首なんて興味なかった。でも…俺はこれからその称号をつぐ!!火竜達の…火影の全てを―――俺は…背負う!!」

「(もう…ダメだ…、)」


の頬を一筋の涙が伝う。同い年でクラスは違えど同じ学校に同じように登校して同じように授業を受けて同じように過ごしてきたはずなのに、何時からか烈火は自分とは違ってしまっていた。逃げる事も嘆く事もせず、これ程に大きな重いものを背負うことを受け入れた烈火。それがきっと火影忍者の血を引く者の運命なのだろうが、には、烈火がとても遠い存在に思えた。


「だから言っているだろう!!失った事のない貴様に、そんな権利は無い!!」

「だから奪うのか?」


強く握った右手の拳を後方に引き、烈火に放つ紅麗。しかしそれは烈火に受け止められ当たる事は無かった。


「愛する者を失って…悲しいから…不幸ですからって…他人の心を…命を…すべてを奪う権利はあるっていうのか!?もっぺん言うぞ。”ふざけるな、馬鹿野郎”!!いじめられっ子がいじめ返してるようにしか見えねえんだよ!!カッコ悪いぜ紅麗!!!」



烈火が拳を握って紅麗の顔を覆う仮面を殴りつける。仮面砕けてリング上に落ちれば、其処から覗く紅麗の姿はまだ見えない。俯いている為、顔に影が出来てしまって見えないのだ。は震える手で口元へと持って行き抑えると、瞬きすらせず目の前で戦う二人を食い込むように見るのだ。


「ムズカシイのは大っ嫌えだ!昔の事ほじくったってしょーがねえしよ。そーいったウンヌン無しだ!!不幸ジマンにおしまい!勝つか負けるかだけだ!!」

「馬鹿は楽でいいな…烈火―――そう言って単純にできる……」


そう言った紅麗の表情は今までの不気味な笑みはまるで嘘のような優しい表情で、人間らしい表情をした紅麗だった。の瞳から止めどなく涙が零れ落ちる。しかしが浮かべている表情は悲しみではなく、安心したような、そんな表情だった。声は押し殺してはいるが嗚咽までは殺せず、は少しばかり俯いて溢れ出る涙を掌や手の甲で拭う。


「(よかった…ちゃんと紅麗さん、本心を見せれる人が居た…)」


固く閉ざされ上手く巧妙に隠された心、人間らしい表情を烈火に向けた紅麗は何処かで烈火を認めているんだ。唯一、自分の心に正直になれる烈火を。は未だ溢れ出る涙を少々乱暴に拭っていれば隣から一言「泣くな」と水鏡が声を発した。は驚いて顔を上げて振り向けば、水鏡はこちらを真っ直ぐ見ていたのだ。


「お前には涙は似合わん」

「…は、い……」

「だから笑っていろ」

「!……はい…っ」


それだけ水鏡は告げると再び視線をリングに立つ紅麗と烈火へと向けた。ぶっきら棒な言葉だったがにはその言葉に隠されている優しさに気付いている。ごしごしと腕で目を擦ればまだ少し潤んではいるが涙は止まった様子。そしてリングに視線を向けるを水鏡は横目で確認すると、今度こそ視線をリングの二人へと向けるのだ。


「終わりだ……決着をつけよう、烈火」


そう言った紅麗の体から炎が現れる、だが烈火は動じた様子はない。紅麗は体に炎を纏わせ地を強く蹴って烈火に向って行くに対し烈火は炎を出さないまま其処に立っていた。元々紅麗も烈火も炎を出せるような力は残っていないはずなのである。烈火は迫ってくる紅麗を見て瞼を下ろした。そして次に目を開いたときには右手に炎を纏わせ地を紅麗同様強く蹴り前へと踏み出して紅麗を迎え撃つ。


「俺は!!姫を守る!!」


両者の炎を纏った拳が互いの相手に向って突き出される。しかし紅麗の拳は烈火に届くことはなく、紅麗は烈火の渾身の力が込められた拳を食らって宙を飛び、そのまま受身すらとることなくリング上に倒れた。口から血を流している紅麗には意識がないようで、微動だにしない。それは烈火の勝利を決定付ける一撃だった。


「…戦闘時間…58分…12秒…勝者、花菱烈火!!!火影の…優勝です!!





















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