洞窟内が崩壊の音が響き渡る。天井の岩が崩れ大小様々な瓦礫が容赦なく降って来る。地震の様に地響きが絶えず続く。そんな中、封印の地の最奥、封印の扉の向こう側では天堂地獄を手に入れた森光蘭と火影の壮絶な戦いが繰り広げられていた。しかし戦場の中に一人の女の泣き声が響いている。森光蘭の攻撃に気付かなかった風子を庇い腹部に致命傷を負った緋水を抱いて風子が泣いていた。風子と緋水の姿を見て醜き姿へと変貌した森光蘭が笑う。


「くく…くくくく…キモチ悪い!女が女に好きだとよ!お涙頂戴!まったくつまらん!!次はお前だ―――死ね風子」


刹那、森光蘭の腹部を貫通する烈火の拳。烈火は怒りに満ちた表情で森光蘭を睨みつけるが森光蘭の体はというと何の痛みも感じていないかのよう。引き抜かれた烈火の拳、顔と首のない森光蘭は腹部に顔を生んで烈火に視線を向けて大きく口を開いて笑った。


「花菱烈火……その体でよくやる…が…マヌケ!!きかぬわ!!!」


醜く大きく姿を変えた森光蘭の腕が烈火に目にも留まらぬ速さで襲い掛かり烈火は後方に吹っ飛ぶ。地面に倒れた烈火は上半身を起こし片手をついて俯きながら立ち上がる。俯かせていた顔を上げれば怒りの表情で烈火が森光蘭に怒鳴った。


「てめえはそんなにエライか!?人の命を自由にできる程エライのか!?」

「そうだ。ぎゃははははははははは」


烈火に勢い良く向って伸びていく鋭い森光蘭の腕。刹那、烈火は己と物凄いスピードで迫り来る森光蘭の腕の間に現れた人影に目を見開いた。忘れもしない、良く知った人物だった。濃い灰色の髪を右耳の後ろで1つに縛り県立名子霧高等学校の女子の夏の制服、右腕に昆虫のような禍々しい魔導具、両足に黒光りする手入れの施された靴の魔導具、烈火を筆頭とする火影が此の戦いから遠ざけ置いてきたはずの女の姿だった。直ぐ目の前まで迫っている森光蘭の腕、烈火が目の前の女の名を呼ぶ前に女は右手を前に突き出す。刹那、森光蘭の腕が音を立てて粉砕される。腕の周りにある空気を爆発させて腕を粉砕させたのだ。吹き飛ぶ塵サイズまで粉砕された森光蘭の腕、ぶわりと生暖かい風が吹く。腹部に顔を生んだ森光蘭が女を見て浮かべていた笑みを崩して驚き目を見開き声を上げる。


「ぬっ…おおあ!?」

「お……何故、貴様が此処に…!!」


風子と烈火は右手を突き出したまま森光蘭を睨むの姿に釘付けだった。此処にいるはずのない人間の突然の出現に状況が読み込めず言葉が出ない。するとの後方からコツコツとブーツを鳴らした音が聞こえた。音を鳴らしている主はの隣まで来ると立ち止まり森光蘭を見据えて静かに口を開く。


「捜しましたよ……父上」


の出現に続き現れた紅麗の姿に烈火は口をあんぐりと開けたまま硬直した。森光蘭は口から長い舌を出し動揺を何とか隠そうとし引き攣ったような笑みを浮かべると粉砕され吹き飛んだ腕を聞くに耐えないような音を立てながら再生し、視線をから紅麗へと移す。


「は……っ、し、しぶとい男だ、紅麗…!!まさか再び会う事になるとはなぁ……!!その娘を此処へ連れてきたのも貴様だな…!しかし―――」


森光蘭の言葉に耳を傾けることもせず紅麗は己の背から紅の左翼を生み出すと、翼から数え切れない程の炎の羽を一斉に飛ばし森光蘭を斬り裂く。其の衝撃で強い熱風が起き炎の翼に斬り裂かれた森光蘭の体は煙で全く見えない。全て一瞬の出来事だった。漸く頭が回ってきたのか烈火が紅麗と、そして煙に包まれた森光蘭の姿を交互に見て言葉を発する。


「???な、何で?こいつら、つるんでたはずだろ?仲間割れ?あっという間に森をやっちまった……も何で此処に?いや、それよか…やっぱしおめえ生きて―――」


緩い表情を浮かべてそう言った烈火には振り返ると怒りに満ちた冷たい表情を烈火に向けた。刹那、烈火の表情が強張り血の気の引いた真っ青なものに変わる。から漂う空気に恐怖したのだ。しかしに恐怖するのも束の間、烈火の腹部に鋭く強い紅麗の拳が減り込む。吐血し烈火は腹部を抑えてその場に膝を着けば、はそんな烈火から視線を外し少し離れた場所で風子に抱かれ動かないでいる緋水へと向ける。その場を離れてが風子と緋水の方へと近付いていけば涙で潤んだ瞳で風子がを見上げるが、其の視線に気付いていながらは風子の方を一切見ず緋水だけを見てその場に膝を着き、緋水の手に優しく触れて握る。薄っすらと緋水が目を開けた。


「緋水…」

「……、私の話を聞いてくれる…?」

「…うん」


緋水はふわりと優しく笑みを浮かべ頷いたに小さく笑みを零した。触れて握った緋水の手は冷たく冷えてしまっている。温もりを与えるようには強く緋水の手を握るのだが、温もりは伝わることなく徐々に更に冷たくなっていく。


「私は昔…愛する男を此の手で葬ってしまった…本当に、愛していたんだ…」

「…うん」

「こんな私にもまた大切な者が出来たんだ……。、お前に残り一つの神慮伸刀を受け取って…欲しい」

「………。」


緋水の傍らにあるトンファーの形をした刀の魔導具、神慮伸刀。は一度視線を緋水から外し、神慮伸刀に向けるが其の視線は再び緋水に戻される。緋水は目を細め口角を吊り上げ笑みを浮かべ、を見上げ言葉を繋いだ。


「お前のように大切な人を…守りたい……。大切な者を守る為に、私を戦わせてくれ……を守る武器として…私を傍に置いて、戦わせて……」

「…分かった。神慮伸刀…貰ってくね」

「…ありがとう……」


小さくなっていく緋水の声、耳を澄ませて聞き取ればは穏やかな笑みを浮かべて緋水に頷く。安心したように緋水も笑みを浮かべれば、冷たくなっていた手に力が無くなり、静かにゆっくりと緋水の瞼が下ろされた。目の前で命が消えたのだ。風子の瞳から止めどなく涙が流れるがの瞳からは涙が流れない。静かに緋水の手を下ろせば傍らに無造作に置かれている神慮伸刀を握ってイマリは立ち上がり森光蘭へと振り返りゆっくりと歩を進めて近付いていく。の後ろでは風子が強く緋水を抱いて涙を流し声を上げていた。右手に空神、左手に強く神慮伸刀を握るに紅麗の部下である雷覇が近付く。は冷たく静かな怒りを灯した瞳で雷覇を見れば、雷覇はふわりと微笑んだ。


「紅麗様の母君、月乃様は生きておられますよ」

「!」

「今は安全な場所に匿ってます、心配無用です」

「…そ、っか……よかった…」


右手で顔を多い少しばかり顔を俯かせては呟いた。しかし刹那、烈火の怒声と烈火により殴り飛ばされた紅麗を見ては顔を上げる。怒りに満ちた表情で紅麗に怒鳴り散らす烈火の姿は此処が戦場なのだと一瞬忘れさせてくれるような、言い方が少し悪いが場違いなものだった。しかし其れも直ぐに収まることとなる。本格的に此の場所自体が危なくなってきたからだ。地響きは酷くなり、岩の壁には亀裂が、砂埃が立ちこめる。上からは小さな岩の瓦礫が落ちて来、直に此処も崩れ落ちることを知らせている。


「固羅、紅麗!!ここもそろそろマジでやべえ!心配してる訳ぢゃねーけど脱出考えた方がいいんじゃねえか?」

「五月蠅い。私はまだ奴に用がある」

「なんだあその言い方!!…奴?まさか…」


烈火の表情が一変する。も表情を引き締めた。煙の向こうから見えた森光蘭は五つに増えており、森光蘭の顔は歯を見せて笑みを浮かべている。グロテスクなゾンビも顔負けな醜い姿、得体の知れない液体を垂れ流す化物。其れらを見据えて紅麗は静かに告げる。


「雷覇、ジョーカー、手出しは無用だ。…だけは特別に手出しする事を許可しよう。烈火…今は貴様の命有る事を許してやろう、邪魔だ。消え去れ」

「馬鹿」


冷たく言い放った紅麗を躊躇う事無く殴った烈火に雷覇とジョーカーは声に声にならない悲鳴を上げる。烈火は続けて紅麗に愚痴を零すのだが、すかさず紅麗は掌拳で烈火を突き飛ばした。同時に烈火はその場から横へと飛べば紅麗と烈火の居た場所に森光蘭の攻撃が当たって地面が砕かれる。


「……紅麗……お前は変わらないなあ…野蛮で粗悪…救いようが無いよ。礼も弁えぬ、下卑た山ザルだ」

「………随分と口が回るな。自分一人では何も出来なかった臆病者が見事な変わりようだ」

「(…高校デビューみたいなもんだよね、要は。…いい年して恥ずかしくないのかな…)」

「まあなあ…もはや貴様とて”生物として格下”というレッテルがはられた。今の私には力が有る!先程の貴様の炎でも、我が躰を滅する事は出来なかった!翅炎により細かく斬り裂かれた躰の破片はまたそれぞれがより集まり合い、三体の個として複製された!しかも!!全ての躰に私の精神が通っている!!五人の森光蘭だ!!うははははは!!!」


四体の森光蘭が一斉に紅麗と烈火、へと襲い掛かってくる。愉快そうに高らかに笑って森光蘭は言う。


「これが天堂地獄!!これが力だ!!!」


紅麗へと向っていくのは二体、一体が紅麗を刺し動きが鈍ったところでもう一体が紅麗を取り込む。其れに気を取られた烈火とに襲い掛かる森光蘭が一体ずつ。蜥蜴のような姿をした化物が烈火の右肩を切り裂き、に向ってくる化物は鋭く切れ味の良さそうな突起物をへと振り下ろした。避けきれないようなギリギリの距離、しかし化物が振り下ろしきった時には其処にの姿はない。地面に深く深く突き刺さる突起物。


「!!」

「意外と遅いね」

!?ぐぎゃぁあああ!!


韋駄天を発動し一瞬で化物の背後に回りこんだは化物の肩らしき場所に着地し、頭と思われる場所に容赦なく神慮伸刀を突き刺した。あらゆる場所から血を噴出す化物。を振り落とそうと暴れる化物の頭を蹴って地面に着地したは化物の顔を鷲掴みにした。刹那、空神を発動し周辺の空気を全て爆発させて化物を完全に消滅させる。まるで先程腕を消滅させた時のように。はらはらと塵が風に乗って舞い散る。すると森光蘭に天堂地獄の生みの親である海魔が今では不完全である為に引けと命じた。数多の数に分裂すれば力も分散されて行く躰、森光蘭と海魔が共存する本体は死滅する事はないが分裂を繰り返せば虫以下の存在として永遠を生きることとなるのだ。完全体になる為には治癒の力を持つ柳を取り込む必要があることを海魔が告げると、森光蘭は柳を喰らう為、一足先に此処から脱出した柳を追ってこの場を後にしようとするが、其の前に烈火が其の森光蘭を滅し、続いて取り込まれていた紅麗も取り込んでいた森光蘭を焼き払って姿を再び見せる。


「…簡単な理屈だな…焼き尽くせばいいだけの事。消滅してしまえば分裂すらできない」

「意外と簡単に分かったよね、必勝法」

「カンペキな状態じゃねえ今なら潰せる!」





















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