翌日、遅刻もせず学校に登校したは落ち着きが無かった。男でも女でも仕えるようなショップ袋を握り締め一人悶々と頭を抱えている。ショップ袋の中に入っているのは以前水鏡宅に宿泊した際借りた水鏡のTシャツとズボン。自分で洗濯し自分で干して全て自分でしたもの(母親にしてもらったのではなく自分でした、ということを兎に角強調したい)可愛らしいものを避け、男女差し支えなく使用出来るようなショップ袋を選び、綺麗に畳んで服を入れた。皺が寄らぬよう丁重に通学鞄の中に詰め学校に登校。学校で返すつもりなのだがクラスまで行って手渡すタイミングが掴めず、冒頭に戻る。は兎に角落ち着きが無かった。クラスメイト達はいつもと様子の違うを不審に思いながら声を掛けることも無く見守っている。


「(どどどどどうしよう…!いつ返しに行けばいいのか分かんないってか緊張してきたあああ!!)」


ドキドキと早く鳴る心臓の鼓動。頬が熱くなってくるのを感じ必死に冷まそうとするのだが思う通りに熱は下がってくれない。一度落ち着こうと息を吐けば、自宅で作成したのか土門と烈火に喰らわせようと教室を出て行った風子が勢い良くドアを開けて教室に戻ってきた。肩にハリセンを担ぎ戻ってきた風子はに視線を向けると少しばかり首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮かべる。


「なーに一人で百面相やってんの!」

「百面相なんかやってないよ!(は、恥ずかしい…!)」

「(まーた、みーちゃん絡みなんだろねぇ…風子ちゃんが人肌脱いでやりますか!)!私、今からみーちゃんのクラス行くんだけども一緒に行く?」

「(!チャンス到来だ!!)行く!!」

「(返事だけはいいんだよねぇ…)」


ショップ袋を抱きしめ勢い良く立ち上がったの表情は明るい。行き成り立ち上がった為に後ろに勢い良く退かれた椅子がやけに教室中に音を響かせた。風子はそんなに苦笑を浮かべると「そんじゃ行くよ!」とに笑顔を向けて教室を飛び出す。其の後にも教室を飛び出せば、一気に静まり返る教室。教室内にいた生徒達は相変わらずの風子とに小さく笑うのだ。









「めっけ!!おはよっ、みーちゃん!!」


廊下、階段を駆け抜けクラス同様勢い良く教室のドアを開けた風子。教室内に水鏡の姿を見つければ笑顔で駆け寄り、水鏡の後頭部に思いっきり振るったハリセンを喰らわせた。その衝撃で水鏡は椅子から転げ落ち床に倒れる。すると先程まで水鏡と話していたと思われる女子生徒が床に転げ落ちた水鏡を見て大きく目を見開き声にならない悲鳴を上げる、相当驚いているようだ。風子はハリセンを掲げて水鏡に明るい声で言う。


「見て見て見て見てーーっ!!!ハリセン!!ハリセン!!つくったのだーっ。イヤ〜〜っ、さっきも土門に喰らわしてさ!!次は烈火!!…って思ったんだけんども、あいつまーたチコクで!!」

「それでボクな訳か?」

「うん!!!」


体を小刻みに震わせ青筋を浮かべた水鏡の口元は引き攣っている。清々しいほどの笑顔で返事をした風子に水鏡が殴りかかり二人は軽い喧嘩をその場で開始された。唖然と其の様子を眺めているクラスメイト、水鏡と先程まで会話をしていた女子生徒の頬は相変わらずほんのりと赤く色付いたままで水鏡と風子のやり取りを見守っている。砂埃の立ち込める風子と水鏡の喧嘩の中に、一つの影が割り込んだ。


「風子ちゃんの馬っ鹿ぁあああああ!!」


ショップ袋を抱えたが風子の後頭部にドロップキックを喰らわしたのだ。軽く吹っ飛び床の上を転がる風子。華麗に着地を決めたは床に倒れる風子を鬼の形相で見下ろしている。風子は両手両膝を床に付いた状態で青ざめた顔を上げ、を見れば小さな声で謝罪を述べるのだ。の言いたいことは、十分に風子に伝わっていた。は青筋の浮かんだ顔に笑顔を浮かばせて風子にしか聞こえないように言う。


「水鏡先輩にハリセン喰らわせる為に此処に来たの、そうなんだね、そうなんだ、へぇー

「ごごごごめんよ、、まじで悪かった、もうしないから!」

「約束だよ?」

「はいぃいい!!(みーちゃんが絡んだまじで怖ぇえ!!)」


その場で直立し敬礼をして大きな声で返事をした風子。一部始終見ていた水鏡のクラスメイト達は空いた口が塞がらない。学年問わず怖れられている烈火、土門、そして風子。其の中の一人に怯えることなくドロップキックを決めた少女はあまりにも普通の女子生徒だったからだ。はくるりと方向転換すると、風子に続きが来たことに驚いているのか、きょとんとした水鏡が立っている。あまりそういった様子を見せない水鏡には心臓が強く高鳴ったのを感じながら、その感情を強く抑え付け生唾を飲み込み覚悟を決めた。


「み、水鏡先輩!この間は有り難う御座いました!!あの、洗濯したんで!」

「ああ、そんな気を使わなくても良かったんだが」

「そんな!礼儀ですよ!普通です!」

「…そうか、有り難う」


ショップ袋を両手で持ち水鏡に差し出す。ショップ袋の中身を何か悟った水鏡は片手で受け取りながら視線をに向ければは両手と顔を左右に勢い良く振って否定したあと強く言う。大したことはしていない、そうするのが普通だと思っているのは本心だからだ。暫し黙り込んだあと水鏡はふわりと優しい笑みをに向ける。不意打ちとも言えるその微笑には顔を真っ赤にした。そんなを横目に風子はにやにやと何かを企てるような笑みを浮かべるとハリセンを肩に担いで水鏡を見る。


「にしても、みーちゃんってば実のところどーなのさ?」

「何がだ?」

「はぐらかさないでいいって!みーちゃんがに妙に優しくて親切なのは分かってるんだからさ。もしかしてみーちゃん、に惚れた?」


風子がにやりと口元を吊り上げて水鏡に問う。その言葉には大きく目を見開いて一時停止。水鏡はというと思ってもみなかった風子の問いに驚きの表情を浮かべるとゆっくりと口を開く。しかし水鏡が言葉を発する前にが大きく口を開いて言葉を発した。


「好きです!!」


の告白は静まり返った教室によく響き渡った。真剣な表情ではっきりと想いを口にしたの視線の先には驚いた表情が浮かんだままの水鏡。風子は思っても見なかった事態に大きく目を見開き唖然としており、大公開の告白に教室に居て聞いていた生徒達もあんぐりと口を開けている。暫しの沈黙が続く。は自分の仕出かしたことに気付けば顔を見る見る内に真っ赤にさせ声にならない悲鳴を上げる。そして韋駄天でも履いているのかと錯覚させられる程のスピードで逃げ出すよう駆けて教室を飛び出していく。残された水鏡と風子の間には、妙な静けさがあった。


「えーっと…」

「………。」

「あ!チャイム鳴りそうだし風子ちゃんも帰ろっかな!」


風子は視線を泳がせ、呆然と立っている水鏡に投げる言葉を探すが見つからない。偶々目にした教室に設置されている時計を見ればチャイムがなるまであと1分。チャンスだと言わんばかりに風子も其処からには劣るもものかなりのスピードで逃走すれば、教室の中は居心地の悪いような沈黙が兎に角続く。まるで何事も無かったように着席した水鏡、周囲の生徒達は妙に落ち着きが無く中々着席しなかったがタイミングよく教室に入って来た担任に指示され着席した。朝から出席を取る担任、水鏡はぼんやりと黒板を眺める。




     『好きです!!』




「好き…か……」


先程のの言葉を思い出し、其の言葉を自分にしか聞こえない程度の声で復唱すれば水鏡は肘を机の上について両手を顎辺りで組む。その表情は誰から見てもいつもと変わらない水鏡のものだった。同時刻、と風子の教室はと言うと―――


!悪かった!ほんとに!ごめんな?」

「………。」

!ごめんってばーー!!」

「………………。」


机に突っ伏したままぴくりとも動かないは負のオーラしか漂わせていない。風子が必死になってに声をかけるも全くには反応が無かった。先程まで落ち着きが無く笑顔で教室を出て行ったは帰ってくれば何故か今までに見せたこともないぐらい落ち込んでいて、笑顔でハリセンを握り締めて出て行った風子は帰ってくればに必死に声をかけ焦っている。二人の早い様子の変わり具合に不思議な想いを抱きながらも結局、クラスメイトも担任も声をかけることも触れることもせず只々見守っているだけだった。


「(い、勢いで告白しちゃった……ふ、フラれた………!!ぐっばい、あたしの青い春。さよなら、水鏡先輩…)」


二つの瞳から零れ落ちそうな水を、ぐっと堪えた。





















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