「…とにかくよォ!スッゲー奴なんだって!!頭はいいし、運動神経バツグン!!今やクラスの人気者!!」

「な、な!!そいつカワイイ?カワイイか!?風子サマとどっちがいい!?」


昼休みの屋上、其処には水鏡を抜いた火影のメンバーが揃っていた。烈火が食堂で購入した焼きそばパンを頬張りながらクラスに来た転校生について明るい表情で話している。やけに烈火の話に食いついている土門の隣に座る風子は土門を横目に青筋を浮かべていた。烈火の隣に座る柳が烈火の話に乗るように口を開く。


「私も見た事あるよ!神楽さんでしょ?なんか髪型が最澄さんっぽい感じの、ボーイッシュな美人だよね!」

「いやいや!!姫の方が美人にきまっておるわ!!」

「イヤー、てれるーっ」

「「はいはいはいはい」」


目の前でイチャついていると言っても過言ではない烈火と柳に土門と風子は声を揃えて流そうとする。転校生の話で盛り上がる中、だけが其の輪の中に入っていなかった。少し離れたところで体育座りをして俯き、重苦しい空気を放っている。今まで誰も触れないでいたのだが転校生の話に区切りがついたことで、烈火が横目でを見た。相変わらず死んでいると言っても可笑しくない暗い表情をしている。烈火の口元が少しばかり引き攣った。


「つーか、はどうしたんだよ」

「…花菱烈火、君にはあたしの気持ちなんて分かるまいよ」

「…あ、悪ぃ…(フルネーム久々だな…つか暗ぇえ…!)」

「あー…実は、さ」


明るかった空間がの一言、浮かべている表情で一気に暗くなる。以前、麗(音)戦の始まる直前にも落ち込んだ様子を見せていただが今回ばかりはその比ではないぐらいに落ち込んでいた。まるで周囲にいる人々までも巻き込み落ち込ませてしまうような、そんな空気を放っている。烈火を見るの瞳はまさに死んでいた。怒っているならまだ対処のしようがあるのだろうが落ち込んでいてこれ程までに負のオーラを出されるとどう対応すべきか分からない。結局烈火はどうすることも出来ず謝罪を述べて退いた。すると風子が視線を泳がせ頬を人差し指で掻きながら気まずそうに声を上げてがどうしてこうなってしまったのかを説明する。朝のHRの前、水鏡のクラスに押しかけ勢いで告白をしてしまったということを。風子の話を聞き状況を理解した烈火、柳、土門は一斉にを見る。すると風子の説明で現実を受け入れるしかなくなったは余計に落ち込み負のオーラを強く強く放っていた。暫しの間、屋上に沈黙が続く。


「で、でもちゃん凄いよ!告白するなんて、凄いっ」

「凄くないよ、勢いに乗っかって自滅したんだから。もう駄目だ、あたしの恋の薔薇はからっからに枯れちゃったよ」

「(恋の薔薇?)けど断られたわけじゃねぇんだろ?」

「返事なんか分かってるよ」


柳が少しばかり慌てながら強く拳を握ってに言葉をかける。しかしその言葉はの心に響いていないのかは俯き視線を下に下げたまま暗い声色、低いトーンで素っ気無く言葉を返そう。一部謎な発言をするに疑問を抱きながら土門が続いてに声をかけた。するとより一層が暗くなる。土門は自分が地雷を踏んだ、火に油を注いだことに気付くと顔を真っ青にさせ引き攣る。隣に座る風子からは肘鉄が飛んでき、烈火がギロリと土門を睨みつける。恐怖に怯え大きな体を震わせる土門、しかし風子も烈火もそんな土門を気にも止めていないのか完全スルーでの方を見る。其れは土門の言葉を否定したの言葉の続きを待っているかのようだ。はゆっくりと顔を上げると真っ直ぐ暗い表情で一度柳を見る。柳といえば不思議そうに首を傾げていた。は表情を曇らせると膝に額を押し付けて弱々しい声で言う。


「絶対、好きじゃんか…!!」

「「「(…あー………)」」」

「?」


からは水鏡が柳に好意を抱いているように見える。烈火や土門、風子はの言葉を否定することが出来ずそっと心の中で声を漏らした。現在どう思っているのかは本人にしか分からぬことだが、過去に水鏡が柳に好意を抱いていたのは否定出来ない事実だからである。遠い目でを見守る烈火、土門、風子を見て柳は頭上に浮かばせているクエスチョンマークの数を増やし首を傾げる。は腕に額を押し付け俯いたままぶつぶつと何かを呟いていた。其の声があまりにも小さすぎて烈火達には聞き取ることが出来なかったが、内容が明るいものではない事だけははっきりしているので誰もあえて触れようとしない。重い空気を取り払うべく土門が声を上げた。


「しかし封印の地から帰ってもう五日。こーして高校生を満喫している訳だが…森光蘭!!奴の方はどうなってんだ、花菱!イヤにおとなしいと思わねーか!?」

「あいつは母ちゃんが影界玉で捜してる。とりあえず今わかっている事は…少なくとも関東周辺には見当たらねえらしい!思ったよか遠くに逃げたって事だ。それから虚空のジジイが―――」


土門の問いかけに烈火は静かに現状を告げる。そして以前、己の炎である虚空から聞かされたことを思い出しながら烈火は同じ言葉を皆に聞かせるために口にした。烈火達との戦いで分裂に分裂を繰り返し、己の分身に力を千切られ、かなり力が弱まっている森光蘭。しかし力はいずれ回復する。己の血肉となる養分、人間を喰らい、森光蘭は以前以上に膨大な化物となる。つまり、森光蘭に時間を与えるという事は天堂地獄を巨大にしていくということだ。


「……あの人…もう…本当に人間じゃないんだね…」


人間を糧とする森光蘭、その事実を知って風子や土門は真剣な表情になる。土門に限っては焦りの色も浮かんでいた。も烈火の話に耳を傾けてはいたが、それはまるで他人事のようにの頭に入っては薄らいでいく。脳裏に浮かぶのは勢いで告白してしまった水鏡の顔と、一本の神慮伸刀をくれた緋水の顔。の頭の中は炎のように熱くなったり、氷のように冷たくなったりと、相反する現象が起きていた。緋水の顔が浮かべば森光蘭への怒りが込み上げてきて熱く熱を持っていく。しかし水鏡の顔を思い出せば先程の告白が鮮明に蘇り、其の熱は一瞬にして吹き飛んで逆にひんやりと冷えていくのだ。其れが現在、エンドレスに続いているのである。


「(あああああ頭が破裂しそうだよこんちきしょー…!!)」

「あ!先客がいたとは…って、花菱君!」

「おう!かぐ…」

「こんなトコにいたーーーっ!!」


が頭を抱え、熱くなっては冷えてを繰り返し頭痛が起こるのを耐えていると開かれる屋上唯一の扉。其処には制服を身に纏うには見覚えのない女子生徒が一人立っていた。女子生徒は達の方へ視線を向けると烈火の姿を見つけ、勢い良く駆け出し烈火に飛びつく。刹那、柳の顔が硬直したのは誰も気付かなかった。何故なら土門は女子生徒に緩い表情を向けており、そんな土門に風子は青筋を浮かべているからである。はというと言うまでもないだろうが自分に一杯一杯なので柳の様子に気を配る余裕は皆無だ。


「オーイ、こいつが神楽だ!よろしくな」

「はじめまして〜〜っ」

「いろいろとすごいらしいじゃん、君!私と勝負してみない?」

「ムリムリ!風子じゃムリだ!!」

「んだと烈火ぁ!!!」


烈火に紹介され、笑顔で少し頭を下げて挨拶をするのが先ほど烈火が話していた転校生の神楽葵。風子は怒りの表情を消し去れば土門から視線を葵へと向ける。そして勝負を持ちかければ返事を返したのは葵ではなく烈火の方だった。即答と言える早い烈火の回答にすぐさま風子の額には青筋が浮かび怒声が響き渡る。葵はくすくすと笑い声を上げるとフェンスに近付き、編み上げられた鉄に指をかければ烈火達を見て声を発した。


「みなさん、仲がいいんですね。こういうのって何かいいですよね。学校にいって…友達がいて………すごく楽しい。僕はこういう感じ初めてだから、こういうのもいいなって思う」

「(……?)」


体育座りをし、腕に額を押し付けて俯いていたは異変に顔を上げた。俯いていた時にはなかった太陽の眩い光に少しばかり目を細め、はフェンスの近くに立つ葵を見る。右側だけ長い黒の髪、色白の肌、県立名子霧高等学校の女子の夏の制服。整った顔立ちをしている女子生徒、目にはそう映るのだがは強い違和感を感じていた。心の奥底、隅の隅の方で何かが悲鳴を上げている。心なしか、右腕についているソレが小さく反応を示したように感じられた。


「初めてって…?今まで病気とかで学校いってねーの?」

「んふぅ、そんなところですね。そろそろ五限です!いきましょ!!」


意味深げに呟いた葵の言葉に土門は不思議そうに訪ねれば、葵は曖昧な返事をすると直に授業が始まることを告げた。葵の言葉を引き鉄に次々と屋上を後にする烈火達。はその場から一歩も動く事無く、目だけはしっかりと葵の姿を追っていた。烈火、柳、風子、土門が屋上を後にし階段を下っていけば葵がくるりと踵を返して振り返りを見る。目が合ったことでは驚き小さく体を反応させると葵はくすりと笑ってに手を指し伸ばす。


「花菱君が紹介してくれたけど、僕は神楽葵!葵でいいよ。えっと…」

「…あ、です。

ちゃんだね、早く行かないと授業始まっちゃうよ?行こ!」

「う、うん」


は差し出された葵の手に右手を重ねる。刹那、先程よりも強く心の奥の隅の方で何かが悲鳴を上げた。ぞくりとした何かがの中で一瞬だけ駆け巡る。右腕のソレが小さく小さく、にしか気付けないような小ささで一度だけ震えた。の右手は葵に強く掴まれ、引かれればは立ち上がらされる。葵はにこりと笑顔を見せれば先に屋上を駆け足で出て行ってしまった。取り残されたは呆然とそこに立ち尽くし、ぼんやりと葵が去っていった場所を眺める。


「…何なんだろ…」


妙な違和感に、つい口からぽろりと言葉を零れる。まるで訪ねるようには右腕を握った。右腕にだけ付けられている大きめサイズの黒のアームウォーマー、その下には空神が装着されている。以前のように急に襲われた時に対応できるよう、こうして常に魔導具を持ち歩く必要があったのだ。神慮伸刀は大きく持ち歩けないので押入れの中に隠して置いてある。魔導具と知らない者でもはっきり凶器と分かる外見の神慮伸刀は何も知らない両親に見られるとどんな勘違いをされるか分からない。堂々と部屋の中に置いておき、何かの理由で部屋に入って来た両親に見つかっては、緋水の形見である神慮伸刀を危険だからだなんて理由で両親に処分されても可笑しくないのだ。韋駄天も箱に仕舞ってはいるももの部屋の片隅に置いてある。玄関に並べておいては両親に何処で購入したのか等という質問をされるのは目に見えているからである。神慮伸刀とは違い、凶器には到底見えない魔導具だが、一件ブーツに見えてもそのデザインはブーツにしては少し異常だ。丸い宝玉が付いていると思えば其処には韋という文字が刻まれている。魔導具でも何でもない普通のブーツならば、誰も好んで履くことのない可笑しなデザインな靴だ。それに学校の通学時に履いていけば下駄箱には入らないし、折り曲げて入れることが出来ても、朝から夕方頃まではそこに放置しておくわけだから盗まれる可能性も高い。かといって立迫に頼んで隠し置いといて貰っても、毎日訪ねに行くのは面倒であるし、立迫も授業があるので安全とは言い難い。何より通学時や下校時に韋駄天を履いていることを他の生徒に見られるかもしれないのだ。見られれば最後、両親に、あのブーツ何?なんて聞かれるのは予想出来ている。神慮伸刀も駄目、韋駄天も無理、ならば残った常備出来る魔導具は空神しか残っていない。出来れば風子のようにむき出しで持ち歩きたいのだが、その行為はにとって絶対的に不可能なことだった。理由は空神の外見、風子の風神に比べて空神はかなり気持ちの悪いグロテスクな見た目になっている。こんなものを晒して歩けば確実に変な目で見られるし、もしかすると家に電話をされるかもしれない。そして魔導具をむき出しにして歩き回れるのは風子だから出来る特権でもあった。男女教師問わず怖れられている風子は、アンティークにしても少々癖がありすぎる形をした風神を装着していても誰にも何も言われない。普通なら、変わったものをしてるね、なんて言われても可笑しくないのだ。けれど風子、怖れられているが故に完全にスルーされている。結局には一つしか選択肢しかなかったのだ、空神を装着し、その上から大き目のアームウォーマーをして空神を隠すしか。この時季にはとても暑いアームウォーマー、中で熱が篭るので結構辛かったりするのだが、自分の命を守る為には我慢するしかなかったのだ。右は空神を隠すためにはアームウォーマーは必要不可欠だが、左は不必要なのでわざわざ我慢してまで右に合わせる必要はない。そう判断したは左右にではなく、右だけにアームウォーマーを着用している。これで周りから不審な目で見られることはないと思ったのだが、朝のリビングで両親にや、学校に着てから友人達に、何で左右にアームウォーマー付けないの、何で片方だけ、ていうか暑くないの、なんて質問攻めにされ結局は異様な目で見られることになったのだが。





















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