葵に感じた違和感について一晩頭を悩ませていただが、結局何か分からず朝を迎えた。大きな欠伸を零し、何時も通り学校へ行くためハンガーにかけてある制服に手を伸ばそうとするのだが、フラッシュバックする昨日の告白の事。そして急激にを襲う学校へ行きたくないと思う心。は再び布団に潜り込むと携帯電話を開き、一階にいるはずの母親に体調が優れないから学校を休むという文を打ち込みメールを送信すれば、普段学校をサボったりすることも無いの母は、はい。という二文字だけの返事を直ぐに返してきた。の母は決してが体調を崩したのだと信じているわけではない。仮病だと分かっていながら学校を休むことを許した理由は、最近の様子が可笑しいことが気になっているからである。数日の間、風子の家に泊まりに行くと出ていた、一晩だけならまだしても数日という事が気になり、流石に迷惑だろうと一言謝罪する為、翌日風子宅へと電話をすればも居なければ風子も居ないということを風子の母から聞いたのだ。とりあえずの帰宅を待ってみればちゃんと帰ってきた。少しだけ落ち込んでいるようにも見える様子と、服に隠しきれて居ない沢山の生傷。の母は、何も聞けなかったのだ。の父も、かける言葉が見つからなかった。そんな日々が暫く続くと深夜に行き成り風子の家に行くと制服のまま家を飛び出して行った、止める間もなく出て行ったはその日、朝になって帰ってきた。ほんの少しの血の匂いと、ほんの少しの焦げ臭い匂いを纏って。何か危険なものに愛する娘が関わっているのだと薄々感じているのだが、が隠そうとしているのだから聞き出せないでいるのだ。結局どうするべきか、の母は夫に相談を持ちかける。長時間話し合って出た答えはが話すのを待とう、ということだった。


「全く…あの子はいつになったら私達に話してくれるのかしら…」


の母がそっと呟いた言葉は、誰にも届く事はなかった。



















その翌日も、学校に行かなかったは自室に篭ったまま暇を持て余していた。本棚に並べてある漫画に手を伸ばし、最新刊まで揃えてある、こちら葛飾区亀有公園前派出所の第119巻を手に取った。こち亀では擬宝珠檸檬が一番好きなキャラクターで、暇があればいつもこの巻を読む。50ページ程読んだ所で机の上に置いてあった携帯電話が着信音を鳴らす。現在開いているページが分からなくならない様に開いたまま下向けにし、机の上に置けば変わりに携帯電話を手に取る。ディスプレイに表示されているのは佐古下柳という文字。柳からの着信に少々驚きながらもが通話ボタンを押して出れば、向こうから聞こえてくる柳の声には少々落ち着きがなかったように感じられた。


「どうかした?柳ちゃんから電話なんて珍しい」

『え、えっとね…!ちょっと相談があって、!』

「相談?(本当に珍しいなぁ、あたしにじゃなくて一番仲良い花菱君にすればいいのに)」

『実はね…』


柳はぽつりぽつりと、ゆっくりと話し出した。はベッドに腰掛けながら柳の言葉に耳をしっかりと傾け、万全なる話を聞く体制をとっている。真剣な表情を浮かべて柳の話を聞いていただが、その表情は直ぐに崩れ去った。否、吹き飛んだ、消し飛んだという方が正しい表現かもしれない。



「はぁあああぁあああぁあぁぁあ!!?」

ちゃん!声大きいよ、大きい!』

「ちょ、え、まじで、ええええええええええ」


電波の向こうで柳が照れているのが容易に想像できる。が腹の底から驚愕の声を上げる程、柳が明かしたことは衝撃的なものだったのだ。昨日の放課後、烈火に衝動的にキスをしてしまったということ。が水鏡に告白したのを聞いて少し触発されたらしい。どうやら柳はキスをしてしまったことで烈火との関係が変になってしまったことを気にしているらしかった。


『私どうしたらいいかな…?』

「ちちちちちょ、こんな重大な相談あたしが乗っちゃっていいの?なんか責任重大じゃない、これミスアドバイスしちゃったらやばい感じだよね、やばいプレッシャーやばい半端じゃないよやばい」

ちゃん落ち着いて…!大丈夫だよ、…あのね、ちゃんにしか相談出来なくって…。風子ちゃんも、土門くんも、水鏡先輩にも恥ずかしくて言えなくて、薫君になんて絶対言えないし、陽炎さんは烈火君のお母さんだから以ての外で…!』

「…で、消去法であたしなわけだ」

『ご、ごめんね…?』

「いや、いいよ。なんか頼ってくれたみたいで嬉しいし!」

『うん。……どうすればいいかなぁ…?』

「……花菱君なら放っといたら平気だと思う、よ?なんか勝手に復活しそうだし…?ああああなんかアドバイスなってない!ごめん!」

『何でちゃんが謝るの?私もごめんね、何だか変な質問しちゃって…。あとね、もう一つ相談があって』

「もう一つ?」

『そうなの。実は明日ね、神楽さんと会う約束してて、引っ越してきたばかりだから地理が分かんないみたいで地理案内を頼まれたの。それでちゃんのお勧めな場所ってあるかなぁって思って』

「神楽さんって神楽葵っていう転校生?」

『うん、そうだよ』

「………。」

『?ちゃん?』





は見た目によらず大胆な行動をとった柳に一瞬思考が停止したが、瞬間的に告白のことを思い出して頭から湯気が出たような錯覚をする。その頭の熱気を振り払うよう左右に頭を振れば、必死に思考をフル活動させて柳へとアドバイスをする。のだがそれはアドバイスとは言えそうも無い適当すぎるものだった。適当に返したのなら適当な返事でも良かったかもしれない。しかしは真剣に考えての答えが、そのアドバイスだったのだ。自分の頭の悪さがこれ程嫌になったことはない。壁に頭を打ち付けたい衝動に駆けられただが柳に葵のことを聞かされれば、瞬時に頭の中は冷静になり静かになる。そして浮かぶのは葵へのあの不思議な違和感。結局そんな訳の分からない違和感だけで柳を止める訳にも行かず、は心配をしてくる柳に一言謝罪を述べた後、お勧めの場所を幾つか上げた。用件が済み、雑談することもなく終わった柳との通話。再び葵に感じた違和感について思考を巡らせるが結局思い当たることはない。深く溜息を吐けばはベッドの上に寝転がり瞼を下ろす。頭を休める為に少しだけ眠ろうと決めたのだ。次に目が覚めた時に柳が攫われたということを知ることになるとは知らぬまま―――





















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