陽炎の屋敷には火影のメンバーが揃っていた。部屋の中で陽炎、小金井、土門、風子、水鏡、虚空が座布団の上に座っており、少し離れた場所で部屋の壁に背を預けて座る烈火の姿がある。はその部屋の中にはおらず、部屋の外に居た。右手にはむき出しにされている空神、両足には韋駄天の姿がある。今日は神慮伸刀は持ってきていない。あの大きな魔導具はどうしても持ち運びには不便だからだ。そもそも小さくしてしまえばそんな事はないのだが、は緋水に形見として受け取っただけで、実際に神慮伸刀の能力を見たわけでも、教えてもらったわけでもない、は神慮伸刀が伸縮自在だということを知らないのだ。故に己の意思で持ち運びに便利なサイズにすることが可能なんてことに、これっぽっちも気付かない。


「森光蘭の居場所が―――わかったわ!」


部屋の中から陽炎の声が聞こえてくる。部屋の中にいる火影のメンバー達の雰囲気が変わったのも空気を伝って感じられた。は柳の頭上にも広がっているであろう、何処までも同じで、何処までも繋がった広い青空を見上げる。


「ここよ!日本の中心部にあたる中部、近畿地方―――山脈がひしめく、ある一点に強烈な反応があった!おそらく登山には利用されない、私有地としての山岳に、連中の要塞はある!!そこに森光蘭が―――柳ちゃんがいる!!」


勢い良く踏み出した足音、壊れんばかりに勢い良く引かれた襖、ゆっくりとが振り返れば、そこには切羽詰った冷静さに欠けた烈火が部屋から飛び出そうとしていた。は悲しみも憂いもない、何も感じられる色をした双眼でじっと烈火を見る。


「花菱!!」

「どこいくの!?」

「決まってらぁ!!姫を助けにいく!!」

「まちなさい、烈火!!!柳ちゃんはまだ生きている!影界玉が彼女を感じているわ!!」

「だからなんだ!!森は姫をとりこんで、完全体になるって言ってんだ!!一刻の猶予もねえ!!あいつが危ねぇんだ」


飛び出そうとする烈火に声を上げる土門と小金井、陽炎の制止も聞かず声を荒げて今から近畿地方にある森光蘭の要塞へと向おうとする烈火。は一切顔色を変えなかった。一瞬の反応を見せない。まるで面白みの全く無いドラマを、テレビ画面の前に座ってぼーっと見ているような感覚だった。


「…どけ、虚空」

「……主の気持ちはようわかる。だがの…」


烈火の目の前に立ち、行く手を阻んだ虚空は、烈火に勢い良く突き飛ばす。避ける事も受身を取る事も出来なかった烈火は、己が居た場所とは正反対の部屋の奥、先程まで背を預けていた壁に勢い良く激突した。虚空から立ち上る煙は、その突き飛ばすという行為にどれだけの威力が込められていたのかを物語っているかのよう。座り込んだままの烈火に風子が近付く。そして虚空は言葉を繋ぐため再び口を開いた。


「このような時にこそ…静かなる心を保て!さもなくば敵地にのりこんだところで犬死にじゃ!」

「烈火…悪かったな……その時に………私と土門もいたら…もしかしたらこんな事にはなってなかったかもしれない………ごめん………ごめんな………」

「…そんな事言うな、馬鹿…こっちがあせって連絡できなかったんだ…すまねえ…」


風子は両方の瞳から止めどなく涙を流しながら烈火に謝罪の言葉を繰り返す。烈火は横目で土門を見れば土門も謝罪こそを言わなかったが体を小刻みに震わせていた。烈火は静かにそっと顔を俯かせて、風子と土門に小さく謝罪を述べる。風子と土門も責任を感じているのだ、焦って自分たちが連絡できなかったばかりに。目の前で連れ去られてしまった柳、けれど戦うことすら出来ずに連れ去られたとしたら、それはどれだけ辛いものなのだろう。どれだけ自分の力を無力に思うのだろうか。


「ええい!!いつまでもしみったれとるなぁぁ!!柳ちゃんはまだ大丈夫ぢゃ!!!」

「なんの保証があって言ってんだ、ジジィ!!てめえに何がわかる!?」

「わかる!!ワシも魔導具を造った一人じゃ!」


しんみりとした暗い空気が流れる部屋の中、そんな中、場違いな程に明るい虚空の声が響き渡る。吊られて声を荒げた烈火は虚空を指差して思ったことを口走れば虚空の口からは予想すらしていなかった衝撃的なことが告げられた。陽炎、土門、小金井、風子、水鏡、そして烈火の表情が一度硬直し、ワンテンポ遅れてから立ち上がって驚愕の声を上げた。虚空は其々が身に着けている魔導具を順番に見ていく。


「風神…閻水…鋼金暗器…土星の輪。皆、ワシの作品じゃよ!空神は…海魔の作品を後からワシが手を加えた所謂合作じゃがな」


虚空は語り出す。海魔と虚空は互いに競い合うようにして魔導具を造っていった事、殺める為、生かす為、価値観の相違が魔導具の能力を相反する物へと変えていった事を。だが魔導具には皆一つの共通点が存在する、それが魔力。そして柳に秘められた力は、それとは全く逆の力なんだそうだ。


「前例があってな…互いの力が反するものだという事は確認されておる」

「………前例?」

「いずれわかる」


虚空の脳裏に浮かぶのは過去に居たあの姫君、柳と瓜二つの容姿、気丈で気高く強く生き散っていった人。短い人生、その中で愛する人を目の前で亡くした可哀相なお方。柳の前世と言える人物だ。虚空は桜姫を脳裏から消し去ると再び話を続ける。水と油の力が一つになるにはそれなりの準備と時間が必要になる。単純に食せば良いという事ではないのだ。それは奴の中に住む海魔も善く知っていることらしい。火影のメンバーに、希望の色が浮かんだ。


「そっか…姫は助かる…まだ助けられる!!」

「そう……そしておそらくこの戦いこそ―――最後の戦い!!永きにわたる血塗られた火影忍者の歴史…呪い……全てを断ち切る重き戦いとなろう!!…火影忍軍七代目頭首―――花菱烈火!!会わせたい者がいる。崩、砕羽、焔群、刹那、円、塁、そして虚空!計七匹の火竜を己の力として歩んできた主が最後の戦いの前に成さねばならぬ事…烈神に会わねばならない!!!」


虚空の発した烈神という名に心当たりのある以外の面子が過去を振り返る。紅麗の館で烈火が初めて出した火竜、あの絶対的な強さは今も鮮明に思い出せるほど強く色濃く脳裏に焼きついているのだろう。は知りもしない見たこともない最後の火竜、烈神を頭の中でそっと思い描いた。


「まだ従ってないラスト一匹の竜でしょ?柳を食おーとした奴!」

「あの紅麗を一発で吹っ飛ばしてた!!あいつが出てこなきゃ今頃俺達死んでたね」

「火竜の…長…」

「会うって…どこで?」

「”花菱烈火”の中でじゃ!!裏武闘の時、一度行っておるのォ」

「……どうするの、烈火?」


風子、土門、水鏡、小金井が順に烈神のことについて言葉をもらす。小金井の些細な疑問、何処で会うのかという問いかけに虚空は以前行ったあの砂漠のような場所を思い出しながら答えた。陽炎は落ち着いた声色で、烈火を見て訪ねる。烈火は明るい表情を浮かべ、歯を見せて強く言った。


「おもしれーじゃねーーの!!俺的にも奴にもう一回会いたかったところだ!!あいつらと戦って―――姫を取り戻す為にはよ……野郎の力も必要だ!」

「………言っとくが奴は一言も”力になる”とは言っとらん。”話をする”と言っとっただけでな。まァとりあえず殺されぬよう気をつけい!」

「上等!!そんじゃ…―――おまえらとはここで一応お別れだ」


烈火が立ち上がったまま、皆を見渡してはっきりとそう告げた。烈火の発言に沈黙が訪れる部屋の中。全員がまるで烈火の言葉を理解出来ないでいたのである。は真っ直ぐ烈火を見据えた。


「………え?」

「お別れって………なんじゃ?」

「………。」


土門は間抜けな声を出し、風子も唖然としている。は何も言わなかった。以前、封印の地で置き去りにされたことがフラッシュバックする。しかし自然と怒りは込み上げてこなかった。それは心の何処かでは置いていかれないという自信があったのかもしれない、もしかすると烈火の言いたい意味を理解していたのかもしれない。


「今まで…俺たちは命ギリギリの戦いをしてきた。紅麗の館―――裏武闘殺陣―――封印の地―――いろいろな事があって…それでも俺達は生きてこれた!けどよ―――今回ばっかは、本当にただ事じゃねえと思ってる」

「一人で行く気なのかよ!?」

「聞けよ!!」


声を張上げた風子に怒鳴り返す烈火。はぼんやりと心の中で紅麗の館は一緒に行ってないし、封印の地は置き去りにされたし、なんてことを思う。ついでに言うと裏武闘殺陣は成り行きで出たようなものだった。最終的には己の意思で空神を手にとって、戦ったわけなのだが。


「敵はあの森光蘭!乗り込むのは奴のアジトだ!何が起こったって不思議はねえ!!誰かが死んで誰かが泣く、そんなのもう見たくねえんだ。だからよ、一回みんな一人になって…よく考えてきてほしいんだ。”一緒に来てくれ”なんて言わねえ!ここで降りたって全然かまわねえ!!考えて…それでも来るって馬鹿野郎は”一緒に行こう”!!」

「三日後…ここで待ちます。それまで自分の気持ちを整理してください」


口角を吊り上げて強くそう言った烈火、陽炎が三日後にここで待つと告げればまず立ち上がったのは水鏡だった。次に小金井も立ち上がり烈火の横を通り過ぎて部屋を後にしようとする。土門が烈火の横に並んだところで、はこちらに近付いてくる水鏡と小金井を視界の端で捕らえながら一度目を伏せ踵を返し烈火達のいる部屋の方に背を向けた。背中の向こうから、土門の声が聞こえる。


「……あのよ、花菱。多分―――俺達全員”それでも来る”って馬鹿野郎だと思うぜ」


土門がそう言った刹那、は力強くその場から飛び出した。韋駄天を発動して地面を強く一蹴り。人の目には映らぬ速さ、は青空の中を移動して深い深い森の中へと降り立つ。目の前に広がる無数の木々たちは元気そうな緑色の葉を枝という枝に沢山見せびらかすように付けている。は強く拳を握ると思いっきりそれを後ろに引いて木の幹に打ち付けた。漫画のように手の型通りに窪んだりはしない、ましてや幹が真っ二つに折れたりなんてこともない。びくともしない強く生きる木に対し、の拳は徐々に痛みを倍増させる。幹を殴った衝撃で、拳には擦り傷が出来て少量の血が滲み出て、尚且つ赤く腫れている。それでもは痛みを感じていなかった。


「…柳ちゃん……あたし、謝らないから」


は火影の誰よりも一番最後に居たのだ、連れ去られてしまった柳と。居たといっても電話をしていただけなのだが。そして烈火達とは違って、前日の時点で柳が葵と会う約束をしていたことを知っていた。葵に感じていた違和感に気付いたのは全てが手遅れになってからだったのだ。あの時、根拠の無い違和感でも柳を止めていればよかった。もしくは自分がその地理案内について行けばよかった。後悔なんてものは幾らでも出てきてはを苦しめる。けれどは後悔はしていなかった。そう、気にしていないのだ。まるで自分の所為ではないとでも言うように。


「だって、絶対助けるから」


連れ去られてしまった、もう起きてしまったことだ、なら今過去のことを悔やんでも仕方が無い。ならば先のことを考えるべきだ。柳に対して罪悪感を、後悔をするのならば森光蘭から柳を奪い返せばいいだけのこと。自分の身や、皆を守る為に魔導具に手を出したのだ。森光蘭を殴るという目的も果たされていない。が柳の救出に向わない理由なんてものは何一つ存在しない。恐れがないわけではない。ただ恐怖よりも決意した意思の方が強かっただけのこと。


「もうちょっとだけ待ってて。そしたらまた、みんなで笑い会えるから」


幹に突いたままの拳を広げて幹に掌をつける。赤く腫れて血の滲んだ拳、まるでの言葉に反応を示すかのように怪しく空神の宝玉が光る。足元では韋駄天の宝玉がきらりきらりと光っていた。には強い仲間が居る。自分の身を守る力をくれ、共に戦ってくれる仲間がいる。陽炎から貰い、この世界に、火影の戦いに首を突っ込むきっかけにもなった運命的な出会いをした韋駄天。攻撃能力を持たない自分に救いの手と言わんばかりに紅麗がくれた、屈服させるまでには時間と苦痛を伴ったが今となっては己の攻撃の要となる空神。そして、たった少しの時間と少しの言葉しか交わさなかったが命の重みを教えてくれ、自分を守ると言ってくれた緋水から受け取った神慮伸刀。彼ら魔導具がいてくれるからは戦える。戦う術を持っている。全てを駆使し、全身全霊を込めて、真っ向から正々堂々と逃げることなくは戦うことを誓った。


「全部終わらせる、終わらせよう。そんで―――またみんなで学校に行くんだ」


遅刻しないように慌てながら学校に行って、昨晩の番組のことだとか、最近誰かと誰かが付き合いだしたとか、そんなくだらないことを休み時間にしたり、机に突っ伏して授業中寝たり、昼休みは屋上で烈火、風子、土門、柳とご飯を食べたり、廊下を歩く時は水鏡と擦れ違ったりしないかなんて気にしながら歩いたり、放課後は風子と一緒に時には寄り道をしたりしながら帰って、そんな平凡で普通で戦いなんて縁のないような、同世代の皆がするような学生生活に戻るのだ。その為に、過去で当たり前だった生活を取り戻す為に、は戦う。





















inserted by FC2 system