「イエーイ、見て見てぇーーっ。はっけえ〜〜んっ!!」


ひかり119号に乗り込み新大阪まで揺られること暫く。あらゆる者の侵入を許す事無き山岳地帯の奥深く、C−COM財団の中心部―――忍者集団”裏麗”を統括する森光蘭の最後の砦、要塞都市―通称―SODOM。そのエリア内、荒れた森の中を駆け抜ける7つの影。絶壁の崖の上まで走って来たならば、そこから見えるのは森光蘭が居ると思われる一つの細長く大きな建物。風子が口角を艶めかしく吊り上げて声を上げれば、土門が拳を握って歯を見せる。


「こん中に…柳が!!」


そう言った土門の斜め後ろでは真剣な表情で立っていた。これから柳を救う為の戦いが始まる。だというのにには一切の恐怖心がなかった。裏武闘殺陣では戦いの前に恐怖で体が震えるのは当たり前だった、どんな時も心の何処かに必ず恐怖がを苦しめてきた。しかし、今回は無い。それは成長と言うのか、慣れと言うのか、それとも覚悟の表れか。出来れば後者であって欲しいと思う。前者二つだと何だか格好がつかないからだ。深く深呼吸をし、建物を見据えて気を引き締めていると、土門の隣で両手に掌サイズの花火と思われる物を転がしてマヌケな表情をする烈火が見える。を纏っていた程良い緊張感が、一瞬にして吹き飛んだ瞬間でもあった。


「(えー…。なに、この緊張感のなさ。いやいやいや、いいのこれ、いいのかこれ。それともあれ、さすが火影!火影らしいよね!さすが大将!とか思っとけばいいの?)」

「…あんの〜大将、それなあに?」

「玉名”火影天誅”!!」

「そーいう事じゃねえ!!何する気だ!!?」

「上げんだよ!!わりィか!?」

「(上げるって、えええええ、いいの?本当にいいの?敵に居場所を教えるようなことしちゃっていいの!!?)」

「宣戦―――布告じゃ!!」


にやりと歯を見せて笑えば、躊躇いもなく烈火は導火線に火を点火する。そして土門の方へと振り返ればぽいっとゴミでも捨てるかのように軽々しく土門にその花火を投げ渡すのだ。


「パス!!」

「やあん、わたしィ?のぉぉおおお


どこぞのきゃぴきゃぴとした青春真っ盛り中の女子高生のような笑顔を浮かべて両手で花火をキャッチした土門。しかしそんな女子高生のような土門も、手の中にあるのが花火だということを頭が理解すれば直ぐに吹っ飛ぶもので、土門は花火を上空に向かって投げる。全力投球だ。大きな音を立てて、夜空一面に咲く光の花。その美しさに一瞬は見惚れるも、それこそ一瞬のことであり、すぐに遠い目をして無表情で夜空で徐々に消えていく花を見上げた。


「(……まじでやっちゃったよ…)」


早速未来に心配の気持ちを浮かばせたの斜め前方では土門が烈火の頭に3発の拳を叩き込み、大きなたんこぶを作り倒れている烈火が居る。勿論この程度でダウンする烈火ではないので、すぐさま口喧嘩が始まる。烈火と土門の口喧嘩を眺めながら風子が腰に手を当てて言葉を吐いた。


「紅麗の館の時もやったよな。ぜってーバレたよ」

「どのみち敵はすでに知ってるわね。厳戒体制が並じゃないもの」

「(紅麗さんの館でもやったんだ…。敵にバレててもわざわざやらなくてもよかったよね…。…なんかもうどうでもよくなってきた)」


は深い深い溜息を吐く。騒がしかった烈火と土門も静かになり、心地よい程度の緊張感が一瞬にして火影に降りかかる。も脳裏に過ぎった呆れの言葉を振り払うと横目で一度、建物を真っ直ぐ見据える水鏡の横顔を見た。の視線には気付いていない、真っ直ぐ真っ直ぐ一直線に建物を見据えている。


「(…止めよ、駄目駄目駄目。今は…柳ちゃん救出のことだけ考える)」


邪念を捨てる。柳を救うこと以外のことは全て終わってから考える事にする。今は水鏡のことは後回しにする。瞼を降ろし、集中していた烈火がゆっくりと瞳を開けると前へと駆け出した。小金井、土門、水鏡、風子、、陽炎が後に続く。


「行くぜ!!火影!!!」









森の中、木々の生い茂る中を風の如く走り抜ける火影。崖の上から見えた建物に向かって真っ直ぐ走っていく。その中で向けられている確かな殺気に誰よりも早く気付いたのはだった。続いて水鏡も気付くと前方を見たまま斜め後ろにいる烈火に見向きもしないで声を掛ける。


烈火!」

「あいよォ!!」


烈火は右手に3つの球を取り出し怪しい笑顔を浮かべる。刹那、は強く右足を踏み込み、一気に加速。そして前方に現れた一人の男のSPが手に持つ銃を発砲する前に目の前まで飛び出すと、韋駄天で加速したスピードを殺すことなく乗せて、容赦なく肘鉄を男の鼻に打ち込む。嫌な音を立てて拉げた男の鼻、白目を向いて男の体が傾けば、反対側からもう一人の男がに銃口を向け発砲する。まるで予想していたかのように、実際予想していたのだが、は軽々と銃弾を体を横に逸らして避ければ、に向かって放たれた銃弾はの後方に居た土門に向かって飛んでいく。間一髪身を下げることで避けた土門の頭上では木の幹に減り込んだ2つの鉛球。男は再びに向かって発砲しようとすれば、既に飛んで男の目の前に姿を現す烈火がいる。烈火は玉を男に向かって投げれば、男の体は激しい音と眩い光を放って爆発した。小金井の背後からナイフを片手に襲い掛かった男は小金井の足蹴りを顎に喰らい、また違う男は水鏡の手刀で地に倒れ、残り一人の男は風子の飛び蹴りを顔に喰らっていた。


「上出来。一瞬にして五人のSPを倒した!みんな…本当に強くなったわ。私が敵の顔をして貴方達の前に現れた事は無駄ではなかった!貴方達を信じて良かった!!」

「(敵って言うよりあたしの場合、怪しい人な感じしかなかったけど、なぁ…)」

「あんときは母ちゃん、ホント悪者にしか見えなかったぜ」

「なんかなつかしいねェ」

「土門。今、お前だけ何もしてないだろ」

「デリカシーないよね、君…」


地に伏せる五人のSP達を横目に陽炎は火影メンバーを見ながら言う。過去のことを振り返り鼻の下を指で擦りながら言葉を繋いだ烈火に、同様に悪人面で現れた陽炎の姿を思い出しながら風子が笑って続く。そんな中、水鏡が土門の背中に向かって事実を述べれば土門は水鏡に振り返る事無く静かに言葉を吐く。先に歩き出したのは烈火だった。森の出口は直ぐ其処まで迫っている。


「さ…そろそろ出るぜ!」


森を抜けた先では地面に砂が広がり、周囲に幾つかの建物が点在していた。中央には水が湖のように溜められており、その遥か先に崖の上で見た建物がある。建物までの距離はそれなりに長距離だ。


「ちっ!やっぱ広えぜ、こりゃ」

「でもこの中のどこかに柳がいる!しらみつぶしにいくしかないザマスよ!」

「捜すぞ!!」


舌打をする土門、風子が続いて言葉は少々戯けてはいるが真剣な表情で言えば、烈火が声を上げて一番近くにある建物に向かおうと足を前へ踏み出そうとした時だった。左手から聞こえてくる拍手の音。一斉に音の聞こえる方に振り返る火影メンバー。其処にはの見覚えのないスーツ姿の眼鏡をかけた男が立って、自分達に向かって拍手をしていた。


「よォ〜〜こそ、おいでくださいました!まさかこの要塞都市”SODOM”までいらっしゃるとは思いませんでしたよ」

「お前…」

「森の側近の八神…って…あれ?」


様子の可笑しい水鏡と小金井の様子には小首を傾げる。兎に角、此処に居るのは森光蘭の仲間と、敵対する火影のメンバーだけ。小金井の言葉から八神というこの男は森の側近らしく、は敵と認識すると静かに戦闘体勢に入る。


「質問。俺様の記憶が確かならあいつ…」

「そだね……死んだ男だ!!」


様子が可笑しいのは水鏡と小金井だけではなかった。土門と風子も何やら可笑しく、の疑問は膨らんでいく。冷や汗を流しながら土門が風子に訪ねるように言葉を吐けば、風子は土門の口にしなかった問いを肯定し、決定的な言葉を吐き出した。避けるような音がして八神の左側の口が裂けて止めどなく血が流れ出す。そしていつの間にか男の背後には数え切れない程の表現のし難い、不気味で醜い化物。それは封印の地で見た森光蘭の分身に似ている。八神は後ろに化物達を引き連れて笑う。


「死んだんじゃねーんだな。生まれたんだ!理解できまい!?無知で無学な必要無しのゴミ共が!!死ぬ事で懺悔しな!!殺せ!!!」


八神の殺せという言葉を合図に四方八方から襲い掛かってくる化物達。は瞬時に神慮伸刀を引き抜くと少し長めに刃を伸ばし無駄な動きを一切見せずに次々と化物達を斬り倒していく。しかし化物達が減っているようには到底思えない程に数が多く、一体一体倒していってもキリがない程だ。それでも達が目の前に居る化物達を斬り倒していくのは、攻撃を全て避けてこの場から脱出するのが不可能だからである。一体一体が弱くとも、数が多ければ隙も少なくなり、突破口が塞がれてしまう。故に先に進みたくとも皆、進めないでいるのだ。


「散れ!!バラバラになって姫を捜すんだ!!」

「わーってるけど……この数はキツイ!!」

「(空神で全部一気にぶっ飛ばしてもいいけど…皆も巻き込んじゃうし、なぁ!)」


神慮伸刀で化物達を斬り倒しながらは心の中で舌打をする。空神を使えば一瞬で終わることでも、こうも仲間が密集していれば空神の攻撃範囲に入り巻き込んでしまうのは絶対だ。ただひたすら刃を振るうしかない、化物達の間を駆け抜けながらは神慮伸刀を巧み操り振るう。そんな時、の耳に優しい鈴のような、そんな音が聞こえた。決して大きな音だったわけではないが、よく耳に届くような、心地の良い音だった。刹那、とてつもなく大きな、ぶん殴ったような音が聞こえては横目でその方向を確認する。


「どうやら間に合ったようだ。久しいな、火影!!」


穏やかで優しい表情をした空海が纏っていた衣服を脱ぎ捨て、手に持っていた錫杖を手放して声を上げる。空海の言葉通り、久しい顔に自然と烈火と土門、そしての表情が明るいものへと変化する。


「空海のおっさん!!」

「それに…大黒!!南尾!!藤丸!!!」


空海の後ろに並んでいた大黒や、南尾、藤丸も纏っていた衣服を脱ぎして姿を晒す。其のほかにも見知らぬ男達の姿が見えるが、空海達と同じお寺の人のような衣服と錫杖を持っていた所から彼らも空の人間なのだろう。そんな中、は一人だけ見知った姿がないことに気付く。神慮伸刀の刃を振るい化物達を見ながら、その姿を捜す。


「千鶴!!!」


そんな言葉と共にの目の前に居た化物達が折鶴によって一瞬にして倒されていく。声のした方向、折鶴が飛んできた方向には振り返る。見えない見えないと捜していた姿が、確かに其処にはあった。


「行ってください、皆さん!ここは僕達がくい止めます!!」


最澄が力強く火影に告げる。ふと、と最澄の視線が交じり合うと最澄は少しばかり目を見開いた後、穏やかな表情を浮かべてに微笑みかける。全く訳の分からないは少しばかり首を傾げた。最澄の姿を捉えた烈火が最澄に駆け寄っていく。そして青筋を浮かべながら真っ直ぐ最澄を指差して声を上げた。


「葵!!?」

「違うぞ、最澄だ!」

「…なんの事でしょう?」


すぐさま訂正を入れる水鏡に状況が読み込めていない烈火。烈火の頭の悪さは前から自身、知っていたつもりだったがまさかこれ程までとは。の表情は嫌でも引き攣ってしまう。久々の再開でもあり、が初めて戦った相手でもある最澄。戦いの怖さと傷の痛みを教えてくれた最澄。は神慮伸刀を収縮するとケースにしまうと最澄へと駆け寄る。最澄は視線を烈火からへと移すと柔らかく微笑んだ。


さん、とても良い顔つきになりましたね」

「へ?」

「陽炎殿からカラスを使った書状を頂いてな!お主達の力になりに参った!!」

「みてーTVあったんだぞ。感謝しろ、バカヤロー」

「他の”空”の人間達も呼んである!!」


最澄の突然の発言には気の抜けた表情になる。一体どういう事だろうか、頭上にクエスチョンマークを浮かべていると大黒が心強い言葉を吐き、藤丸は見たいテレビがあったと録画すれば良いだけのことを火影に文句をつけ、南尾は後方にいる何人もの武器を持った強そうながたいの良い男達のことを言う。最澄は、最澄の言葉の意味を理解出来ていないに再び言葉をかけた。


「以前のさんには戦うことに迷いがあったように思います。戦いへの恐怖、痛みへの恐怖…恐怖は戦いに迷いを生みます。けれど、さん…貴方は変わった!貴方は自ら望んで戦うことを選択した。僕は貴方から戦うことに迷いを抱いているようには見えません。きっとそれは、身体が強くなったこともあるかもしれませんが、恐らく心が強くなったから。今のさんは以前よりも遥かに強い」


最澄の言葉が心に染み込んでいく。とても立派な、立派に聞こえる言葉をくれる。自身、そうは思わない。確かに以前は、裏武闘殺陣の時は常に恐怖があって迷いがあった。戦うのが怖い、痛いのが怖い、死ぬかもしれない、死んでもおかしくない状況だった故に余計に怖かった。だから戦うことに対して積極的にはなれなかったし、出来れば戦いたくないとも思ったこともあった。けれど今回は違う、逃げたいとは思わない、迷わず一歩踏み出して戦場に立てる。それはただ純粋に柳を守りたいと思うから。空神も屈服した、神慮伸刀も貰った、より一層早く韋駄天で走れるようになった、だからといっては己が強くなったようには思えない。謙遜ではなく、自信がない。弱くはないと思う、実際まぐれでも今まで勝ってきたし、こうして今を生きている。けれど弱くないというだけで強いとは到底思えないし、自身、火影の中で自分が最弱だと思っている。最澄の言葉はきっとお世辞だ。勿論最澄はそんなつもりで言葉を吐いた訳ではない。しかしにはお世辞にしか聞こえない。けれどそのお世辞も、嫌なようには聞こえないし、にはお世辞でも嬉しかった。自分が足手纏いじゃないと言ってくれているようだったから。誰一人、を足手纏いだなんて思っている人は居ないのだけれど。


「行け!!あの娘を助けに!!!」

「行ってください!!彼女は貴方達を待ってます!!!」

「おう!!!」

「ありがと!!」


空海と最澄に背中を押され、烈火とは声を上げて返事を返すとほぼ同時に地を蹴って一番近くの建物に向かって駆け出す。駆け出しこの場を離れようとする火影を見て焦りを表情と声色に浮かべた八神が、双眼に火影を映し声を上げる。


「逃すんじゃねえーーっ!ゴミが増えただけだ!!まとめて処理しろ、兄弟!!!」


八神の声に反応するように火影に襲い掛かろうとする化物達。しかし殆どが空の者の手によって倒されていく。建物に向かって掛けていく火影。突如小金井の目の前に現れ腕を振り上げ襲い掛かろうとした化物。しかし小金井が鋼金暗器を振るう前に化物の腕は鋭利な何かによって斬り落とされる。


「ゴミねぇ…この気高く気品有る美しい僕の心はブレイクさ。君、死刑決定」

「ここは任せて行くでゴザル!!」

「月白!!火車丸!!」

「風子ちゃん!!」


化物の腕を切断したのは月白の魔導具である海月だ。薔薇を口に咥えて自らを美しいという月白は相変わらずだと言えるだろう。月白の隣に立って現れた火車丸は歯を見せて笑みを浮かべており、二人の姿を目に映して自然と風子に笑みが浮かんだ。月白と火車丸の登場に気を取られたのか、それとも気が緩んだのか、風子の背後すぐそこに迫ってきている化物に風子は気付かない。咄嗟には風子の名を叫べば韋駄天で風子と化物の間に割り込み、左手を後ろにやり風子を押すよう出せば右手の空神の装着された掌を化物に向けて空神を発動しようとする。発動しようとした瞬間、とんでもないスピードと迫力で力強さで化物が餓紗喰の拳によって横に吹っ飛んでいく。その衝撃で生まれた風は強く、と風子の髪が風に流され触られる。と風子の表情は一瞬にして呆けたものになった。



「行け!!!火影!!!」





















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