老婆は語る。己が実験用モルモットと呼ばれており、周りに見えていたのは沢山のカプセルと、その中に入った子供から老人までの様々な人間。一日ごとにその人間達は人間ではなくなって行き、全員が化物に姿を変えていったことを。老婆の隣に土門が歩き、その一歩後ろをが歩く。真剣に老婆の話を聞く土門に対し、は何も言わずただ静かに老婆を見ていた。老婆の話は続く。ある日、一つのカプセルから怪物になった人間が暴走したのだと言う。他のカプセルや室内を破壊して回った化物は、最終的には処分されていたらしい。運よく己が入っていたカプセルが化物によって壊れた老婆は隙をついて逃げ出したのだと言う。だが外に出たところで先程のロボットに見つかったそうだ。老婆が土門の方へと振り返ると土門の大きな両手をぎゅっと強く両手で包み込んで握った。


「ありがとうの!!あんたは命の恩人じゃ!!あのままだったらきっとワシは………。………、は!!!」


突然老婆が声を上げたかと思えば、老婆は握っていた土門の手を離し後ずさると木の影に隠れてそっと顔だけを覗かし、土門を警戒した様子で見る。そんな老婆の様子に土門の頭上にはクエスチョンマークが浮上する。老婆はゆっくりと口を開くと、先程よりも小さな声で恐る恐ると聞いてきた。


「お前達…何者じゃ?」

「心配ねーぞ、バアちゃん!!!俺たちゃここの人間じゃねえ!!!」

「そうかい!ほんならええよ。ウソじゃなかろね?」

「バカー。俺、バアちゃんっ子だからよ!ウソはつかねって!!」


へらへらと笑顔を見せる土門、短時間で此処まで見知らぬ相手、それも老婆と仲良くなれる土門は少しばかり意外ではあったがはそれを表情には見せない。仲良さげに雑談をする二人を後ろから見ながらは二人の後を追う。暫く歩き続けると老婆は目の前の建物を前に顔だけ振り返って声を発した。


「…ほれ。あそこがパルテノンじゃ。ワシは元々ここの研究員じゃったから地理にはくわしいのよ。助けてもらった礼じゃ!ほっほ」

「あそこにみーちゃんいるかもな!!行くか!!!」

「(水鏡先輩…!……じゃなくて!!)うん、行こっか。道案内ありがと、キリトさん」

「なァに…」


笑顔を浮かべてパルテノンを見る土門。声を掛けられたはパルテノンに水鏡の姿があるのを想像すると意識が何処かに飛んでいってしまいそうになるが、すぐにその想像を振り払って今に集中すれば。土門に笑みを浮かべた後、老婆に向かって礼を述べる。老婆はパルテノンを前にし、と土門に背を向けたままの礼に返事を返そうとした。老婆が己の失態に気付き言葉を飲み込んだのは既に時遅し。


「え?」


土門のまるで状況を理解出来ていないようなまぬけな声が響く。は小さく笑みを浮かべると未だ背を向けたままでいる老婆、キリトに向かって再び声を掛ける。


「何となくだったんだけどね、やっぱ女の勘って凄いかも。…で、風子ちゃんにもそういう嘘付いて近付いたんだ?」

「え?え?」


老婆をキリトと断定した口ぶりで話すと、何も答えないでいるキリトの背中を交互に見ながら土門はひたすら疑問の言葉を繰り返す。は表情から笑みを消すと真剣な眼差しでキリトを見て、言葉を繋ぐ。


「裏麗死四天の一人のキリトさん、正解だね?」

「くっくっく…つい呼ばれて返事をしてもーたか。やりおるのォ、小娘!!確かにワシがキリトじゃよ!!」

「小娘じゃなくて恋する乙女です。風子ちゃんはどうしたの?」

「川底に落としてやったワイ、あの子はコロッとだまされたがのー」


己がキリトであることを認めた老婆は、先程までの穏やかな雰囲気がなくなり悪人面丸出しといったような、そんな表情と雰囲気を曝け出している。は小娘と言われたところをこっそり否定しながら一番気になっているところでもある風子のことをキリトに訪ねた。キリトはにやりと口角を吊り上げ、隠す事無く真実を口にする。キリトの発言に誰よりも反応を見せたのは、風子に恋をしている土門だった。


「何ィーーっ!?このババァ!!風子は生きてんのか、この野郎!!?」

「おお〜〜〜こわ〜〜〜、さっきまでは”僕おばあちゃんっ子なんだよ”とか言っとったクセに」

「こーのーバーバァ〜〜〜!!!」

「生きとるかもしれんし死んどってもおかしくない。とりあえず、あの子が取った大切なディスクは今、ここにある。そんで―――今、もう一枚手に入れた」

「!!」


土門が怒鳴ればキリトは笑みを絶やさずに先程までの土門を思い出しながら言葉を繋ぐ。頭から湯気を出す程に挑発されている土門。キリトはポケットからディスクを取り出し、と土門に見えるよう翳せば、二枚に重ねてあったディスクを横に少しスライドさせて、己の手の中に二枚のディスクがあることをアピールする。一つは風子から奪ったディスクであり、今しがた増えたもう一枚のディスクは言うまでもなく土門のものだ。


「気付くのがホンの少し遅かったようじゃね、さっきスラせてもらったよ。風子さんの時にもそう感じたんじゃが…あんた達はどうにも隙がありすぎるねえ!」

「返しやがれ、ババァ!!!」

「おっと」


土門がキリトからディスクを取り返そうと襲い掛かるが老人とは思えぬ軽業でキリトは土門の攻撃を避けると、そのまま木の枝の上に華麗に着地してみせる。そして土門を見下ろしたキリトは鼻歌でも歌い出しそうなくらいに上機嫌だ。


「さあて!このまま逃げさせてもらうよ!!次は烈火くんのディスクでも頂こうかのォ!!」

「そーだね、次は風子ちゃんから奪ったディスクを貰おっかな」

「!?」

「!!」


高らかに笑いディスクを手に逃走を図ったキリトだが、の声に反応して表情を一変させる。それは土門も同様のことで、いつの間にかは土門の後ろからキリトの向かいにある木の枝に立っている。そしての手には土門がキリトに奪われたはずの、土門が入手したディスクだった。


「韋駄天履いてるし、スピードには自信のあったけどさ、こうもあっさりあたしに奪い返されちゃって…残念だったね、キリトさん。どうにも隙がありすぎるんじゃない?」

「こ…の……小娘!!!」


がにやりと口角を吊り上げて笑えば、キリトは引き攣った表情で手榴弾のピンを抜きと土門の間に投げつける。直ぐに爆発した手榴弾だが、と土門に怪我はなく、爆発した煙の向こうでキリトが逃げていくのが見えた。先に駆け出したのはだった。


「石島くん行くよ!」

「ハ、ハイ!!!」


慌てての後を追う土門だが、足の速い。土門は付いていくのに必死でもあった。全力で足を動かし手を振って何とかの後を追う。


「あのババァ、まだ風子の一枚もってるからよ!このまま逃がす訳にはいかねえもんな!」

「逃げないと思うよ。多分もう一回来ると思う。自分が小娘呼ばわりしてる女に、あんなに簡単にディスクを奪い返されてプライドが傷付かないはずないしね。まぁ、結局は勘なんだけどねー」


は自信満々とまではいかないが、かといって自信がないような口ぶりでもない。結局は勘、でも今のところ勘は全て当たってきているので多分また襲ってくると踏んでいる。は横目で土門を見ると、小さく溜息を付けば土門に取り返した土門のディスクを渡す。


「石島くんのディスクね。もう取られないでよ?次も取り返せるか分かんないんだからさ!」

「おお!!」


木々の間を抜けてキリトの気配を感じる所に出る。今まで生い茂っていた木々がなく、ちょっとした何も無い空間が広がっている場所。キリトの姿も勿論ないが、それでも気配は此処から感じるので、キリトがここの何処かに隠れているのは確実と言えるだろう。


「(……このあたりだ)」

「(確実に、いる)」


土門とがキリトの気配を感じ取りながら、いつでも対応出来るよう身構える。これからどうやってキリトを誘き出そうか、が頭の中でその作戦を考えていると、どうやら先に土門が何か案を思いついたらしい。行動を先に起こしたのはではなく土門だった。そしてその土門が考えたキリトを誘き出す方法はというと―――


「オラ出てこいキリトぉーーーっ!!!ディスクならここにあるぞーーーっ!!!」

「!?」


右の人差し指にディスクを差し、高く高く上げて周囲に見せびらかすように見せる土門。その堂々かつ馬鹿としか言い様のない作戦には空いた口が塞がらない状態で、
何より驚きすぎて言葉が出なかった。


「てめえは風子を騙してディスクを奪い取った卑怯者だ!!!ブッとばしてやっから来いやーーーっ!!!」

「はぁぁああぁぁあああ!!?」


身を隠しているキリトに向かって叫ぶ土門。続いて漸く言葉を発することが出来るまでに状況を読み込んだが発した言葉は、信じられない馬鹿!というのが副音声にすると聞こえてきそうな、腹の其処からの絶叫だった。直ぐにが止めさせようとするのだが、遅かったらしい。土門の背後の土の中から現れたキリトは土門の後頭部を蹴り飛ばすと、いとも簡単に土門のディスクを再び奪い取ったのだった。


「ありがとよ、若いの!」

「この野郎!!」

「おっとっと。殴れるかい?噛み砕くよ!!」


キリトに飛びかかろうとした土門。そんな土門にキリトがした対処法はディスクを歯で噛んで銜えるという、所謂脅しのような方法でもあり大胆な方法だった。ディスクを噛み砕かれると柳を助けることが出来なくなってしまう。土門の動きが止まる。しかしその瞬間、は土門の目の前でキリトの側頭部に強烈なドロップキックを決めたのだった。キリトの口から土門のディスクが離れ、キリトの体は横へとすっ飛ぶ。土門のディスクを宙でキャッチし、は地面に着地すると意識の飛んでいるキリトに近付いていった。刹那、土門がに怒鳴る。


「馬鹿野郎!!なんて事しやがる!!そのディスクがもし今ので割れたりでもしてたら柳も助けられねんだぞ!!おい、!!てめえ自分が何をやったか…」

「割れないよ、100%ね」


はキリトの服に手を滑り込ませるとポケットの中を物色する。そして風子から奪ったディスクを見つけるとそれを片手に持ち立ち上がり、土門のディスクを土門に見せるようにチラつかせた。既に土門の目は点になっているが、は気にせず土門が納得するよう真実を告げた。


「これ、石島くんには分からない…っていうかあたしにしか分からないと思うけど空神の力で補強してあんの」

「………は?」

「空気を圧縮させたのを薄く延ばしてディスク全体に覆わせてある。よっぽどのことがない限り割れないよ」


小さく笑った。土門は見たこともないようなを見て、情けないが腰を抜かして地面に座り込んだ。その表情は何とも表現しがたいもので、本人にいたっては全く気にしていないのかフードの中でじっとしていたフォックスを優しい手付きで頭を撫でている。


「く…くくく…」

「!」

「そういう事だったのかい……小娘如きにここまで遊ばれるとは!!遊びのつもりだったから…こいつを出すのはHorHの中にしようと思ってたけど―――ガマンができない。死愚魔ーーーっ!!!」


キリトは魔導具と思われるブレスレットを一度撫でると声を上げて何かの名前を呼んだ。刹那、強い衝撃がキリトから発せられ、霧との後ろの空間が裂ける。そして裂けた空間の中から宙に浮く尖った角のようなものが幾つもある生きた生物だった。


「あひゃひゃひゃひゃ、これぞキリトの魔導具じゃーーっ!!」


キリトの高笑いが響き渡る中、と土門の視線はキリトが出した魔導具である、死愚魔に集中している。死愚魔からと土門は目が離せないでいた。キリトは満足そうに笑みを浮かべると死愚魔に声を掛ける。


「いっといで、死愚魔」


キリトの言葉を合図に死愚魔は一直線に土門の方へと向かっていく。土門は咄嗟に身構えて突進してきた死愚魔を素手で受け止めるが死愚魔の力が強すぎるのか、土門の体は後方へと押されており止めることが出来ない。死愚魔は大きな口を開けると躊躇する事無く土門の腕に噛み付いた。出血する土門の肩、その痛みに手を離した土門は噛み付かれた肩を右手で抑えて方法へ一歩下がる。刹那、が神慮伸刀を引き抜き死愚魔に斬りかかるが死愚魔の体は頑丈に出来ているのか浅い傷しかつかない。死愚魔はに視線を向けると尻尾と思われる先の尖った大きな尾をへと叩きつける。咄嗟に神慮伸刀で尾は受け止めるが後方へと吹っ飛ぶ力までは殺せず、は勢い良く吹っ飛ばされる。しかしすぐに空神が装着された右掌を後方に向ければ空気を瞬時に集めてクッションを作れば、吹っ飛んだ勢いは体に負担を掛けることなく簡単に殺され、伊万里はその場に着地する。


!!」

「平気!!」


土門の焦った声に直ぐに返事を返し、再び死愚魔に向き直って身構える。キリトは口角を吊り上げたまま、と土門に向かって言葉を発した。


「死愚魔は只の魔導具じゃあない、ちょいと改造されてるのさ。その力は絶大さね。見せておやり、死愚魔」


死愚魔の閉じていた羽のような物が開き、その中にぽつぽつと丸い球体のようなものがある。そして行き成り、死愚魔から幾つもの眩い光を放つレーザー砲のようなものが発射された。激しい音と共に四方八方へと放たれたレーザー砲のようなビーム。間近で見ただけにと土門にはその威力が異常なことが分かる。あのビームが放たれた瞬間震えた空気、それは空神を通してに直接どれ程のものだったかを伝える。空気の振動があのビームの破壊力を教えてくれる。は歯を食いしばった。


「…見たかい?こいつが死愚魔さ。さっきまでの勝ち誇ったカオは何処へ行った?くやしいか?くやしいかい?んーー、そのカオ見てマンゾクしたわい!ほんじゃ塔に帰ろうかの、死愚魔!」


心の底から満足そうで笑みを浮かべているキリト。と土門は何も発することが出来ずキリトと死愚魔を見ている。再び避けた空間、その中に戻っていく死愚魔。キリトはと土門に一度は背を向けるが顔だけ振り返って言葉を繋ぐ。


「…ディスクはくれてやるわ、火影。そいつを使ってHorHまで来るがよい!そこで本格的な”死刑”は執行されるのじゃ。お前達は我々に生かされていたという事を肝に銘じよ!!じゃあの!!」


キリトは死愚魔同様、空間の避けた中へと入っていき、この場から姿を消した。取り残されたと土門。土門は強く拳を握り、地面に力任せに叩きつけた。





















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