「ちゃん」
「………。」
「ちゃーん」
「………。」
「………。ちゃん!!」
「うおっ!?」
「もー!さっきからずっと呼んでるのに!」
「あー、ごめんごめん」
キリトから土門のディスクと風子のディスクを取り返したと土門は行動を共にし、次のポイントへと歩を進めた。次に見えた建物、中に入れば陽炎と小金井の姿があった。そして中央には森光蘭のような像が建っており、敵は居ない。何かを意味するのは明白だが何を意味するのかは分からない。ただ五段のスロットがある所から、全てのディスク手に入れた後、スロットにディスクを差し込めば何かの動きがあると判断した達。今手元にあるのは三枚のディスク、土門と風子とが手に入れたディスクである。残り二枚のディスクを手に入れる為、と土門、そして小金井は奥に進む事にしたのだ。陽炎はディスクを奪われぬよう、手元にあるディスクをスロットに差し込んで皆を待つ為に一人残る事になる。ジャンケンで土門、小金井との二手に別れ、土門はマリーの館へ、と小金井は貯蔵庫へと進んでいるのだが、貯蔵庫へと向かう道程の中、は心ここにあらずといったような様子で、度々後ろを振り返っている辺り、土門の方を気にしているようだ。土門の方を気にしすぎている所為か、小金井の声をろくに聞いていないに小金井は頬を膨らませている。は苦笑いを浮かべると小金井に謝罪の言葉を口にするのだが、小金井は頬を膨らませたまま。
「そんなに土門兄ちゃんが心配?」
「あー…、うん。だって石島くん…言っちゃ悪いけど、馬鹿でしょ?石島くんがゲットしたディスクだってキリトに取られちゃうし…あたしが居なかったら風子ちゃんのも石島くんのディスクもキリトさんに奪われたままだったから…またドジしそうで何か心配で、さー…」
「(…土門兄ちゃん…確かに心配だ)」
深い溜息を付きながら歩を進めるの隣で、小金井は表情を引き攣らせる。確かに土門は強い、ディスクだって手に入れる程であるので心配はないのだが、が言うように土門は頭が悪い。最後の詰めが甘いと言うべきなのだろうか。小金井はの話を聞いて心配が心の中を渦巻く。小金井は暫く悩んだような素振りを見せるとの方へと振り返り、無邪気な笑みを浮かべた。
「ちゃん、土門兄ちゃんの所に行ってあげてよ!」
「へ?」
「ほら、何か俺もちゃんの話聞いてて心配になってきちゃってさ。大丈夫だよ!俺は土門兄ちゃんみたいに馬鹿じゃないから!」
「(薫くんも似たり寄ったりな気がするけど…でも石島くんよりマシ、かな…?)ごめんね、でも薫くんも気をつけて!」
「うん!」
土門の心配もあるが、小金井の発言から小金井にも心配の念を抱く。しかしそれよりも心配なのはやはり土門の方で。は両手を合わせて小金井に謝罪を述べれば手を振って見送ってくれる小金井に小さく笑い、韋駄天を発動し一気に土門の方へと駆け出す。一瞬で姿が見えなくなったを見て、小金井は見えてきた貯蔵庫へと駆け出したのだった。
「(なんだぁ、ここは?なんかヨーロッパ!ってフンイキビンビン!)」
「石島くーーん!」
「!?何で此処に…、小金井は?」
「薫くんは貯蔵庫!何か石島くんが心配になって来ちゃってさー。ほら、キリトさんの件もあったし」
「(女子に心配されるなんて…何て頼りない俺…!)そ、そっか」
「(あれ、傷付いてる?キリトさんのことはタブーだった?)」
マリーの館と思われるヨーロッパな雰囲気の建物の前まで駆けてくれば、館の前で立ち止まっている土門の姿を発見した。土門の後ろの止まって声を掛ければ、土門はとても驚いたような表情をしている。それは無理もない話であり、は小金井と一緒に貯蔵庫へ向かったのだからだ。が此処にいるなら小金井は?そう思った土門は周囲を見渡すが小金井の姿は此処にはない。は笑みを浮かべて片手を左右に振り、小金井は貯蔵庫に行っていることを告げ、続けて土門を追いかけてきた理由を述べれば、重苦しい雰囲気が土門から発せられる。は引き攣った表情を浮かべながら、何とか話題を変えようと言葉を捜していると館の方から女性の声が聞こえてきた。
「ようこそ、マリーの館へ」
「「!」」
「遠路はるばるよくぞおいで下さいました。私、この館の女主人、マリーと申します」
「(エレガント熟女!!)」
「(何だこのエロスな色気!!)」
テラスでティータイム中だった美しい女性が微笑みながらと土門を見ている。土門は目をハートにし、もマリーの色気に胸をドキドキとさせていた。しかしその思考を土門とは同時に止めて、すぐに切り替える。ある意味どっちもどっちな思考回路をしていると土門と言えるだろう。
「ここにいるって事はお前も森側の奴だべ!?少し…イヤかなりキレイだからって騙されないぞ!!」
「おお、騙されないぞ!!」
マリーに指を指して声を上げた土門。続いてワンテンポ遅れながらも声を上げるが、慌てて声を上げた所為か少々裏返った声だった。そんな自分の声に少しばかり恥ずかしさを覚えながらはその素振りを見せないよう努める。マリーは土門との綺麗という褒め言葉に頬を染め、笑みを浮かべると空のカップ二つに紅茶を注ぎながら言葉を口にする。
「お上手ね。あなた達みたいに若いコから褒められるとおばさん、喜んじゃうわ」
「何言ってんスか!!まだまだいけてますよォ!!」
「そうですよ!出来ればその色気の秘訣を教えてくださ…」
高らかに笑ってマリーを褒める土門と、興奮気味に色気の秘訣を尋ねようとする。二人は我にかえると、ぴたりと動きを止めた。二人ともマリーの容姿にやられている辺り、本当にどっちもどっちな思考回路だ。マリーはカップを片手に席から立ち上がると向かいの席、二つを逆の手で指し、ふわりと微笑む。
「どうぞおかけになって。警戒するのも当然とは思いますが、あなた達と楽しい一時をすごしたいの」
「髪の長い女みてーなカオした奴もここにきたか?」
「ええ、いらっしゃったわ。一緒に紅茶を飲んで貯蔵庫の方へと行かれました」
「(水鏡先輩と一緒にお茶したぁあああ!?)」
微笑むマリーに見惚れる。しかし土門の問い、水鏡が此処に来たかどうかを訪ねればはすぐに我に帰る。こうも直ぐにマリーに意識を奪われる辺り、は相当重症のようだ。マリーは微笑み、再び椅子に座って水鏡が来たことを肯定すれば、マリーの発言にの心が嫉妬の炎で燃え上がる。先程までマリーを見ていたおっとりとしていた瞳が、この一瞬で吹き飛んだ。そしてマリーはに爆弾を投下する。
「彼…とても紳士だったわ」
「( こ の オ バ サ ン … ! )」
の瞳が獲物を狩る野獣のような、鋭い凶器を連想させるようなものに変化する。ふるふると震える拳を何とかは押さえ込み、出来るだけ表情に出さないよう努力はするのだが、の体からは嫉妬の強い恨みの様な念が少しばかり漏れている。いち早くの異変に気付いたのは隣に立つ土門で、そんなの瞳を見たならば瞬時に冷や汗を流し背筋を伸ばした。続いてマリーもの異変に気付くが、大して気にならなかったのか微笑むだけ。
「これ、毒とか入ってない?」
から微弱に漏れている恨みの念に一気に冷えた頭。最初に浮かんだのはマリーから出された紅茶に毒が入れられているのではないかという疑惑だった。土門はマリーに紅茶を指差しながら訪ねれば、ほんの一瞬、ほんの少しだけマリーが反応を見せた。その一瞬だけ、マリーの表情は先程までの上品な者のものではなく、戦う者なら誰もが持っているような雰囲気を見せたのだ。マリーに対し、今となっては嫉妬しかしていないはマリーの一瞬の反応に目を光らせる。すっと目を細めてマリーを見た。マリーは一度視線を下げると土門に出したカップを手に取り、迷う事無く口を付けて一口飲む。そして土門に微笑みかけるのだ。
「他意はございません」
刹那、土門の心に鋭い良心という名の刃物が突き刺さる。完全に落ち込んでしまった土門の隣ではじっとマリーを見ていた。の視線に気付いたマリーは土門からへと視線を向けるとにこりと微笑む。立ち直ったのか土門はより前に出てマリーに近付いていくとカップに指を掛けて声を上げる。
「いただきマス、マリーさん!!」
「お砂糖は?」
「いえ!!このままで!!」
一瞬の間を空け、土門は一気にカップの中にある紅茶を飲み干した。そして幼い子供のような満面の笑顔を浮かべてうまいと感想を述べれば、カップを元の位置に置いてに振り返る。はそんな土門の緩みきった表情に一瞬息を詰まらせた。そして土門はマリーが淹れたの分のカップを持つと「ほれ!!」とに突き出すのだ。どうやら飲めということらしい。
「や、いいよ。喉渇いてないし」
「何言ってんだべ!!折角マリーさんが淹れてくれた紅茶なんだぞ!?うまいぜ!!」
「あなたも良かったら飲んでください」
突き出されるカップを両手で押し返して拒否するが土門はより強く押してカップを近付けてくる。追い討ちをかけるようにマリーはに微笑むとは暫く黙り込んだ。の心情としては、敵であるマリーの淹れた紅茶は飲みたくない。土門に出した紅茶で毒が入っていないのは証明されたが、それでも不安は残るものである。しかしがマリーの淹れた紅茶を拒むのは他にも理由があり、その理由が拒む大半の理由でもあった。
「(水鏡先輩と一緒にお茶したような、こんな人のお茶なんて飲みたくない!!)」
一言で言えば、ただの醜い嫉妬である。の心情を知るわけない土門は強く強くにカップを押してき、最終的には無理矢理飲ませようとしてくるのだ。こんな淹れたての紅茶を無理矢理飲まされれば何処かしら火傷してしまうかもしれないしれないし、服が濡れて汚れてしまうかもしれない。結局土門に折れたは、土門からカップを受け取り、ゆらりと湯気を立たせる紅茶と睨めっこする。
「!」
「分かってる!しつこい!うざい!」
「………!」
あまりにもしつこく促してくる土門に腹が立ったは、強く土門を睨みつけて声を上げた。土門はの睨みと言葉に少しばかり心に傷を負い、ショックを隠しきれないでいる。それ以降は口を噤み、何も言わなくなった土門。は静かになった周囲に小さく息を吐けば、カップの紅茶から視線をマリーへと向ける。マリーはに微笑みかけるだけでが紅茶を飲むのを待っている。は再びカップの紅茶へと視線を向けるとゆっくりとカップを口に持っていき、カップに口をつけた。
「…美味しかったです」
「うれしい…やさしいのね」
がカップを元の位置に置けば、微笑むマリー。マリーは静かに椅子から立ち上がり、両手を胸の下辺りで重ねて館の扉の方へと歩き出せば、と土門は視線だけでマリーの姿を追う。
「クッキーでも焼きましょう。手伝ってくださるかしら?」
「ヘイ!!」
振り返ることなくマリーから告げられた言葉に敬礼のポーズをとって元気良く返事をしたのは土門だった。は返事を返さず、少しばかり雰囲気の変わったマリーに更に目を細める。マリーは館の扉に手をかけ、開ければ、と土門に振り返って言った。
「ようこそ―――マリーの館へ」
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