と土門は頭を土器で強く殴られたような強烈な衝撃を感じ、表情や体を硬直させ、言葉を発することさえ出来なかった。マリーの館の中には幾つもの拷問具があって、鉄の処女等の有名なものまで揃えられている。土門はこれらの拷問具に衝撃を受けたのだがは違った。の視線は真っ直ぐその方向へと向けられており、目は大きく見開かれ指一つぴくりとも動かさない。先に言葉を発するまで意識を回復したのは土門だった。


「………あの、クッキーは?」


土門がマリーに尋ねれば、マリーは表情一つ崩す事無く真っ直ぐ前方を指差す。その指差した先こそ、が先程から視線を外せないでいるものであった。大柄の男の首元に後ろから腕を絡ませて抱きつく羽の生えた天使の様な女性の像。男が両手で掴むものは、両手を鎖で繋がれた水鏡の首で、水鏡は身動きが一切出来ない状態でそこに囚われていたのだ。全く反応を見せないに、のフードの中に隠れていたフォックスが顔を出してを見上げる。そしての頬を舐めるのだがやはりの反応はない。フォックスは不思議そうに一度首を傾げれば、再びもぞもぞとのフードの中に身を隠した。フォックスを危険な目に合わせぬ為に、敵の目に付かぬよう、はフォックスにフードの中に隠れているように言っておいたのである。忠実にの言ったことを守るフォックスは、頭が良いと言えるだろう。


「………。」

「………。」


の視線と水鏡の視線が交じり合う。両者、何も発さず表情を変えないでいる。暫しの時間、数秒後に視線を先に逸らしたのは水鏡の方だった。水鏡はの隣に立つ土門の方へと視線を向け、口を開いた。


「…よう。土門」

「水鏡!!?お前、なんてカッコウだ、そりゃ!?まってろ!!今………!」


土門は驚愕の声をあげ、直ぐに水鏡を救出しようと水鏡に向かって駆け出すのだが、上から感じた気配に立ち止まり顔を上げる。そこには大きな斧を持った顔の見えない大柄の男が立っており、男は二階から階段を使わず柵を飛び越え水鏡の隣に飛び降りた。とてつもなく重いものが落とされるような振動が館に響き、土門は思わず青ざめる。そして男は水鏡に一度視線を向けると斧を両手で持ち直し、一気に斧を水鏡の首目掛けて振り上げた。


「何さらしとんじゃ己はァアアア!!」


の韋駄天で加速した助走付きのドロップキックが男の後頭部を直撃する。の表情はまさに鬼の形相で、から放出される雰囲気は只事じゃない。の両足揃えた蹴りをしっかりと後頭部で受けた男は少しだけ前のりになって体勢を崩す。刹那、追い討ちをかけるようにマリーが手に持つ鞭で男の尻を強く叩き付けた。は水鏡から少し離れた土門寄りの場所に着地し、マリーと男のやり取りを鋭い目付きで見ている。


「ダメでしょう、ポチ!!!どうしておあずけできないの!!?」

「うっ…うっ」

「…そう…そう…よーし…いいコね。許してあげる。もう勝手なマネしちゃいけませんよ」

「「(女王様…)」」

「(こいつらぁ…!!)」


鞭で何度も何度も男を叩くマリー。マリーは男をポチと呼び、ポチはマリーの足に手を伸ばすとまるで犬のように顔を足にすり寄せた。マリーはポチの行為にぞくりと感じているような表情を見せ、水鏡を殺そうとしたのを許すと言う。静かにマリーとポチの二人のやり取りを見ていた土門と水鏡は同じことを思ったが、だけは違った。は鋭い目付きで怒りの色をした視線を先程からポチとマリーに向けている。マリーは水鏡と二人でお茶をした、ポチは水鏡の首を斧で斬り落とそうとした、がこの二人に怒りを覚えるのはそれだけで充分だった。前半のマリーへの怒りが少々不純ではあるがそれはあえて触れないでおく。マリーは片膝をついて水鏡に手を伸ばす。その瞬間マリーに殴りかかろうとしたを土門は咄嗟に羽交い絞めにして抑える。


「おとなしくいい子でいたかしら?あなたはキレイな顔して私好みだから、大切に扱わなきゃいけないわね。ホラ指…なめてごらん」

「(気安く水鏡先輩に触んなっつのぉおお!!)」

「(放すなよ放すな石島土門!俺!今を放したら確実に死者が出る…!!)」


水鏡の顎に手を滑らせ、唇を指で触れるマリー。の怒りは絶頂に達し、完全に表情が怒り狂っている程だ。抵抗し今にもマリーに殴りかかろうとするに土門は必死になって食い止め、更に羽交い絞めする腕の力を強める。このままを動きを許してしまえばマリーがまずの手によって死者にされてしまうのはまず確実だろう(本当の意味で死者になるかは分からないが)土門はの怒り狂った様子に怯えながらも、必死にを抑える。


「つ…まァ。調教のしがいがあるそ」

「ちょぉぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!(水鏡先輩と間接キスーーーー!!!)」

落ち着けって!(こここここ怖ぇえ…!!)」


水鏡は己の唇を撫でるマリーの指に噛み付けば、マリーの指からは赤い血が流れ出る。マリーは薄っすらと笑みを浮かべると出血する指を口に付け血を吸う。水鏡が口を付けて噛んだ、箇所を。刹那、これ以上ないの絶叫が館内に響き渡る。より一層暴れ抵抗するに冷や汗を流しながら必死に抑える土門は、本音を言えば今すぐを解放して逃げ出したい気持ちになっていた。マリーは立ち上がり土門との方へと振り返ると水鏡を指出して言う。


「さて…クッキーよ。焼く?」

「「食えるか!!」」


マリーの言葉に同時に声を張上げると土門。土門はマリーから、マリーに殺意篭った視線を向け今にも獣のように唸り出しそうなへと向ける。土門は何故、水鏡がこのようになってしまったのかを聞くために、まずを落ち着かせる必要があると考える。を落ち着かせなければ会話すら成り立たないのが明白だったからだ。土門は声を潜めてに声をかける。


、落ち着けって」

「殺す殺す殺す殺すあのオバサン絶対殺す覚えとけ」

「(じゃねぇ…!)な、な?落ち着けって、な…!」

「ていうか何なのあのオバサンまじで意味わかんないんだけど水鏡先輩に気安く障るだなんて頭可笑しいんじゃないまじでありえない」

「(ひっ…!…?」

「なんで初対面なのに間接キスしちゃってんのあたしだってしたことないのに水鏡先輩と何なのあのオバサン絶対許さない絶対叩き潰してやるぶん殴ってやるありえない」

「(嫉妬…!)、!とりあえずマリーさんは後な、あと!後で好きなだけ…うん、殴ればいいと思う、ぜ!」

「………。」

「(…お?)」

「…あのオバサンは絶対あたしが潰すから」

「( 潰 す … ! )お、おう…」


土門が冷や汗を滝のように流しながら頷けばぴたりと暴れるのを止めた。土門は抵抗を止めただが、放した瞬間マリーに襲い掛かるのではないかと心配になる。しかし放さないでいると今度は怒りの矛先が自分に向かいそうだったので土門は恐る恐るではあるがを拘束する手を解いた。するとは大人しく、不機嫌マックスではあるが土門の隣に大人しく立っている。土門はに見つからないよう安堵の息を吐けば水鏡に視線を向けた。


「へ!らしくねーな、みーちゃん!!お前程の手練がみっともねーやな。何があったよ?」

「………紅茶を飲んだか、、土門?」

「(水鏡先輩が名前呼んでくれた!)飲んでません!」

「(の機嫌が直った!)おう!…ってはぁ!?


水鏡の問いに元気良く満面の笑みで片手を挙手し返事を返した。続いて土門も元気良く返事をするのだが、の飲んでないという発言に声を荒げた。マリーは驚いた表情でを見ており、土門もマリーに負けず劣らずの驚いた表情をしている。何故ならマリーも土門も、確かにが紅茶を飲んだところまで見ていたのだから。飲んでいたのに飲んでいないという。何故マリーと土門が驚いているのか、そういったことがあったことを知らない水鏡だけが少しばかり不思議そうな顔をしている。しかし水鏡は気を取り直し、次に言うつもりだった言葉を土門に向かって土門だけに吐いた。


「じゃあ、土門。お前もこうなる!」


土門の表情がマヌケなものに変化する。まるで水鏡の言っていることが理解出来ないでいる土門だが、次の水鏡の言葉で瞬時に意味を理解した。


「毒入りだ」


マリーの持つ鞭が強く館の床を叩いた。マリーは鞭を強く引っ張るようにして両手に持ち、真っ直ぐ土門とを見て口を開く。すでにマリーの表情や雰囲気は、先程テラスで一緒に紅茶を飲んでいたものと全く別物だった。


「もう一度自己紹介しておこうかしら。私はこの館の女主人マリー。あれは犬のポチよ。水鏡くんは…そうねえ、”ジョン”とでも付けようかな」

「ジョン…(水鏡先輩には確かにジョンって名前似合う…)」

「ちょっとまてや!毒!?あれはこの女だって飲んでたぜ!!まさか毒見もせずに飲んだのか、ジョン!!?」

「こ…殺す!」


子ギツネを飼うと決めた時、が子ギツネに付けた名前はフォックスだ。どうやらにネーミングセンスはまるで無いらしく、名前についての美的センスも良くないらしい。土門は毒入りだと言った水鏡に声を張り上げ、最後にジョンとわざと付け足して言えば水鏡の表情は引き攣り青筋が浮かぶ。


「油断だった。はじめに一口マリーが飲んだから大丈夫だと思ったんだ」

「(……ん?)」

「確かに紅茶に毒は入っていなかった。カップに塗られていたんだ。マリーが口をつける一部分を除いてな!」

「(………んーと………つまり…)」


水鏡が毒について語り出すと、は小さく首を傾げた。頭の中に、一つの疑惑が浮上する。水鏡の説明は続く。紅茶に毒は入っていないが、カップの一部分を除いて塗られていたという毒。水鏡がそう説明を終えた頃にはは一つの答えに行き着いており、疑惑が確信へと変われば表情がぴたりと固まった。


「(水鏡先輩と、このオバサン…一度なら二度までも間接キスしたってこと?)」


の中にふつふつと湧き上がる熱い熱いマグマのようにドロドロとした嫉妬の感情。顔を俯かせて影がかかり、の表情は誰にも見えなくなる。


「(それも、最初の間接キスは水鏡先輩から?)」


変わること無い真実、は後頭部に冷水と土器が落ちてきたのを感じた。湧き上がっていた嫉妬の感情は一気に冷め、がんがんと痛む頭。は何時ぞやのとき同様に、崩れ落ちるように両手両膝を床について項垂れた。から漂うのは負のオーラだけ。


「(……)」

「?」

「(毒が回ってきたようね)」


突然また嫉妬に怒り狂いそうになったかと思えば、突然落ち込んで床に両手両膝をつき項垂れるに、土門まさかといったような表情でを見下ろしている。何となく、もしや、確信は出来ないが土門の頭に浮かんだのは水鏡が自分からマリーと間接キスをしたということにが落ち込んでいるのではないか、ということ。土門の予想は図星なのだが。勿論疚しい気持ちで水鏡がしたわけではないのだが、間接キスと分かっていながら紅茶を飲んだのは事実である。むしろ、土門からすれば水鏡は間接キスなんてことをそれ程気にしているような人物には見えない。何とも言えないような気持ちが土門に押し寄せる。一度はの告白を受け、の気持ちを知っている水鏡は、まさか自分が間接キスをしたことに対してが落ち込んでいるだなんて思いもしないわけで、全く何故が落ち込んでいるのか分かっていない様子。一方マリーはが両手両膝を床について項垂れていることから、カップに塗った毒が効いてきたのだと感じたのだった。先程の飲んでいないという発言、この目でが飲むのを見ていたマリーからすれば、あれが飲んでいないというのは信じられないことである。故にこうしてが両手両膝をつく姿を見て、そっと心の中でちゃんと毒を飲んでいたのだと安心するのだ。マリーはそっと口元を少しだけ吊り上げて、土門を指差して口を開く。


「初歩中の初歩ね。なんだかんだ言っても、まだ子供って事?そっちのコは効いてきたみたいだし、そろそろ君も―――」


マリーの表情が固まる。土門は以前変わらず元気で、毒が回っているようにはまるで見えないのだ。そしてマリーは目を見開く、一つの説が浮かぶ。マリーは見る。土門の顔を、土門の唇をよく見てみる。そしてマリーの瞳に、薄っすらと土門の唇に己がしている口紅が付着しているのが見えた。土門は恥ずかしげもなく、堂々と豪語する。


「同じトコで飲んだ!だから平気!!」

「そ…そんな!見破っていたというの!?」

「たりめーよ…」

「(ウソだ!!あいつは小学生の時、放課後、好きな女のタテ笛を吹くタイプだ!!しかし初対面の女の口紅めがけて口をつけるとは恐ろしい男だ!!)」


純粋に土門の行為が見破っていたのだと驚くマリーに対し、そうだと肯定する土門。しかし水鏡だけが一切微塵も信じておらず土門の行為にとてつもない衝撃を受けている。むしろ、何も土門のことを知らないマリーだからこそ純粋に驚けるのであって、土門のことを少しでも知っている者なら全員が水鏡と同じことを考えるのだが。


「フ…どうやら見かけによらず頭のキレる男のようね!頭のいいコ、好みよ。けれどこっちのコは―――」


先程までの余裕の表情は無いマリーは土門から視線をへと移した。相変わらず床に両手両膝をつき項垂れている。まさかと、水鏡にが毒を飲んだのかという疑惑が浮上するが、水鏡はすぐにその考えを打ち消す。


「(は嘘を吐くような女じゃない…)」


思い返すのは裏武闘殺陣、初戦の時。最澄との戦いの前にが己に言った絶対に勝つと言ったこと。勿論、火影が勝ち上がる為には勝つのは必要なことであったし、勝つとが宣言したので破るなと、負けるなと水鏡は言った。けれど心の何処かでは負けるのではないかという風にも感じていた。火影の中でも断然トップで戦闘経験のない人間、それも女。そんなが東北最強の格闘集団である空の人間に勝てるかどうか―――だれでも不可能だと思うだろう。けれどは言葉通り、負けなかった。この事は深く水鏡の記憶に焼きついている。力量は歴然としているが、それでも勝つという信念と根性だけで勝利を勝ち取ったとも言えるは、水鏡に強い印象と刺激を与えたのだ。それは水鏡だけが知ることで、も火影のメンバーでさえも知らないことである。


「(おいおい!そろそろ立ち直ってくれよ!!)」


土門はと言うとが両手両膝をつき項垂れているのは毒の所為とは全く思っておらず、完全に水鏡とマリーが間接キスをしたことだと思い込んでいた。それはが毒を飲んでいないと言ったのが嘘じゃないと確信しているからではなくて、それよりも水鏡とマリーが間接キスしたことによって落ち込んでいる方がらしくてならありえそうだと思うからである。実際はありえそうではなくて、ありえている話なのだが。


「先に―――こっちのコから」


マリーが鞭をに向かって振り上げる。咄嗟にを庇おうとの前に飛び出した土門だが、それはすぐに無意味な行動となる。


「絶対許さないから馬鹿ぁあぁぁああああ!!!」


土門の後ろで両手両膝をつき項垂れていたは、土門の後ろから飛び出しマリーとの間合いを詰めると躊躇せずマリーの頬を目掛けて拳を突き出す。しかし拳がマリーに当たる前にマリーは後ろに飛び退いて避けるが、掠ったのか頬に一本の赤い筋が出来ている。土門に背を向けた形で着地したは少しばかり息が荒く、そして何故か泣いていた。ぼろぼろと大粒の涙を止めどなく流しながら、強くマリーを睨みつけて泣いていた。





















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