「絶対許さない!!神様が許してもあたしは許さないから!!覚悟しろ馬鹿ぁあああ!!」
「「「………。」」」
しんみりとした、こちらまで悲しくなるような涙ではなかった。幼い子供が玩具を買ってもらえないで駄々をこねるような騒がしい泣き方でもなかった。暴言を吐きながら大粒の涙を流すを見て、土門、水鏡、マリーは何とも言えない状態のに黙り込む。そして心の中でそっと、それぞれ違ったことを思うのだ。
「(間接キスだけで……泣くほど悲しかったのか…)」
「(毒か?いや…なら何故…?此処に来る前にマリーに何かされたか?)」
「(この子…まさか本当に飲んでない…!?)」
呆れたような、そんな表情でを眺める土門。真剣にの涙の理由を考える水鏡。涙は完全無視の方向で毒を飲んだか飲んでないかだけを気にするマリー。が泣いた理由は、言うまでもないだろうが土門の予想通りである。は涙を手の甲で乱暴に出ると、少し出かけていた鼻水を吸ってギリギリと歯を食いしばりマリーを睨みつける。少々目は潤んでいるが涙は既に止まっていた。マリーは苦々しい表情でを見、口をゆっくりと開く。
「確かにカップには口をつけていたはず…どうして…」
「そもそもカップに口つけてなんかないから」
「!!」
「空神を使って空気を圧縮させたのを薄く延ばしてカップと中に入ってる紅茶に覆わせてあった。だから口をつけたのはカップに覆わせてた空気で、カップを傾けても空気の壁があるからあたしの口に紅茶は流れてこなかった。それだけ!」
「あ!ディスクの時と一緒のことをしたのか!」
マリーの問いには潤んだ目で睨みながら言えば、いち早く納得したのは土門だった。右手で拳を作り、拳を下で下げれば左手で受け止める。よく納得した時にとるポーズまで取っている。続いての説明で納得したマリーと水鏡。マリーはを鋭い目付きで睨み、水鏡は少しだけ感心したような表情を見せた。が水鏡の表情の変化に気付く事はなかったが。土門のような不純な理由ではなく、マリーを疑っているが故にとったの行動。は自分が思うよりも賢い女なのかもしれない、そう考えを改めようとした水鏡だった。
「あたしが(水鏡先輩と間接キスするような)オバサンの淹れたお茶なんか(絶対に)飲むわけないでしょーが!!」
水鏡はが言った言葉に隠された本当の意味を知らない。が空神の力で空気をカップと紅茶を覆い、紅茶を飲まなかったのはマリーを疑っていたのもあるが、大半の理由が一緒に水鏡とお茶をしたというマリーへの嫉妬から、マリーの淹れた紅茶を飲みたくないという子供のような理由だということも水鏡は知らない。
「まってな、ジョン!!すぐに助けてやる!!!」
マリーとが睨み合っているのを横目に、土門は水鏡に向かってそう言えば迷わず館を飛び出していった。続いて逃がすまいと土門の後を追うマリー。も獲物であるマリーを追おうと一歩踏み出すが何故か立ち止まった。どうやら既にポチは館の外へと出て土門と交戦しているらしい、外から派手な音が聞こえてくる。館の中にはと囚われの状態にいる水鏡の姿。今の状況ならばが水鏡を自由の身にすることが出来るのだが、にはその考え一切なく、寧ろ浮かぶこと自体なく、の頭の中にはマリーをぼこぼこにするという事しかなかったのだ。立ち止まったは水鏡に振り返ると駆け寄り、水鏡の前で両膝をついて右手を強く握ってみせる。
「水鏡先輩!待っててください、すぐにあの女を血祭りにしてきます!」
「(血祭り?)あ、ああ…」
「フォックス!」
「(フォックス?)」
相当はマリーに対して強い怒りを抱いているらしい。普段なら絶対に水鏡を前にし、ましてや水鏡に向かって血祭りだなんて言葉を吐かない。水鏡はいつもと違うの様子に少々疑問を抱きながらとりあえず頷いておくことを決めた。は満足そうに笑みを零すとフードの方へと視線を向けて隠れている彼の名を呼んだ。またしても水鏡の頭の中に疑問が浮上する。しかしそれは直ぐに解決した。のフードから顔を出し、肩へと乗り移る子ギツネは激しく尻尾を振りの頬をぺろりと一舐めすると軽々と肩から飛び降り床へ着地する。水鏡の視線は自然と子ギツネの方へと向く。解決したはずの疑問が、再び違う形となって浮上した。
「(キツネの名前にフォックス?)」
「フォックス!水鏡先輩と一緒に居てね、いい?」
フォックスはの指示に一鳴きすれば、水鏡の目の前をぐるぐると円を描くように走り回る。そしてぴたりと走るのを止めれば水鏡に近付き、水鏡の頬を一舐めした。は満足そうに笑みを浮かべ数度縦に顔を振るとフォックスの頭を優しく撫でる。
「いい子いい子。フォックスー、なんてお前はこんなに賢いんだろうね!」
「(本当に名前がフォックスなのか?)」
「じゃ!水鏡先輩!フォックス!また後で、待っててくださいね!」
立ち上がり手を振りながら土門やマリー同様、館を飛び出していく。そんなの背中を眺めながら水鏡はそっと息を吐いた。すっかりフォックスは水鏡に懐いてしまったのか、水鏡の顔の隣で寝転び、頭を水鏡の顎と頬にすり寄せている。視線だけをフォックスに向け、水鏡は疑問の言葉を口にした。フォックスには決して理解出来ないだろう言葉を。
「お前…フォックスなんて名前でいいのか…?」
「?」
フォックスは水鏡の問いに首を傾げたが、そのあと一鳴きだけして水鏡に再びすり寄る。納得しているような納得していないようなフォックスの鳴き声。そもそも言葉の意味すら理解出来ていないのだろうが。水鏡はとりあえずフォックスのへの懐き具合を見て、相当フォックスはのことを好ましく思っているのだと思う。好いた人間に付けられた名前なら、嬉しいだろうから不満はないのだろうと水鏡は納得する事にした。勿論それは、そのフォックスという言葉が日本語にするとキツネだという意味になることをフォックスが知らないからこそ、納得できることなのだが。
「あら、館から出てくるのが遅かったわね。ジョンとお話でもしてたのかしら?」
「…どうだって良いでしょ、てゆーか水鏡先輩を気安くジョンって呼ぶなオバサン!」
「そう…あなた、ジョンのことを好いてるのね」
「( だ か ら ジ ョ ン っ て … ! )…だったら何よ」
「いいえ、別に。仲良くすると良いわ」
「……?」
館から出ると最初に居たテラスで紅茶を優雅な仕草で飲むマリーの姿があった。は視界の真ん中にマリーを映しながら、横目でテラスの向こうに居る土門の姿を確認する。ポチは斧を丁度捨てたところで土門を挑発する。どうやら素手で殴り合おうと提案してるらしい。土門も嘴王を捨てれば今まさに土門とポチの素手による殴り合いが始まろうとしていた。は直接見たことはないが土門が元々喧嘩が強く、鬼と呼ばれていることは風の噂で知っていたし、何よりどれだけ土門の力が強いかは裏武闘殺陣でよく目にしていた。故には武器を捨てて手ぶらになったからといって土門の心配はしない。ポチも中々の筋肉質な体をしているが、土門が負けるとは思っていないからだ。再び焦点をはマリーに合わせる。マリーはカップを置くと立ち上がることすらせず席についたまま、微笑を浮かべて言葉をにかけている。マリーの突然の仲良くという発言に疑問を抱いて小首を傾げた。マリーはふふっと声を上げて笑った。
「ジョンはもう私の犬だから。もうすぐ君も私の犬になる…名前はハチ…ラッキーでもいいわね。犬同士仲良くするといいわ」
「み、水鏡先輩を自分の物みたいに言うなぁああああ!!」
は怒り狂い血走った目でマリーを睨みつけ両手で勢い良く紅茶の入ったカップ等が置かれているテーブルを叩きつける。がたりと揺れるテーブル、カップの中に入った紅茶がテーブルが揺れた衝撃で揺れ、零れそうになった。マリーはくすくすと笑って視線をから土門とポチの方へと向ける。
「次は君の番ね」
「………はっ」
はマリーの視線の先を追う様に土門とポチの方を見た。ポチの方が力が強いのか、地面に横たわりポチに良いように蹴られている土門の姿が見える。しかしが見せた表情は次は自分がああなるのだという恐怖心の表情ではなく、かといって土門の心配をするような表情でもない、マリーを嘲笑った表情だった。はテーブルに叩き付けた両手をテーブルから離して、未だ椅子に座ったまま余裕の態度でいるマリーを見下ろすのだ。
「石島くんが力負けするわけないでしょ」
「!!」
マリーはの嘲た視線に不快を感じ目を細める。しかし視線の端で捕らえていた土門の姿が、立ち上がりポチに向き合ったのを目撃すると目を見開いて土門とポチの方を振り返る。は口角を吊り上げて、土門の姿を見て笑った。
「運命大激動!!けどな!俺だって単位や出席率気にする普通の高校生じゃ!!俺の平穏返せ!!」
土門は全力を右拳に込めてポチの顔を殴り飛ばす。体を大きく捻りながら後方へ吹っ飛ぶポチの姿から、今の土門の一撃がどれ程のものだったかは容易に想像がつく。土門は拳を握ったまま歯を見せて笑みを浮かべており、言葉を繋ぐ。
「てめーらブチのめして柳助けて―――日常に戻ったらやる事たまってんぜ。北高の落合にオトシマエつけたり、たまーに母ちゃんの肩もんだり!風子様と毎日デートかましてたまーに乳もんだり!」
「風子ちゃんのもんだりしたら石島くん絶対死ぬよ」
「………。」
笑みを浮かべてはっきりと告げた土門に、も笑みを浮かべながら最後の土門の言うやる事について突っ込めば、想像してしまったのか一瞬にして青ざめる土門。その一瞬確かに和やかな雰囲気になる。脳裏に浮かぶのは今までの普通だった生活。柳を助け出して、またあの頃に戻るのだ。過去の記憶に浸り笑みを浮かべているとは突然の背中にかかった力に息が詰まった。一瞬にしてテラスの床に叩き付けられ体中の骨が軋む感覚が襲い掛かってくる。ほんとうに一瞬で変わった景色には状況を把握出来ないでいた。ぐるりと体が回されたかと思えば自分の上に馬乗りし、空神の装着された右腕を押さえた、出刃包丁を構えるポチと似たような格好をする大柄の男がいた。
「紹介がまだだったわね、それはシロ。…また居眠りしてたのね、後でお仕置きするわ」
「(っ、重…!!動けない、!)」
「君はそこで見ているといい」
馬乗りにされていることにより、シロの体重全てで押さえつけられているは動けないでいた。起き上がろうとしてもシロを退かそうと押してもシロ自身はぴくりとも動く気配すらない。それは同然ともいえることであり、土門のように力があるわけでもないが素手でどうにか出来るようなことではないのだ。空神でどうにかしようとするも、完全に右腕は横に伸ばした状態でシロの手により押さえつけられているので、空神の攻撃はシロには当たらない。マリーはを見下ろして笑えば先程も持っていた鞭を取り出し土門の方へと向ける。すると鞭は生きているかのように動き出し、あっという間に土門の体に巻きつき動きを封じた。
「くすくす……魔導具”束縛鞭天”。動くモノに反応して、その動きを封じます」
「!!」
「平穏はもうやってこない。君はこの日常の中の非日常の世界で―――私の犬となって人生を終える…。足をたたき斬りなさい、ポチ。キツめのしつけをするわ」
「ぐっ…」
「石島くん!!」
動きを封じられた土門、そんな土門の先には斧を手に持ったポチがいる。ポチは両手に斧を持つ直すと、それを後ろに引いた。一気に土門の足に振り下ろし斬り落とすつもりのようだ。は必死にシロを退かそうと抵抗しながら視線は土門の方へと向ける。ポチの斧が充分に後ろに引かれ、一度ポチの斧が止まった。あとは一気に振り下ろすだけである。
「(くそっ……!!………あ!)」
は舌打をしたくなる気持ちになり、強く歯を食いしばる。そして体こそ動かせないものの足と腕だけは自由に動く事に気付けば、咄嗟に左足を曲げてシロの背を膝で強く蹴る。勿論びくともしないシロだが、本当の狙いはシロへの攻撃ではない。は左手を左太腿へと伸ばす。そしての指先が、左太腿に装着していたケースに入れられている神慮伸刀に触れた。そしては神慮伸刀を一気に引き抜きシロに向かって通常サイズまで伸ばした神慮伸刀の刃を振り上げた。シロは神慮伸刀の刃に気付くと咄嗟にから飛び退く。
「小賢しいわァァアアア!!」
瞬時に飛び起き、韋駄天で一瞬にシロの懐に入ればは容赦ない蹴りをシロの下半身にある急所へと決めた。シロは声にならない悲鳴を上げ、急所を両手で押さえながら悶絶する。は土門の方へと振り返りながら、その視界の端で体を傾け倒れるシロの姿を捉える。が土門の方へと振り返った時には、すでにポチが土門の足に向かって斧を勢い良く振り下ろしていたところだった。
「なめんなボケェエエエエ!!」
韋駄天を発動し、一瞬でポチの目の前に現れたは空神で空気を集め圧縮し、右腕に纏わせて強化した右拳でポチの顔面に殴りつける。ポチの手からは斧が落ち、ポチは後方へと勢い良く吹っ飛んで行った。
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