「………。」

「………。」

《辛気臭ぇなァ、オイ》

「………。」

「………。」

《折角両想いになったんだろォ?キャー、私嬉しィ!!とかねぇのかァ?あァ?》

「うっさい!もう戻ってよ!!」


宝玉が砕かれ、破壊された撃壊神。それを装着し扱っていた黒塚は離れた場所で未だ意識を失っている。全身傷だらけの重傷の黒塚はもう暫くの間は目覚める事はないだろう。天井、壁、床、あらゆる場所に深い爪痕のような傷がつき、最早原型を留めていない荒れた部屋の中心部にと水鏡はお互い向かい合って座っていた。二人の距離は約1m、二人の間をぐるぐると回りながら尻尾を振り回す子ギツネのフォックスが一匹。そしてフォックスの上空、と水鏡の目線辺りに黒く大きな獣、紅い瞳をした空神が本来の姿で居た。真っ直ぐを見ている水鏡と、気まずそうに視線を逸らしている。無言が続く二人を見て空神がおちゃらけた声色でに話しかけるが、それは空気を和ませる所か逆にの反感を買うことになった。空神が本来の姿で具現化出来るかどうかはの意思次第、が噛み付くように空神に帰るよう告げれば空気に溶け込むように空神の姿が薄らいでいく。空神は獣の声で、厳つい声色で笑った。


《何時までそうしてるつもりだァ?》

「黙れ黙れ黙れ黙れだーまーれー!!」

《別にお前らのことだから文句言うつもりはねぇけどよォ》


薄らいでいく空神の姿は既に下半身は消えてしまい、直に上半身も消えてしまいそうだ。空神はに向かって声をかけるがは空神に見向きもせず話を聞こうともしない。そんな主人の様子に空神は呆れ、溜息を付けばおちゃらけた雰囲気を消して極自然に次の言葉を口にする。


《あの娘が待ってるんじゃねぇのかァ?》


が空神に勢い良く振り返る。しかしそこにはもう空神の姿はおらず、空神の姿は消えてしまったあとだった。魔導具の方へと視線を落とせば空と刻まれた宝玉が鈍い光を放ったように見える。再び静まり返るこの場。空神が言うように、いつまでも此処でこうしているわけにはいかない、この間にも柳は森光蘭へと近付いていってしまっているのだからである。しかしそれを頭で理解していながらはこの空気を打破することが出来なかった。


「(そそそそそそそそんなこと言われたってどうすればいいわけ……!!)」


声をかけることなんて出来ず、ただいつも遠くから眺めるだけだった憧れの先輩。先輩に恋をするまでそう時間はかからなかった。教室の窓から一人下校する後姿を眺め、廊下で擦れ違った日にはその嬉しさを風子にタックルという形で表現する。決して話すことなんて出来なかったが、それでもは充分な青春ライフであり、満足をしていた。けれど烈火が柳の忍者になったという噂が広まってから色々と周りが変わり始めた。陽炎に韋駄天をプレゼントされ、柳と水鏡が一緒に下校している姿を目撃、土門と風子と一緒に遊園地まで後を追いかければ髪が短くなった柳と怪我をしていた烈火と水鏡、この時初めて閻水を見たのだけれどあの時はそれが魔導具なんて知らなかった。そして初めて水鏡と目が合って、柳の治癒を始めて目にし、陽炎の屋敷に招かれて初めて魔導具を知った。屋敷には水鏡の姿もあって、何故か一番親しくなりたいはずの自分よりも周りの皆の方が親しくなっていて嫉妬したりして、気付いたら成り行きで裏武闘殺陣なんていう殺し合いの大会に出場していて、水鏡に名前で呼んでもらえるようになって、紅麗に空神を貰って、水鏡とタッグを組んで戦うこともあって、心配もされて、水鏡先輩が復讐に生きてたことを知って、里巳っていうライバルも出来て、看病までしてもらえたりして、紅麗を見殺しにしてしまったり(死んでなかったけど)、それで戦うのが怖くなったりして、天木に襲われて水鏡と小金井に助けられたり、水鏡が一晩一緒に居てくれたり、また戦うことを決めて天堂地獄のある封印の地に乗り込んだり、とにかく短期間で急展開。


「(けどけど、!水鏡先輩は絶対柳ちゃんのこと好きだと思ってたから…、えええええまじで両想い!?嘘だこれは夢ぇええ!?夢なら神様酷すぎるよ!!)」

「僕は…」


水鏡が己のことを好きと言ってくれた。勿論嬉しいことだが水鏡が柳のことを好きだと思っていたにとって今は戸惑いしか浮かばない。どう水鏡に接すればいいのかもわからない。所謂パニックの症状が出ていた。は泣きたくなるのをぐっと堪え、どうするか悩みに悩んでいると水鏡が言葉を発する。先に切り出したのは水鏡の方だった。は戸惑いもあり、何故か怖れもあり、水鏡の方に視線は向けない。間に居るフォックスは状況が分かっていないのかの顔を覗きこみながら尻尾を振り回している。


「さっきも言ったが僕はのことが好きだ。自分の気持ちがずっと分からなかったんだ」

「………。」

「復讐のことしか頭になかったから今まで恋なんてものはしなかったし、する必要もないと思ってた。けど、柳さんと出逢って柳さんに対する感情こそが好きというものなのかと思った」

「………。」


水鏡の口から柳の名前が出れば自然との表情は暗いものになり顔が下向きになる。少しばかり下がった頭、フォックスが不思議そうに首を傾げた。水鏡の口から柳の名が出るということに、の気持ちは「やっぱり柳ちゃんのことが」という方向へと向かってしまうのだ。普段はポジティブだというのに、こういう時だけ無駄にネガティブな女である。


「けど違った。僕は柳さんを思う気持ちはそんなものじゃなかった。僕が本当に守りたいと思ったのは君なんだ」


の瞳が大きく見開かれる。顔を上げ、水鏡の方へと勢いよく振り返れば優しく微笑みを見ている水鏡の姿が見える。誰にも向けられていない、自分だけに向けられた優しい微笑み。


「返事が遅くなったな」


の脳裏に学校の教室、水鏡のクラスで沢山の人が居る中、勢いで告白してしまった時がフラッシュバックする。確かに水鏡の返事は聞かなかったが、それは返事を聞く前にが逃げ出した所為でもある。


の気持ちが聞きたい」


真剣な表情で、けれど優しい表情でそう言った水鏡は手を伸ばし、白く細い温かい手での頬を包み込むように優しく触れた。頬に刻まれている浅い傷を優しく撫でるように、癒すように触れる。の双眼から一滴の嬉し涙が零れた。




「好きです、」



「好きです、」



「ずっとずっと好きでした、」




は水鏡に想いを告げる。ずっと言いたくても言えなかった言葉を、躊躇いなく言葉にして吐き出した。水鏡は優しく微笑んでに言う。




「ありがとう」




受け入れてもらえた、夢のまた夢だと思っていたことが現実になった。今更になっては胸が高鳴り出し、徐々に頬が紅潮し始め、現実味が帯びてくる。そしては水鏡に一つの願いを言った。


「せ、先輩」

「何だ?」

「は、ハグしてもらってもいいですか…!」


緊張気味にが言うと水鏡は一瞬驚いた表情をするが直ぐに優しい表情を浮かべの腕を引く。突然腕を引かれ前のめりになるは咄嗟に体勢を整えようとするが、それよりも先に早く水鏡がの体を抱きしめた。熱い抱擁、感じる温もり、香る水鏡の匂いは水鏡の家で一晩過ごした時の布団の匂いと一緒だった。は漸く体から伝わる水鏡の温もりに両想いになったのだと実感するのだ。


「〜〜〜っ!先輩大好きです!!(もう死んでもいいかも…、!)」


は言葉にならない悲鳴を上げた後、水鏡への想いを大声で告げる。水鏡がそれに苦笑していたのをは知らない。水鏡の苦笑は、まるで照れ隠しのようにも見えた。暫く体を引き寄せ合っていれば、水鏡は身を離しに声をかける。


「行こう。柳さんが待ってる」

「はい!」


水鏡が先に立ち上がり、手を差し出せば、はその手に己の手を重ねて立ち上がる。するとフォックスは床を強く蹴り飛び上がっての肩へと乗れば、そのまま当然と言わんばかりにフードの中へと潜り込む。はフォックスの様子に頬を綻ばせた。









黒塚が持っていたカードキーを勝手に拝借し、部屋の奥にあった扉を抜けた先にあったエレベーターへと近付く。カードキーを通してパスワードを入力すれば動き出すエレベーター。開かれた自動ドアに、お互い顔を見合し視線を交えると水鏡とは同時に足を踏み出してエレベーターへと乗り込んだ。扉が閉まると上へと上がっていき、同時に浮遊感を感じる。密室状態にあるエレベーターの中で、は水鏡を見上げて言葉を発した。


「絶対柳ちゃんを助けましょうね」

「ああ、必ずだ」


不敵な笑みを浮かべると水鏡。想いが通じ合った今、二人に怖いものはない。





















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