「…天堂から千切れた肉片が個別の化物に!!!キリがない…!」

「土門!おまえも分身して戦え」

「この状況で冗談とはさすがですな」


いち早く森光蘭と柳の所までたどり着いた陽炎、小金井、風子、土門。生きる力を極限まで削り取られた柳は表情一つ話すことも声を発する事も無い人形の様な顔をしていた。今の柳の状態ならば、天堂地獄は柳の正の力を喰らう事が可能らしい。柳を救うため、陽炎、小金井、風子、土門は各々の武器を駆使し天堂地獄となった森光蘭を斬りつけていく。しかし封印の地同様、森光蘭は死ぬことなく斬れば斬る程その数の分だけ分裂して数を増やしていく。キリがない敵に表情を歪める陽炎、風子は真顔で土門に分身して戦うように言うのだが土門は涙をほろりと流すだけだった。奥には大きな昆虫の繭のようなものがあり、そこまで行き着けぬよう遮るように醜い化物達が立っている。刹那、海魔の表情が一変した。


「繭が割れる!!目覚めるぞ、光蘭!!我等の本体が覚醒する時がきた!!!」


繭の断面至る所が突然避け、中から血が噴出す。海魔は嬉々と声を上げて森光蘭に向かって言えば、森光蘭も笑みを浮かべて声を上げる。風子達の表情が今度は一変し、風子は強く地面を蹴って飛び上がると化物の頭を踏み台に繭へと更に一歩近付く。


「なんか…ヤバイ!!みんな!今のうち…今のうちに!!!あの繭を壊せぇ!!!」


風子が力の限り叫ぶ。風子自身も繭に向かっていこうとすると目の前に化物が現れ、容赦なく風子の腹部に鋭く速い拳を叩き込んだ。続いて土門も化物拳を顔に受け、小金井も複数の化物に同時に蹴られ、行く手を阻まれる。腹部の痛みに体を震わせ、地面に座り込んだ風子は荒い呼吸を繰り返しながら言葉を吐く。


「誰…か…あれを壊して…イヤだよ!!イヤな予感がするよ!!!あれを起こしちゃいけない!!!」


風子の目の前に背を向けて陽炎が立ちはだかる。目の前に数え切れない程の化物を前にしても陽炎の表情や態度、雰囲気が変わることは無い。それは風子達にはない、まさに熟練者と言うべきか、本物の忍者だからこそ持つ強さなのかもしれない。陽炎の目は鋭く研ぎ澄まされており、右手に持つ四本のナイフを光らせる。


「覚悟。天堂」


一歩前に踏み出し陽炎は化物と化物の隙間を狙って繭へとナイフを勢い良く投げつける。しかしナイフは繭に当たる前に、間に体を滑り込ませてきた森光蘭の肉体へと深く突き刺さった。森光蘭は肉体にナイフが刺さっているというのに痛がっているような素振りさえない。


「やらせるかよ、陽炎!!!」


森光蘭は一気に加速し、鋭い爪を振りかぶって陽炎へと襲い掛かる。しかし爪が陽炎へと及ぶ直前、陽炎を守るように地面から出現した複数の氷の刃が森光蘭の体に深く突き刺さったのだ。黒塚にもした技、汀舞である。そして立て続きに森光蘭と陽炎の間に空気の壁が現れ、森光蘭の周辺が爆発を起こす。吹き飛ぶ森光蘭の体、陽炎に爆発の影響がないのは空気の壁が盾となったからだ。


「この技!!」


陽炎はゆっくりと入り口の方へと視線を向け、小金井は氷と爆発、そして空気の盾を見て明るい声を上げた。砂埃が立ちこめる中、入り口の方から閻水を片手に持つ水鏡と至る所に浅い傷を付けたが揃って歩いてくるのが見える。しかし、水鏡とが此処に辿り着くのは少しばかり遅かった。繭が大きく脈打ち、眩い光を放つ。


「目覚めた…」


大きく口を開けて喜びを表現した表情で、海魔は静かにそう呟く。あまりにも眩い光に風子は目を瞑り、は目を細め、繭の方を焦りの含んだ表情で見る小金井と土門、表情こそは崩していないものの繭から視線を離せずにいる水鏡。そして繭は聞くに堪えないような音を立てて血を噴出し、裂ける。裂けた繭の中から人の様な手が勢い良く突き出し繭の表面に触れる。そして続いて頭部、上半身を一瞬にして繭の中から飛び出せば、次の瞬間にはその姿を消していた。


「きっ…消え…」


誰がその声を上げたのかは分からない。姿を消した繭の中から出てきたモノに誰もが驚きを隠せない。誰の目にも消えたその姿を捉えることが出来ないでいる。しかしだけが、誰よりも早くその存在を察知することが出来た。陽炎付近で異様な空気の振動を感じると、は考えるよりも先に韋駄天を発動して飛び出す。は一瞬で陽炎の元まで移動すれば力一杯陽炎を突き飛ばす。しかしそれでも遅かったのか、陽炎の背後に現れた繭から出てきたモノが鋭利な爪で陽炎の腰を深く斬りつけた。


「陽炎さん!!!」

「陽炎ーーーっ!!!」


慌てては陽炎に駆け寄った。続いて火影のメンバーが立ち上がれないでその場に座り込んでしまっている陽炎に駆け寄ってくる。酷い出血腹部を押さえ小刻みに震える身体は痛みを必死に耐えているように見え、その様子には陽炎の体の異変に気が付いた。


「(もしかして…呪いが…?)」


しかし呪いが解けたことを祝福している場合ではない。は直ぐに思考を切り替え、陽炎に傷を負わせたモノへと視線を向ける。逆立った髪、長い下部の髪、人間の様な顔立ちをしているというのに下半身はまるで獣の物のようで、上半身からは異様な突起物がある。冷たい表情を浮かべる顔には異様な紋様が頬に浮かんでおり額には天堂地獄の目玉のようなものがある。この化物の姿、天堂地獄の本体を見て森光蘭と海魔は歓喜の雄叫びを上げた。は背筋が凍るような感覚に襲われ、一瞬体を恐怖で支配される。


「お前…天…堂…」

「ずいぶんイメージ変わったのォ、森光蘭!いや、天堂地獄!!!おめえを倒せば全部が終わる!!そろそろ俺達も休みてえからよ。大人しくくたばりな!!!」


冷や汗を浮かべ明らかに天堂地獄に対して恐れを抱いている風子。そんな風子を守るように嘴王の鎖を口に咥えた土門が風子の前に立ち、片手を横にやって風子を下がらせれば、土門は怖れる様子もなく強気で天堂地獄へと言葉を吐き、襲い掛かっていく。土門が地を蹴った瞬間、風子は土門へと手を伸ばし止めよとするのだが、それは無意味に終わる。土門の攻撃を避けられぬよう天堂地獄の足元から汀舞、複数の氷の刃を発生させる水鏡。天堂地獄の胸に貫通するほどの鋭利で太い氷に天堂地獄は身動きが取れなくなった。


「みーちゃん!!ナイスアシスト!!!」


土門の全力を込めた嘴王が天堂地獄の胸部に齧り付く。死に至っても可笑しくないような大量出血をしているというのに顔色一つ変えない天堂地獄は、土門を見下すような目でただ一言、冷え切った冷たい声で言った。


「どけ」


音を立てて砕け散った嘴王。同時に天堂地獄に突き飛ばされ、大きな巨体を吹っ飛ばし地面に倒れる土門の体。酷い外傷こそないものの、土門はぴくりとも動かない辺り意識が飛んでいるようだ。風子は感情のままに土門の名を叫ぶ。


「土門ーーーっ!!!」

「これ…が…新しい私か…悪くない。全てが計画通り、あとは―――治癒の少女との融合だけだ」


己の両手を身、口角を薄っすらと吊り上げて笑う天堂地獄は不気味だ。繭の方を向いて、ただ立っているだけの柳に天堂地獄は視線を向けると、柳の周辺に立つマント姿に剣を持つ人々が天堂地獄の方へと振り返る。すると柳も機械的に向く方向を変えて天堂地獄へと振り返った。柳の瞳に輝きはない。


「一つの肉体の中に二つの人格が同時に存在するというのは不思議な気分だな。”人間”だった時は森光蘭と海魔という、生まれた時代すら異なっていた二人が―――同じ思考、同じ目的で混じり合っている。今も我等の意見は一致した。”治癒の少女を喰らいたい”!!佐古下柳……いざ我が体内へ……」

「だっ…ダメよ!!!柳ちゃんは……!柳ちゃんは絶対に守らなければ!!」


腹部を押さえながら声を荒げる陽炎。しかし天堂地獄は見向きもせず柳だけを視界に捕らえている。がどうにか食い止めようと腰を浮かせた所で、偶然だったのか必然だったのかと水鏡の視線が合う。言葉を交わしたわけではなかったが、お互いにお互いの思考を理解したなら二人は同時に動き出す。水鏡は天堂地獄の目の前に立ちはだかると閻水を深く地面に突き刺し、は韋駄天を発動して天堂地獄の頭上に高く飛び上がる。


「天堂地獄…調子にのるな」

「柳ちゃんは渡さないから!!」


氷紋剣の氷成る蛇。蛇は真っ直ぐ天堂地獄へと襲い掛かって行ったところで、は空神を発動し空気中に空気を圧縮させ足場を作ると、それ踏み台にし一気に地面に向かって加速する。氷成る蛇が天堂地獄の体に深い傷を負わせたと同時には神慮伸刀を抜き取り天堂地獄の右肩へと突き刺す。神慮伸刀が斬りつけたのと氷成る蛇の攻撃もあって吹き飛ぶ天堂地獄の右腕。しかしそれでも天堂地獄の表情に変化はない。


「!!」

「!?」


天堂地獄の動きはまさに一瞬のものだった。何とか目で捉えることが出来る程のスピード。の腹部に鋭く入る天堂地獄の肘鉄。肘鉄の衝撃で呼吸が止まり、は痛みに悲鳴を上げる余裕と時間すらも与えられなかった。肘鉄の衝撃を体だけで受け流す事は出来ず、抑えきれなかった衝撃で後方に地面を擦りながら吹っ飛ぶの体。地面に転がった状態で止まれば漸く機能しだす呼吸。しかし通常の呼吸ではなく過剰な呼吸、所謂過呼吸になっていた。苦しさと腹部に感じる痛みにの双眼から涙が溢れ出した。は地面に横に倒れたまま腹部を押さえ蹲りながら小刻みに体を震わせ、痛みに体中が悲鳴を上げているのを聞く。刹那、鈍い音が聞こえた方を横目で見れば同様地面を擦って吹っ飛び仰向けに倒れた、頭部から出血する水鏡の姿が見えた。


「(みか、がみ……せんぱ、い…!)」

!!!みーちゃん!!!」


痛みで涙が止まらない。体が思う通りに動かすことが出来ない。風子が悲痛混じりで叫んだ己の名を聞きながらは強く目を瞑って痛みに耐える。その間にも天堂地獄は動く。腕を一気に伸ばせば風子の横を通り過ぎ小金井の腹部へと打ち込んで壁へと強く吹っ飛ばす。ずるりと壁を擦って地面に座り込んだ小金井は俯いて何も言葉を発しない。天堂地獄は薄っすらと不気味な笑みを浮かべて風子に視線を向けた。


「この大いなる力の差はどうだ?よく見ろ…霧沢風子。陽炎…土門……水鏡……小金井、全て一撃で倒れた。今日まで…どんな相手でも死線を潜り抜けてきた者達が我の前には無力。恥ずかしい程無力だ」

「無力なんかじゃ………ねえ!!(みーちゃんの氷成る蛇との神慮伸刀で腕が千切れてる!!こいつはまだ倒せる!!今なら…まだ!!!)」


天堂地獄の千切れ落ちた右腕、それが風子の中に希望をもたらす。天堂地獄へと対する恐怖心を押さえ込み、風子は風神を構えて戦闘体勢へと入れば強く天堂地獄を睨みつける。しかし不自然な動きで天堂地獄の前に分身の化物達が集まってくれば、風子は何だか天堂地獄や分身達の様子が可笑しいことに気が付く。


「帰属せよ」


天堂地獄がそう言葉を発するなり天堂地獄に吸い込まれるように、取り込まれるように分身たちが天堂地獄本体と一つになっていく。聞くに堪えないようなグロテスクな音を立て、生々しい目を背けたくなるような光景が風子の目の前に広がっている。自ら望んで取り込まれようと、天堂地獄へと襲い掛かるように掛けていく分身達。呆然とその様子を見ている風子に森光蘭は厭らしい笑みを浮かべながら言葉を発した。


「察しの通り、今の状態では本体もダメージを受ける。しかし元は本体の一部だった我等が―――割れる事も可能だが戻る事もできるとしたら……この意味がわかるなァ?復元だ」


土門、水鏡、そしてが付けた傷が、千切り落とした右腕が森光蘭の言葉通りに復元している。元の形、そのまま戻った天堂地獄。風子の希望が、絶たれた。森光蘭はまだ言葉を続ける。


「ここに存在する数多の分身体は戦力とは考えていない!全て本体復元の為の予備電源にすぎぬのだ!!!」

「残念だったな」


風子の目の前に一瞬で移動した天堂地獄は風子の腹部に拳を打ち込む。その威力に風子の足は一度地面から離れ、次は体全体で地面に触れ合う事になる。受身を取ることすら出来ずにうつ伏せに倒れた風子の体。天堂地獄は風子から視線を離すと体ごと柳の方へと向いた。


「まだ…殺さぬよ。殺すならわざわざ君達を呼んだ意味がない。見せつけてやる。動かぬ体で眼を開いて見届けよ!!」


一歩一歩、人形と化した柳へと近付いていく天堂地獄。は激痛に耐えながら薄っすらと開いた瞳で柳に近寄っていく天堂地獄の姿を映す。風子は地面に這い蹲りながら必死に柳へと手を伸ばした。


「誰か…立って!やだ…柳……柳がいなくなっちゃう………誰でもいい!!立って!!!立ってよォォ!!!」


悲痛な風子の叫びがの鼓膜を刺激する。ぴくりとも動かない意識を飛ばしてしまっている水鏡、土門、小金井。腹部を切りつけられ呪いが解けた後だったが為に回復することなく動けないでいる陽炎、柳の目の前に天堂地獄が立った。は立ち上がろうと、体を動かそうとする。しかし少しでも動かせば体中を駆け巡る激痛。の口の中に血の味が広がった。


「(あたしは…無力だ…っ!!)」

「見届けよ、火影…」

「誰か立ってーーーっ!!!!」






















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