天堂地獄の手が柳へと伸びる。しかし天堂地獄の一撃で伸された火影は誰一人天堂地獄の手を止めることが出来ないでいた。大粒の涙を流しながら言った風子の悲痛な叫びだけが反響する。が己の無力さに涙を流し歯を食いしばる。意識のある者の皆が諦めかけたその時、天堂地獄の肩に手を置き、力一杯ぶん殴り天堂地獄の手から柳を救った人物が居た。先程までは此処にいなかった、火影の大将の姿がそこにあった。


「姫にさわんじゃねえ!!!」


勢い良く地面に叩きつけられ、よろめきながら立ち上がる天堂地獄にすかさず烈火は炎を出す。印を描き現れる一匹の竜と炎の玉が無数。


「竜之炎壱式…”崩”」


天堂地獄が顔を上げ視線を烈火の方へと向けたときには、己の体に崩の玉が襲い掛かった瞬間でもあった。一瞬の隙さえも与えず烈火は天堂地獄の懐へと入ると容赦ない膝蹴りを天堂地獄の腹部へと叩き込む。傾いた天堂地獄の顔面を蹴り飛ばし、すかさず焔群の炎の鞭を腕に巻きつければ力いっぱい天堂地獄の顔を殴りつけた。復元したばかりにも関わらず烈火によって次々と傷を負い、吐血までする天堂地獄の姿に森光蘭や海魔の表情は歪み、反対に風子の表情は明るくなり涙も止まった。は激痛の為に流れる冷や汗を拭うことすら出来ず、ただ視線だけを烈火と天堂地獄へと向けて小さく口元だけ安堵の笑みを浮かべた。焔群の炎で強化された烈火の拳をもろに受けた天堂地獄は無様に地面を擦って後方へと吹っ飛ぶ。烈火の圧倒的な力を見せ付けられ、騒がしかった空間に一瞬の静寂が訪れた。


「おい風子!!!」

「はっ…ハイ!!!」

「今殴った奴誰だよ?」


風子に背を向けたまま大きな声で名前を呼んだ烈火に、風子は慌てて返事を返す。そして烈火が風子に振り向きながら言った言葉に風子は見事にすっ転んだ。その転び方と言えばお笑い芸人並であったようにには思える。


「何言ってんのさ!!!アイツが本体の天堂地獄だって!!」

「カオ違うぢゃん」

「でもそうなの!!繭から出てきたの!!」

「ふーーん」

「花菱烈火だーーーっ!!!治癒の少女をとらえよ!!!」


天堂地獄の本体だという風子の説明に納得したのか、それとも納得しきれないが気にしないことにしたのか、それは烈火にしか分からないことだが烈火の返事は何だか微妙なものだった。ある意味和やかな雰囲気が漂う火影に対し天堂地獄側、海魔と森光蘭の表情は良いものと言えるものではない。焦ったように海魔が声を張り上げ分身の化物達に柳を捕らえるよう命じれば、化物達は一斉に柳へと飛び掛る。しかし柳を守るように巻きつく刹那によって全て焼き払われた。


「さ・わ・る・な」


烈火は冷たく鋭く化物達を睨みつければ柳へと近寄り背と足裏に手を回し抱き上げた。しかしそれでも柳の反応はまるでない。烈火が風子と陽炎の方へと歩を進めれば痛みが引いたのか、それとも痛みに慣れてしまったのか立ち上がり烈火に駆け寄る風子と陽炎。だけが未だに激痛と戦っており動けないでいる。


「風子…母ちゃん…姫を頼む」


地面に柳を降ろし、烈火は風子と陽炎に柳を託す。そして烈火は漸く様子の可笑しい柳の異変に気が付いた。烈火はそれを口にはしなかったが表情にはそれが確かに表れていて、風子は眉を八の字に下げて烈火に事情を説明する。


「烈火……私達が来た時からこうだった…何も反応しない…私達の呼びかけにも応えないんだよ」


烈火と柳の間に静かな空気が流れる。少しばかり顔を俯かせた柳には一切の表情が無い全くの無。烈火の表情が一瞬悲痛に歪んだが、烈火はすぐにいつもの調子と力強い表情を浮かべて柳の頭へと手を伸ばし、柳の頭に手を乗せてわしゃりと撫でる。


「心配すんな、絶対戻してやる!!俺が姫を守る」


烈火が言ったその言葉は柳に向けてのものなのか、風子に向けてのものなのか、それとも己自身に言い聞かせる為に言った言葉なのか。それは烈火にしか分からない。烈火は柳の頭を撫でていた手を下ろすと風子へと振り返り訪ねる。


「風子!土門達まだ生きてんな?」

「あ…あったり前じゃない!かなりへばってるけど…」

「よしっ、母ちゃん!!!」

「な、何?」

「呪いが解けてよかったな!!」


風子の言葉を聞けば満足そうに頷き、烈火は続いて陽炎の方へと振り返る。行き成り呼ばれ、驚きながらも返事を返す陽炎。烈火は陽炎に向かって、陽炎がまだ口にしていないことを先に口にした。その瞬間、陽炎の表情が一瞬固まり、すぐにその表情は崩れて嬉しそうな穏やかな表情になる。瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「嬉しいぜ!!けど、そのケガもう簡単に治らねえぞ!休んでなさい!!」

「え?え?」

「それから!」


烈火の言葉に何度も頷く陽炎に、全く理解が出来ていない風子が目を大きく見開いて驚いている。烈火は続いて後方に振り返り、少し離れた場所に蹲ったまま動けないでいるへと視線を向けた。も名前を呼ばれ、視線だけを烈火へ向ける。


「大丈夫か?」

「…これが大丈夫そうに見える…わけ、アホ」

「そんだけ言えてりゃ大丈夫だな!」

「……当たり前じゃん、!」


激痛は心なしかマシにはなっているように思える。けれど激痛であることには変わり無いのだがは強がりで烈火に向かって暴言を吐く。烈火はが無事そうなのを確認すると笑みを浮かべて笑った。そんな烈火を見ても口角を吊り上げて笑みを作るが、どうも痛みの所為で表情が歪んでしまう。すると何やら血が噴出すような音が聞こえ、烈火や、風子、陽炎の視線が音の聞こえてきた方へと向かう。グロテスクな音を立て、グロテスクな光景を披露する天堂地獄。暫くすれば先程同様、無傷の状態に復元すると烈火に向かって少しばかり口角を吊り上げて言葉を発する。


「ふう…久しぶりだな、烈火……不意討ちで油断してしまったよ。貴様のような小ズルイねずみにはお似合いのやり方だ。とはいえその炎―――相変わらずやっかいだ」

「ホントにてめーか、森…!上等。復活する前に焼き尽くしてやんぜ!!」

「パパ!!!」


再び天堂地獄との戦いが始まろうとした時、聞こえてきた女の声。烈火が振り返れば、恐怖に怯え表情を歪ませながら大粒の涙を流し、森光蘭へと一直線に掛けていく煉華の姿があった。煉華はまた、森光蘭の名前を声を上げて呼ぶ。


「パパァーーーっ!!!」

「煉華…」

「パパ助けて!!お兄ちゃんに…!お兄ちゃんに殺される!!こわい!こわいよォ!!!助けてパパぁあ!!!」


森光蘭にしがみ付き助けを乞う煉華。しかし森光蘭は何も言葉を発さず泣きながら助けてと言い続ける煉華を見下ろしている。そんな煉華を見て天堂地獄は暫く何か考えるような素振りを見せると、歩を進めて煉華に背後から歩み寄る。


「………紅麗も生きているか。ならば今すぐにでも、免疫を造るとしよう。貴様にマジックを一つ見せるよ、烈火」


何かを企んでいるような歪みに歪んだ厭らしい笑み。天堂地獄がそう言うや否や突然壁を突き破って現れた巨大な化物。それは人型のものではなく、蛇のような形をし、体の至る所に幾つ物天堂地獄の目玉がある。大きな口からは沢山の鋭い尖った歯が見え、蛇の形をした化物は耳障りな大声で鳴いた。同時に、森光蘭に突き飛ばされた煉華は絶望の色に染まった表情と瞳で森光蘭を見、か弱い声で森光蘭を呼ぶ。


「パパ?」

「貴様も本体進化の贄となれ、失敗作」


森光蘭が厭らしい笑みを浮かべて煉華をそう呼んだ瞬間、煉華の体に齧り付いた蛇の形をした化物。蛇の形をした化物に齧り付かれ、喰われ始める煉華の指先から石化が始まる。煉華は森光蘭へと必死に手を伸ばし涙を流しながら叫んだ。


「やだ…やだよ!!!どうしてパパ!?助けて!!!死にたくないよォ!!私はパパの………」

「てめえ、自分の味方まで!!?やめさせやがれ!!!」


烈火が崩を出して止めさせようと天堂地獄へと幾つもの崩の玉を投げつける。激しい音と砂埃が立つ天堂地獄の周辺。砂埃が晴れ始めた頃に見えたのは、天堂地獄と、蛇の形をした化物が煉華と思われる女の上半身だけを口からぶら下げている二つのシルエット。完全に砂埃が晴れて見て見れば、煉華の体は完全に石化しておりぴくりとも動かないものになっていた。


「……これも我が肉体の一つでね…喰らった者の能力も喰える。つまりこの場合、炎の抵抗力が強い炎術士を喰った事で―――炎を手に入れた。そしてもう炎は効かぬ!!」


天堂地獄の腕から出るはずのない炎が出る。烈火は大きく目を見開き驚きを露にした。そして天堂地獄は手から炎を出しながら、炎を出せるようになった原理を説明し始める。は歯を食いしばり、地面に爪を立てて激痛に耐えながら何とかして上半身を起き上がらせると、顔を上げて喰われた煉華を見た。


「我等二体が天堂地獄の本体だ。我が”戦闘”の天堂地獄とするならば…こいつは”吸収”の天堂地獄…喰う事によって吸収したその力を我に流す事ができる。元は一つな訳だから造作も無い。炎術士は炎の抵抗力が強い!そうだったなァ、花菱烈火?」


天堂が烈火へと掌を翳せば、烈火へと向かっていく無数の火の玉。円の印を描き炎の結界を張って炎の玉から身を守れば、天堂地獄は攻撃が当たらなかったことは気にしていないのか己が炎を放った手をみて感心したように呟く。


「ほー…う。”炎を生む”というのはこのような感覚だったのか。あまり熱いとは感じない…思っていたより簡単に出る。面白いな。今にして思えば―――貴様はこの為だけに生まれたのだな、煉華!あははははははは!!!」

「天堂ぉおおおぉおぉぉおぉぉおぉおぉおお」


もう只の石となってしまった煉華を見上げて高らかに笑う天堂地獄には腸が煮えくり返るような感覚を覚える。それは烈火も同じようで、烈火は天堂地獄の名を叫びながら手甲に炎の刃を出し襲い掛かる。


「究極だ…」


海魔は天堂地獄の姿を見て、無意識にそう呟いていた。天堂地獄は烈火の炎の刃を素手で受け止めたのだが、煉華を喰らった事により炎と炎の免疫を得た天堂地獄。炎への免疫は早速効果を発揮しているようで、烈火の炎の刃は天堂地獄の手に食い込んではいるものの、天堂地獄が煉華を喰らう前程のダメージを与えていない。


「…どんな気分だ、烈火?貴様の十八番”炎の刃”―――”刃”はその役割を多少なり全うする事ができたが…”炎”はこの身体を前に沈黙した。全てを滅する事の出来るはずの炎が…無力!!!」


天堂地獄は口角を吊り上げて笑みを浮かべれば烈火の腹部へと鋭い一撃を叩き込む。ガードすることも出来なかった烈火は後方へと地面を擦って飛び、倒れる。は片手で腹部を押さえ、もう片方の手を地面について何とか立ち上がろうとするが体は中々言うことを聞いてはくれない。


「裏武闘殺陣決勝戦での紅麗と貴様の戦い……あの時からこの力を欲していた。なかなか手に入らないモノ程…ある時あっさりと転がりこんでくる」

「烈火!!!」

「来るな、風子!!姫の側から離れるな!!!」


神慮伸刀を片手に烈火の助太刀へと駆け出した風子だが、烈火は声を張り上げてそれを阻止した。風子が後ろを振り返ると相変わらず人形のような柳が陽炎に支えられて座っている。は何とか立ち上がろうと手足に力を込めるが激痛で未だ小刻みに震える体では不可能だった。急に襲ってきた腹部の痛みに再び地面に倒れ蹲る。下唇を噛み締め、は這い蹲るようにして柳がいる陽炎と風子の元へと進んだ。


「”姫””姫””姫””姫””姫””姫””姫”その言葉を取り憑かれた様に繰り返す貴様。それ程あの娘が愛しくてたまらぬか?」

「れっ…」

「ダメよ、風子」


天堂地獄が容赦ない強烈な攻撃を連続して烈火に浴びせる。再び烈火の元へと駆け出そうとした風子を止めたのは柳を支えている陽炎だった。風子は手に持つ神慮伸刀を強く握りなおすと後ろに振り返り陽炎に声を上げる。


「このままじゃあいつ死んじゃうよ!?」

「烈火は”姫を頼む”と言った。大役よ」


陽炎の瞳は真っ直ぐ天堂地獄と戦う烈火へと向けられており、何処までも真剣で鋭い目だった。風子は再び視線を烈火へと向ける。天堂地獄の放った炎に身を焼かれ、その炎を己の炎で消し飛ばし、また天堂地獄へと挑もうとする烈火の姿がある。風子は強く目を瞑り、体を小刻みに震わせた。


「起きろ……目をさませ、柳!!!起きろ!!起きろよ!!!」


柳の両肩を強く掴んで風子は声を張り上げた。


「あのバカ…お前のために意地見せてんだぞ…!見守れよ…声かけてやれよ…!!目ぇ…さませよォ…」


風子が必死に柳に声を掛けるが柳に変化は全く無い。風子が深く項垂れ必死に懇願するが柳は全く反応をしない。


「愛しいか?愛しいだろうなァ。それを奪う…実に快楽だ。そこから始まるのだ。この世の全てから全てを奪い取る我が徘徊が。数え切れぬ程の人間…動物の命を毟り取る!全部は殺さずある程度残す。生きるものは繁殖し、また命を増やす。また毟り取る。残す。増える。毟り取る。無限に繰り返される地獄絵図…新たなる自然の摂理となろう。赤子を殺される母親も、貴様の様な気持ちになるのだろうなァ。心地好い”終わらぬ人生”になりそうだ」


天堂地獄が烈火に向かって炎を放つ。先程とは比べものにならぬ程の炎に飲み込まれる烈火の体。は自分の所にまで吹く炎で暖められた生温い風を感じながら、また少しずつ柳の居る場所へと近付いた。


「……烈火…くん……」


柳が無のままの変わらぬ表情で烈火の名を呼んだ。風子は驚き柳へと勢い良く振り返り、も目を見開いて柳を見上げる。刹那、激しい破壊音を立てて炎と地面の岩が吹き飛んだ。その中から現れるのは先程よりも生傷が増えた烈火の姿。烈火は柳の方へと振り返り、口角を吊り上げて声を上げる。


「呼んだか?姫!!!」





















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