「葵をブチ殺せ、海魔!!!治癒の少女を目覚めさせるな―――っ!!!」


葵へと向かって襲い掛かる海魔と森光蘭。しかし葵の前には蛭湖とが立ちはだかっている。蛭湖は血塊弾を片手に海魔を見据え、は空神を森光蘭へと翳す。ほぼ同時に蛭湖の血塊段を海魔にぶつけ、は空気の衝撃波を森光蘭へと放つ。海魔と森光蘭はそれらの攻撃により至る所が避け血が飛び出す。


「葵だけでなく蛭湖まで…!!金か!?貴様ら金で火影に買収されたのか!!?」

「………低俗な邪推だ」

「ギャハハ、くだらねぇなァ…笑いが出るぜェ」


海魔が蛭湖に向かって大声で問いかける。この応えは一生かけても海魔や森光蘭、天堂地獄には分からぬ答えだろう。蛭湖は冷たく言葉を返すと、その隣で片手で顔を覆いは笑い声を上げたあと口角を不気味に吊り上げ海魔と森光蘭を見る。その間にも葵の神慮思考は進み、柳の顔色も元の色へと戻っていく。


「ははははははははははははははははははははははははは」


天堂地獄の高らかな笑い声が響き全員の視線が天堂地獄へと向けられる。も表情から笑みを消し無を浮かべると視線だけを天堂地獄本体へと向けた。天堂地獄はにやりと笑みを浮かべて言葉を吐く。


「HELLorHEAVEN最上階に位置するこの融合の間……ここで…貴様等は何かを忘れてはいないか?」


天堂地獄の言葉には眉間に皺を寄せる。静けさだけが不気味に漂う融合の間、は口を噤んで天堂地獄の様子を窺う。天堂地獄が見せている笑みと余裕の態度、の中に何とも言えない違和感が浮かぶ。刹那、地の中を這うように動く何かを空気の振動で感知する。は勢い良く顔を上げると同時に柳の方へと振り返り駆け出した。蛭湖が驚いたように駆け出したを目を見開いてみる。


「柳!!!」


風子も気付き声を上げ、柳の元へと駆け出すが既に遅く、柳の足元から飛び出した吸収体が柳の体を咥えて地面から身を出す。吸収体の口からだらりとぶら下がる柳。は舌打を零すと強く地面を蹴り吸収体へと飛び掛った。


「希望よ、絶望に、変われ―――」

「あ…私……私……烈火ぁーーーっ!!!」

「5分!!!!」

「烈火さん!!!」


天堂地獄が笑みを浮かべ、風子が烈火の名を叫び、5分間睡眠を取って回復していた烈火が駆け出し、葵が烈火の名を呼んだ。は吸収体の表面に掌で触れるとその表面にある空気全てを爆破させ吸収体の動きを一時的に無理矢理制止させる。爆破に悲鳴を上げる吸収体。烈火は吸収体の悲鳴を聞きながら吸収体の体を駆け上がり柳の元へと向かって行く。その後を追う様にも吸収体の体の表面に足をつけたなら強く蹴って頭部の柳が居る方へと駆け出す。


「姫を…はなしやがれーーーっ!!!」

「なめてんじゃねぇぞ天堂がァアアア!!!」


烈火が吸収体の頭部に集中してある目玉の部分に強く拳を打ち込み、は右手に空気を圧縮して作った剣を作れば深く吸収体の頭部を斬り裂いた。噴水のように噴出する血、柳の肘から石化が始まる。


「ひゃあ?ひゃはは!!!吸収体から力が流れ込んでくる!!!はがぁあぁあああぁあ」


天堂地獄の興奮した声を聞きながらは剣を巧みに振るって吸収体の表面を傷付けていく。しかし既に柳の力が吸収体により奪われ始めている所為か徐々に固くなっていく吸収体の体。いくら力を込めて傷を付けていってもその傷は徐々に浅いものへとなっていく。それは柳の力を奪い究極体に近づいているということ。葵は駆け出し再び柳へ神慮思考を使おうとする。しかし限界が来ていたのか耐え切れずに砕けてしまった宝玉。その瞬間風子、陽炎、葵の表情が一変した。烈火は必死に反応が未だ無い柳へと手を伸ばし、は吸収体の体に傷を負わせて行く。其のたびに吸収体が悲鳴を上げる。


「姫!!姫ーーーっ!!!!」

「くく…カ゜カカッ……!!素晴らしい…これがあの娘の力か!!漲る!!体が不死になってゆくのが少しずつわかる!!!葵が少女の心を乱した影響で喰いきるのが遅いが……っ、じきだ!!もうすぐ我は究極体として生まれ変わる!!!」

「”神慮思考”…この魔導具で柳ちゃんの思考を止めていた…僕が戻さなきゃいけなかった……責任をとらなきゃいけなかったのに……!もう…もう…っ…」

「”もう”なんて聞きたかねえ!”まだ”!!私はあきらめない」


石化が進行し今にも砕けてしまいそうな罅が入る柳の腕。両手をつき体を震わせながら絶望し責任を感じている葵。葵の腕にはもう使い物にならない砕けた神慮思考の残骸がある。しかし、烈火もも風子も、誰もまだ諦めてはいなかった。風子は葵の言葉を制止させるように声を上げれば、葵の前に立つ。


「柳ぃーーーっ!!!」


風子は吸収体に下半身を食われ、上半身だけを外に晒している柳を見上げる。柳の近くには必死に手を伸ばしている烈火と、何とか吸収体を倒そうと空気の剣を振るうの姿がある。柳の石化は止まる事なく進行し続けており、そんな柳に向かって風子は出せる限りの大声で柳の名を叫んだ。そして笑みを浮かべると柳へと言葉をかける。


「聞いてね。私ね、多分…ううん、きっと―――烈火の事大好きだった!毎日のようにケンカしてたけどさ!ハッキリ気付いたのはあんた達がすっごく仲良くなってるトコ見てからなの。今更こんな事ぶっちゃけちゃってズルイね、私。今はもう全然そんなのないよ!けどさ…私が身をひいたからにはハッピーエンドになれってんだよ!!!起きろ!!!」


吸収体がまるで振り払うように体を大きくうねらせた。拳を目玉に突き刺さっているために烈火は振り落とされる事は無かったが、はその衝撃に体が宙へと飛ばされる。くるりと宙で回転し体勢を整え地面に着地すればはすぐさま吸収体へと駆け出そうとする。しかし、隣に人影を見れば駆け出そうとする体をぴたりと止めた。


「でけー声だな、強力目覚ましだ。あのタコ好きだったってのはショックだったぞ」


風子に続いて言葉を発したのは土門だった。土門は口角を吊り上げて風子を見ると一歩前へと出て手を高く高く上げる。そして真っ直ぐ柳を見上げて腹の底から声を上げた。


「二番っ石島土門!!!あのよー柳!!えーーとえーーと!お前の絵本はヘタクソだ」


予想すらしていなかった土門の発言に呆れる陽炎。は隣に立つ水鏡を見て空神らしい、不気味な笑みを浮かべる。水鏡もそんなに応えるように薄く笑みを浮かべれば、水鏡はの真横に立つ。


「でも俺は好きだ。やさしくてあったけえ!ちまちま手伝ってた俺様の感想だ!夢を与える作家先生になりてえんだろ!?なろうぜ!!起きろ」

「…柳ちゃん…頭まっしろで…何言えばいいかな……え…と…お話ししてーよ。笑顔が見たい!起きて!!」

「死にゆく友に最後の言葉を送るか!!?ひゃははははははははは!!!!」


土門が柳へ言葉を贈れば、鋼金暗器を支えになんとか立ち上がった小金井が瞳に薄っすらと涙を浮かべて柳に起きるよう目覚める。は隣に水鏡が立ったのを確認するとまるで自分に向けるように鼻で笑えば、静かに瞼を下ろす。その瞬間、勢い良く腕から空神の触覚が引き抜かれる。の膝がかくんと曲がり地面に落ちそうになれば咄嗟に水鏡がの体を支えた。水鏡に支えられながら震える足で何とか立つはゆっくりと瞼を上げると、水鏡に視線を向ける。触覚を腕から引き抜いたと同時にの体から出た空神。既にが纏う空気や雰囲気は空神のものではなく、のものになっていた。水鏡はの様子を見ると、視線をゆっくりと柳の方へと向ける。


「柳さん聞こえますか?水鏡です。正直…僕はずっと斜めの角度で火影の中にいたんです。特にはじめは復讐の事しか頭になかったし…仲間意識の強い烈火達にどこかついていけない所もあった。自分だけは一人でも大丈夫と思っていた。間違っていた。彼等と共にいたから今の自分がここにいるんですよね。今、間違いなく皆と同じ気持ちです。起きて下さい!!」


石化が進行し首辺りまで侵されている柳。水鏡の言葉でも反応を示さない柳を見て、は眉を八の字に下げて小さく困ったように笑えば、ぐっと足に力をこめ、水鏡の力は借りず自分の力だけで立てば柳を見上げて声を上げた。


「何か、何言えばいいのか分かんないや。結局はみんなと一緒で起きてってことになるんだしさ」


は柳を見上げる。そして深く息を吸い込めば一気に息を吐き出す。


「また一緒に学校行こ!!だから起きろってんだバカーー!!」


再び静かな空気が流れ出す融合の魔。柳の石化した部分の至る所に亀裂が入り始める。集中していなければ聞こえないような、気を抜けば聞こえなくなってしまいそうな微かな声がや水鏡、風子、土門、小金井の耳に届く。一番聞きたい柳の声だった。


「フ…コちゃ…土も……カオ…く…みか…が……ちゃ…」

「姫ーーーっ!!!」


柳の瞳には光が宿り始めており、無だった表情にも微かに柔らかい表情が浮かび始めている。烈火は吸収体の体を強く蹴ると、柳に向かって手を伸ばして飛び出した。


「絶対に離さねえぞ!!来い!!!」

「れっか…烈火くんっ」


柳が完全に光のある瞳を取り戻し烈火の名を呼ぶ。烈火が柳に伸ばした手に触れるよう、柳が烈火に手を伸ばせば柳の体を石化していた石が砕け散った。烈火は腕の中に柳を抱いて地面に向かって頭から落下する。皆の表情に笑みが浮かぶ。烈火は柳が怪我をしないように抱きしめ背中から地面に落ちると、皆が一斉に柳と烈火の元へと駆け出した。


「柳ぃーーーっ!!!!」


誰がそう叫んだのかは分からない。一斉に駆け出す火影のメンバーや葵。烈火は強く抱いていた柳から離れると泣き出しそうな歪んだ表情で柳を目に映した。


「……姫!姫!!俺……俺がわかるか!?」


烈火の問いかけに縦に何度も頷く柳。柳は顔を上げて烈火に笑顔を向けると烈火の名前を口にした。


「烈火くん」


嬉しさに烈火の表情が良い意味で歪む。烈火は天に向かって両手の拳を突き出し喜び、土門と小金井はハイタッチを交わして、風子は柳へと飛びつき、は水鏡に手を引かれながら柳へと近づく。も安堵の表情を浮かべ柳に声を掛けようとするが、柳の異変に伸ばした手を止める。


「……間……合わなかっ…」

「ん?」

「どうしたの、柳?まだ頭…ボーっとする?」

「…?」

「………」


複雑そうな表情を浮かべ伸ばした手を止めたに水鏡は声をかける。しかしは水鏡に返事を返すことなく、ただ視線は真っ直ぐ柳へと向けており、はゆっくりと天堂地獄へと振り返った。天堂地獄の様子も可笑しい、俯いている所為で天堂地獄の表情は見えなかったが。は再び視線を柳に戻すと、柳の肩を咄嗟に掴んだ。


「………、」


柳の纏う空気の異変、天堂地獄と同じ震え方をした空気にが柳の肩を掴む手が微かに震える。嫌な予感と最悪の事態がの頭の中に浮上する。柳から見ればの表情は歪んで見えただろう、柳はまるでの予想を肯定するように優しい笑みをに向ければ、は柳の肩を掴んだ手を下ろすしかなかった。


「薫くん、土門くん、陽炎さん、水鏡先輩、ちゃん、風子ちゃん、神楽さん―――本当に会えてよかった!みんな大好きな友達です」


柳の最後とも言える言葉が繋がれる。一人一人の顔を見ながら名前を呼び、眉を下げて笑顔で友達と言った柳。そして柳は親指を立てて笑顔を向けている烈火に悲しげな笑みを向けると一歩進んで烈火の腰に腕を回して抱きついた。


「姫?」

「……烈火くん…」


烈火も柳の様子がおかしい事に気付いたのか柳に声を掛ける。柳は静かに言葉を繋ぐ。は思わず表情を歪め目を瞑り歯を食いしばって顔を背けた。


「今まで生きてきて一番楽しかった。一番嬉しかった。一番ドキドキしたよ。一番大好きです。幸せをいっぱいありがとう」

「間に合わなかったなァ!!!すでに治癒の少女は…」

「さようなら…」


柳の言葉を聞くにつれて烈火の表情が絶望へと変化していく、まさかという嫌な予感が烈火の体中に駆け巡る。目を大きく見開き顔中に血管を浮き彫りにさせて声を上げた天堂地獄の声がやけ耳につく。最後の柳の別れの言葉、最後に柳が望んだ場所は烈火の元だった。


「……だよ。なんでだよ……?」


烈火の悲痛な声が零れる。烈火の脳裏に浮かぶ今まで柳と共有してきた思い出達。今まで見てきた柳の姿。


「なんでだあーーーっ!!!!」


痛々しい程に悲痛で満ちた烈火の叫びが響き渡る。





















inserted by FC2 system