「……ウソだよね?おい、何か言えって烈火…ウソだろ?ウソだよな?」


柳が死んだという現実が、間に合わなかったという真実が、火影には受け入れられない。風子は柳を抱きしめたまま動かない烈火に声をかける。烈火は答えない。陽炎は歯を食いしばり顔を逸らした。悲しみに光を失った瞳、絶望に染まり表情を浮かべない烈火。もう二度と温かい笑顔を浮かべる事も声を掛けてくれる事もなくなった柳を見ていられなくなったからだ。柳の笑顔が、柳の泣き顔が、柳の怒った顔が、柳との思い出が、柳と共にいた者達の脳裏に次々と浮かんでは消えていく。


「…ついに、一番欲しかったモノを手に入れた。今宵より我は―――”不死”だ。哀れ…たかが小娘一匹の死になんという滑稽な姿か。これが…今日まで我を脅かしてきた火影忍軍とは。その顔が見たかった!!!充分楽しませてもらったよ!!!もうよい!消えろ!!!」


天堂地獄は悪魔よりも不気味な笑みを浮かべ、絶望に染まった表情に言葉一つ発することない火影を見ると高らかに声を上げて歓喜する。右手に煉華を吸収したことで得た炎を出せば火影に止めを差すため放とうとするが己の背後に立つ一人の男に気付き、手を止め表情を無に戻した。


「くっ…くく…くくくく…」

「紅麗ーーーっ!!!」


海魔が天堂地獄の後方に立ち、紅の翼を肩から出す紅麗を見て怯えた表情を見せ、恐怖に染まった言葉で空気を震わす。海魔が言えなかった紅麗の名を、森光蘭が大きく口を開いて絶叫した。


「紅麗…さん……」

「死んだか。思えば薄幸の娘だったな―――ところで…なんだ、その無様な姿は?」


は絶望の色をした瞳で紅麗の姿を捉えると、紅麗は紅の翼から数え切れに程の炎の羽を飛ばし一瞬にして海魔と森光蘭を焼き払い天堂地獄を吹き飛ばした。紅麗は烈火へと視線を向け、烈火の腕の中で動かなくなった柳を見る。冷たい氷の様な目を烈火に向けて問いかけるが烈火に反応は無い。


「ヒャハハハハハハ!!!久しぶりだなあ、紅麗!!我がわかるか!?貴様の父でもあった我を覚えているか!?……ところで今…何か出したか?」

「今まで走り続けてきた貴様が、一人の人間の死でこうも情けなくなるのか。私が何人の人間を失ってきたかわかるか?しかし私は決して止まりはしない。貴様はそこで止まってしまうのだな」

「無視とは気に入らんね、紅麗!我をもっとよく見ろよ。どうかな、このカオ?皮肉をこめて貴様をイメージして造ったのだぞ?」

「…失望したよ、花菱烈火」

「ほほぅ?」


柳の力を吸収したことで不死となった天堂地獄の本体は紅麗の炎を受けても無傷でいた。紅麗を殴り飛ばし、言葉をかける天堂地獄。しかし紅麗は天堂地獄に見向きもせず烈火に向かって言葉を発する。再び天堂地獄が紅麗を殴る。それでも紅麗は天堂地獄ではなく烈火を見、言葉を発する。紅麗の態度に天堂地獄は怒りを露にし、血管を浮き彫りにした。


「烈火!裂神を呼べ。主の父、桜火が人間であった時の炎の型は…”不死鳥”竜之炎捌式で柳を炎を変えよ。佐古下柳を己の炎とするのだ。もうできる事は、それ以外無い」


いつの間に出てきたのか虚空が現れ烈火に裂神を呼ぶよう告げる。柳を炎に変える、それは紅麗が紅にした行為。今まで何も反応を示さなかった烈火以外の火影メンバーが驚き顔を上げた。ただその言葉の意味が理解出来ない蛭湖だけが不思議そうにはしているが、だからと言ってどういう意味なのかを尋ねる様子はない。天堂地獄と紅麗の激しい戦いが繰り広げられている片隅で、烈火は柳を抱いたまま言葉を発することもなく表情を変化させることもなく絶望に浸っている。


「烈火よ…もう一度思い出せ!桜火殿の言葉を!!お主の心中は察してあまりある。死した柳をこれ以上苦しませたくはなかろう。しかしあえてワシはこの言葉を紡ごう!裂神を呼べ!!!」


虚空は今一度、強く烈火に裂神を呼ぶよう告げる。天堂地獄に苦戦する紅麗に助太刀するように、紅麗へと襲い掛かった吸収体の額に一本の刀が突き刺さる。過去に磁生が使っていた磁双刀を片手に持った音遠に支えられながら笑みを浮かべて雷覇が融合の間に現れた。


「…見よ!柳の体が再び石化を始めた。魂の離脱を示しているのであろう。完全に彼女の体が石化した時魂が肉体を完全に離れ、消滅する!今柳の魂ははぎとられ、奪われつつある!その行きつく先は天堂地獄!!柳の魂は天堂地獄の一部となる」


足の指先から石化が始まり、既に足首までが再び石に変化している柳の体。こうしている間にも柳の体は肉体を離れ天堂地獄へと向かっている。虚空は感情的になるのを抑えることが出来ず声を荒げた。


「天堂地獄は!!海魔であり!森光蘭であり!!佐古下柳でもある事になるのだ!!!お主は天堂地獄と戦えるか!?それ以前に!!それ以前に……」


風子の目に、土門の目に、小金井の目に、虚空の目に涙が浮かび頬を伝う。の瞳にも確かに涙が浮かんでおり、水鏡は涙こそ見せないが心境は皆と同じだった。


「………お主は……この幼き…か弱き娘に……仲間達を殺させたいか?悪鬼とさせて永遠の地獄を歩ませたいか?」


虚空の悲痛な声が、問いが烈火に向けられる。


「柳が一番望んだ場所はどこだった!!?奪われる前に奪え!!!」


烈火はそれでも柳を抱いたまま反応を示さない。遠くから様子を見ていた紅麗が再び烈火に向かい言葉を吐く。紅麗の傍らには宙に浮かぶ美しい美貌と翼を持った紅が、紅麗同様に火影の方を見ていた。


「………見よ、烈火。裏武闘殺陣でお前は問われた。”失う気持ちがわかるか”?”死んでも守る者の為、人をも殺す覚悟があるか”?今…お前はあの時の私と同じになった!最も愛しいものを奪われた苦しみ!悲しみ!!悪魔にその命奪われるならせめて我が炎で!紅が私の答えだ!!」


森光蘭の養女であった紅。紅は紅麗が真に人の心を捨てているかを確かめる為、森光蘭が紅麗に出会わせた存在だった。森光蘭は紅麗が紅に好意を抱いていることを知ると、見せしめとして目の前で紅の命を奪ったのだ。紅は自ら望み紅麗の炎となる、紅の答えが紅麗の答え。紅麗が烈火に怒鳴る。


「貴様も答えを出せ!!烈火!!!!」


は水鏡の元から離れ、柳を抱いたまま動かぬ烈火へと近づく。そして向き合うように烈火の目の前に膝をついて座り込むと、一度柳へと視線を落とした。柳の死に顔はとても穏やかだ。まるで眠っているかのようで死んでいるだなんて思えない。零れ落ちてしまいそうな涙を堪え下唇を力一杯噛むとは強く睨むように烈火を見た。


「しっかりしてよ、花菱烈火」


高い音を立ててが烈火の頬に平手を打つ。烈火は頬をされるがまま打たれたが、を見ることもない。は平手することで痺れた手をゆっくりと下ろすと嗚咽が漏れてしまわぬよう堪えながら声を発した。


「女の子はねぇ…誰だって好きな人と一緒に居たいって思うもんなんだよ。柳ちゃんは花菱くんが大好きなんだよ、だから最後の場所を花菱くんに選んだんだよ、分かるでしょ…?柳ちゃんを助けてあげてよ、傍にいてあげて…」


声の震えを抑えることは出来ない。自然と体も小刻みに震えだし、頭は下へと下がっていく。の頬を一滴の涙が零れ落ちた。


「柳ちゃんをあんな奴に渡したら絶対許さないから!!!」


は強く目を瞑って烈火に怒鳴りつける。烈火の脳裏に以前柳が烈火に言った言葉が蘇る。公園の中を二人並んで歩きながら言われた言葉。いつまでも一緒にいてねという柳の願い。立ち上がった烈火の瞳には強い意志が篭っていた。胸まで進行している柳の石化、見上げて見た烈火の表情には安らかな表情を見せた。烈火が答えを出したのだ。


「出て来い裂神ーーーっ!!!」


右手を翳し力を込める烈火。放たれた炎は竜の形へと姿を変え、烈火の前へと姿を見せる。火竜を背に烈火を見るのは逞しくも優しげな表情を浮かべる男、焔群の人間だった時の姿。再び焔群は火竜の姿へと変えると雄叫びを上げながら宙を動き回る。


「あれ…焔群だよね?”裂神”を出すんじゃないの?」

「捌式を出すには特別な条件があるのじゃよ。―――七竜同時召喚、今の烈火なら不可能ではない!!!」


見覚えのある火流を出した烈火に風子が不思議そうに虚空に訪ねれば、虚空は烈火の姿から目を離さずに答える。続いて出されたのは炎で出来た結界。結界が砕け散ると中からは火竜が飛び出し太った男が胡坐を掻いて座っている、円だ。円は焔群同様に姿を火竜へと帰れば天に向かってとぐろを巻く。


「よく…わからねえ!最後の火竜を使う事で…花菱は何しようとしてるんだ!?」

「柳の魂を…天堂地獄に吸収され、体の一部にされるのを防ごうとしているのじゃ。裂神の力の源、炎の型”不死鳥”で柳の魂を炎とする事でな!!」

「…まってよ…それって紅麗の紅と同じだよね?じゃあ…どのみち柳ちゃんは……!」


土門は目の前で起きている光景を目にしながら虚空に向かって説明を求める。虚空が烈火の答えでもある、しようとしている事を説明すれば小金井が震えた声で虚空に訴えた。虚空は何も答えず背を向けたまま。そんな小金井には声をかける。


「でもね、」


小金井は視線を虚空からへと向ける。は優しい表情で涙は止まっているものの潤み、少しばかり腫れぼったい目で小金井を見ていた。視線を小金井から水鏡へと移す。水鏡を見ては穏やかな表情を浮かべたなら、は何処までも優しく、まるで確信しているかのようにはっきりとした声で言った。


「大好きな人と一緒に居られるなら…それは充分幸せなことだと思うんだ」


もしも自分が紅や柳と同じ立場になったら、は迷わず同じ道を選ぶ確信があった。だから柳も烈火を選ぶはず。そんな思いがにはあったのだ。は真っ直ぐ烈火の出した宙を動き回る美しき火竜を見ていた。烈火は続けて塁を出す。美しい女性の姿の塁は火竜へと姿を変えて天に向かっていく。その間にも紅麗は紅と磁生と共に、天堂地獄と戦っている。不気味な雰囲気漂う男、刹那も火竜へと姿を変え、烈火は次々と火竜を出していく。宙に砕の文字を描けば短髪の男、砕破が飛び出し、天に向かいながらその身を火竜へと変える。無理をしているのか烈火の体の至るところが裂け血が飛び出す。烈火の足元には血溜まりが出来ていた、しかし烈火は火竜を呼び出すのを止めない。全ては柳を天堂地獄に渡さないため。宙に幾つもの炎の玉が現れる。高い位置に髪を結った女性、崩。崩は他の火竜の様に何かを烈火に言うこともなく優しい笑みだけを烈火に向けて火竜へと姿を変えた。宙には今まで烈火が出した六匹の火竜が動き回っている。


「同時火竜は逆字に出すという理もあっさりやぶりおって…まこと最後まで頭の悪い宿主であった。右手をかしてくれんか、烈火。あくしゅ」


裂神を出すまであと一匹、最後の一匹となった虚空は烈火へと近づいていくと優しい表情を見せて烈火に手を差し伸べて握手を求める。烈火も右手を出せば交わされる握手。至る所が裂け出血する烈火の腕は傷だらけで酷い。


「この右腕―――この右腕が力を…勇気を…希望を与えてくれた。あきらめるでないぞ!希望はきっと残っておる!然らば!!!」


虚空の姿が火竜へと変化し宙へと飛び立つ。光る烈火の二の腕、そして浮かび上がる裂の文字。烈火は血まみれの指で裂の文字を描けば宙を蠢いていた火竜達が絡まりあい天へと向かっていき天井を突き破る。月の輝く夜空の中で動き回る七匹の竜。烈火の静かな声が響いた。


「竜之炎捌式―――裂神」


火竜が突き破った為に上から降ってくる細かい瓦礫。その中、姿を現したのは風子達は二度目に見る火竜。は初めて見る見覚えの無い火竜の裂神。長い黒髪を高い位置に結った左目に刀傷のある男、烈火の父であり陽炎の夫である桜火の姿があった。


「桜…火……桜火様ーーーっ!!!陽炎……陽炎でございます!!!」


驚きと感動、双眼から止めどなく涙を流し、地面に座り込んだ陽炎が桜火に向かって声を上げる。桜火は一目、陽炎に視線を向けると瞼を降ろし、次に瞼を上げた時には烈火を見た。真っ向から向き合い桜火を見上げる烈火、桜火は姿を裂神へと変えて烈火へと襲い掛かる。


「何をしようとしている!!?どのみち貴様には私を倒す事などできぬというのに!!!」

「烈火は答えを出した。それがどれ程の苦しみであったか貴様には理解できまい。邪魔はさせん」


そんな烈火に天堂地獄が襲い掛かろうとするが、その行く手を阻んだのは紅麗だった。天堂地獄に向かって炎を放出し天堂地獄への攻撃の手は休めない。紅麗がいる為に烈火に近づけない天堂地獄。


「……!?おい…烈火!!」

「どうしちまったんだ、一体…?急にヌケガラみてーに…」

「反応しない。これは…」

「花菱!!オイ花菱!!」


最初に烈火の異変に気付いたのは風子だった。続いて土門が烈火に駆け寄って様子を見るが反応は無い。水鏡が驚いた様子で烈火を見ている隣では裂神を見上げていた。土門が烈火に声を荒げ名前を呼ぶが烈火に反応は無い。見かねた風子が裂神に振り返り怒鳴る。


「どういう事さ、裂神!!!てめえ烈火に何しやがった!?」

《烈火は…柳の魂に会いにいった》


柳に会いに行ったという烈火。見守るように皆が烈火の様子を見ていると突然眩い光を放つ烈火。思わずは顔の前に手を翳し強く目を瞑った。そして薄っすらと目を開け、指の隙間から見えたのものは光の中に翼の生えた少女の姿。


「見よ…紅……」


紅麗の言葉がの鼓膜を振動させる。火竜達を後ろに従わせ、背に翼を生やし炎となった柳の姿がそこにはあった。閉ざされていた瞼がゆっくりと上へ上げられ、柳は生前と変わらぬ優しい表情で、幸せそうな笑みを浮かべていた。ひらりひらりと、柳の翼の羽が舞い落ちる。


「…見なよ、土門…あんな姿になったってのに…あのコ笑ってる!あんなに…幸せそうに笑ってる!!柳が……烈火の炎だよっ」

「ほら、幸せそう」


風子は眉を下げ涙を流しながら土門に声をかける。皆の視線は柳に向けられており、は口元に笑みを浮かべると、顔を上げてにっと歯を見せて笑った。


「恋する乙女は好きな人と一緒なら無敵なんだよ!」


柳の視線が烈火へと向けられる。そして右手を差し伸べれば烈火も柳へと右手を伸ばした。


《いこう。いこうよ、烈火くんっ。一緒にいこう、一緒に天堂地獄を倒しにいこう!!》


繋がれた烈火と柳の手。幸せそうに、美しく、笑顔を見せた柳はさながら天使のようだった。





















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