「いやいや無理だーって、あたしを殺す気ですか!」


肩で耳に携帯電話を抑えながらは器用に髪を結っていた。本日は日曜日。濃い灰色の髪を右耳の後ろで1つに結べば、長袖の白のTシャツワンピースの裾をひらりと翻しは飛び出すように財布だけが入っている小さな鞄を引っ手繰って自室を出た。ばたばたと音を立てながら降りる階段、携帯電話を手に持ち替えてはリビングに現れる。


『大丈夫だって!それに殺しは御法度のクリーンな大会だからな!』

「無理ですって!あたし普通の女子高生!あれ魔導具あったから出れただけ!痛いの断固拒否!」

『はっはっは!は怖がりだな!平気だって、Xとして出ろって!!』

「無理無理無理無理、一秒瞬殺ノックアウトKO負け!ちょっとあたしを舐めないで下さいよ、あたし普通の学生なんだから!」


リビングのテーブルの上に開封済みの手紙が一通。は封筒の中に入っていた二つ折りの紙を広げる。一番上には少し大きく書かれた裏武闘殺陣という文字。そしてトーナメント式に書かれた対戦、Xの初戦の相手は麗(音)に所属していた魅希だった。魅希と言えばと同じ韋駄天使いだった黒髪の女。心の中でこっそりと懐かしいなぁ、だなんて思い耽る。


『何言ってんだ、あの目に映らねぇスピード。ありゃあ結構な武器になるぜ!』

空海さん完全にあたしが韋駄天履いてたこと忘れてません?生身の体であんなの無理ですからね、普通に。兎に角!出場しないですから!じゃ!!」


一方的には通話を終了させると手にしていた裏武闘殺陣の案内の手紙を引ったくり丸めてゴミ箱に投げ捨てる。疲れたと言わんばかりに吐き出させる溜息、は台所で食器を洗っている母へと声をかけた。


「お母さーん!行ってくるねー!」

「ああ、デート?凍季也くん…って言ったかしら」

「そうそう!」


玄関に向かい仕舞っておいた黒のニーハイブーツを取り出す。座ってブーツを履いていると、肩に何かが飛び乗る感覚と同時に頬に生暖かいざらりとした感触。フォックスがの肩に飛び乗り尻尾を振り回しての頬を舐めていたのだ。フォックスの首には小型犬ようの赤い首輪がされており、名前のプレートにはフォックスという文字と、我が家の住所が書かれてある。無事、家に家族入りを果たしたフォックスは毎日のように家の住民とご近所さんから可愛がられて生活している。


「いいわねぇ、今度家に連れてきてよ、凍季也くん。お母さん好みなの」

「ちょっと待て、その発言は聞き捨てならん。お母さんにはお父さんいるでしょ!!水鏡先輩はあげないから!!」

「あらやだ、お父さんより魅力的な凍季也くんがいけないのよ」

「お父さん泣くよ」


ブーツを履いていると背後に濡れた手をタオルで拭きながらエプロン姿の母が微笑みを浮かべて立っていた。全てが終わってフォックスを連れて帰宅をすれば、まずは力一杯父と母に抱きしめられた。事情を詳しく話したなら、お疲れ様という言葉と共に頭を優しく撫でられた。結局お説教はなく、はこうして以前と変わらぬ生活を送っているわけである。ただ違う点を上げるならば、の恋が叶ったということと、の母も水鏡に惹かれているということだ。ただしそれは本気なのか冗談なのかは分からない。


「そうか…じゃあお父さんは風子ちゃんにでもアタックしてみるか」

ロリコンめ。風子ちゃんに手出したら許さないぞ」


話を聞いていたのかリビングに居るはずの父が母の後ろからひょっこりと現れ右手を顎に、左手を右肘に添えて頷きながら言葉を零す。は冷たく父に言葉を放つと立ち上がり、爪先で何度か地面を軽く蹴ると履き心地を確認したなら玄関の扉へと手を伸ばす。フォックスがひらりとの肩から飛び降り、父と母の間に着地すればを見上げて尻尾を千切れんばかりに振り回した。


「いってきまーっす」

「いってらっしゃい」

「楽しんでおいで」


微笑みながら片手を振って見送る母と、を優しい表情で送り出す父。は軽く手を両親に振り返すと軽い足取りで外へと飛び出した。天気の良い日、晴れた空、向かう先は水鏡の住むマンションだ。割と近所ということもありは自転車には乗らず徒歩でマンションへと向かう。腕時計で時間を確認しながらは今にも鼻歌を歌い出しそうな気分で街を歩く。擦れ違う人々、若い人、ご老人、母と手を繋ぎ歩く子供、犬の散歩をしている人、ずっと求めていた過去でしかなかった生活が漸く戻ってきたのだ。それが嬉しくもあり、同時に何だか切ないような気もしてしまう。


「韋駄天は良かったなー、韋駄天で走るのもっと好きになったし!神慮伸刀はあれだ、何で誰もあたしに伸縮自在だって教えてくれなかったんだろ」


戦友とも言える存在はもう此処にはない。ただ記念として、忘れぬように神慮伸刀を入れていたケースだけは今も部屋に大切に保管してある。陽炎からプレゼントされた韋駄天、緋水から譲り受けた神慮伸刀。そして何より一番手を焼いた―――


「空神は…、良い奴だった」


の表情に笑みが浮かぶ。紅麗がが生き残る為にとくれた空神。屈服するまでの間は本当に辛い日々だった。今だからこそ笑って済ませれるが、あの時は常に腕が痛くて痛くて笑い事ではなかったように思える。口は悪いし下品な笑い方をする奴ではあったが、最後にはの手助けをしてくれた良い奴だった。の心の片隅に、また空神に会いたいだなんて感情が浮上する。


「会いたいっていったら紅麗さんと薫くんだよねー」


時空流離で過去へと渡った二人。出来れば向こうの世界で元気でやっていてくれれば良いと思う。きっと彼等も時代は違えど同じ空の下に生きてるのだと思うと、にはこの空がとても偉大で大きな存在なのだと思えた。は道の先に子供達が騒がしくはしゃいでいるのに気付き視線をそちらへと向ける。どうやら駆けっこをしているのか子供達は大きく腕を振って足を必死に動かしていた。


「へっへー!俺の方が速いな!」

「何でだよっ、俺は神速なんだぜ!すぐに抜かしてやるー!!」


の真横を全力で走る子供達が通過していく。子供達の会話が聞こえていたは思わず笑みを零した。神速、それは裏武闘殺陣で付けられたの異名でもある。期間としては過去というほど昔のことではないはずなのに、全ては昔のことのようにには感じられた。


「えーっと、水鏡先輩の部屋はー…」


水鏡の住むマンションの敷地内へと入ればエレベーターに乗り込みボタンを押す。自動ドアが閉まれば上へと上がり始め感じる浮遊感。天堂地獄を倒す為、柳を助け出す為にHELLorHEAVENに乗り込んだ。最上階に位置する融合の間へと向かうエレベーターの中では水鏡と一緒だったことを思い出す。無機質な音を立てて開かれる扉、はエレベーターから降りると水鏡の部屋がある方へと向かう。すると水鏡の部屋の前には二つの人の姿があった。一つは部屋から顔を出す水鏡、もう一つは色気漂う格好をしているものの髪についた寝癖故にその色気も半減以上してしまっている女性。


「あ〜〜〜キモチ悪い……ミカちゃんミネラルウォーターちょーだい」

「また二日酔いか。まぜ隣に住んでるだけの他人が毎日のように水をねだる!?水道があるだろ」

「都会の水キライだモン。ミカちゃんも今度ウチの店こない?あ、お酒のめないか」

「早く帰れ」

「あ!知り合いのホストに紹介してあげる!君ならすぐNO.1だよ」

「ちょーーーっとストップ!」


女性は水鏡に手を伸ばし、水鏡が呆れた表情で差し出すペットボトルに入った未開封のミネラルウォーターを受け取る。女性からはアルコールの匂いが漂っており誰からどう見ても二日酔いだった。ミネラルウォーターを受け取っても部屋に戻ろうとしない女性は水鏡を己の職に関係する勧誘を水鏡にする。興味を示すこともなく水鏡が帰そうとするのだが女性はそれこそ全く聞き入れずに勝手に話を進める。そこで我慢出来なくなったが水鏡と女性の間に割って入ると、は水鏡に背を向けた状態で強い視線、けれど決して睨んだりはしないで女性を見上げる。水鏡は突然が現れたことに少しは驚いているのかきょとんとしていた。


「お姉さん!もう水鏡先輩を勧誘しないで下さいよー!これ以上ライバルが増えるのはごめんです!!」

「あー、そうだね。ごめんねちゃん。で、ライバルはどのくらいいるのー?」

「まず里巳でしょ、そんで子美と虎葉と猿奈も水鏡先輩狙ってたっぽいし…。あとマリーだね、あいつは一生あたしの敵、絶対許さん。そんでお母さん」

「うーん…動物の名前が沢山と、外国の人、それからお母さん?異色だね」

「笑い事じゃないんですって!!」


警戒し唸る犬のように拳を震わせながら名前を挙げるを見て、女性はやんわり微笑みを浮かべるとの頭を優しく撫でる。すると何処からか聞こえてくる騒がしい足音。いち早く水鏡とがその物音に気付き、その方向へと振り返ろうとしたなら突然土門が女性を吹っ飛ばしと水鏡の目の前に急ブレーキをかけて止まった。どこか切羽詰ったような表情をしているように見える土門。土門はに目もくれずに水鏡に顔を近づけて声を荒げた。


「水鏡!!!花菱ここにきてないか!!?あの馬鹿、ケイタイも出やしねえ!!!」

「イ…イヤ来てません」

「とにかく此処にかくまって!!風子に殺されるよォーーーっ!!!」

「靴くらいぬいで入れーーーっ!!!」


土門の迫力に負けた水鏡は顔を少しばかり青ざめながら、返事を返すのだが咄嗟に過ぎたのか年下で後輩に当たる土門に敬語口調だ。しかし土門が声を張り上げながら靴も脱がずに部屋に上がりこんだなら、水鏡は土門に向かって全力で怒鳴る。刹那、は瞬時に玄関でニーハイブーツを脱ぎ捨てると土門の後頭部に向かってドロップキックを決める。前のめりになって頭からフローリングの床に突っ込んだ土門。そんな土門の巨体の上には馬乗りになると土門の髪を鷲掴みにし思いっきり引っ張る。土門の顔がフローリングから離れ、土門はゆっくりと錆びた鉄のようにギギギと音を立ての方へと振り向く。しかしそこにはではなくの皮を被った鬼が居た。


「とりあえず…靴脱ごうか」

「へいぃいいいい!!(水鏡絡むとやっぱ怖ぇええええ!!)」


が土門の上から退き、髪を掴む手を離せばすぐさま靴を脱いで玄関へと走っていく土門。履いていた靴を玄関に綺麗に並べて置けば、同時にが脱ぎ捨てたニーハイブーツもちゃんと並べて置く。何処からか真新しい雑巾を取り出せば小学校の頃の廊下の雑巾掛けを思い出させるような、そんな様子で土門は全力で自分が靴を履いたまま歩いた部分を綺麗に磨く。きらりと光が当たれば光る程に綺麗になった床、土門は何処かに雑巾をしまうと素早くの目の前に移動し正座をする。一部始終見ていた水鏡の脳裏には何故なのかは分からないが、恐怖政治の言葉が浮かんだ。


「そういや夕方に山、集合みたいですよー」

「山?」

「なんか花火打ち上げるらしいんです」


水鏡の隣人である女性は帰ったのか、玄関で靴を脱ぎ部屋に上がってきた水鏡にはつい先程のメールを思い出しながら言葉を繋ぐ。不思議そうにする水鏡には一度縦に頷けばへらりと笑みを浮かべて答えた。朝方に烈火から来ていたメール、花火を打ち上げるから全員連れて夕方に山へ来いという簡潔なメール。水鏡は部屋に掛けているシンプルな白と黒だけで造られた時計に視線を向けると奥の部屋と繋がる扉に手をかける。


「ならそろそろ向かった方がいいな。着替えてくるから待っててくれ」

「はーい!」


すぐ近くに山があると言えど、山の上へと上っていくには時間がかかるもの。奥の部屋へと水鏡が消えれば正座をしたままの土門が「俺よぉ」と声を漏らした。は視線を水鏡の消えた部屋の扉から斜め下へと下げて土門を見る。


「まさか本当に水鏡とがくっ付くなんて思わなかったぜ」

「へへ、あたしもだよ。そんなの!話が出来るだけで奇跡だったからねー」


の表情に自然と笑みが浮かぶ。目で追っているだけだった存在は、今ではすぐ隣にある。これ程の幸福を今までは味わったことはない。が勢いで水鏡に教室で告白してしまった件からが水鏡に好意を抱いていることはすぐに学校中に、生徒だけならず教師にまでも広がった。それだけなら良いのだが、が応援してくれていたクラスメイトの友人達に付き合い始めたことを告げると、何故かそれは瞬く間にそれは広がり一時間後には全員が知っている状況になった。噂の回るスピードと、恋愛に纏わることなら行動の早い人達には苦笑を浮かべることしか出来なかったが、全校生徒と全教員から祝福されるのは悪い気はしなかったので良しとする。


「花菱は柳、水鏡は、そんで俺は風子様だな!」

「まぁ、頑張りなよ!」

「…感情篭ってねぇな」


今にも泣き出しそうな表情をする土門には笑えば、着替えを済ました水鏡が現れる。棚の上に置いてあった部屋の鍵を手に取ればは歩き出し土門は立ち上がる。順番に靴を履いて外へと出れば、水鏡、、土門は三人並んでマンションを出た。途中で風子と鉢合わせすれば、風子は突然怒りを露にし土門に錐を投げつける。咄嗟に避けた土門だが続いて繰り出された風子の拳は避けられず顔面にもろに受け止める。


「土門のくせにバックレてんじゃないよ!!」

「す、すみません…!」

もだよ!何であんたも頭悪いのに今日呼ばれなかったのさ!?」

「はっは!あたしは封印の地に行く前に勉強は済ませておいたのだ!!」


四人並んで騒ぎながら道を歩く。山へと付けば長い長い砂利の上り坂を登っていく。青空だった空は既に橙色に染まり、徐々に黒へと変わりつつあった。錐を片手に駆け出した風子の後を追い、駆け出す土門。その後ろを並んで歩く水鏡と。高く細い音が聞こえ、達が顔を上げれば小さな光が夜空へと上っていくのが見えた。烈火がもう打ち上げ花火をあげたらしい。まだまだ光は上へ上へと上がっていく。それは今まで見たことがないくらいに高く上がっていった。




「はい?」


花火に釘付けになっていたの名を呼んだ水鏡。が返事を返し、視線を水鏡に向けようとすれば後頭部を手で押さえられ引き寄せられる。が目を丸くするや否やの唇が塞がれる。水鏡の後ろから見える大きな花火は鮮やかな色取り取りの沢山の光を放った。離れた唇、ただ水鏡との間には静かな時間流れる。夜空に輝く火の花はまだ消えない。


「水鏡先輩、大好きです!!」


は幸せに満ち溢れた満面の笑顔を浮かべ水鏡の胸へと飛びつく。の背に腕を回し優しく抱きしめる水鏡。儚くも美しい光が夜空に散らばり消え始める。、只の女子高生でしかなかった少女は火影忍軍の一員となった。水鏡凍季也、復讐に生きていた青年も火影忍軍の一員となった。火影はもう存在しない。奇なる運命、交わることのなかった二人が火影を通じて交じり合い、共に生きる運命を選んだ。そして仲間達と共に歩んだ運命。運命の扉は今ゆっくりと閉じてゆく。そして………




また新たなる扉が開かれる。











神速の恋

(水鏡先輩に出会えてよかった)(大好きです、ずっと一緒!)










「神速の恋」ついに完結です!沢山の方々、応援有り難う御座いました!とりあえずこういう形でこの物語は完結になります。勢いで書き出した作品だったのですが、躓くこともあまりなく意外と安定したまま書き続けることが出来たと思います。書き始めて一年もかからず書き終えることが出来たのは、きっとヒロインちゃんがみつるにとってとても描きやすく動かせやすい子だったからというのと、皆様の温かいお言葉のお蔭だと思ってます!神速の恋はこれで終わってしまいますが、これからもみつるのことを応援して頂ければ嬉しいです。ではこれであとがきは終わらせて頂こうかと思います。乱文且つ駄作な作品、それも最後の此処まで読んで頂き本当に有り難う御座いました!     みつる     2010'01'27完結




















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