終わりまで、時間は刻々と近付いてきている―――









運命の人









この日、坂田銀時はとある話を聞きつけて再びこの地に降り立っていた。常夜の街、地下遊郭吉原桃源郷。吉原を治める権力者がいるという屋敷の正面の門。其処が待ち合わせの場所だった。相変わらずの天然パーマ、死んだ魚のような目、彼に変化は特に見当たらない。真っ直ぐと待ち合わせである目的地に向かって歩いていると前方、正面の門に佇む一つの影。煙管から煙を吸い、それを空気中に吐き出す。彼女と会うのは吉原のあの事件以来。久しぶりだった。


「悪ィ、待たせちまったな」

「かまわぬ。わっちも今来たところじゃ」


月詠はそういうと門番の女達に門を開けるように指示をする。ゆっくりとその大きな門が開かれ、月詠と銀時は歩き出した。正確に言えば、月詠が先を歩き、その後を銀時が後ろを歩く形である。


「奴に用でもあるのか?」

「ああ、依頼でな」


屋敷の中に入り、以前は此処で煙玉をぶっ放したな。なんてことを思い出しながら銀時は階段を上り始める。その前を歩く月詠はそれから一言もしゃべらず、銀時を権力者の元へと案内する。幾つもの階段を上り、廊下を歩いて、屋敷の最上階の一番奥の部屋。其処まで来ればもう案内は不要、月詠は後ろにすっと身を引くとその場から静かに離れていく。月詠の姿が見えなくなるまで見送るとノックもなしに銀時はその戸を横に引いた。


「ノックくらいしたらどうなんだい」

「悪ィな、忘れてた」

「そうは見えないけどね。それにしても俺に何か用?そっちから出向いてくるなんて思ってなかったから吃驚したよ」


部屋の中、ベランダと言うべきか、そこの柵の部分に腰掛け銀時に背を向けて座る青年。それの髪色は銀時らが運営する万事屋メンバーの少女と同じオレンジ色。此処吉原を支配する者であり、少女の兄であり、今回の依頼人が探して欲しいと言った人物。


「生憎、喧嘩しに来たんじゃねぇんだ」

「そりゃ残念。で、本題は?」


青年はくるりと身体の向きを変えて銀時の方を見た、相変わらず笑みを浮かべている。オレンジ色の胸程まである伸びた髪を後ろで一つに纏め三つ網にし、白い肌がより一層目立つ黒のチャイナ服。その笑みが早く本題を言えと急かしてくる、銀時にはそう感じられた。一つ大きな溜息をついて、乱暴に頭を掻く。


「てめえに会いたいって言ってる女がいるんだよ」

「女?」

「結構な上玉だぜ、美人な上可愛いと来た。心当たりはねぇか?」

「んー…ないなぁ。俺、女との関わりは遊郭だけだからね」

「けっ。マセガキが。本当にねぇのか?結構古い付き合いみたいだったけどな」

「古い?」


うーん、と首を傾げて笑顔のまま考える素振りを見せる青年。銀時は「本当にこいつ考えてんのか?」と思いつつもそれを口にはしない。青年は首を傾げたままだ。やはり、笑顔のままで。一向に先が見えなさそうだったので手っ取り早く用件を済ませたかった銀時はゆっくりと口を開く。


って奴だ。この名前に心当たりあんだろ?」

?…ああ、か。何だ、まだ生きてたんだ」


青年が笑顔で物騒なことを吐く。思わず銀時は驚いてしまった。まさか青年からそのような言葉が飛び出してくるとは思わなかったからだ。同時に、のあの肌はいつ死んでしまってもおかしくはないぐらい青白かった、妙に青年の言う言葉リアリティがあって不覚にも驚いてしまった。


「…ま、そういうこった。明日の昼の12時。ターミナル前な」

「俺行かなくちゃだめ?面倒なんだけどなぁ」

「駄目。絶対来て。頼むから。俺お仕事なんだから、コレが」

「仕方ないね、今回だけだよ。…嗚呼、後から責められちゃ嫌だから先に言っておくけど」


にこにこと、笑顔を絶やさない青年。青年は柵から腰を挙げ、二本の足で立ち上がれば銀時に向かって歩き出す。丁度銀時と擦れ違った所で、はっきりとした声色で青年は言った。その言葉は、やけに銀時の頭に響いて深く刻まれることになる。









殺しちゃっても文句は言わないでね」









それだけ告げると青年はそのまま部屋を出て行こうと引き戸に手をかけた、横にスライドする音が後ろから聞こえる。銀時の頬に冷や汗が流れた。それが落ちて、畳に1つの染みを作る。無理矢理口角を上げて、銀時は後ろにいる今にも部屋を後にする青年に向かって言葉を吐いた。


「殺させねぇよ」


銀時の言葉に青年は更に口角を吊り上げて笑みを浮かべた。お互いに背を向けた状態なので、青年の表情が変わったことに銀時は気付かない。青年はそのまま部屋を後にする。気配が完全に遠ざかって消えたことを確認すれば銀時は乱暴に頭を掻き、その場に胡坐を掻いて座った。


「…ったく、明日どーすっかなあ…」


とりあえずに連絡を、しかし明日。もしもアイツがを本当に殺そうとしたらどうしようか。果たして己だけの力で守りきれるだろうか、何せ相手は夜兎。ふと、脳裏に青年の妹の姿が浮かぶ。と会い、もう三日経過したが神楽の調子はまだ悪い。毎日毎日、青白い顔色で絶望の色を宿した表情、震える身体。


「(兄貴の方に手を出しても、に被害がいっても、どっちにしろ傷つくか…)」


あの青年はどんなことがあっても、何があったとしても神楽の実の兄。それに変わりはない。そして同時に、本当の姉妹のようにお互い思いあって生きてきたも神楽にとって大切な人。どっちも大切で、どっちも失いたくないはず。神楽のあの反応、青年の先程の言葉。出される結論は、あまり良いものとは言えないものばかりで、むしろ都合の悪いものばかり。銀時は頭痛に襲われて頭を抑えた。





























「っ、」


HOTEL IKEDAYA、借りている一室にはいた。急な頭痛に遭い立ちくらみ、血がさぁあっと引いていく感覚。膝がかくんと折れたように落ちては畳の上に膝をついた。力を入れて立ち上がろうとするも肝心な力が入らず、逆に不安定になって倒れこんでしまいそうになる。痙攣したかのように震える手、は恐ろしくなってきつく目を閉じた。嫌だ、待って、まだ四日間も残ってるじゃない、まだ会ってないのに―――。その時だった、結構な音量で携帯電話が着信を告げたのは。気付けば自分は冷や汗でぐっしょりしていて、尚且つ先程の頭痛も、震えも収まっていた。兎に角電話、そう思い立ち上がって携帯電話に手を伸ばせば依頼を頼んだ万事屋からの連絡。は迷うことなく通話ボタンを押す。


「はい―――わかりました、明日の昼の12時ですね。ありがとうございます」


通話はそれだけで終わった、簡潔で用件だけの短い通話。万事屋は無事に探し人を見つけてくれたようで、明日ついに再開が果たされるという。江戸に持ってきた唯一の荷物、ハンドバックから錠剤が沢山入ったビンを取り出すと、そこから錠剤を四錠取り出し口に含み机の上に置いておいたミネラルウォーターで流し込む。そして倒れこむようにベッドの上にうつ伏せに寝転ぶ。外の冷気もあってかシーツはほんのり冷たかった。


「やっと…会える…」


はそう呟くとゆっくりと瞼を閉じる。錠剤は確かに症状を抑える効果があるが副作用で睡眠効果があった。どんどん重たくなる意識に逆らうことなくは眠ろうとその身を全てふかふかのベッドに預ける。


「神威―――…」


ずっと探しても見つからなかった人、何年も何年も会っていない愛しい人。やっと、明日。会える―――…。窓の外ではさらさらと粉雪が降り始めていた。





















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