遠い遠い記憶。一瞬たりとも忘れたことはありませんでした。




          『―――約束するよ―――』




そう、少女と青年のたった1つの最初で最後の約束。









運命の人









海底、全てが黒のその世界からゆっくりと上昇する感覚。世界が黒からゆっくりと白へと変わっていく。誰かがそこで、泣いていた。




     『もう…失うのは御免でさァ…』




     『もう…一人にしないでくだせェ…、』




手の甲に暖かい温もり、そして何かで濡れた。嗚呼、泣いているのか。泣かして、しまったのか。かけてあげれる言葉が見つからない。否、言葉を音に表現出来なかった。黒が白に変わっていく。どんどんどんどん白に近付く。まるで太陽に包まれたように目の前に光が現れた。其処に、誰かが居た気がした。









          『どうやらもう限界みたいだね。その身体は』









そう、もう限界。地球に来て何日経った?私はまだ生きれる?まだ動ける?まだ話せる?まだ笑える?私は何のために地球に来た。そう―――…。









          『やっぱりは弱いままだね』









「会わなくちゃ」


太陽のような眩い光りは消えうせて、そこは薄暗かった。ぱちりと開いた瞳。瞳だけを動かして周囲を見渡せば何処かの一室。以前、総悟に連れられてやってきた真選組屯所の部屋の造りとよく似ていた。


「目が覚めたんですね」


上から声がかけられはそちらへ視線を向けた。蝋燭の火が一つだけ。其れだけが部屋を照らしていたために、少々見え辛かったのだが目を凝らしてみればの枕元に看病するように優しそうな表情をした青年が座っていた。見覚えのない青年には不思議そうにする。


「俺は山崎退。真選組の監察です」

「…此処はやっぱり屯所なんですね」

「はい。あの後、医者に見てもらおうってことになって屯所に運び込まれたんです。で…その…。さんの身体のことについてですけど…」


言い辛そうに視線を泳がせる山崎に、は全てを悟ると瞼を再び閉じた。両手をついて腹筋に力を入れる。すると少し体が重たく感じたが上半身を起き上がらせることが出来た。そして布団から出ようと掛け布団を退かせようとすれば山崎が慌てて制止する。


「駄目ですよ!さんは寝てて下さい、重症なんですよ!?」

「大丈夫です。少々動いたところでこの身体にはもう関係ないですから」


ふわっと優しく微笑むに山崎は唖然とした。全てを知り、全てを受け入れた上で、ここまで優しく微笑むことが出来るものなのかと。は掛け布団を退かせば山崎と向き合うように正座をする。よくよく見ればの服装が薄地で無地の白色の着物に変わっていた。何処からどう見ても寝巻きである。


「神楽が話したんですね」

「はい。あの…やっぱり知られたくなかったことでしたか…?」


恐る恐ると山崎は尋ねる。山崎はその場には居なかった為、の看病を頼まれた際に新八から全てを聞かされたのだ。もしも聞かれたくないことだったのなら悪いことをしてしまった。山崎は罪悪感を持っていたのだ。きょとんと目を見開くだが、すぐに微笑を浮かべると「いいえ」と否定した。


「いつかは知られることでした。神楽が話したのでしたら私から説明する手間が省けたので逆によかったです。色々とご迷惑をおかけしてすみません」

「いえいえ!そんなことないですよ!!あ、俺皆さんに伝えてきますね。さんの目が覚めたら知らせろって言われてるんで」


が深くその場に頭を下げれば慌てたように両手を顔の前で左右に振る山崎。そしてふと、現在客間で仮眠を取っている面々のことを思い出すとすぐに其処から立ち上がった。は何も言わずにその山崎の様子を見ていると引き戸に手をかけた山崎に声をかけた。


「山崎さん」

「はい?」

「御免なさい」


山崎がに振り返った瞬間だった。布団の上に正座しているはずのの姿はそこになく、自身の背後に立っていて、そして首に鋭い痛み。畳に向かって倒れる身体、薄れゆく意識の中で山崎はを見た。手刀を決めたのだろう、右手は構えたままで申し訳なさそうに表情を歪ませる。山崎は咄嗟に何かを言おうと口を開くのだが、それは声にならず山崎は意識を失い畳みの上に倒れた。ぴくりとも動かない山崎の上には風邪を引かないようにと掛け布団をかけると部屋に一つだけ設置されている窓に歩み寄った。


「御免なさい…でも、会わなくちゃいけないから」


そのために来たんだから―――。は自身の手刀を決めた右手を見る。身体に地球人と夜兎の血が流れるは夜兎には劣るにしても地球人以上の力は持ち合わせていた。手刀と言えど、あれはの渾身の一撃。まだ健康体だった頃のなら全力の一撃なら電信柱を真っ二つに折ることが可能だった。しかし死が間近なこの身体では人一人気絶させることしか出来ない程に衰えていたのだ。己のひ弱さに言葉も出ない。障子を開け放てばそこに広がるのは暗い景色の中神秘的に月明かりで輝く雪、雪景色。が神威と再開を果たしたあの日から二日が経っていた。その間休むことなく振り続けていた雪は見事に積もり、一面を真っ白に変えていた。は部屋にかけられていた時計を見る。時刻は深夜1時29分。訂正しよう、が神威と再開を果たしてから三日が経っていた。が地球に降り立ち、七日目。同時に故郷に出る際に宣告された余命の最終日。の身体は今日、死ぬのだ。


「総悟くん…ごめんね」


窓枠に何も履いていない素足をかけてそのまま外へと飛び出した。薄着の白い着物は直接肌に当たるように冷気が冷たい。足裏からは柔らかな感触と、冷たさ。同時に数cm雪に足が沈む。着地の際、少々前のめりになってしまったが体勢を立て直すとはすぐさま走り出した。


「総悟くんごめんね。私には―――…



          神威しかいないから…」


総悟は自分に想いを抱いていることはなんとなく気付いていた。確信したのは意識を失っていた時。意識を失っていたのだが聞こえたあの声は総悟だという確信がにはあったのだ。には総悟の気持ちには答えることが出来ない。生涯愛した男は、たった一人だけだからだ。は走る。雪の上をひたすら永遠に。裸足な為に足はすっかり赤くなってしまって、つけた足跡はくっきりと雪に残っている。行き先はないはずなのには真っ直ぐと走っていた。この時、は気付いていただろうか。走る事に夢中で気付けなかったのだろう。途中、桃色の着物を着た美しい女性とすれ違ったことに。


「あの子…?」


とすれ違い、そこに足を止めての走っていく後姿を見ながら女性はそう呟いた。



















「お出かけか、団長」

「阿伏斗。起きてたんだ」

「たまには夜更かしもしたくなる日があるもんだ」


いつもの黒のチャイナ服を着て、吉原を出ようとしたところ入り口に立つ己の部下の姿に笑顔でありつつも神威を驚いた。相変わらず表情を変えない神威に阿伏斗はもう慣れてしまったのか、何も言わずに其処に佇んでいる。今の時間、深夜を回った頃合を考えると傘を持たないのは頷けるがそれでいてもこんな時間に外に用があると阿伏斗は思えなかった。外で面倒事を起こされて困るのは団長である神威でなく、部下の阿伏斗なのである。全ては結局彼の元へやってくる。ならば面倒事が起きる前に事前に防ぐ。故に阿伏斗はこんな時間こんな場所にいるのだ。


「大丈夫だよ。ちょっと会いに行くだけだから」

「女か?」


阿伏斗の横を通り過ぎ、歩いていく神威に阿伏斗は一言そう投げかけた。神威はそれに足を止めると顔だけ阿伏斗の方へと振り返って、相変わらずの笑顔ではっきりと答えた。


「うん」


去り行く小さくなった上司の背中、阿伏斗は大きく盛大に溜息をつく。右手で乱暴に頭を掻くと踵を返して屋敷の方へと歩き始めた。


「ったく。色男め」


阿伏斗の呟きは誰にも聞こえることはなかった。それは此処が男と女が賑わう吉原だったからか、それとも阿伏斗の呟きがあまりにも小さいものだったからか、どちらなのかは誰にもわからないこと。





















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