町の外れにひっそりと佇む陶器の涙亭は、やけに静かで周囲に人の姿も無い。侵入自体は容易であり、メリオダスを筆頭にキング、と並んで気配を殺し二階へと続く階段を登る。階段を登った先にある扉の向こうからは目当ての人物の気配が感じられた。 「団長…その部屋に間違いなさそうだよ。でも同時に聖騎士の魔力も感じる…神器無しで大丈夫?」 やけに静かなメリオダスにキングが問う。しかしメリオダスから返答は無く、キングは続けた。 「大きな騒ぎになれば増援が掛け付けて来る可能性も高いし、何より町やエリザベス様に被害が及ぶかもしれない…」 「俺に任せろ。後は手筈通り頼む」 静かに頷くキングだが、背を向けたメリオダスは其の様子は見えてはいない。けれど確かにキングが了承した事に気付いているのは、仲間として今まで数々の死線を共に潜り抜けてきた故に通じ合うものがあったからか。メリオダスが音を立てずに静かに扉を少し開ける。メリオダスやキング越しにが見たものは、窓辺に佇む鎧を身に纏った大柄な人物1人と、部屋の片隅に座り込むエリザベスだ。メリオダスの直ぐ後ろに居るキングが人差し指をクイッと曲げる。すると鎧の人物の背後にあるテーブルの上にあるティーカップが音を立てて傾き、床へと落ちるのだ。 「おっと」 素早く其れに気付いた鎧の人物が、ティーカップが床に激突する前に手を伸ばして受け止めようとする。が、音も気配もなくいつのまにか己の懐にメリオダスが居る事に気付いたのなら素早くティーカップに伸ばした手を腰の剣に伸ばすのだが、鞘から剣が引き抜かれる事は無かった。剣の柄の先端をメリオダスが抑えつけ抜刀を許さなかったからである。 「メリオダス様…?」 一瞬の攻防、ティーカップが床すれすれに落ちる迄の刹那の間に行われた戦い。鎧の人物を完全にのしてしまい、且つティーカップもしっかりと受け止めたメリオダスを瞳に写したエリザベスが驚きに満ちた声で彼の名を紡いだ。 今は空に太陽の姿は無い。代わりに月が闇夜を照らしている。そんな静かな空を独占する様にはセクエンスに腰掛けて飛行していた。少し離れた後方にはシャスティフォルをクッションに変えたキングが付いて飛ぶ。メリオダスとエリザベスの姿は無い。エリザベスはメリオダスに抱えられ、地上を走って帰る場所へと向かっている。4人は二手に分かれて其々同じ場所へと帰っていた。 「無事に救出出来て良かったね」 「………。」 キングが穏やかな声でに声を掛けるが、は無言で返事をしない。しかしそんな事は慣れたものでキングは特に何の反応もしなかった。が口数少ない事は昔からの事だからである。 「は変わらないね。容姿は勿論の事だけど性格もさ」 「………。」 「まあ、容姿が変わらないのはオイラもなんだけどね」 後方に居たキングが並ぶ様にの隣を飛行する。夜風が冷たい空気を纏って長いシャンパンカラーの髪を靡かせ、頬を撫でた。 「…に聞きたい事があるんだ」 「………。」 「君なら、魔女の君になら死者を蘇らせる事が出来るんじゃないのかい?」 緊迫した声色で紡がれたキングの言葉がの耳に届く。誰を、何て愚問である。キングが誰を蘇らせたいか等、聞く必要も無く分かっていた。脳裏に過るのは死者の都に居た金髪の少女。バンの愛した人。 「…出来なくは無い」 「なら!!」 「私はしない」 希望が差し、弾けた様にを見つめるキングに、は希望は無いと奈落に落とすかの様に拒絶の言葉を口にする。 「例え其れが…バンの愛する人で、貴方の大切な妹だとしても」 エメラルドグリーンの瞳が動揺を隠しきれないキングの瞳を射抜く。の表情は意地悪く笑い飛ばす様な明るいものでも、申し訳無さに曇った憂いを帯びたものでも無く、唯々、無だった。 「そっか…変なこと聞いたよね、ごめん」 「………。」 微妙な空気に気まずさを感じながら、キングは誤魔化す様に作り笑顔を浮かべた。痛々しい其の表情が僅かに罪悪感をに抱かせる。だからか、普段なら口を噤んだまま終わるのに珍しくは口を開くのだ。 「大切な人を失う気持ちは、分からなくもない」 向けられた笑顔、其の下に秘められた恋情。其れに気付かないふりを貫いて、去り行く愛おしい背中に杖を向けたのは今ではもう遠い昔の話。時は流れたが此の心には今でも変わらず棲みついたまま。 「も誰か失ったのかい?」 「…失う事は悲しいけれど、私は後悔していない。いつかは必ず別れの時が来る。死者を生き返らせたい気持ちや、生き返らせようとする事を否定する訳じゃないけれど」 「そうだよね…うん…」 「私は貴方達の力にはなれない。ごめん」 「ううん、良いんだ。は何も悪くない、だから謝らないでよ」 苦笑を浮かべるキングは人差し指で頬を掻く。そして気を取り直す様に一度小さく息を吸い、吐いたのなら、穏やかな表情を浮かべるのだ。 「それにしても…久々に聞いたよ。がこんなに良く喋るところを見るの」 思わずは口籠る。普通にしているつもりなのだが、側から見ればそうではないらしい。 「…私にも口はある」 「そうだね」 はは、と笑うキングの横顔を横目に捉えた瞬間、細く伸びた光が空へと打ち上がり、大きな爆発音を上げた途端、空一面に広がる光の大輪の花。次々と打ち上げられる花火に静かだった空は一瞬にして華やかに彩られる。 「綺麗だね」 「うん」 弾けて広がり散り行く一瞬だけの短命な華を、長寿な妖精王と不死の魔女が見上げ見る。赤、青、黄、緑と色鮮やかな華がら其の一瞬の命を次々と繋いで空を飾った。 「そういえば次は隣町に行くらしいよ」 「バイゼル…。古物市祭目当てかな」 「そうそう。も知ってたんだ」 「“誰にも扱えない武器”の話なら情報収集の時に」 「話が早いね。恐らく神器だろうから団長も目的地に決めたみたいだよ」 とキングの神器は手元にある以上、可能性としてはメリオダス、バン、ディアンヌの神器だ。勿論、未だ出会っていない“七つの大罪”の他の誰かのものかもしれないのが。 |