翌朝、青い空と白い雲、燦々と光を放つ太陽が真上に広がる時、七つの大罪一向は次なる目的地へと向かって移動を始めていた。豚の帽子亭を背に乗せるホークママが地響きを鳴らしながら四足歩行し、其の後ろを大きな欠伸を漏らしながらディアンヌが続く。


「ねぇ、団長。これから何処行くの?」


歩行するホークママの頭上、ふよふよとクッションの上で寝転び寛ぐキングが、店の扉前で胡坐を掻いて座り地図を広げるメリオダスに問い掛ける。そんなキングの隣にはセクエンスに横向きになって腰掛け空を飛ぶの姿が有り、普段からあまりの傍を離れないチャーリーとナーガは珍しくから離れ、メリオダスの隣で睡魔と葛藤しており、うとうとと微睡んでいた。


「この直ぐ近くに陶芸品で有名なバイロンって小さな町がある。まずは其処で情報収集だろうな」

「そんなこと言って…酒を呑む大義名分が欲しいだけじゃ…」

「にししっ」


相変わらず酒が好きなメリオダスに、やっぱりとキングは息を吐いた。メリオダス同様酒好きの不死身で知られる彼は、朝から早速酒を呑み、店内でいびきを掻いて眠っている。酒の弱いバンは何時も一気に酒を呑み、誰よりも一番に先に潰れるのだ。


「ところでキング…聖騎士共に起きた妙な変化ってなんだ?」

「団長は死者の都で戦ったギーラをどう思う?」

「あぁ…。若い割に相当な魔力を持った聖騎士だったな」

「彼女はつい先日まで、大した魔力も持たない格下の聖騎士見習いだった…と言ったら信じるかい?」

「!!」


広げていた地図を閉ざし、メリオダスは浮遊するキングを見上げた。キングは頬杖をついたまま、だらけた体勢を正そうともせず、淡々とメリオダスに言う。


「どういうことだ?」

「オイラも詳しくは…。ただ、噂によると謀反の少し前から彼女の様な聖騎士が突発的に出現したらしいよ。ギルサンダーは確か彼等をこう呼んでいた。新世代…と」

「新世代の聖騎士…か。ニオうな…」


顎に手を沿え、思案顔のメリオダスを一瞥しは空を見上げ、遠く遠くの景色を見つめる。遥か遠くまで広がる大地。土の色、木々の色。時には湖の青が混じる景色は美しい。そう遠くない距離には建物が密集して建造する町の様なものを見つけた。あれが恐らく、バイロンという町なのだろう。



















町から少し離れた所にホークママとディアンヌ、そして昼寝をするチャーリーとナーガを残し、メリオダス、エリザベス、キング、、ホークは集団になってバイロンの町中を歩いた。キングはクッションを大事に抱え、は箒を抱えて歩く。比較的背の高い家等の建造物が多い町は彼方此方で屋根から生える煙突から煙を上げており、今この時間も仕事に勤しむ者達が陶器を焼いている証である。


「へー、思ったよか賑やかな町じゃんか。プゴ」

「あぁ。各地から商人が陶器の買い付けに来るからな」

「ねぇ、団長ー。どうしてディアンヌは留守番なんだい?」

「しょうがねぇだろ。あいつ目立つから聖騎士が常駐してたら情報収集どころか即戦闘だ」

「た…たしかに」


道の端では売り物の品を広げて販売する老人や、並べられた商品を手に取り品定めする男女。脇に腕に大きな陶器を抱えて歩く者もいれば、此れが欲しいと父親に陶器の置物を強請る子供の姿もある。


「じゃあバン様がお留守番なのは?」

「バンはバンで奇跡的に手配書とクリソツだし」

「お二人が手配書と似てないのが奇跡的なんですよ」


手配書に載せられた似顔絵に全く似ていないメリオダスとキング。キングに関しては手配書の顔は正装時の中年男のものなので通常時の容姿では全く持って別人なのだ。エリザベスとは手配書すら出ていないので無用な心配であり、四人は町中、それも道のど真ん中を歩いていたのだが。


「それにしちゃー…さっきから妙に視線感じるな」


不自然な程に向けられる視線。店主と値段の交渉中である客も皆が会話を一時中断して見て来るのだ。異様な空気にメリオダスが周囲に気を配って歩いていると、不意にホークが前方に手配書が貼られた掲示板を見つけた。


「お、ここにも手配書があるな…」

「うーん。特に更新された感はねーな…」


一見、何でもない見慣れた手配書に挙って眺めている間も、周囲からは熱い視線が向けられていて居心地が悪い。特に変化の無い手配書だったが、明らかな変化を見つけて四人は其の手配書を凝視する。


「「「あ」」」


豚の帽子亭の店内に掲示されている手配書には無い、新たな手配書。エリザベスとの顔に酷似した手配書には、下部にエリザベスとの名前まで記載されており、最早顔が似た別人である線が消える。


「私の…手配書。それに…様も…」

「なにィィィィィィッ!?俺のはないのか…!?」


明らかに動揺するエリザベスの隣で、青筋を浮かべて荒々しく鼻息を吐くホークは己の手配書が出ていない事に怒りを露にしている。そんなエリザベスを見やって近くを通り掛かった男達は顔を見合わせると恐る恐ると近付いて来て、は己の手の中にある箒、セクエンスを握り直した。


「なぁ…あんたら」

「まさか、この手配書の…」


近付いて来た男の一人がエリザベスに、もう一人がの背後に立って手を伸ばした。は視界の端で近付く手を目で追いながら素早く箒に飛び乗ると、同時にメリオダスがエリザベスを抱き上げた。


「とんずら!!」

「あ…おい!待てっ!!」


が遥か男達の頭上へと一気に急上昇すれば、真下では男達の制止も聞かず、屋根を伝って全速力で逃げるメリオダスをシャスティフォルに乗ったキングが飛んで追いかけ、其の更に後をホークが続く。


「て…手配犯だ!!逃げたぞーーー!!」

「なんてすばしっこいんだ!?捕まえて聖騎士に差し出せーーー!!」


騒ぎ声を荒げ、周囲の人々にも呼びかけてエリザベスを抱えて逃げたメリオダスの後を追う。しかし七つの大罪の団長であるメリオダスの足にそう簡単に追いつける筈もなく、メリオダスが無人の塔へと逃げ込んだ頃には町人や旅人達は完全に姿を見失って右往左往と視線を彷徨わせて行ったり来たりと周辺を探し回っていた。


「うっかりしてたぜ、聖騎士はエリザベスも捜してたんだっけな。もバンと一緒に脱獄した訳だし」

「つい最近まで王国にいたんじゃ手配書が似てて当然だよね。も最近まで監獄に居たんだから、そりゃ似てる筈だよ」


メリオダスに続きキング、、ホークが塔の中へと身を潜めれば、遥か上階に位置する窓辺からホークは真下で騒ぎ走り回る人々を見下ろす。興奮し駆けずり回る人々は暫く落ち着く様子は無さそうだ。メリオダスに降ろされ、床に座り込むエリザベスは顔色を青くさせ、止まらぬ震えに両腕を抱き、沈黙を貫いて俯く。


「エリザベス、顔色悪いぞ。具合が悪いのか?」


メリオダスの問い掛けに首を横に振るエリザベスに、は箒を片手に目を細める。其の隣ではキングが眉を下げてエリザベスの様子を見ており、エリザベスは怯えの混じる声で呟く。


「いずれこうなることは分かってました…。でも…いざ自分の手配書を見たら…急に震えて来ちゃって…」


頭で理解していても、現実に起きなければ実感なんて出来ないものだ。自分の行動が、自分の立場が酷く危ういものだと痛感させられる。ほんの少し前までは、王城で危険もなく安全に穏やかに育ち暮してきたエリザベスだ。其の恐怖は底知れないものだろう。


「仕方ないよ。まだ16歳の女の子なんだから…」


クッションを抱き締めてキングが心配げに囁けば、メリオダスも何処か悲しげな表情でエリザベスの様子を窺い見る。下からは止め処無くエリザベスとを探す人々の喧騒で溢れており、余計に其れがエリザベスの恐怖に追い討ちを掛けるのだ。


「なぁ、町での商売は諦めてもう店に帰った方がよくね?」

「だな…。どのみち、ほとぼりが冷めるまでジッとしてるしかねぇが」


窓辺から下を見つめていたホークが、収束所かどんどん広がる騒ぎに撤退をメリオダスに提案する。頷くメリオダスだが、ホークママやディアンヌの待つ場所まで此の中を無事に通過出来るとは到底思えない。中にはが空を飛ぶ所も見ていただろう、空を時折見上げるのはの姿を探してだ。となれば迂闊に宙を飛んで移動する事も難しい。


「私の事は気にせず情報収集に行ってください。追われているのはあくまで私と様ですから」

「…いいのか?」

「私は…ここでメリオダス様が戻ってくるのをじっと待ってます」


自分の所為で台無しにしてはならないと、構わず行って欲しいと告げるエリザベスは強い人だ。控え目に良いのかとメリオダスが問えば、もれなくエリザベスからは微笑が向けられる。エリザベスの気持ちを受け取ってメリオダスは一度頷けば、はそっとエリザベスの前に膝を付き、エリザベスは首をやや傾げて穏やかにを見た。


「エリザベス」

「はい?」


がエリザベスを見上げて名を呼べば、優しい声でエリザベスは微笑む。其の微笑みの下に恐怖を隠して。其の強がりが好意を抱かせる。泣いて喚いて帰ると言い張っても誰も咎めないというのに、エリザベスは自分よりも状況を優先し、己を犠牲にしようとするのだ。


Avis鳥よ


袖から取り出した杖を振るい呪文を唱えれば、杖先から4匹の鳥が飛び出しエリザベスの頭上や左右を飛び回る。目を丸くして現われた鳥に釘付けになるエリザベスだが、鳥がエリザベスの頭に、肩に、手に、膝に止まって羽根を休めれば、一匹の鳥がエリザベスの頬に頬擦りをして、くすぐったさにエリザベスは本当の笑みを零すのだ。


「此の子達と一緒に待ってて」


肩に止まった鳥の羽根を優しく撫でながら、杖を仕舞い立ち上がったを見上げた。其の横顔は何時にも増して優しく見えて、エリザベスは温かくなる胸に表情を和らげ、力強く頷くのだ。


「はい!」


エリザベスに震えは無い。エリザベスに懐く鳥のお蔭か、はたまた共に居てくれる存在に安心したのか。どちらにしてもエリザベスを思って取ったの行動の結果だ。エリザベスが此処で待つのなら出来る事は唯一つ、町のほとぼりが冷める迄に情報収集を終え、速やかに町から撤退する事である。


「ホーク、お前は此処でエリザベスを守れ!!」

「おう!!」

「何かあったら焼き豚にするからな」

「おう!え?」


ホークには残る様に指示し、メリオダスが塔から飛び出せば、続いてキングも後を追い、も箒を持って塔を出る。顔が見られない様に帽子を目深く被って走る二人の後を追った。


「大丈夫かなぁ…」

「さっさと済ませるぞ。も気を付けろよ」

「うん」


三人は手分けして道を其れ、脇道に入ったは物陰にそっと身を潜ませて立ち止まった。先程まで晴れていた空はすっかり灰色の雲に覆われ、気温も僅かだが下がって来ている様に思える。直に雨が降り出し、は表の道へとは出ずに路地へ路地へと自ら選び進む。帽子を目深く被っているとは言え、顔が見えない訳では無いのだ。表立ってメリオダスやキングの様に情報を聞いて回る事はには出来ない。だからこそ、にしか出来ない方法の情報収集をするのだ。其れが判っているからこそ、メリオダスはエリザベス同様顔が割れているを情報収集に連れ出したのである。


Immobulus動くな


路地を歩いていた大柄の男の背後に立ち呪文を唱える。歩行していた男はやけに不自然な動作で立ち止まれば、は其の背中に突き付けていた杖をそのまま男の頭へと移動させて囁く。


Legilimens開心


心を抉じ開け、記憶や思考を読み取る魔法。相手が白状する前に情報を得れる此の魔法は、王国に居た時は特に重宝され、拷問尋問の数が激減したという。尋問で白状したとしても、其の情報が100%正しいという確証は無いのに対し、此の魔法は無血で確実な情報を入手する事が可能なのだ。


「(…はずれ)」


男の心を読み取るが、中には不要な情報ばかりで肝心な他の七つの大罪や神器に関するものは無い。男の頭部を軽く杖で小突けば、意識を失った男の体が音を立ててアスファルトの上に倒れた。


「(聖騎士に遭遇出来たら手っ取り早いのだけど)」


一般人の情報よりも、聖騎士の者の方が有益な情報を持っている筈なのだ。かと言って都合良く路地に聖騎士が入って来る可能性は低く、そろそも聖騎士が此の町にいるかどうかすら分からない現状。は暫し考え込むと、結局良い策も浮かばぬまま、次に路地へと入って来る人間を待った。



















小雨だった雨は次第に雨足が強くなり、空はどんよりと黒い雲に覆われた。時折雷が落ちる悪天候、降り注ぐ雨は強く冷たい。鍔の広い三角帽子のお蔭で顔は濡れる事は無いものの、肩やスカートの裾はしっとりと水分を吸って重みを増して、肌に張り付き歩き辛くなっていた。外に陶器を出して販売をしていた人々は慌てて店内へと運び込み、町中にはすっかり人の姿が減る。


「(いた)」


雨の中をセクエンスに乗って空を飛んでいたは、地上で探していた二人の姿を見つけて急下降する。路地で情報収集行っていると偶然聖騎士と出くわし情報を入手したのだが、其の内容には直ぐにでもメリオダスに伝えるべきだと判断して、雨もあって人々が空を見上げない事を良い事に空からメリオダスとキングの姿を探していたのだ。


「メリオダス、キング」


呼び掛ければ振り返る二人に音も無くセクエンスから降りて地上に降り立つ。が入手した情報は七つの大罪や神器に関するものではなく、先程聖騎士達がエリザベスを捕獲したというものだった。


「すまねぇーーーー!!!」


がエリザベスの事を口にしようと口を開けば、正面から駆け寄って来るホークが大粒の涙を撒き散らしながらエリザベスが捕まった事を捲し立てた。ホークの告白にメリオダスとキングの表情は一変して強張り、ホークは落ち着き無く懺悔する。


「俺が…俺がヘマしたばっかりに!!エリザベスちゃんが…エリザベスちゃんがよぉ!!俺には明日を生きる資格なんかねぇ!!いっそ焼き豚か豚串にしてくれぃ!!」

「ブタ君、落ち着くんだ。まだエリザベス様がどうなったと決まったわけじゃないだろう。それより其の一団は彼女を連れて何処へ?」

「それが…俺もうパニックで何が何だかちっとも覚えてなくて…」


黙り込むメリオダスに代わり、キングがホークに居場所を問いただすが、ホークは少しも落ち着く様子無く何も知らないと頭を振った。


「団長…此処は一旦酒場に帰って作戦を、」


情報が無い現状、天気は最悪で頭上に広がる黒い雲が雷を彷彿させる音を鳴らす。店に残る面々にも事情を話し、対策を練ろうとキングがメリオダスに提案にした刹那、雷が音を立てて落ち、眩い光が放たれる。


「今直ぐ助ける!!」


その真剣な表情が、研ぎ澄まされた空気が、キングとホークから言葉を奪う。素早くメリオダスがに振り返ると、はセクエンスを持ち直し腰掛けた。


、場所は?」

「逗留中の陶器の涙亭、把握済み」

「飛べるか?」

「勿論」


セクエンスに腰かけるは己の後方、人一人分が座れる程度の空いたスペースを目で指し促す。


「乗って」


飛び乗る様にメリオダスがの後ろ、セクエンスに跨がれば、弾ける様にセクエンスは飛び上がり、エリザベスの居る陶器の涙亭へと向かって最高速度で飛ぶ。其の後ろをキングが飛んで追い掛け、町に残されたホークがエリザベスの救出に向かった三人を見送った。










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