長年住み続けた街、見慣れた建物、道、景色は、時の流れと共に少しずつ姿を変えていく。そんな風景が一変して、其れでも漸く慣れてきた頃には、もう一月も経っていた。一変したといっても例えば建造物が建て替えられただとか、そういった意味では無い。単純に見える景色が変わっただけだ。そう、簡潔に言えば視界が低くなっただけ。幼馴染が空手の都大会で優勝した祝いで出掛けた遊園地での事。其処で黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃し、毒薬を飲まされて身体が縮んでしまったのは未だ記憶に新しい。


「なあ、コナン!博士ん家に寄ってこーぜ!」

「なんでも新しい発明品が出来たそうですよ!」

「何が出来たんだろうねー!」


正体を隠し、偽名を使って、再び小学一年生として生活を送る日々。学校では毎日連む同級生三人と帰路を歩いていた。博士の家は此の道を真っ直ぐ進んだ右手にある。偶には此奴等に付き合ってやるのも良いかと思い、二つ返事で頷いた、其の時だった。


「なっ!?」

「コナンくん!?」


首根っこを掴み上げられて締まる首。宙にぶら下がる足に、少し前まで見慣れていた高さの視界。歩美が驚きに目を真ん丸と見開くのを視界の隅で捉えながら、己を掴み上げた人物を特定しようと振り返ろうとする、が、其の前にくるりと身体が180度回転させられ、其の人物と目が合う。


「コナンくん…ねぇ?」


ふーん、と不躾な視線を寄越してくる女の顔に見覚えは無い。赤茶色の肩まである髪を緩く巻き、ラメが目立つ茶色のアイシャドウ、太く先が跳ね上げられたアイライン、マスカラで強調された長い睫毛に、赤い口紅。全体的に濃い印象を与える化粧だが自然と溶け込んでいて不快感は無い。一言で言えば派手な女。こんな派手な女は知り合いには居ない。違う意味での派手な女なら、もう一人の幼馴染である某財閥の令嬢が浮かぶが。


「あーらら、ホントに縮んでら」

「!」


可笑しそうに喉を鳴らして笑う女にコナンは目を見開き息を呑む。身体が縮んだ事は今の所、阿笠博士しか居ないのだ。


「(まさか、黒ずくめの男の仲間か…!?)」


どっと吹き出る脂汗。脈打つ心臓の音が五月蝿い。まさかこんな早くに気付かれてしまうとは。そんなコナンの心情を悟ってか、女はより一層可笑しそうに笑うのである。


「君が考えている事はハズレだよ」


にんまりと、紅を引いた唇を薄く吊り上がらせて、女は笑みを浮かべた。キッと強く目を吊り上がらせて睨んで見せるが、小さくなった此の身体では何の迫力も威力も無かった事だろう。


「何者なんだ、お前」

「君は知ってる筈だけどね」


忘れちゃったかなぁ、なんて笑いながら、女は酷く丁寧にコナンを地面へと下ろした。身構える様に身を硬直させるコナンを見下ろし、女は踵を返そうとすれば、コナンの後ろに立っていた歩美が少し不安の色を滲ませながら女に問う。


「お姉さん、コナンくんの知り合いなの?」

「昔の同級生だよ」

「え…?」


歩美は不思議に思った事だろう。同級生と言うには、あまりにも歳が離れているからだ。女の外見から見て年は10代半ばか後半程。コナンが世話になっている探偵事務所を構える男の一人娘とそう変わらぬ歳に見えるからだ。


「じゃあね」


ひらりと手を振り、踵を返した女はコツコツとピンヒールを鳴らして去って行く。角を曲がり、姿が見えなくなるまで動かず見送っていたコナンは、姿が見えなくなるや否や、勢い良く走り出すのだ。


「悪ィ!急用思い出した!」

「あ!ちょ、コナン!」


突如として走り出したコナンを、声を荒げて呼び止めた元太だが、コナンの姿は見る見る内に遠去かり、消える。コナンが向かった先は此処最近世話になっている幼馴染の家である探偵事務所では無い。ずっと住んでいた大きな家、正しく実家だった。施錠した鍵を解錠し、靴を脱ぎ散らかして家の中へ。とある一室、数多くの本が仕舞われた本棚の中、一角に揃えて並べられた数冊の本を引っ張り出せば、床に広げて一枚一枚捲って目を通す。沢山の顔写真が並ぶ其れは、卒業アルバムだった。


「…!」


ページを捲る手が止まる。化粧をしていない写真は、あどけなさが残るが間違いなく今日見た顔の面影を残していた。顔写真の下に記された文字を追い、其れを舌の上で転がすのだ。名前を、記憶に刻む様に。


「石川、…」


名前を見たからといって、これといった記憶が蘇る事は無い。確かに、こんなヤツ居たな、といった、其の程度の認識だったのは、彼女が殆ど学校に来る事が無かった事と接点が無かったからだ。


「…博士、調べて欲しい事がある」


同級生だと言った彼女の名前を把握した所で、次にコナンが取った行動は情報収集だった。事情を知り、信頼している隣人の男の家に電話を掛けたなら、手短に要件を告げるのだ。石川について、どんな些細な事でもいい、教えてくれ、と。



















日が沈み、夜が訪れ、日付が変わる約30分前頃。米花町有数のビジネスホテルの一室にて、女、石川は持参したノートパソコンの前で頬杖をつき、ぼんやりとモニターを眺めていた。モニターに表示されているのは高層ビルの構造図で、防犯カメラの位置や導入されているセキュリティ等が詳しく記されている。


「情報としては知ってたけど、実際実物を見たら、まぁ傑作だったなー」


モニターに表示された内容よりも頭の中を占めるのは、今日久々の再会を果たした同級生の顔だ。肉体の変化よりも、何より彼の驚いた顔が傑作だった。キッド目当てに来日したのは一週間前の事、其の間に此処最近の日本で起きた事件や社会情勢を把握する為に新聞やネットを駆使して調べていた末に、ぶつかった名前、其れが昔の同級生である工藤新一だった。数々の事件を解決したというメディアにも良く載っていた彼が何故だが一月程前から突然姿を消した事がやけに気になり、時間もあった為、何気なく調べてみれば、幼児化したという説が浮かぶのだから、興味がそそられない訳が無い。彼が通っている小学校から世話になっている探偵事務所の家迄の帰り道を散歩がてら彷徨いていた所で無事遭遇した訳だが、随分昔の記憶と重なる幼い顔は、正に彼其のもので。


「さて、そろそろ支度でもしますか」


そりゃあ、もう、可笑しいったらありゃしない。部屋に備え付けられた置き時計の時間を確認しながらは静かに立ち上がり、伸びをする。持ち込んだスーツケースを開けば手早く着替えの服を見繕い、着替えを済ますのだ。









BACK | NEXT
inserted by FC2 system