10年前、王国誕生祭の日の事は、今でもはっきりと鮮明に思い出す事が出来る。聖騎士長に大事な話があるからと、珍しく町外れの古城に呼び出しを受けた、あの日。ありとあらゆる凶器に肉体を貫かれ、絶命した聖騎士長の姿を目にした時には、全てがもう手遅れだった。聖騎士といえば王国守護の要にして軍神的存在であり、其れを殺したとなれば王国転覆罪は当然で、まるで事前に誰かの指示があったのかと疑ってしまう程に速やかに、古城は王国全騎士に包囲されたのだ。王国転覆疑惑を掛けられた“七つの大罪”は皆、散り散りとなって古城から逃げる。遠ざかっていく大小様々な七つの背中を、崩れゆく古城の中で眺めた。あの、大きな背中が消えるまで、静かに、静かに。誰にも悟られぬ様に、ひっそりと。ただ、見つめた。


「さて…と、エリザベス。改めて紹介する」


10年の時を経て、再び“七つの大罪”と再開出来た事は喜ばしい事だ。しかし、其れ以上に落胆する気持ちも否定出来ずにいる。あの大きな背中の彼が、此処に、いないから。









美しい幾多の星が満天に広がる夜空の下、身体中に治療を施された美しき娘が簡易的なベッドの上で横たわりながら微笑を浮かべている。彼女はエリザベスと言い、リオネス王国第3王女だと言う。そう言われれば、こんな面影を持った幼い少女が居たような気もして来るものだ。エリザベスは聖騎士達を止める為に、一人城を飛び出して“七つの大罪”を探す旅をしており、その過程でメリオダスとディアンヌを見つけたそうだ。此処、バステ監獄へと足を運んだのも、バンとが幽閉されているという情報を聞きつけての事らしい。


強欲の罪 フォックス・シン のバン。んで、こっちがで、ペットの大蛇のナーガと黒猫のチャーリーだ」

「まー、ヨロシク頼むわ」


此処はバステ監獄から程近い場所にあるダルマリーの村で、村医者のダナの家の屋上である。バステ監獄に幽閉されていたセネットを連れ帰って来てくれた事に、ささやかな食事の礼をさせて欲しいとダナが申し出、メリオダスが、ならばと甘えた結果、こうして食事が運ばれてくる屋上で些細な自己紹介と再会の挨拶をしているのだ。樽の上に大きな態度で足を組むバンは、上半身裸だったにも関わらず何時の間にか、真っ赤な衣服を上下揃えて着用しており、屋上の縁に肘をついて覗き込むディアンヌを見上げたのならズボンのポケットに手を入れて立ち上がる。


「そういやーーディアンヌも久しぶりだな」

「僕はもう百年、君と会わなくてもよかったんだケド?」


つれない態度でそっぽ向くディアンヌだが、其れでバンは傷付く様な硝子のハートの持ち主では無い。屋上の縁の隅、床に膝を立てて身を縮こまらせて座るは、懐かしい面々が、久方に交わす会話をぼんやりと眺めていた。


「つーか、。俺より先に捕まってたんなら教えろよな」

も幽閉されてたんだから教えれる訳無いじゃん」


不意にバンとディアンヌの視線がへと向くが、は口を開く事はなく視線を斜め下へと降ろす。するとの隣で塒を巻いていた大蛇のナーガが威嚇をする様にバンへを睨みつけて舌を出し、黒猫のチャーリーは大人しくの膝元で伏せては居るが、其の全くの無警戒という訳ではなさそうだった。


「エリザベスです…。こんな格好で…申し訳ありません」

「いえいえ、王女様。“ 七つの大罪 うちら ”はいつでも無礼講だ。五人仲良くしよーぜ?」


胸元に手を添え、身を屈ませて床に伏せるエリザベスに出来るだけ視線を礼儀を弁えるバンは、格好こそ紳士的に振舞ってはいるが、其の言葉遣いや服装、凡ゆるものが全く持ってバンを紳士には見せなかった。


「六人だろ、六人!!」


可愛らしい声が響き、バンはエリザベスへと向ける表情をぴたりと硬直させれば、聞き覚えの無い声の主を探すように彼方此方に視線を配らせる。しかしある顔はメリオダスやディアンヌ、に、ダナやセネットしか無いのだがら不思議なもので。バンは不思議そうにしつつも直ぐに笑みを浮かべてメリオダスを見るのだ。


「…?ボケんなよ、団ちょ。五人だろーが」


笑うバンに反し、メリオダスは自分じゃないと言わんばかりに手を左右に振る。バンの訝しむ声の主は、先程からバンの足元に居るのだが、一向に気付く気配の無い其のバン姿は何処か可笑しくて、誰も其れが桃色の可愛らしい豚の発する言葉だと告げ口する者は居なかった。


「しっかし、とんだイカレ野郎だぜ。仲間とはぐれて暇だから監獄にとっ捕まってたとか、仲間が生きてるとわかった途端に脱獄…。挙句にぶっ潰しちまうんだ。頭のネジ、ゆるみすぎじゃね?」

「…誰だ?」


鋭く細められた目は威圧感を増し、バンは声を辿る様にして己の足元を睨みつける。場合によっては手を出すつもりなのだろう、周囲がそう感じる程にバンの空気はがらりと変わったのだ。しかし。


「俺だ!!」


真ん丸とした可愛らしい桃色の豚。プゴッと鼻息荒く堂々とした態度で名乗る豚にバンは身を硬くさせた。一気に流れ込む情報量にバンの思考が一時停止。そして全てがリンクした後、目の前の信じられない光景にバンは驚愕の声を上げるのである。


「豚が喋ってるーーーーー!!?」

「今更そこでビビるか!?」


まるで逃げる様に引けた腰で後退るバンを、青筋を浮かべながら豚が間合いを詰めてバンに向かい合う。喋る豚は珍しくは無いのだが、こうして時折、其の存在を知らぬ者がいるのだが、まさかバンまで知らなかった事は、ちょっとした驚きである。


「初めてチャーリーがバンの前で話した時の事を思い出すね」

「………フン」


“七つの大罪”として受け入れられ間もない頃、何かの拍子にチャーリーがぽつりと言葉を呟いた瞬間、バンはまさに今の様に声を荒げ、逃げる様に後退り驚いていた事を思い出す。他の面々も猫が人語を発するのは驚きだった様で騒いではいたものの、バン程大きなリアクションを取る事は無かった。


「うそだろーーー!?人の言葉を喋る豚なんてよーーー!!全くの無意味だろ!!?てっきりディアンヌの飯とばかり…!」

「なんですぐ人を食用豚にする!?言っとくが俺は、ただの豚じゃねぇ!!残飯処理騎士団団長ホークだ!!!」

「すげーーーー!全く聞いたことねえ!!」


誇らしげに胸を張って名乗る豚、ホークの目はキラキラと輝いており、聞き覚えの無い騎士団の名にバンは更なる驚愕を覚える。そんな騎士団が存在しない事は明白なのだが、バンは何処まで信じているのかは本人にしか分からない事だ。盛り上がるホークとバンの会話は、すっかり二人の仲を深めており、食事も次々と運ばれてきて時期に晩餐が始まろうとしていた其の時、不意にホークの意識がバンからへと移るのだ。


「お前もお前だぜ。取り囲まれて襲撃されたら、普通コイツ等みたいに逃げるもんだってのに、逃げもしないで簡単にとっ捕まって。お前ちゃんとやる気あんのかよ?」


可愛らしい声に似合わず、中々の暴言だとは思う。しかしに一切の苛立ちが湧かないのは、此のいじらしい外見の所為か、其れとも単純に生きてる年数の問題か。何を言われようと、どんな暴言であったとしても、何もの心には響かない。だが、一つ補足を加えるのであれば、は何も思わないだけであって、ナーガやチャーリーは別だという事だ。


「えっ、あっ。ギャアアアアアアア!!!」


塒を巻いてた長い巨大な身体を一瞬にしてホークの身体に絡み付き締め上げたナーガは、牙を剥き出しにして細長い舌でホークの頬を舐める。締め上げる力は益々増し、締められていない部分の肉が盛り上がり、ホークは断末魔の如く絶叫を上げるのだ。


「おい」


床でのた打ち回るホークの眼前に、大人しく伏せていたチャーリーが遂に腰を上げて立つ。美しい毛並みに凛々しい尻尾。真っ黒な闇と同化する毛並みに浮き上がるような、真紅の双眼が鋭くホークを射抜いた。


「口の利き方には注意をするべきだ。でないと次はナーガの胃袋の中だよ。僕達はあまり、気が長くないからね」

「ギャアアアアア!!死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!ごめんなさい!!ごめんなさいいいいいい!!!」


始終死ぬと叫び号泣するホークの姿を見て、流石に哀れに思う気持ちが浮かぶ。は静かに息を吐いた。薄く開かれた唇からは風の様に掠れた声が漏れる。何の言葉でも無い、只の掠れた音だったが、其れは確かにナーガとチャーリーには届いたのだ。チャーリーは踵を返しての膝の上へと伏せ、ナーガも締め上げるホークを開放するとするりと床を這っての身体に擦り寄るのだ。息も絶え絶えに痙攣するホークを、笑いながらメリオダスは見下ろし、エリザベスだけがベッドの上からホークの身を案じていた。


「ナーガとチャーリーは命だかんな。気を付けろよ、ホーク。本当に食われちまうぞ」

「助けろよ薄情者!!」


滝の様に涙を流しながらも、しっかりと青筋は浮かべてメリオダスに喚く当り、ホークは意外にもタフな身体らしい。ホークは一度ナーガとチャーリーを横目にこっそりと覗き見るが、ばっちりとホークを見つめていたナーガとチャーリーに途端毛を逆立て震えれば直ぐ様背を向けてバンへと突進していく。相当あの攻撃が参った様子だった。


「さあ、みんな!どんどん食べてくれ」


最後の食事を屋上に運び込んだ所で、ダナは明るい声で周囲に言う。出来立ての食事は白い湯気を上げており、香ばしい良い匂いがふわりと風に乗って香った。テーブルの上には食べ切れない程の沢山の料理が並べられ、数々の銘柄の酒が並べられる。とても豪華に振るわれた食事に、無理をさせてしまっているのでは無いかとさえ思えた。


「本当にいいの?」

「もちろん遠慮なくどうぞ!」


人にもてなされるのは嬉しい事だ。其れは歓迎されていると言い替えても良い、人に思われる気持ちがあっての、行為なのだから。純粋に嬉しい気持ち、其れと一緒に浮かぶ申し訳なさ。ダナに良いのかと再度確認を取るディアンヌは変わらず優しい女の子だ。しかしディアンヌの心配も吹き飛ばす程にダナはとても良い表情で食事をと勧めるのである。


「君だけ一人立食ですまないね」

「ううん。僕はみんなと一緒にご飯出来るだけで楽しいから!」


巨人族故に大きな身体のディアンヌは、人間の大きさに合わせて造られた家には入ることが出来ない。だからこそ、ディアンヌも楽しめる様に晩餐会は屋上で執り行われたのだが、ダナからすればもてなす客人を仕方ないとは言え、ディアンヌ一人だけを立食させてしまうことが気掛かりで仕方なかった。しかしディアンヌも其れは仕方が無い事だと理解している為、零す様な文句はなく、むしろ感謝の気持ちを返すのである。


「さあ、君も。そんな所で座ってないで、こっちに来て一緒にどうぞ!」


大皿に乗せられた鶏肉とサラダを持ちながら、隅で腰掛けたままのをダナは笑顔で迎える。次いでメリオダスが、ディアンヌが、バンがへと視線を向け、笑みを浮かべるのだ。の膝の上に乗っていたチャーリーが床へと降りる。少しの間を置いてはゆっくりと立ち上がり、歩き出すと、其の後ろをチャーリーが付いて歩き、ナーガが這って追う。


「ほらよ」


差し出されたジョッキには、なみなみと酒が注がれ、は其れを受け取ると唇をそっとジョッキの縁へと付ける。唇を僅かに濡らす、酒。口腔内へと流し込めば舌の上で濃厚なコクの深い味わいが広がった。


「…おいしい」


久々に口にする酒は、まるでとろけるような感覚にさせる。酒が決して弱い訳では無いのだが、暫く食事を摂っていなかった事もあり、今日は直ぐに酔い潰れてしまうのかもしれない。もう一口、酒を体の中へと流し込む。じんわりと熱くなる身体。見上げた夜空は美しかった。










BACK | NEXT

inserted by FC2 system