順調に進んでいたホークママが急停止をする。僅かに前のめりになったエリザベスは、同じく前へと落ちそうになったホークをしっかり抱き留めて、何事かと地面を見下ろすのだ。


「そこのでか豚と巨人族の女!!」

「止まれーい!!」


ホークママとディアンヌの歩行を妨げる様に仁王立ちする鎧を纏った二人の男。武器を所有し、偉そうな態度で行く手を阻む男達は踏ん反り返って声を上げた。


「我々は王国聖騎士だ!!おとなしく我々の尋問に答えてもらおう」

「報告にある“七つの大罪”のディアンヌは巨人族。家を背負った豚の目撃情報もある」


実に正確な情報は、ディアンヌとホークママの一行を正に七つの大罪である事を語る。屋根の上から周囲の景色を眺めていたは、聖騎士と名乗る男達を呆れた様子で見下ろしていた。


「早速検問だね」

「聖騎士、ね。…この魔力じゃ大方見習い程度だろうに」


家を背負う豚も、巨人族の女も、何方も簡単に見つけられない程に珍しいものだ。検問に引っ掛かるのは当然である。しかし、見習いの身の上であるのに、聖騎士であると奢る男達に、チャーリーはとても呆れた様子での膝の上で寛いでいた。其の隣では、チャーリーに同意する様にナーガが舌を出して鳴いている。


「どうすると思う?バンなら強行突破しそうだけど」

「その前にメリオダスが出るよ。きっと」


チャーリーの問い掛けにがつまらなさそうに答えれば、丁度店の扉からメリオダスが出て来る。メリオダスはエリザベスとホークの元へと歩み寄れば、前傾姿勢となって遥か下の地面に立ち尽くす男達を見下ろして片手を上げた。


「どーもどーも検問ごくろーさん。俺はこの移動酒場“豚の帽子”亭の店長だけど…何か用?」

「移動酒場…?子供の店長?」

「ならばそこの巨人族の女はどんな関係だ?」

「店の自慢の看板娘だよ!!ちなみにこっちも」


ディアンヌを指しながら、反対の手でエリザベスの肩を抱き、メリオダスは人当たりの良い笑みを男達へと向ける。あまりにも苦しい言い逃れに、男達は疑う様にディアンヌを見、そしてエリザベスを食い入る様に見つめる。続いてバンが外へと出て来た頃、黙り込んでいた男達が驚きの言葉を口にするのだ。


「新しいな!!」

「いいっ!!かわいい!!」

「でも、もう一人も好みだ!!」


鼻の下を伸ばし、ディアンヌとメリオダスに肩を抱かれるエリザベスを交互に見て男達は異様な盛り上がりを見せる。其れにバンは信じられないと言った様子で男達に対応するメリオダスの背中を見守っていた。


「移動中は営業してねーけど、酒が必要なら安くしとくし。どっかで停留してたら、いつでも寄ってくれよなー!!」


看板娘である事は事実であり、ただメリオダスは七つの大罪である事を否定はしていない。良い様に言い包められた男達の反応は、もう検問を実施する傾向を全く見せはしなかった。


「いい店じゃあないか…」

「よーーーーし、通れ!!」


あっさりと承諾をし、男達は通過を許可する。此れが真の聖騎士であったなら、戦闘は余儀無くされていただろう。馬鹿な見習いの男達で良かったと、其々が思っていた時。


「ありがとう団長ぉーーー!!!自慢の看板娘だなんて…僕…僕ッ!すっごくうれしい!!」


メリオダスを掴み上げ、歓喜のあまり頬擦りするディアンヌに皆の表情が一斉に固まる。ディアンヌの行動が原因では無い、ディアンヌの発した言葉が原因だった。


「………団長?」

「ま…まさか!!貴様は報告にあった子供…“七つの大罪”メリオダスか!?」


ディアンヌか確かにメリオダスへ向けた言葉を男は復唱する。男達の鼻の下はすっかり元へと戻っており、緩みきっていた表情も緊張感を漂わせて引き締まっていた。


「バレたね」

「うん」


チャーリーが溜息を吐き、は小さく頷いて男達を見下ろした。刹那、途轍も無いスピードで近付いて来る一つの気配にチャーリーとは同時に視線を其方へと向け、ナーガはピクリと頭を上げる。


「行く?」

「いや、降りる」


チャーリーの問い掛けには短く返すと、静かに立ち上がり一歩を前へと踏み出す。空を踏んだ足は一切の抵抗無く、吸い込まれる様に身体が落ちる。暫しの浮遊感の後、すとん、と軽い音を立てて足は床へと着地すれば、続いて屋根から飛び降りて来たチャーリーとナーガがの左右を守る様に華麗に着地してみせる。


「遂にお出ましかー?」

「気になっただけ」


屋根から降り立ったの隣に並び、バンが卑しい顔付きで声を掛けるが、はバンを一瞥するだけで直ぐに視線を正面真下へと向ける。男達とディアンヌやホークママを取り囲む様に何かが目にも止まらぬ速さで駆ける。砂埃が巻き起こり、視界は悪く犯人の姿はより一層隠れ、男達は戸惑うばかりだった。


「く…くそ!こ…殺してやるーーー!!」


見えぬ影に髪の長い方の男が攫われ、黒髪の男は逃げ腰になりながらも武器を握り締めて叫ぶ。無闇矢鱈に武器を振り回してみるものの、其の武器は影を捉える事は出来ない。男が其れに気付いた時には全てが遅く、男は其れに呑み込まれる様にして噛み付かれるのだ。


「あ…あ…」

「あわわ…やべぇよ、ありゃ…黒妖犬だぜ…!!」


影の正体は大の男をも上回る巨体の狼の様な獣で、黒妖犬は唸り声を上げながら丸呑みした男達の骸を其の場に吐き出す。


「狙った相手には絶対背を向けず仕留めるか、自分の命尽きるまで追い続ける…!!!とんでもなく凶暴な怪物だ!!」


青褪め、冷や汗を浮かべせながら黒妖犬の詳細を述べるホークに、エリザベスは怯えの色を滲ませながら黒妖犬を見下ろす。そんなエリザベスを守る様に腕で制するメリオダスは、心底エリザベスを大切にしている事が窺えた。


「あっ、バン!どうする気だ!?」


軽いステップで地上に降り立つバンを、ホークが慌てて止めるがバンは聞く耳を持たずに黒妖犬に対峙する。


「ったくよー。快適な旅の邪魔しやがって」


バンに向けて牙を剥き出しに威嚇する黒妖犬を、バンはズボンのポケットから手を出して無防備な体制を取る。見守る様にメリオダスやエリザベス、ホークはバンを見つめ、とチャーリー、ナーガだけはつまらなさそうにバンを見ていた。


「殺すぞ?」


溢れる様に只ならぬ殺気がバンから溢れ出す。すると黒妖犬は身体から骨の軋む様な音を立てて見る見る内に其の巨体を更なる大きさへと変えていくのだ。


「う…噂は本当だったのか…!!黒妖犬は相手に警戒心を抱く程に体がバカでかくなるって…!!」


ホークママと然程変わらぬ程の大きさまでに巨大した黒妖犬を、小刻みに身体を震わせながらホークは呟く。只ならぬ黒妖犬の様子に息を呑むエリザベスは、心配気にバンを見つめ、バンはにやりと笑みを零すのだ。


「フーン…興味ねぇなー。やっぱ殺すだけだ」

「待てよバン!相変わらず興味のねぇもんには優しくねぇ奴だな。此処は俺に任せろ」


殺気立つバンを止める為、メリオダスも地上へと降り立つ。バンの隣へと着地し、更に前へと出ると、バンは不服そうに腰に手を当ててメリオダスの背に言葉を投げ掛けるのだ。


「オイ、団ちょー。襲ってきたのはこいつだろーが!」

「俺達の方がこいつの領域に踏み込んじまったんだろ」


バンに有無を言わさぬ言葉を切り返し、メリオダスは刃折れの剣へと手を掛ける。ピクリと反応を示した黒妖犬は、まるで大きな何かを目にした様に遥か上空を見上げて怯える様に唸り声を上げると、其の足はほんの僅かに後退するのだ。


「行きなさい」


凛とした声が、場の空気を震わせる。黒妖犬の視線がと向き、は真っ直ぐと黒妖犬と見据える。すると、黒妖犬は踵を返して逃げる様に駆け出すと、忽ち其の姿は遥か遠くへと消え、姿を消すのだ。


「ハ…ハハ…!何が“相手には背を向けず”だ、所詮は畜生か!」

「…一瞬、何かに怯えたように見せましたね…」


強がるホークの隣で、消えた黒妖犬の見えた怯える姿を思い、エリザベスは己の胸元で手を握る。メリオダスは刃折れの剣から手を下ろすと、バンと共に再びホークママの背に戻って来れば、仕切り直しと言わんばかりに面々に向かって明るい声を投げ掛ける。


「さて…と、改めて出発だ!!」

「出発って…結局何処に行くか決めたのかー」

「ああ」


バンの問い掛けに力強くメリオダスは頷く。他の七つの大罪を探す旅の途中、行き先は自然と其のメンバーが居る場所になるのだが、明確な情報が無い今は可能性が有る場所を闇雲に探すしか方法は無い。


「目指すは死者の都。そこでキングを捜す」


キング、其れは七つの大罪が一人、怠惰の罪を背負う者の名である。メリオダスが店の中へと歩を進めれば、従う様にエリザベスが続き、其の後ろをホーク、バンが歩いて店内へと入って行く。一番最後にチャーリーとナーガを引き連れてが店内へと足を踏み入れれば、バンは店内に貼られたキングの手配書を乱雑に引き探し、其の手配書にペンを走らせていた。


「冗談だろ、団ちょー。クソデブは死んだって話じゃねぇのか?つーか本気で俺が殺すはずだったのによー」

「今んとこ手がかりはそれだけだし、行くだけ行ってみよーぜ?それと手配書で遊ぶな」


手配書のキングの顔に耳やリボン、頬に渦巻き模様といった可愛らしい落書きを施し、バンは再びコルクボードへと手配書を貼り付ける。特に叱る様子も無く、メリオダスがバンに注意を促すが、バンに反省の色を全く見せない。


はどう思う?」


不意に、メリオダスが店内の隅に佇むへと問うた。は暫し口を噤み、考える様子を見せるが、直ぐに感情の無い無機質な声色で答えるのである。


「わからない」


死亡説の流れるキングではあるが、だからと言って死者の都にいるとは考えられ無い。そもそも、キングが死んだという情報自体、疑わしいのだ。曖昧な情報しか無い現状で、が出せる結論は、結局の所“わからない”其れに尽きるのである。










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