ホークママの鼻先に立ち、周囲を見渡していたメリオダスは一つの集落へと辿り着けば、店内で寛いでいたバンと、ナーガとチャーリーと共に横になっていたを叩き起こし外へと連れ出す。ホークママは地面を掘り、其の穴に身を沈めると、豚の帽子亭は只の建物にしか見えない。此の下に巨大な豚が潜んでいる事など一体誰が予想出来た事だろう。


「まずはキングと“死者の都”に関する情報集めだ!!噂だと死者の都に一番近いのがここらしい。それと当面のメシ代を稼がねーとな。早速開店準備だ」

「…マジで団りょが店ちょやってるよー」

「働く団長もス・テ・キ!」


外へと連れ出され、メリオダスが指示を出すのをは眺めていた。まるで他人事の様に聞き流す。メリオダスが酒屋を経営している事に半信半疑だったバンは開店準備を始めると宣言したメリオダスに少なからず驚き、ディアンヌは相変わらずメリオダスにメロメロだ。


「お前らも働くんだぞ?」


しかし、バン、ディアンヌ、を見てメリオダスが当然と言わんばかりに新事実を述べれば、三人の表情は一瞬硬直し、其の後其々の反応を見せるのである。


「呼び込みは任せたぞ、大看板娘!!」

「ボク!?」

「うまい飯を頼んだぞ、脱獄料理番!!」

「俺が?」

「掃除は隅々までな、魔女っ子掃除婦!」

「………。」


頬を両手で抑え目を輝かせるディアンヌに、面倒臭そうに口元を引き攣らせるバン。に限って半眼で無言でメリオダスを見つめており、乗り気なのはディアンヌだけだ。


「クサい飯の間違いじゃなくて?」

「上手い!!…と言いたいがマジな話、これが美味いんだな!」


ホークがバンの料理に不安を抱き、メリオダスに問題があるんじゃないかと問うが、メリオダスは自信満々にバンの腕を褒めるのである。事実、バンは料理上手でも初めてバンの手料理を口にした時は開いた口が塞がらなかったものだ。


「さぁっ、仕事だ!!じゃんじゃん働こう!!」


手を二度叩き、渇いた音と共にメリオダスが士気を上げる。早速ディアンヌは御機嫌で店の外で客寄せの宣伝を始め、メリオダスはカウンターに立ち準備を始めた。全く持って掃除をする気の無いは一番端のテーブル席に腰を下ろしており、こっそりと抜き足差し足でバンが逃げる様に店の外へと出て行くのを視界の端で捕らえれば、相変わらずのバンの調子に小さく息を吐いて目を逸らすのだ。


「あの…私にも給仕の仕事をさせてください。もう怪我はなんともありません!」

「…無理だけはすんなよ?」

「はいっ!」


怪我が何とも無いならば、其の額や頬のガーゼは一体何だというのか。明らかな嘘にメリオダスは気付きながらも優しい表情で一言、エリザベスに注意だけ言えば、エリザベスは満面の笑みで元気の良い返事をするのである。


「そうだ、バン。食糧庫は店の裏に回って………バン?」


不意にバンに声を掛けようとカウンターから前のめりになってメリオダスが声を上げる、が、其処はとエリザベス以外に人影は無く、開いた扉が軋みながら風に流され開閉する虚しい音だけが響く。


「逃げたな」


むっとバンが出て行ったと思われる扉を見つめ、メリオダスは呟いた。そしてへと目を向けたのなら、カウンターに肘を着き、頬杖を着いて息を吐くのだ。


「気付いてたなら引き止めろよー」

「引き止めろとは言われてなかった」

「そりゃそうだけど」


悪びれもせずにはっきりと自分に非は無いと主張するに、メリオダスは此れ以上言っても仕方ないと自己完結すると己も酒瓶を手に取り仕事に戻る。エリザベスも己の仕事に取り掛かろうと布巾を濡らし、絞ったのなら拭き掃除を始めるのだ。


「ところでメリオダス様、キング様ってどんな方なんですか?」


汚れ一つ無くキュッと音を立てるテーブルを拭きながら、エリザベスはメリオダスに問い掛けた。突然と言えば突然ではあるが、今捜している人物なのだ、キングを知らないエリザベスからすれば気になる所なのだろう。ナーガが甘える様にの身体に巻きつけば、はナーガの背を軽く撫で、嬉しそうにナーガは舌を出す。


「ん?そうだなー、どんなって…。一言で言や“七つの大罪”のマスコット…ペット的な位置?」

「オイオーイ、ペットは勘弁しろってー!飲食店で畜生を飼うってどうなわけ?」


刹那、何ともいえない空気が流れ、全ての視線がホークに向けられる。


「…いや、ホーク。そういう意味のペットじゃなくて。そしてお前がそれを言う?ナーガとチャーリーが見てるぞ」

「ごめんなさい!!!」


冷たい目でホークを見据えるチャーリーと、威嚇するように舌を弄ぶナーガを見てホークは真っ青になって体を震わせると、まるでエリザベスを盾にする様にエリザベスの後ろに回りこんで身を小さくさせれば、また何とも言えない空気が流れ、静寂が店内を支配した。


「そんなビビることないだろ。あ…キングと言えば確か昔、バンの奴がぬいぐるみ集めにハマった時…」

「かわいいな、ソレ!!」


沈黙を断ち切る様に蘇った過去の出来事を呟けばエリザベスは小さく噴出し、あんなにも怯えていたホークも身を乗り出してメリオダスの話に興味を示した。メリオダスの話は本当に昔のもので、ぬいぐるみ集めにハマったバンが王国中のぬいぐるみを強奪した時のものだった。ぬいぐるみの山の上に沈みながらワインを飲むバンに、怒りに震えるキングは突如泣き始め、キングは夜通し泣きじゃくり、バンが御満悦でいびきをかき始めた朝方、キングが王国中にぬいぐるみを返しに行ったという話である。


「す…少し変わってるみたいですけど…とても心の優しい方なんですね、キング様って…」

「それに引きかえ…バンは本当にろくでなしだなぁ。相当二人は仲悪かっただろ?」

「それがどうしてバンはそんな奴だから、その尻拭いの為になのか、しょっちゅうバンの後ろをキングがついて回ってたっけな。ま、なんだかんだ良いコンビだったんじゃねーの?」


過去の話をメリオダスから聞き、ほんの少し、キングとバンの事を一つまた知ったエリザベスとホーク。ホークは其の場に横になって寛ぎだし、すっかり話に夢中になっていたエリザベスの手はもうテーブルを拭いてはいなかった。


「!」

「…?ナーガ?」


の撫でる背にテーブルの上に頭を置いて微睡んでいたナーガが目を見開いて突如飛び起きる。ナーガの反応にが首を傾げて問い掛けるが、ナーガはしゅるり、しゅるり、と舌を巻いての身体から離れると、とある方向を一点に見つめた。刹那、今度は伏せていたチャーリーが起き上がり、其れに次いでも飛び上がる。


「おい!どうした?」


ナーガに遅れ、チャーリーとも確かに其れを感じ取ったのなら、ナーガが見つめる方角に振り返り、そして店を飛び出すのだ。


!?そんな慌ててどうしたの?」

「おい!何処行くんだ!?」


勢い良く外へと出てきたを見て驚くディアンヌに、を追って同じく店の外へと飛び出したメリオダスとエリザベス、ホーク。騒ぐ面々の声を全て聞き流し、は周囲を確認するように目を配らせるが、やはり其の一点の方向を見つめれば、ナーガはの体に巻きつき、チャーリーがの肩へと飛び乗る。小さく渇いた音が、響いた。


「え…」


目の前の光景にエリザベスは言葉を失い手で口元を覆う。確かに其処には少女の背中と大蛇と黒猫の姿があった筈なのに、最初から何も無かったかの様に存在は消え失せていたのだ。


「消え…た…?」

「“姿くらまし”だ!アイツ何処行ったんだ…?」


くまなく目を配らせて周囲を捜すが何処にもどころかチャーリーやナーガの姿は無い。メリオダスは森へと向かって駆け出すと、突然姿を消したに動揺するディアンヌを呼ぶのだ。


「行くぞディアンヌ!」

「うん!」

「私も…!」


自主的に行動しないのが通常のなのだ。そんながあれ程慌てて出て行くとなると徒事では無い。駆け出したメリオダスとディアンヌの後に続く様にエリザベスが駆けるが、メリオダスはそんなエリザベスを止める様に走りながら手で制す。


「エリザベスは此処に居てくれ!もしかしたら帰って来るかもしんねぇからな」

「わかりました…!お気をつけて」

「おう!」


エリザベスの返事を聞き、笑みを浮かべたメリオダスはディアンヌと共に森の中へと消えていく。遠ざかって行く二人の背中を心配げに見つめるエリザベスを、ホークは隣で佇みながら見上げた。










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