“姿現し”をした時の音は小さくは無く、周囲には充分に響く程のものだったが、幸いにも文字通り突如姿を現した、ナーガ、チャーリーに気付く者はおらず、そっと姿を隠す様には木々の影に身を潜めた。


「“本当の罪”ってのは…滅ぼすことなんてできねーのさ」


少年に向かって何処か遠い目をして言うバン。其の言葉に寂しさが滲み出ているのは気の所為だろうか。バンとも彼是長い付き合いになるが、あんな表情を浮かべる姿は珍しい。


「来る」


の肩で大人しくしていたチャーリーが呟いた。猛スピードで近付いて来る魔力はナーガが誰よりも早く一番に捉えたもの。目にも留まらぬ速さで飛んで来る其れは、バンの胸を深く貫いた。


「よくわかってるじゃない」


木々の枝に羽根を休めていた鳥達が一斉に音を立てて空へと旅立った。口から大量の血を吐き出したバンに、バンと話していた幼い男女の子供達が互いに互いを抱き締めながら恐怖に表情を歪めて後退る。反してバンの胸を射抜いた張本人、此れまた幼い少年は清々しい程の微笑を浮かべていた。


「やあ、バン」


バンの胸を貫く槍の上に横になって寛ぐ姿勢の少年は、微塵も動く事無く器用に乗っている。久しく見る其の姿は記憶の奥底で眠るものと全く同じもので、跳ねた寝癖も彼らしくて、懐かしかった。


「ねぇ…久々の感動の再会じゃないか。君はオイラに何か一言ないの?」


己の右腕を枕にして頭を乗せる少年、改めキングは、真っ直ぐバンを見据えて尋ねた。しかし返って来る言葉はキングの問い掛けに対する回答では無い。


「誰、お前?」


己の胸を貫き微笑む少年を見下ろして、バンはやや眉を寄せた。バンが一目でキングだと認識できないのは無理も無い。七つの大罪としてキングとバンが行動を共にしていた頃、キングは今とは違う全く別人の姿形をしていたからだ。


「キング、どうしてバンを刺したと思う?」


木陰に隠れ、様子を窺っていたチャーリーがの耳元で囁く。聞こえない筈の無い至近距離の声を無視し、は見つめ合う二人の様子を見守った。


「オイラが誰か…だって?そんなことも忘れたのかい?」

「…微塵も思い出せねぇわ。悪ィなー」

「…確かにどうでもいいね。重要なのは君が」


胸に突き刺さる槍の刃が骨と肉を軋ませ裂きながら回転し始める。高速でスピンする其れは瞬く間にバンの胸部に大穴を開けて、遥か遠くへと飛んだのなら、怯える子供達は大きな風穴を負ったバンを見て顔面蒼白となるのである。


強欲の罪 フォックス・シン のバンだということさ」


高く飛び上がるキングの身体。突き抜けて飛んだ槍は急上昇し、ぴたりと動きを止める。宙に浮きながら制止する槍の刃の上にキングは静かに着地すると、遥か上空から急速に風穴を塞ぎ治癒されていくバンを見下ろした。


「それともこう言った方がいいのかなぁ? 不死身の アンデッド バン」


口元の血を拳で乱暴に拭い、バンはキングを見上げた。風穴は見る見る内に塞がり、一滴の血も、かすり傷さえも残さず完治し、ただ破けた衣服だけが其のままだ。


「気に入らねーなー。俺を知ってるかのような、その口ぶり。てめーマジ誰だ?」

「………。本当にオイラが誰か思い出せないんだね…。でも、自分の罪は覚えてるだろ?」


後ろで手を組み、槍の上で佇むキングはほんの少し目を細めて、機嫌悪くキングを見上げるバンを見つめた。バンの表情に嘘偽りが無い事を感じ取ると少し沈んだ声でバンに語りかける。


「君の犯した深い…深い……罪」


バンが僅かに反応を示し、些細な其れを見逃さなかったキングが可愛らしく頭を傾げた。


「自分の“強欲”を満たし、永遠の命を得る代償に、生命の泉の聖女を殺した」


キングの足元に留まっていた槍はキングの元から離れ、くるりと矛先を再びバンへと向ける。標的をバンだけに絞った槍は、指示さえ出れば再びバンへと襲い掛かるだろう。


「おい、ガキ共ー。邪魔」


手首を鳴らし、強く拳を握りこんで後ろで呆然と立ち尽くす子供達に避難するよう遠回しに伝えたバンは、キングの言葉を否定しない。


「…図星なんだね」


キングは槍の上に腰を下ろす様に横向きに座ったのなら、バンに向かって急降下する。が、動きを読んでいたバンは地を蹴り、ふわりと宙を飛んで槍を避けるのだ。獲物が目の前から急に消えて急停止したキングを、バンは真上から握った拳で狙う。


「だからてめえは誰だっつーの」


しかし其れでもキングの方が早かった。バンの拳がキングに触れるよりも先に方向転換した槍はキングを乗せてバンに襲い掛かる。衝撃でバンと共に吹き飛ぶ廃墟の壁。吹き飛ぶ体を一回転させて直ぐ様体勢を整えたバンは、砂埃を上げて急停止をしたキングに目を向けるものの、其処にはキングの姿は無い。


「それにしても、よく来てくれたね…。まんまとオイラの罠にはまってさ」


バンの背後に回っていたキングが槍を傍らに左手を合図する様に動かせば、幾多の小さなナイフの様な刃物が一斉にバンへと襲い掛かる。其れを確実に全て回避しながらバンは地を蹴り飛び上がるとキングに向かって足を振り上げるのだ。


「意味が、わかんねぇなー」


しかし蹴りはキングを捉える事は無く、腰に手を当てて地で佇むキング。毛頭、蹴りが当たるとは思っていなかったバンは驚く様子は見せず地面に着地すると、二人の視線と視線は合わさった。


「死者の都で眠る彼女に見せてあげたいんだ…自分を殺した罪深き男が」


再び一本の槍へと姿を変えたキングの神器が、浮上するキングと共に高く高く地を離れて浮かぶ。


「惨めに這い蹲り、苦悶する姿を」

「だからよー」


力の入った掌をバンは空高く浮上したキングへと勢い良く翳し口角を吊り上げた。高まるバンの魔力にキングが息を飲む。緊迫した空気が流れる当事者二人は、未だ近付いて来る二つの魔力に気付かない。


「てめぇは一体…」


そして結局、二人は最後まで気付く事は無かった。


「コラ!」


メリオダスが手に持っていた木製のジョッキでバンの頭部を軽い音を立てて殴る。力の入ってない痛くも無いその打撃、バンは翳していた手を下ろしメリオダスに振り返ったならば、不服そうに唇を尖らすのだ。


「オイ、団ちょー。邪魔すんなよ」

「お前こそ仕事サボって何やってんの」

「何って、この誰だがわからねぇチビに喧嘩ふっかけられたんだよー。一張羅が台無しだ」

「ん?」


上空に浮かぶ標的をバンが指せば、指差す方向を見上げてメリオダスは宙に佇む少年を見て言葉を失くす。引っかかる違和感に記憶を辿っていると、メリオダスに続いて大きな地響きを鳴らしながら巨人の彼女がやって来た。


「あ!やっと見つけたよー!」


ディアンヌの丁度足元の木の陰に身を潜めていたは、上から振って来た声に顔を上げる。鍔の広い帽子でディアンヌの顔半分は隠れてしまっているが、を見下ろして胸を撫で下ろす様子から見て見つかってしまったらしい。どうやらかくれんぼも終わりの様だ。


「それに…みんなさっきから何騒いでんの?…ん?」


から視線を離し、バンの隣に並ぶメリオダスを見て、其の視線の先を追う様にディアンヌは己の目の高さに浮かぶ其れを見る。


「「キング!!!」」


メリオダスとディアンヌの驚愕の声が重なり、言葉の意味を正確にバンが脳で処理をすれば、其の目は飛び出さんばかりに見開かれた。


「あれのどこがキングなんだーーー!!?」

「どっからどう見てもキングだろ。まぁ…若干痩せたか?」

「若干じゃねぇし、それ以前の問題だ!」


バンの知るキングの姿は中年のオッサンで、メタボリックの良い腹を持った男である。其れこそ、手配書に記載されている似顔絵と酷似しているのだが、キングと呼ばれた少年にはそんなオッサンの面影等、欠片も無い。


「キング!!」


ディアンヌが首を傾げてキングに顔を寄せる。ちらりと視線を横目にディアンヌへと向けたキングは無表情にディアンヌを見るが、ディアンヌは変わらず笑顔だ。


「僕達、みんなキングのことを捜してたんだ!!また会えて嬉しいよ!!」


にこりと笑みを浮かべ、ウインクを一つ。しかしキングは反応悪く始終無表情だ。けれど気を悪くしないディアンヌは、己の足元に居る存在を思い出すと、キングから足元へと視線を落として呼び掛けるのである。


もいるんだよ!ほら、もこっちおいでよ!」


木々の影に身を潜めるをディアンヌが呼び、メリオダスやバンもディアンヌの視線の先を追っての方向に目をやれば、木の影からナーガが這って姿を露にし、の肩に乗っていたチャーリーも華麗に地面に着地してナーガに続いて姿を見せる。其の後を、暫しの間を開けてから意を決しては足を踏み出した。木の幹に隠れていた姿を晒し、無愛想な表情を浮かべるキングを見上げる。


「あ」


しかし目は確かに合わさったのに直ぐに興味を無くしたかのに顔を背け、飛んで行ってしまうキングと、其の神器。取り残された面々は遠く遥か彼方に消えたキングに呆然とし、は広い鍔で顔を隠す様に目を伏せ、俯いた。


「行ったね」

「…チャーリー」


足元では悲しげに舌を出すナーガがおり、チャーリーはの肩へと飛び乗る。軽い重みが左肩にのし掛かり、は横目にチャーリーを見て踵を返した。


「悪い子ね」


責める様に吐き出された言葉にチャーリーは鼻を鳴らして笑った。身を伏せ、小さなの肩の上で伏せるチャーリーは当然だと言わんばかりに、やけに誇らし気に言うのである。


「今更だろう?」


豚の帽子亭のある方角へ歩を進めれば、ナーガは地面を這いながらの後を追った。まるで己が悪い事をしたかの様にの様子を酷く気にするナーガに気付けば、は意識を己の左肩で楽な姿勢を取る黒猫へと向ける。此の小さな獣には反省の色は無い。


「そうね」


淡々と紡がれた言葉は、チャーリーを咎めもせず、許しもせず、淡白だ。身に纏う質素なドレスのスカートが時折雑草や小枝に引っ掛り、を引き留めようとする。けれど、スカートが裂ける事も気にせず強引に獣道を突き進めば、眼前には豚の帽子亭が現れ、出入り口の扉の前にはエリザベスとホークの姿があった。


様!!」

「いきなり飛び出しやがって何処行ってたんだよ!」


森の中から姿を見せたに表情を綻ばせて安堵の息を吐くエリザベスと、飛び跳ねながら問い詰めるホークを一瞥し、は立ち止まる。


「ディアンヌとメリオダス様が探しに行ってたのですが…お会いしませんでしたか?」


優しく且つ美しく微笑むエリザベスは、色で例えるならば白だ。純白の、穢れが一切無い真っ白な、白。其れに比べて自分は如何かとは考えた。黒だ。白とは対となる黒。何の色を足されても、もう何色にも染まらない、真っ黒な漆黒。白が光ならば、黒は闇だ。


様…?」

「おい!なんとか言えよ!」


口を噤んで話さないにエリザベスは首を傾げ、ホークは文句を零す。はさっと二人から目を反らせば、二人の間を通り過ぎて店内へと繋がる扉を押し開けた。酒の香りが、鼻を掠める。










BACK | NEXT

inserted by FC2 system