「ホラよー、食え」


胸元が大きく破れ、無残な真っ赤な服。にも関わらず着替えないのは代わりの服が無い事と、破けても其れが変わらずお気に入りの服であるからだ。豚の帽子亭に戻って来て直ぐにバンが身に付けたエプロンは、露わになった胸元を隠し、一見悪人面で近寄り難い印象を与える雰囲気をほんの少し可愛らしく感じる程度に親しみ易さを与えた。バンがキッチンに立って暫く、手早く調理され、良い香りが漂ってきたと思えば、次々と更に盛り付けられた色とりどりの見た目も美しい料理がテーブルの上に運ばれ、子供達は息を飲む。


「おいしそうな香り…!」

「な?」


喉を鳴らして唖然とバンが調理した料理を眺める子供達と、今にも喰い付かんばかりに涎を垂れ流したホークを引き止める用に、素知らぬ顔でメリオダスがホークの耳を鷲掴む。其の手を離せば間違い無くホークは子供達を無視し、テーブルに並んだ数々の料理を平らげる事だろう。


「食わねーなら全部豚のエサにすんぞー」

「!!」

「いただきます!!」

「おいしー!!」


なかなか手をつけようとしない子供達に口元に笑みを浮かべてバンが冗談を零せば、其れが引き金となった様に子供達は一斉に湯気の立つ食事へと手を伸ばす。一瞬、全て自分の食事になると期待したホークだったが、子供達が一斉に食べ始めると涎と涙の海に無残にも落ちた。其れを見て冷めた目をするチャーリーと、ケタケタと笑うナーガには吹き出しそうになって直ぐに顔を反らすのだ。


「でも…いいの?僕達お金なんて…!!」

「ギブ・アンド・テーーーイク」


幼い妹が涙を滲ませながら食事を取る隣で、食事を口に運ぶ手を止めないものの、不安げに少年にバンに問う。調理する為に着用していたエプロンを脱ぎ捨て、バンは待ってましたと言わんばかりに子供達から見て正面の席へと音を立てて着席すれば、顎に手を付いて前のめりに言うのだ。


「死者の都とやらの場所を教えろ」


死者の都、其れは今回の目的地である。目指した理由は死亡説のあったキングを捜す為にであり、死者の都に近いと言われる此の集落までやって来たのだ。しかしキングが見つかった以上、死者の都に向かう必要は既に無く、メリオダスは珍しくやけに真剣な面持ちで子供達に問うバンに笑いかけるのである。


「おい、バン…キングは見つかったんだ。行く必要はもうなくなったろ?」

「あれがキングのわけねーだろ」

「本物だって」

「偽物だ」


冷めた目でメリオダスの発言を否定するバンに、メリオダスは嫌な顔一つせず己の意見を通す。すると断固としてキングだと認めないバンは首を横に振ったのなら、二人の口論は勃発するのだ。


「本物」

「偽物」

はどうだ?本物だったよな?」

「おい、まさかお前も本物だって言うんじゃねぇだろうな。あれは偽物だ」

「………。うん」

「「どっちのうんだよ」」


もうどっちでも良いよ。なんて本心は胸の中で収めておく。キングだったと肯定しても、否定しても、結局二人の口論は収まらないのは明白だからだ。曖昧な返事で巻き込むなと口にはせずとも態度で示し、顔を逸らせばムッと顔を顰める二人。どうしたものかとが思案していれば、意外な助け舟が入るのだ。


「あんた達も死者の都に行きたいの?」

「も?」


メリオダスとバンの口論に勇敢にも口を挟んだ子供を、メリオダスとバンは互いを見るのを止め、に突っかかるのも止めて子供を見つめて唖然とする。バンが静かに子供へと問えば、子供は肯定するように一度頷くと手にしていたスプーンを皿の上に置いて口を開いた。


「さっきのコも何度か聞いてきたんだ。死者の都にどうしても行きたいんだって…」

「キングも“死者の都”に行こうとしている…?」


キングが死者の都を探しているという真実は、少なからずメリオダス達に驚きを与え、子供は食事に手を付けるのを止めて己の知りうる情報を食事の礼とばかりに告げるのだ。


「あの人…何日か前から度々集落に来ては“死者の都”への行き方を探してるみたいなんだ」

「何日も前から行き方を探してるって…そんな辺鄙な所にある墓なのか?」

「ううん…すぐそばだよ」

「ど…どういうことー?」


ホークの問いに首を振り、豚の帽子亭の中に入れないディアンヌが窓から中を覗き込んで首を捻る。話に興味が無いのか、チャーリーが欠伸をしたのをは見逃さなかった。


「“死者の都”への入口は、この集落にあるんだ。でも行こうと思って行ける場所じゃない」

「謎掛けにゃ興味ねーな」

「“死者の都”はお墓じゃなくて、死んだ人たちが住む国なんだって」

「つまり…あの世ってことか?」

「そ…そんな所にどうやって行けば…」


死者の都について何の情報も無かった一同にとって、子供の語る死者の都についての詳細は、唯一の情報ではあるものの、あまりにも現実味の無い内容は一見なんの意味も無い。真剣に死者の都の行き方に悩むエリザベスを尻目に、子供達の正面に座るバンが子供達に追求した。


「お前は行ったことあんのかー?」

「あるわけないよ!!そんなの迷信に決まってるじゃない。でも、その噂を聞きつけて時々旅人や金持ちがやってきてたよ。この集落はそれで成り立ってたんだ」

「でも…あの世じゃ行きようがないですよね?」


エリザベスがメリオダスに目を向けながら同意を求む様に困り顔が問えば、胸の前で腕を組むメリオダスが無言で首を縦に振る。彼の世等、行くには自分達も死ぬしか方法が無いのだから。


「“何にもかえがたい死者との思い出が都へといざなう…”隣のおじいちゃんがよく言ってました」


行くにも行けない死者の都に、お手上げ状態でいれば、今迄一向に口を挟まずに居た子供の妹の方が、ぽつりと零す様に己の知る情報を語る。其れは、何も死ななければ死者の都に行けないという訳ではないと告げた様なもので、人の強い想いが空間を越えれる事を示す。


「ごめんなさい…、それくらいしか…」


無心で食べていた際に付いてしまったのだろう。口許に付いた米粒を其の儘に、少女は申し訳なさそうに眉を下げて謝罪を口にした。するとバンは静かに席から立ち上がると、其の少女に向かって大きな手を伸ばし、包む様に小さな頭に手を置く。


「ありがとよー、エレイン」


優しい口調で笑うバンは、髪が乱れる程に雑に、けれど優しい手付きで少女の頭を撫でる。其の声が、名前を呼ぶ其の声が、とても愛おしそうに聞こえたのは気の所為だろうか。


「メシ代には十分な情報だ。オラ、まだ残ってんぞ」

「………。」


バンに撫でられている少女は、人に撫でられる事に慣れていないのか、はたまた単に照れたのか、顔を真っ赤にさせ、されるがままでバンを見上げる。するとバンは笑みを更に深くして、まだ僅かに残る食事を一瞥し、頭を撫でる手を下ろす。けれど少女は促されるがままに直ぐに食事に手を付けないでいれば、暫し悩んだ末、非常に言い辛そうにしてバンに言うのだ。


「あ…あの、私エレン…」

「おっと、悪ィなエレンー」


可笑しそうに笑うバンは、普段通りのものの筈なのに、の目には何処か物寂しげに見えた。けれど今、其れを追求する程は無粋では無く、そして頭が悪い訳でも無く、触れずに気付かぬ振りをするのだ。


「とりあえず、ちょっくら外見てくるか」

「死者の都の入口は此処にあるんですものね」

「お前らは其処で飯食ってろよ。バン、も行こうぜ」

「おい!俺を忘れるなよ!」

「あ、忘れてた」

「忘れるなよ!この俺を!」


子供達が食事を再開したのを見て、メリオダスが外を親指で指しながら促せば、同意する様に頷くエリザベスにバンとも同調する様に扉へと向かって歩き出したメリオダスとエリザベスに続き歩き出す。一人だけ、否、一匹だけ声を掛けられ無かったホークは不満の声を荒げながら蹄を鳴らして床を駆ければ、豚の帽子亭から一番最後に外へと飛び出し、メリオダスの隣へと並ぶのである。


「なぁ、キングはなんで“死者の都”なんかに行きたがってんだ?」

「さてさてさーて…俺達も行ってみりゃ何かわかるだろ」

「それにしてもキング、さっきはどうして逃げちゃったのかな…?」


表に出て一先ず集まり、何も無い集落を眺めながら、集落の中心部へと向かって歩を進める。広場の様に面積のある空間で足を止めるが、特に気になる様なものは何も無く、ますます死者の都の入口が本当にあるのかと不安にもなった。


「入口はここら辺らしいな」

「でも迷信なんでしょ?」


辺りを見渡せど何も無く、強いて挙げるなら廃墟に等しい建造物と緑の付いた木々だけだ。後をついて来ていたチャーリーはの肩に飛び乗ると、其の耳元で囁く様に小声で流暢な言葉を話す。


「居るね」

「…知ってる」


チャーリーも気付いた近くにあるキングの気配。方向からして崖の上の草木の中に身を隠し、此方を窺って居るのだろう。キングの存在を皆に告げるべきか思案するが、一先ず知らぬ振りをする事に決めては口を閉ざした。


「仮に“死者の都”があるとしても…だ。あの世じゃ行きようねぇだろ」

「あの世だけに死ねば行けるんじゃねーの?」

「バカかお前!!」

「死者との思い出が導く…か。私…物心つく前に亡くなってしまった母に会ってみたいです」

「じゃ、ダメだろ」

「そ…そうですよね。思い出…ないですものね…」


死者の都について語るメリオダス、エリザベス、ホークの話を右から左へと聞き流しながら、は一人無言で佇むバンに近付く。肩に乗っていたチャーリーはひらりと華麗に地面へと飛び降りて、其れに気付いたディアンヌがチャーリーに何やら話し掛けているのを耳にしながら、此方に振り向きもしないバンに確信を持った口調で尋ねた。


「そんなに好きなの」

「…珍しく喋ったかと思えばそんな話かよ」


一切此方を見もしないバンだが、の言葉は否定してなかった。


「あっ…見てください!!」


刹那、足元の地面に敷き詰めた様に咲く名も知らぬ花。逸早く気付きたエリザベスが足元で咲き誇る花を見て、其の場に屈んで花へと手を伸ばす。


「そんなに愛しい人なんだ」


突如出現した花に動じる事もなく、はバンを見上げて問うた。


「…うるせェ」


に背を向けながら、酷く小さな声でバンは悪態を吐く。しかし、其処に普段の調子は一切無く、バンはに背を向けたまま言った。


「悪ィかよ」


恥じらいも無く、清々しい程にあっさりと、けれども堂々と認めたバンに、の表情には優しい微笑みが浮かんだ。瞼を下せば花の甘い匂いが香って、再び世界を見れば花畑の上にバンが佇んでいる。似合わないと、思った。


「この花はなんでしょう?」

「さっきまで咲いてたっけ?」

「どーでもいーだろ、花なんてよ!食った所で腹の足しになるわけでも―――」


花を見つめるエリザベスに、最もな疑問を口にするメリオダス。花に対して一切の興味が無いホークは、文句を零しながら鼻息を吐くと、其の息で吹かれた花弁が数枚、宙へと散った。


「ううん。全く」


数枚の花弁が散って飛んだ事が引き金になった様に突如として一斉に足元で咲いていた全ての花の花弁が舞い上がる。辺りの景色が花弁に埋もれた世界の中で、はバンに言葉を紡いだ。


「花びらが一斉に…?」


舞い上がり、視界に広がる花弁に意識を奪われる面々は、バンとの会話を気に掛ける者はいない。


「自分じゃない他者を心より愛せる事は」


神秘的な花弁で埋め尽くされた景色の中で、は微笑みを深ませた。何にもかえがたい死者との思い出が都へと誘うのが誠であれば、バンが愛おしげに呼んだ彼女が既に此の世に居ない者の名ならば、死者の都と此の世を繋げる事が出来るのは此の世の中で唯一、バンだけだ。


「とても、美しく素晴らしい事」


視界を遮る様に花弁が強風に吹き荒らされて流れ、消え去った時。視界一面に広がったのは透き通る美しいクリスタルの鉱石。黄緑色の空に、エメラルドグリーンの鉱石が輝く空間は実に神秘的で、元の世界とは思えない程に美しく息を飲んだ。










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