「だ…団長…」
「…ああ」
一変した景色にディアンヌが戸惑いの声を上げれば、過る予感を肯定する様にメリオダスは周囲に目を配らせながら頷く。此処は間違いなく、死者の都。死者の住まう国だ。
「ひょっとして私の母に会いたいという思いが…私達を此処へ導いたのでは…?」
「いや…俺達が食いそびれた残飯達への強い思いかもな…」
「心当たりなし」
「僕もー!」
死者の都に導いたのは一体誰か。己かと口にするエリザベスとホークに対し、メリオダスとディアンヌは自分じゃ無いと言う。沈黙を貫くバンは目で周囲を回し、は美しい景色に吐息を吐いた。言わずもがな、は故人に寄せる想いは無い。
「バン!!?」
突如、何かを見つけて駆け出したバンに驚愕の声を荒げる。其の足は風の如く駆け抜け、鉱石を飛び移りながら一目散に進む。
「待て!!」
「キング…!!?」
そして同じく死者の都に来ていたキングが、駆けるバンを追い掛けて宙を全速力で飛んだ。あっという間に姿が見えなくなるバンとキングに、初めてキングを目にしたエリザベスが予想もしたかったキングの姿に言葉を詰まらせた。
「あれが…キング様?て…手配書とは随分雰囲気が違うような…」
「“待て”って…バンを血相変えて追いかけてったみてえだがよう…あの二人喧嘩でもしてんのか?」
バンとキングが消えた先を眺めながら、困惑する一同。チャーリーとナーガは静かにに寄り添えば、は視線を二匹へと落とす。
「だ…団長どうしよう?」
「ひとまず追っかけるか」
メリオダスに指示を仰ぐディアンヌに、頭を掻きながらメリオダスが答えた。身を擦り寄せるナーガの頭を優しく撫でながら、興味深げに辺りを見渡すチャーリーを横目に、歩き出したメリオダスとディアンヌ、エリザベスとホークの後に続き、もゆったりと歩き出す。一先ず二人が駆けて行った方角に向かって名を呼びながら、歩くのだが、一向に二人の姿は見えない。
「バーーーーン」
「キングーーー」
「キングー」
「バン様ー」
「とーへんぼくと、ちんちくりーん」
声を荒げても返ってこない返事。そして人気の無い死者の都。暫く他に手も無く叫びながら歩くのだが、ディアンヌは痺れを切らしてムッと顔を歪ませて叫ぶ。
「もーーー二人共どこ行っちゃったのー!?」
「しっかし“死者の都”ってわりには幽霊の一匹もいねぇじゃん。なぁ、エリザベスちゃん?」
「い…いたらいたで怖いですけど…」
メリオダスの肩に手を添えて、普段よりも一層近く寄り添うエリザベスは、何かを怖れているかの様に周囲を警戒しながら歩く。先頭を行くメリオダスにエリザベスは顔を覗き込んだのなら、メリオダスは顔を振り返らせてエリザベスを見た。
「メリオダス様…どうしてキング様はバン様を追いかけたのだと思います?」
「それも気になるけど…じゃあバンは何を追っかけているんだ?」
最もな事を真顔で口にしたメリオダスに、さっと血の気が引いて真っ青になるエリザベスとホーク。どうやら幽霊という類が苦手らしい。刹那、空間が裂ける様な違和感が生じ、過る何か嫌な予感に自然との足が止まり、チャーリーやナーガ、メリオダスとディアンヌも立ち止まって、エリザベスとホークも其れに倣って立ち止まる。
「メリオダス様…?」
「…やーな予感がするな…」
メリオダスとディアンヌが周囲を警戒する様に目を配らせ、エリザベスはメリオダスの異変に気付いて肩に乗せていた手を離す。刹那、目の前に突然現われた軽装な鎧を纏う長い髪の女がゆるりと微笑みを浮かべた。
「だ…誰?突然どこから現われたの?」
腰にレイピアを差す女は、表情こそ優しい其れだが、纏う空気やひしひしと感じられる敵意が到底穏やかとは言い難い。ヒールの靴をコツリと鳴らし、徐々に近付いて来る女にメリオダスはエリザベスを守る様に前へ出るなと手で制し、戸惑うディアンヌは呆然と突然現れた女を見る。
「死んで来ました」
腰まである長い黒髪を手で払いながら、綺麗な微笑みで女は笑う。衝撃的な言葉をさらりと言って。
「はじめまして…“
憤怒の罪
”メリオダス、“
嫉妬の罪
”ディアンヌ。そして…其方は“
虚飾と憂鬱の罪
”ですね。聖騎士ギーラと申します」
メリオダス、ディアンヌ、を確信を持って七つの大罪と認識し、己を聖騎士と名乗るギーラに緊張が走る。危険を感じていないのはホークとエリザベスだけだった。
「い…今こいつ“死んで来た”って言ったけどよ…。メ…“
七つの大罪
”とエリザベスちゃんを追うために…わざと?」
「大義の為なれば、この命などは豚畜生も同然」
「豚畜生とはなんだ、豚畜生とはっ!!コンチクショー!!」
鼻息荒く喚くホークだが、騒がしいのはホークだけで他はとても静かに口を閉ざしていた。メリオダスやディアンヌ、だけでなく、エリザベスまでもがギーラの纏う空気に違和感を持ち、気を引き締めて相手の出方を窺う。
「おい、メリオダス何とか言ったれ!!つか、この姉ちゃんやべーんじゃねぇの?」
「ああ、本気でやばい」
「へ?」
ホークとメリオダスの指す“やばい”の意味合いは勿論違う。けれど、今其れを説明する暇は無い。ギーラは腰に差した刀身剥き出しのレイピアに手を添えると、途端チャーリーはの肩へと飛び乗り、ナーガがの足元に絡みつく。正に一瞬、ギーラが勢い良くレイピアを引き抜くと足場の鉱石に亀裂が走り、途轍もない突風が吹いてエリザベスとホークの体は後方に吹っ飛んだ。風で激しく揺れ吹かれる髪、忙しなく荒れる前髪の向こうでギーラは笑みを携えたままレイピアを構えた。
「なっ…!?なな……な!」
「ホーク…、エリザベスを連れて出来るだけ遠くに逃げるんだ。エリザベスも…いいな!!」
「はっ……はい!!」
ギーラの構えるレイピアの切っ先が、チリッと音を立てて火花を散らす。メリオダスは振り返りもせず、ホークにエリザベスを連れて逃げろと指示し、ギーラを真っ直ぐと見据えた。
「チャーリー、ナーガ」
「珍しいね。君がその気になるなんて」
が呼び掛ければ頷く様にチャーリーがの肩から飛び降り、ナーガがするすると這いずってホークの背に乗ったエリザベス越しに胴体に絡みつく。何事かと悲鳴と奇声を上げて助けを求めるホークだったが、ナーガが絞め付ける様子も無く、最後にチャーリーがエリザベスの頭上に飛び乗ったのなら、害は無いのだと察すると、戸惑いながらも発狂するのを止めるのだ。
「なっ、何だよ!」
「の指示だ。早く行け豚」
「ぶ、豚!?豚だけどな!!」
エリザベスの頭上からホークに早く走れと指示するチャーリーに、ホークは不満に鼻息荒く怒りを露わにする。しかし今は争ってる場合じゃ無い。
「行け!!」
「脱豚の如く!!!しかし重いな!!!」
「どうか三人共、御無事で…!!」
メリオダスの合図と共に全速力で駆け出す、エリザベスとチャーリー、ナーガを乗せたホーク。可愛らしい音と立てながら、蹄で鉱石の瓦礫を飛び越え遠ざかって行く一人と三匹を見送って、メリオダスとディアンヌは拳を握り、其の後方で無防備には佇んだ。
「それは無理でしょうね」
逃走するホーク達に目もくれず、標的を眼前に残る七つの大罪に絞って、ギーラは真っ直ぐとレイピアの切っ先を向けたまま自信に溢れた言葉を吐いた。
「行くぞ、ディアンヌ!」
「オッケー団長!」
メリオダスとディアンヌが同時に力強く地を蹴り、一斉にギーラへと襲い掛かる。しかしギーラは浮かべた微笑をそのままに、レイピアを一振り。其の刃物の最初の餌食になったのはメリオダスで、メリオダスの身体は爆炎と爆風に飛ばされた瞬く間に吹き飛んだ。直ぐ様追撃をディアンヌが己の拳を持って襲い掛かるが、素早くレイピアを振るいギーラがディアンヌに向けてまた一振り。巨人族のディアンヌでさえも耐え切れなかった衝撃は、軽々とディアンヌの身体を浮かせて吹き飛ばせ、吹き飛ぶ二人の身体の先に視線を飛ばし、其の向こうに見えた鉱石を目にしては魔法の呪文を囁く。
「
Aresto momentum
」
囁いた呪文は聳える鉱石に激突しそうだったメリオダスとディアンヌの身体に掛かる全てのエネルギーを消失させて、其の場で急停止させる。背後に聳え鉱石は、そのまま突っ込んでいたなら無事では済まなかっただろう。宙で止まった二人の身体は、の掛けた魔法によって、ゆっくりと下降し安全且つ地上へと降ろす。
「仲間の心配をしている場合じゃありませんよ」
魔法を唱えたの眼前にレイピアの切っ先を向けて迫るギーラ。素早くは“姿くらまし”で其の場から消え失せると、メリオダスとディアンヌの元で“姿現わし”をして身を晒す。
「“
嫉妬の罪
”ディアンヌ。“七つの大罪”でも一、二を争う怪力で体現する魔力は―――“
創造
”」
追い掛けて来たギーラが、レイピアの切っ先から火花を散らして、鉱石で埋まる荒地を、ヒールを鳴らして歩く。
「地と密接な関係にある巨人族特有のものです。鉄を飴の様に捻じ曲げ…地層を塔の様に隆起させることも出来るとか…。この目で見ることを楽しみにしていました」
鉱石が散乱する地に体制を耐え直して構えるディアンヌが、拳を握って歩み寄って来るギーラに向けて戦闘態勢を取る。吹き飛ばされたものの、受けたダメージが其れ程無いのは、ディアンヌが巨人族で頑丈な身体をしているからだ。
「ふーん…。で、御感想は?」
「正直ガッカリです。話ほどの魔力ではありませんでした」
拳を握りながらディアンヌがギーラを見下ろして言えば、ギーラは率直に本心を挑発するような口振りで答える。流石にディアンヌも聞き流せ無かった言葉に表情を歪ませると、構えていた拳を己の前で合わせるのだ。
「だったら…これは?」
素早く幾つかの印を結び、組んだ拳を地面へと軽く突き立てる。刹那、崩れる様に柔らかく、飲み込むようにギーラの足元の鉱石が崩れ、ギーラは足から流砂に飲まれていった。
「“
砂の渦
”鉱石を砂にする事も出来るんだよ!よく覚えといてね」
「なるほど。勉強になりました…」
足から腰へ、腰から胸と、途轍も無い速さで砂に埋もれていくギーラは、抵抗の色一つ見せずに頭の先まで砂に飲み込まれる。が、突如渦の中央内部から爆発が起きたと思えば、砂を吹き飛ばしながらレイピアを片手にギーラが砂の中から飛び出し姿を現す。ディアンヌに動揺は無く、手身近な鉱石を力で圧し折り掴んだのなら、ギーラへと向けて投げつけるのだが、ギーラはレイピアの切っ先で迫る大きな鉱石を一刺しすると、まるで内部爆発でもしたかの様に鉱石がけたたましい爆音と破片を散らして吹き飛んだ。其の小さく砕けた破片がディアンヌを襲い、衝撃に耐え切れ無かった身体は後方へと派手に倒れ込む。すかさずメリオダスが右手を剣に見立ててギーラの背後から斬りかかるが、ギーラは気配を読んでいたのか身軽にメリオダスの攻撃を避け、鉱石を蹴り飛び退くも、迫り来るメリオダスの追撃に備えて腰を低くしたのなら、メリオダスの一撃を手甲とレイピアで受け止めた瞬間、衝撃に足が膝まで地面に陥没する。
「さすが伝説の“七つの大罪”団長メリオダス…!その実力は本物のようですね…!」
互いに押し合う力比べ。一瞬でも気を抜けば押し負ける緊張感漂う中でも、ギーラの微笑みは消える事は無い。
「しかし不思議です。何故剣を使わないのですか…?私など素手で十分倒せると?」
弾ける様にメリオダスから遠く飛び退き、ギーラは地面に着地した瞬間、足に全身の力を込めて一気に飛躍する。真っ直ぐメリオダスへとレイピアを構え、メリオダスを串刺しにせんとばかりに再度襲い掛かった。
「そんじゃ見せてやるか」
メリオダスが口角を僅かに上げ、迫るギーラに向けて背に下げた剣の柄を握る。ギーラとの戦いを見守っていたディアンヌはほくそ笑むと、ギーラのレイピアの切っ先がメリオダスの身体を爆炎に飲み込もうとした瞬間、今迄メリオダスが触れもしなかった刃の無い剣が上から下へと振り下ろされた。刹那、爆炎はメリオダスではなくギーラを飲み込み、上がる灰色の煙にディアンヌは歓喜の声を上げる。しかしメリオダスの表情は硬い。
「なるほど。これがあなたの魔力…」
爆煙の中から身を現したギーラの身体には傷一つなく、変わらず浮かべた微笑が不気味に写る。爆炎によって燃えた灰が、さらさらと降るように地に落ち、ギーラは首を傾けた。
「“
全反撃
”自分に向けられたあらゆる攻撃的魔力を倍以上のものにして跳ね返す…おもしろい。それはつまり相手の魔力が強大であればある程、凄まじい威力となる。唯一の弱点は自分からは攻撃出来ないこと…」
「こんにゃろ。知ってて魔力を最小限に抑えたのか…」
好戦的な笑みを浮かべるメリオダスを一瞥し、ギーラは一向に仕掛けて来ないを見やる。灰が風に乗って吹き、焦げた臭いが鼻に付いた。
「そして“
虚飾と憂鬱の罪
”。…“七つの大罪”で最も謎が多く、実際に目にした人々も少ないという貴女と、こうして対面出来るとは私は運が良い」
ギーラは火花を散らすレイピアをに向けながら、ギーラは己の知り得るの情報を語り出した。
「魔力は“
魔法
”。詳細は明らかにされていないので分かりませんが、噂に依ると凡ゆる呪文を唱える事で其の効果を現実にする万能の魔力だとか」
にこりと微笑むギーラを無表情には見据え、言葉にはせず胸の内でギーラの説明を訂正するのだ。
「(呪文を唱えなくても魔法は使えるけど)」
本来、魔法を使用するには杖や魔法薬を用いる必要があり、熟練者であれば、呪文を唱えなくとも魔法が使えるのだ。其れを、無言呪文と呼ぶ。しかし、熟練者でも呪文は唱える事で効力が上げる効果がある為、何方にしても呪文を唱える方が良いとされているのが基本だ。ギーラは呪文を唱えなければ使えないと思い込んでいる様だが、其の勘違いはにしても好都合な為、わざわざ否定してやる必要も無く黙っておく事にする。
「さぁ、三人共もっとがんばって。私を満足させてください…!!」
メリオダスとディアンヌの目の色が変わる。神器を持たない二人にとって、突如現れた聖騎士ギーラは強敵だ。本気で掛からなければ此方がやられる。袖の中に仕込んだ杖には触れず、もギーラの出方を窺った。
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