メリオダス、ディアンヌが二人掛かりでギーラと抗戦し、あくまでは其の後方支援をするだけだった。七つの大罪と恐れられる二人掛かりでも歯が立たず、ギーラの爆炎に二人は吹き飛ばされる。


「もっと頑張ってください。その程度の攻撃で私の“
爆炎

エクスプロージョン

”の魔力は止められません!」


ギーラの持つレイピアの切っ先と、柄の先から爆炎が溢れる様に漏れ出し、澄んだ空気を煙で汚す。折角の澄んだ空気と透明度が高く輝く鉱石が広がる美しい景色が台無しだ。そろそろ本格的に手助けをすべきか、が前へと一歩踏み出ると、ギーラが現れた時の様に空間が裂ける様な気配が走った。


「こんな所に居たのかよ。ギーラ」

「ヨハネス…何故貴方が此処に?」


突如、何もない空間から身を現した目深くマントのフードを被る人物。親しげにギーラに声を掛ける其の声は、男の様でテノールだ。背丈もあり、マントで正確な事は分からないが、体格も良く見えるヨハネスと呼ばれた男は、ギーラの前で所々傷を負ったメリオダスやディアンヌ、そして無傷のを見る。


「…?」


声のトーンは落ち、信じられないとばかりにヨハネスは問うた。メリオダスとディアンヌは其の名に引っかかりを覚え、暫し沈黙し記憶を辿ると、行き着いた心当たりに驚愕を露にするのだ。


「お前…ハンスか?」


未だ七つの大罪が王国転覆の濡れ衣を着せられる前、王国に仕える騎士として過ごしていた時代へと記憶は遡る。何れ国を護る強き聖騎士となるだろうと頭角を現した少年が居た。少年の歳は未だ両手で足りる程度ではあったものの、幼いながらも持ち前の身体能力と勘の良さもあり、同世代の子供達では太刀打ち出来ない程の力を少年は既に持ち合わせていたのだ。


「うそ!あんなに小っちゃかったハンス!?」

「ああ。此れだけの魔力を持ってヨハネスなんて名前の奴、心当たりはあのハンスしか居ない」


ヨハネスは王国に七つの大罪が戻れば一番に駆け付けて出迎える程に、やけに七つの大罪に懐いていた。とびきりの笑顔は年相応の子供のもので、何時も笑顔だったヨハネスを、七つの大罪はとても良く可愛がっていたのだ。何時の間にかハンスと愛称で呼ぶ様になり、メリオダスは暇があれば剣の指導をし、ディアンヌは遊んでやる事も度々あった。


「久しぶりだな。メリオダス、ディアンヌ」

「そういうお前もな。で、何時までそうやって顔を隠してるつもりだ?」

「隠してなんかいないさ」


纏ったフードで顔の見えないヨハネスに、メリオダスが挑発的な笑みを向ければ、ヨハネスは鼻を鳴らしてマントへと手を掛ける。乾いた音と共に脱ぎ捨てられるマントの下から、鉄色の鎧と、短い紺碧の髪が揺れた。


…。元気だったか?」


無表情にを見てヨハネスは無言を貫くと問う。返事の無いだが、元より返答を期待していなかったヨハネスは目を細めて苦笑を漏らすと、其の瞳は憎悪の色を倍増させて鋭くを睨む。


「また会えたことを嬉しく思う。お前は此の手で」


氷の様に冷たい風が吹く。


「俺が、殺す」


ヨハネスの魔力が膨れ上がり出し、メリオダスとディアンヌは身構える。は小さく息を吐くと漸く袖に忍ばせていた杖を指先で触れた。長い漆黒の袖から、手と共に握った木製のきめ細やかな装飾が施された杖を出す。やる気を見せるにヨハネスは殺気を溢れさせると、ギーラが爆炎漏れ出すレイピアをメリオダスとディアンヌ、そしてに振り翳そうとした刹那、ギーラのレイピアはピタリと動きを止めた。


「ワリィ、ワリーーー。止めちった」

「バン!!」


ギーラの背後にはレイピアに向けて手を翳すバンの姿があり、バンに向かって後方へ強く引き寄せられるレイピアをギーラは何とか力尽くで抑えながら勢い良く振り返る。


「“
強欲の罪

フォックス・シン

”バン…!私の剣から手を放してください!」

「人聞き悪ィな、姉ちゃーーん。俺は何も触れちゃいねーぜ」


バンが翳した手の中指を引くように動かせば、ギーラのレイピアがより一層強く引かれ、ギーラは獲物を奪われぬ様、両手で何とかレイピアを押さえつける。


「なるほど。これがあなたの魔力…“
強奪

スナッチ

”その魔力の詳細は王国の者にもあまり知られていないようですが…」


バンが指を引けば引く程、反応する様にレイピアはバンの元へと動く。徐々にバンへと近付いて行くレイピアは、このままの状態が続けば何れギーラの手からレイピアは離れて行くだろう。レイピアの切っ先は真っ直ぐとバンに向いていた。


「コソ泥にはもっとふさわしい物を差し上げます」


レイピアの切っ先から飛び出したボール状の爆炎の塊はバンに向かって一直線に飛び、眼前に迫る其れに疑問の声を上げたバンは次の瞬間周囲をも巻き込む爆炎に身を包まれる。


「ぐ…ごほっ!」

「あなたは不死身と聞きましたが…その様子ではもう戦闘不能でしょうね…」


至る所から出血し、身動き一つ取れず横たわるバンを見下ろしてギーラが微笑む。すかさずメリオダスが飛び出して刃の無い剣を振るいギーラに襲い掛かるのだが、ギーラの方が上手な様で、メリオダスは背に爆炎を喰らって吹き飛び、其れをディアンヌが身を持って受け止めた。爆炎の煙と共に砂埃が舞う。


「不死身だからって少しは避ける動作くらいした方がいいんじゃない」

「避ける必要なんかねぇーっつの」


其の間にも凄まじい速さで回復するバンの肉体は、流石は不死身と言ったもので、はすかさず杖を振るう。杖を向けた先で、激しい衝突音が目の前で起きたかと思えば、目の前で粉砕された氷の結晶が輝きながら落ちた。


「いってーーー」

「大丈夫ー?」

「なんで嬉しそーなんだ」


ディアンヌの胸に挟まる形で受け止められたメリオダスは、頬を赤らめるディアンヌに呆れながらも身を起こして地上へと飛び降りる。全回復したバンは立ち上がり、メリオダスを横目に肩を慣らす様に回す。そんなバンを見てギーラは感心したように声を漏らすと、傷一つ無いバンの身体を眺めて賞賛を送った。


「感動しました。聞きしに勝る不死身ぶりです」

「そのとーり。不死身の俺に勝つことはできねぇよ」

「ウフフフ…。不死身と無敵は全く別物ですよ。始末しようと思えば方法はいくらでもある…」

「こいつ嫌なカンジだなー」

「お。バンさん図星?」

「もー、二人共お喋りはあとで!!」


心当たりがあるのか、拳の骨を鳴らしながら笑みを浮かべるバンに、刃の無い剣を構えながら前のめりにメリオダスが問う。緊張感漂う戦いの筈が、全くもって緊張感の無いメリオダスとバンにディアンヌが注意を促すも、二人は聞き流すだけだった。


「不死身と言えば…貴女もでしたね」


ギーラの目がバンからへと移り、は細く眼球の見えないギーラを感情の読めない瞳で見る。ギーラはレイピアを構えながらヒールを鳴らすのを止めて立ち止まれば、ゆったりとした動作で攻撃の体制に入るのだ。


「それも、不老不死だと聞きましたが」


不老不死、決して珍しいものでは無いが、誰もが其の体質であるとは限らない。ギーラの微笑みに含まれる挑発は、殺意も混じりに向けられる。今、此処にチャーリーやナーガが居ればギーラに威嚇でもしていただろうか。


「だから?」


何が言いたいのかと、ギーラの挑発的な笑みを真似ては逆に問う。別にギーラに対して怒りが込み上げた訳では無い。ただ単に不老不死なら何なのだと、率直な疑問をギーラの癇に障る言い方で返しただけだ。ギーラは眉間に皺を寄せ、レイピアから爆炎を放つ。球体の其れは煙を上げてに襲い掛かるがを包むよりも早く煙を上げて鎮火した。


「ギーラ。は俺がやる。後の罪人はくれてやる」

「…分かりました」


爆炎を鎮火させた氷がキラキラと結晶を輝きながら地に落ちる。ギーラは不満の色一色ではあるものの、ヨハネスに逆らうつもりは無いのか渋々引き下がれば、ヨハネスは右手を僅かに掲げ、無数の氷柱を生み出す。


「“
氷造

アイスメイク

”…。随分使える様になったね」

「ああ。あれからもう何年も経つ」



氷造

アイスメイク

”、其れはヨハネスの魔力であり、自在に氷を操るものである。鋭く切っ先を尖らせた氷柱は標準をへと合わせ、主人が合図を下すのを待つ様に光を反射させて輝きながらを狙う。


「あの頃は未だ、氷柱を一つ造る事しか出来なかったが今はこの通りだ」


ヨハネスの頭上、左右と取り囲む様に出現する氷柱と、ひしひしとヨハネスから感じられる魔力が、流れた月日を感じさせた。血が滲む様な鍛錬と、憎悪を抱いて此処まで来たのだろう。決して楽な道では無かった筈だ。


「王国転覆を謀った大罪人。お前だけは俺の手で、必ず」


悲しく思う。けれど同情は無い。ヨハネスはもう子供では無く、自分で物事を判断し、決断出来るのだ。あの小さく、笑顔が眩しかった頃とは違う。


「殺す」


本気の相手に対し、手を抜いて掛かるのは侮辱行為である。ならばどうするか。簡単な事だ。此方も本気で応戦するだけの事。


「出来るならしてみれば良い」


使い慣れ、使い込んできた身体の一部と言っても過言では無い杖の先をヨハネスへと向け、は淡白な微笑みを浮かべる。


「生憎、私は不老不死。なかなか殺すのは難しいと思うけど」


何方も引かず、正反対の色を映した瞳が睨み合う。ヨハネスは嘲笑うかの様に鼻を鳴らせば、氷柱に向けて軽く右手を挙げた。


「不死であっても始末の仕方は幾らでもある」

「其れはもう聞いた」


無言の見つめ合い。そして同時に笑みを浮かべる。


「“ 氷柱乱舞 <<  アイシクルダンス  >> ”!!」


Stupefy

麻痺せよ




其れが合図であったかの様にヨハネスの放つ無数の氷柱と赤い閃光が同時に放たれ衝突する。激しい衝撃音と氷柱の破片、そして光が四方八方へと飛んだ。続く様にギーラが爆炎を放ったのなら、すかさずメリオダスとディアンヌ、バンが動きを見せる。戦いが再び始まった。










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