ヨハネスの無数の氷柱がの放った赤い閃光に蹴散らされ、素早くヨハネスは次の攻撃モーションへと移る。氷柱は一つとしてに届く事は無かったが、躊躇や動揺が一切として無いのは想定の範囲内だ。が幼い頃からのヨハネスを知っている様に、ヨハネスも又、幼い頃からを見て知っていた。ヨハネスは其の手に魔力を溜め込み、掌を中心に冷たい空気が流れて気流を生む。


「“氷結散弾銃フリーズガン”!!」

Reducto粉々


放たれる無数の氷の弾丸を、杖を一振りし呪文を唱えて粉々に破壊する。粉砕時に起きた爆風に砂埃が舞い上がり、視界の悪さには目を細めた。姿の見えない敵の魔力を探り杖を構え直せば、砂埃の中からヨハネスが飛び出し身を現す。


「“氷剣アイスソード”!!」


瞬く間に氷の剣を造形し、斬り掛かってくるヨハネスに、其の場から微動だにしなかったは反射的に地を蹴って飛び退き回避する。の居た場所に深々と突き刺さる、透明度の高い氷の剣。魔法を扱うは基本的には中距離、遠距離の戦いを得意とする。接近戦に持ち込まれれば不利だと距離を取ろうとした刹那、灼熱の風を感じ取って素早く杖を振るった。


Protego護れ!」


メリオダスとバンと交戦するギーラが放った技だろうか。三人が戦う位置から離れた場所に居るやヨハネスまでもを巻き込む爆炎。魔法によってギーラの爆炎を防ぎ、は横目に向こうの戦闘状況を確認した。


「これはこれは…全力ではないとはいえ…私の“爆炎エクスプロージョン”の直撃を受けて吹き飛ばないとは…。巨人族の頑丈さは特筆ものですね」


咄嗟にメリオダスを抱え、無防備にギーラの爆炎の餌食となった蹲るディアンヌと、其の足下に座り込むバンの姿を捉える。ディアンヌは高い防御力を備えた巨人族で、バンは不死身の身体だ。一先ず問題はなさそうである。


「だ…団長大丈夫…?」

「サンキュー、ディアンヌ!」

「どーせ庇うなら俺も庇えっつの」

「やだ」

「あっそ」


何時もの調子の三人を見やり、は前方で氷の盾でギーラの爆炎から身を守ったヨハネスを見据える。氷の盾には傷一つ無く光に反射して煌めいており、相当頑丈な作りである事が窺えた。


「余所見とは余裕だな」

「心配だからね」

「ギーラ相手に三人がかり…。それも、一人はリタイヤみたいだが?」


が魔法で作った盾を解除すれば、ヨハネスも氷の盾を解いて挑発的な物言いでを見やり、は感情の見え無い瞳でヨハネスに注意を向けながら、視界の端でギーラと戦う三人を盗み見る。蹲るディアンヌは腕の中からメリオダスを解放すると、其のまま横たわりメリオダスとバンだけがギーラと再び対峙する。ヨハネスの言う通り、ディアンヌは戦線離脱をした様だ。


、お前も無理すんなよ!」

「問題ない」


ギーラを見据えながらも飛んでくる身を案じる声に素っ気の無い返事をして、はヨハネスだけを見つめた。再び交戦を再開させたメリオダス、バン、ギーラにはほんの僅かに杖を上げて構えると、噤んだ唇を薄く開いて問い掛ける。


「死者の都に来たからには会いたい人でも居たんでしょ。挨拶はした?」

「フン。死者の都自体に用は無い」


死者の都は、死者との思い出が導くとされる。ヨハネスがそれ程思いを入れ込んだ相手には心当たりは無い。自分が牢獄されている間にも大切な人でも出来たのかと思い問うた訳だが、ヨハネスは興味無さげに鼻を鳴らしての問いを一蹴する。


「俺はお前を殺す為に今日まで生き、此処へ来たんだからな!!」


地を蹴り、両手に氷の剣を造生み出し握り、ヨハネスはとの距離を詰めて刃を振り翳す。刃がを捉える瞬間“姿くらまし”で姿を消し、ヨハネスの後方、高く聳える鉱石の上に“姿現し”をしてはヨハネスを見下ろした。死者との思い出も無く、どうやって死者の都へと来たのか。顔には出さずに思案しながら、素早く振り返り氷柱を放って来たヨハネスに杖を一振り。赤い閃光が氷柱を撃ち抜き、氷の破片が地に落ちる。


「お前を、殺す!!」


高く飛躍し氷柱の破片が煌めく中を突き抜けてヨハネスはの首を狙って大きく双剣を振り上げる。軽いステップで鉱石を蹴り、後ろへと飛んで地上に下降しながら、は杖先をヨハネスへと向けた。


Renervate蘇生せよ!」


ヨハネスへと蘇生魔法を放ったのは一か八かの勝負だ。ヨハネスは死者の都にやメリオダス、ディアンヌやバンが居る事に酷く驚いていた。となると、ヨハネスは七つの大罪を追って死者の都へと来た訳では無い事が分かる。つまり、此処で再会を果たしたのは偶然の産物なのだ。


「なっ!!?」


杖先から放たれた魔法に包まれ、驚愕の表情を浮かべたヨハネスが、光と共に薄らいで姿を消す。消失したヨハネスには一息吐くと、己に落下速度を緩ませる魔法を唱え緩やかに地上へと降り立った。


「(暫く見ない間に命を軽んじる様になったのね)」


死者の都へと生きた人間が来るには死者との思い出が必須の条件で、其れ以外となると死んだ者しか来る事が出来無い。ヨハネスは未だ死んでおらず、ギーラを追って仮死状態となって此処へとやって来たのだろう。其の仮説が正しい証拠に、蘇生魔法を放つとハンスは姿を消した。今頃、元の世界で意識を取り戻しているだろう。


「(…馬鹿な子)」


ヨハネスの命はヨハネスのもので、其の使い道を、人生を、は口出し出来るものではない。それでも不老不死という肉体に不本意にもなってしまったからすれば、何れ終わる命ならば大切にして欲しいと思わなくも無いのだ。どういった事情があれど、仮死状態に陥るということは死んでも可笑しく無い事で、容易に其の選択をし実行したヨハネスに呆れてしまう。ヨハネスを強制的に死者の都から追い出す事に成功したはメリオダス側の加勢に回ろうと方向転換するが、近付く魔力に加勢は不要かと思い一瞬踏み出す足を躊躇った。


「…所詮、伝説とは幻想にすぎないのでしょうか…?」


振り返った先にはバンの喉にレイピアを突き刺すギーラの姿がある。バンの背後から迫る魔力と物体、人物にメリオダスも気付いたのか顔を上げた。バンの胸を突き抜けて、飛び出す鋭利な刃物。其れ勢い其の儘にギーラの身体を撃ち抜き、ギーラは激しい勢いで後方に吹っ飛び鉱石へと激突する。


「んおっ?なに?」


突如吹き飛んだギーラに、バンは己の胸を見下ろし、過去何度も見た事のある槍に視線を留めた。槍の持ち主の気配が背後に有る事に気付き背後へと振り返れば、其処には悠々とバンの胸を貫く槍の上に佇むキングが居る。


「やあ、バン」


本日二度目の挨拶は、奇しくもバンが胸に槍を貫かれる形で果たされる。ギーラは鉱石に激突した衝撃で崩れた其の鉱石の瓦礫の下へと埋まり、は横たわるディアンヌの傍へと歩を進めて歩み寄れば、ディアンヌとの視線が交差する。横たわる程、酷い外傷では無さそうでは口を開き掛けるが、慌ててディアンヌに唇に人差し指を立てて懇願されると、は直ぐに察して一度小さく頷く。好きな人に心配されたいという気持ちは、恋をしていれば大半の女子が思う所だろう。


「オイオーーーイ、なんの真似だキングー?」

「見れば分かるだろ。助けに来たのさ」

「助けに…ね。そりゃどーも」

「どういたしまして。団長とディアンヌ、の為だもの」


バンの胸には相変わらず槍が突き刺さったままで、胸や口からバンは大量の血液を吐き出される。荒技な救援方法だが、皆揃って穏やかな表情なのは、危機的状況にキングが手助けに来てくれたからだ。


「あらら。俺はなしかよー」

「それと…君を想う妹の為さ」


射抜く様な鋭い目付きで交わるバンとキングの瞳に、は二人の会話に一つの事実に気付くのだ。バンが想う死者は、キングの妹だと言う事に。刹那、鉱石の瓦礫が激しい爆発音と共に吹き飛ばされ、瓦礫の山があった中央に天へと向けてレイピアを構えるギーラが姿を見せる。キングの槍に貫かれた様にも見えたが、咄嗟に防御していたのだろう。


「あなたの裏切りは想定内ではありました。が…やはり残念です“怠惰の罪グリズリー・シン”キング」

「その発言は想定外だね。オイラは端から王国聖騎士の仲間になったつもりはないよ。“七つの大罪”を倒したい王国側と、バンを倒したいオイラとで一瞬目的が一致しただけ。でも生憎事情が変わってさ。悪いけどギルサンダーに、君のボスにそう伝えてくれない?」


掲げていたレイピアを下ろし、穏やかでは無い会話がバンを挟んでキングとギーラの間で行われる。


「あの坊やが私のボス?」


明らかにギーラの纏う空気が変わる。キングの言葉が癇に障った様で、レイピアの先から小さな火種を生み出し、表情こそは笑っているものの、決して笑っていない声で吐き捨てた。


「冗談は寝癖だけにしてください…不愉快です」


放たれる無数の火種は、一つでも喰らえば漏れなく爆発するのだろう。一つ爆発すれば他の火種にも引火し、大きな爆炎を生むに違い無い。


「こりゃ全部捌くのは骨が折れそうだな」


加勢に加わろうとしたメリオダスを尻目に、キングは命令を下す様に人差し指をギーラへと向ける。するとバンの胸に突き刺さっていた槍は貫通し、バンの目の前で高速で回転を始めた。火種が一つ爆発し、他の火種も一斉に煙と炎を上げて耳を劈く様な爆発音を生む。


「素晴らしい…!」


煙を晴らす様に風を起こす槍が回転を停止させた時、其の向こうに見えるのは無傷のキングとメリオダス、そして貫からた胸の穴が修復されたバンの姿。


「それが噂に名高い霊槍シャスティフォル。真偽のほどは知りませんが妖精界に存在する神木から造られた神器だとか…強度は鋼をも上回り、神木の不思議な特性を持つと聞きました…。貴方の魔力はその全ての特性を引き出す―――――“災厄
ディザスター
”」


シャスティフォルはくるりと飛躍し、従事する様にキングの傍で停止する。手を後ろで組み、悠々と宙に浮いて佇むキングは無表情にギーラを見据えていた。


「これで少しは楽しめそうです。よろしければヨハネスも居ない事ですし五体一でどうぞ」

「いや…一対一だ」


何時の間にか消え失せたヨハネスに、ギーラが挑発的に相手に有利な条件を提案するが、キングは構わず拒絶し己が相手になると告げる。


「キング!」

「団長達は後ろで見物しててよ」


浮遊しながら、キングは一度わざとバンの後頭部にぶつかってから前へと出て、後ろにメリオダス、バンを追いやってギーラと正面から対峙する。此処まで言われれば首を突っ込むに突っ込めず、メリオダスとバンは互いに見やると、踵を返してディアンヌとの居る後方まで下がって来るのだ。


「………正気ですか?“七つの大罪”が三人がかりでやっとの相手にたった一人で…?」

「どうでもいいよ。さっさと終わらせよーよ」

「フ…いいでしょう」


ギーラはレイピアを構え、キングな頭上でシャスティフォルを回し、二人は向かい合って対峙する。互いの出方を窺う様に両者ともに動かず空気が張り詰め、ギーラは余裕を見せる微笑みを浮かべた。


「さぁ、いつでもどうぞ?」


刹那、ギーラの真横を飛ぶシャスティフォルが、其の風圧でギーラの長い髪を大きく揺らし、避けた頬から血が噴き出す。


「ダメじゃないか。ちゃんと避けなきゃ」


キングが巧みに指を動かしシャスティフォルを操れば、目にも留まらぬ速さと大地を軽々と抉る威力にギーラは翻弄され、防戦一方だ。逃げ惑うギーラの後をシャスティフォルは刃を光らせ追い掛ける。迫る刃を爆炎と共に弾き返せばシャスティフォルは落下するが、キングの前でピタリと静止する。


「ブリリアント・デトネーション!!」


レイピアを空へと翳し、数多の火種を生んで一つの塊へとなり、火種が集まれば集まる程に眩い光と地響きを鳴らして死者の都迄も破滅させようと威力と規模を拡大させる。今迄とは桁違いの魔力にメリオダスやディアンヌ、キングが身を起こし顔を上げる中、は其の光を静かに見上げていた。


「マズイんじゃねーの?」


バンが不安を呟いた瞬間、ギーラの頭上で練られた爆炎の塊が内部から爆破をして一斉に弾けた。まるで其れは隕石の様で鉱石を破壊し、地に大穴を開けて降り注ぐ。


「霊槍シャスティフォル、第五形態“増殖インクリース”」


其れでもが動こうとしないのは、キングの力を知っているからだ。誰よりも優しい彼は、自分よりも誰かの為の方が力を発揮する事が出来る。メリオダスの為、ディアンヌの為、の為、そして愛する己の妹の為に戦うキングは、最早無敵なのだ。



「団長!」

「待て!」


強張った声でメリオダスを呼ぶディアンヌに、メリオダスは不要だと言わんばかりにディアンヌに制止をかける。シャスティフォルは其の姿を数え切れない程の小型のナイフの様な形状へと変化させ、キングの後ろで標的を見据えると、キングが指を鳴らしたのを合図に一斉に線を引いて飛び立った。火種が地上へ落ちる前に、小型のシャスティフォルは火種を射抜いて爆発させ、上空には炎の色と黒い煙が立ち込める。消失した火種にギーラが目を疑う其の背後には、円形になってギーラを狙う数多のシャスティフォル。


「ハーレクイン…」


キングがシャスティフォルに指示を出す拳を握れば一斉にギーラへと襲い掛かり、シャスティフォルは周囲の鉱石をも巻き込んで破壊する。破壊の爆音に掻き消される様な小さな音をは零した。吹いた強風に髪を揺らしながら、何処か遠い目で儚げな瞳で妖精王の彼の名を。彼の真の名を呟いた。










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