崩れ落ちるギーラの立っていた鉱石に、砂埃が立ち込め瓦礫が積み上がる。ギーラはシャスティフォルの攻撃を直撃した様で姿は無く、瓦礫の下敷きになっている頃だろう。戦いが収まった所で近付いてくる小さな蹄の音に皆が振り返れば、エリザベスとチャーリー、ナーガを乗せたホークが駆け寄って来ていた。


「お前らこりゃまた派手にやったな!!」

「お怪我はありませんか!?」

「おう!みんな無事無事」

「よかった…」


心配気な声を掛けるエリザベスに、メリオダスが片手を上げて無事を伝えれば安堵の息を吐いてエリザベスが笑みを零し、つられる様にディアンヌが笑う。ホークの背からエリザベスが降りれば、チャーリーとナーガは一目散にの元へとやって来て、ナーガは足元に擦り寄り、チャーリーがの肩へと飛び乗る。


「ハンスの魔力を感じたけど」

「もう向こうに戻った」


耳元で囁かれる問いに簡潔に答えれば、チャーリーはふーん、と何とも微妙な相槌を打つ。離れた場所に居てもチャーリーはヨハネスの魔力を感じ取っていた様で、だからこそ不服な様だ。


「驚いた。まさかハンスがに刃向かうなんてね」

「今はハンスも聖騎士。大罪人を前に何もしない方が可笑しな話よ」


ヨハネスの行動は正当だとチャーリーに告げ、は一度小さく息を吐く。刹那、瓦礫の崩れ落ちる音と共に息を切らした女の声がして視線を其方へ慌てて向ければ、倒したと思われていたギーラが強く飛び出していた。


「キング」


レイピアを振り被り、其の先端に魔力を集めて爆炎を生む。背後を取られたキングも素早く反応し振り返るが、ギーラとの距離は既に迫っていた。


「この至近距離では霊槍の防御をもってしても無傷では済まない!」


キングの直ぐ背後にはエリザベスの姿があり、避けるに避けれない状況に苦虫を噛んだ様にキングの表情が歪み、強張る。メリオダスが駆けたと同時には素早く杖を振るうと、杖の先端からは光が放たれ、メリオダスはキングとギーラの間に割って入った。


Protego護れ!」

「お前がな」


キングの目の前に透明の盾が生まれ、振り翳されたレイピアと爆炎はメリオダスの刃の無い剣に弾かれた。


「しまっ…」


メリオダスの“全反撃フルカウンター”を受け、ギーラの身体は強風と共に爆炎に包まれる。其の瞬間、消えたギーラの気配に目を丸くするメリオダスとキングを見やって、は盾の呪文を解いた。


「…ギーラの気配が消えた」

「死んだか…最後はあっけなかったな…!!」


爆炎による黒い煙が晴れても其処にはギーラの姿は無く、戸惑うディアンヌに続きホークが鼻で笑いながら相変わらず大きな態度を取る。そんなホークに呆れ顔のチャーリーを眺めていれば、視界の端、バンの隣にきらりと光を放つ美しい姿を見つけた。


『おそらく…今の衝撃で元の世界に戻ったのね。生身でやって来た貴方達と違って魂だけの様だったけど…それでも精神に相当の傷は負ったはず』


静かに現れた美しき少女は、バンの隣に寄り添ってギーラの消えた先を見つめて鈴の音の様な優しい声で囁いた。振り返るバンは少女を見つめ、其の瞳はそっと細める。


「プゴォオーーーー!!」

「ど…どうしたのホークちゃん!」

「オ…俺の…耳がねえっ!!」


徐々に消え始める身体に、ホークが己の耳が消失した事に奇声を上げ、エリザベスも顔や足が消えかけている事に悲鳴を上げた。混乱に陥っているとはいっても、誰も少女に気付かぬあたり、バン以外の皆には少女の姿は映っていないのだろう。





チャーリーの呼び掛けに意識を少女とバンから外して視線を落とせば、腹部や耳、尻尾が消えた黒猫の姿がある。足元では困惑し蠢くナーガが塒を巻いて消える己の身体を見ては長い舌を出して鳴き声を上げていた。そんなナーガを落ち着かせる様には撫でてやろうと手を伸ばすが、手首より先は既に消えてしまっていた。


『“この世界”が本来此処にいるべきではない生者を拒絶し始めたようね』


ホークやエリザベスだけで無く、メリオダスやディアンヌ、キングやバンまでもが身体の一部を少しずつ、少しずつ消して行く。不思議と気持悪さは無い。凡ゆる箇所が欠けた身体は見ていて良い気分では無いが、何せ痛みは無いのだから不思議な感覚だ。


『会えて良かった…バン』

「またな…エレイン」


悲しい別れを交わす男女には視線を向けず、は己の消失を待つ様に瞳を閉ざした。降りた瞼に世界は黒く塗り潰される。次に瞳を開いた時、其処には緑輝く鉱石が眩しい世界では無く、何時もの世界が広がっているのだろう。


『ありがとう、兄さん…バンを守ってくれて…』

「エレイ…」


妹、エレインに礼を言われ、キングの涙ぐんだ声が少女の名を紡ごうとしたが、其れは最後まで続く事無く不自然に途中で消えて無くなる。キングは妹の名を言い切る前に元の世界へ強制帰還されてしまったのだろう。肩に乗っていた黒猫の重みは無く、足元では悲鳴を上げていた蛇の鳴き声はもう聞こえ無い。身体は消え失せ、顔だけが死者の都に残るは、首から、頬から、頭部から蝕む様に空気中へと同化し消えて行く己の最後を唯待った。


『貴女も、ありがとう…。兄さんを守ってくれて』


掛けられた言葉に、閉ざしていた瞳を薄く開いてエレインへと目を向ける。のエメラルドグリーンに金髪の少女の姿が映し出された時、少女は僅かに目を見開いて、後に穏やかに微笑んだ。


『やっぱり貴女、見えて』


瞬間、視界は暗転し殺風景な集落の景色へと移る。エレインの言葉を最後まで聞き届ける事は出来なかったが、これといって思う事は無い。死ねない身体のは、もう二度と彼女と会う事など無いのだから。


「元の世界に戻ったらしいな」

「ええ…。結局…私達を死者の都に導いたのは誰の想いだったんでしょうね…?メリオダス様はどうお考え…ハッ!!」


元居た場所へと死者の都から戻ってきた一行は、周囲を見渡して一息吐く、なんて事は無く、エリザベスが怯えながら見つめる視線の先を見据えて警戒心を強めていた。


「聖騎士ギーラ!!」

「なるほどな。自分を仮死状態にして死者の都に来たわけか。ハンスは…いねぇみたいだな」

「ギーラ程、傷を負わせてない。早々に目覚めて撤退したんじゃない」

「の可能性が高そうだな」


己の胸に指を突き刺し、硬直して動かぬ意識の無いギーラを見据え、メリオダスは至極冷静に状況を分析する。近くにヨハネスの姿が無い事に気付けば自然とメリオダスの瞳はへと向いて、は簡潔に答えた。ヨハネスはと一対一で戦ってから姿が見え無くなったのだ。が先に此方の世界へヨハネスを戻したのだと推測するのは実に容易な事である。


「つーことはボチボチ目を醒ますんじゃね!?」

「皆さん早く逃げましょう!」


ヨハネスが先に目覚め撤退したのだとすると、直にギーラが目覚めるという訳では、飛び退くホークとエリザベスは早く逃げようと言わんばかりに逃げ腰だ。しかし、怯えているのはホークとエリザベスだけで、バンは好戦的ににやりと笑みを零し、キングは腰に手を当てる。


「殺そーぜ、今のうち」

「野蛮だな…石化させる」

「同じことだろが」

「何だとバン!?」

「…子供だなぁ」


喧嘩を始めんばかりに口論になり掛ける犬猿の仲のバンとキングを見やって、ディアンヌは呆れた表情で呟いた。バンは不死であり、キングは妖精だ。長い年月を生きている筈なのに、二人の精神年齢は何十年も前に成長が止まっている様である。


「うんにゃ、俺に任せろ!!」


言い合いを始めた二人を遮り、メリオダスが腕を組んで胸を張りギーラへと近付く。其の手には何処から調達してきたのだろうか、何故か鋏とマジックペンが握られていた。



















ギーラに細やかな嫌がらせを施した後、一向は酒場へと戻り、次の街へと移る為にホークママの背に乗って移動を始めた。日が傾くまで移動は続き、広々とした空間と湖を見つけたなら、今晩は此処で休む事に決め、男性陣とディアンヌで湖から魚を調達し、其の間にエリザベスが木の枝を集め、が魔法で火を灯し焚火を作ると、採れたての魚を塩焼きにして早めの晩餐を始めた。


「そう言えば、先程仰ってたハンスって方は…もしかしてヨハネスの事ですか?」

「ん?ああ、そうだ。エリザベスも知ってたのか?」


そんな夕食を店の酒と共に味わっていると不意にエリザベスがメリオダスに問い、魚に噛り付きながらメリオダスはエリザベスに問い返す。するとエリザベスは困った様に僅かに眉を下げ、はにかみながら口を開いた。


「ええ、まあ。ただ…あまりお話した事はありませんでしたが…」


脳裏を過るのは未だ王国に居た頃の記憶。時折見かけるヨハネスは、偶にギルサンダーと歩く姿を見かけるが、基本的に単独行動を取る事が多く、城内で見かけるヨハネスはいつも一人で歩いていた。ギルサンダーの様に優しくも無く、グリアモールの様に話してをしてくれる訳も無く、ヨハネスは何時もの他人から一線を引く様に離れた所に居て、とえも冷めた瞳で周りを見、愛想笑い一つしない。


「ヨハネスは何時も難しい顔をしていて…とても怖い印象でした」


感情を見せない底知れる彼を知りたいと思う事もあった。勇気を振り絞って歩み寄る事もあったが、あの冷たい目で見つめられると何時も足が竦んで喉から声が出なくなる。眉間に何時も皺を寄せ、数少ない会話をするギルサンダーやグリアモールと居ても笑わない彼を、エリザベスは何時の間にか自ら近付く事をしなくなっていた。


「アイツは俺らが未だ王国に居た時、よく笑ってたんだけどな」

「僕達が任務から帰ってきたら一番に笑顔で迎えに来てくれてたよね」

「そーいやアイツ、にべったりだったなぁ」


メリオダスはエリザベスの知るヨハネスとは違い、己の知る最後の彼、幼い子供の頃の彼を語り、ディアンヌが同意する様に任務から帰った時の笑顔で迎えてくるヨハネスを思い返して言う。バンは不意に其のヨハネスが七つの大罪の中でも、特にに良く懐いていた事を思い出し、酒で真っ赤になった顔と蕩けた目をへと向けた。


「言われてみれば確かに」

「僕、ハンスは絶対が好きだったんだと思ってたよ!」

「どちらかと言うと僕達よりに会いに…って感じだった様な…」


は魚の身を千切ってナーガとチャーリーに食べさせながら、じっと見つめる様に向けられる視線に溜息を吐く。どんな期待の籠った瞳を向けられても、とヨハネスの間には、そういった関係は一切無い。


「単に親しみ易かったんじゃない」


七つの大罪の中でも、実年齢はさておき、外見で言えばが一番歳下に見える。は、当時のヨハネスは同じ歳程のに親近感を抱き、他のメンバーよりも唯、懐いついただけだと告げた。ヨハネスがを見る瞳に、恋情の色があった事は伏せておく。実際は気付かない振りをしてやり過ごしていたし、今更過去の事を話す必要性は無いからだ。


「そうかなぁ…。僕はやっぱりハンスはの事が好きだったんだと思うけど。…あ!はい、団長っ。ゴハンできましたよー、あーん」

「ムリだっつーの」


不服そうに唇を尖らすディアンヌだが、眼前で火に当て焼いていた魚が香ばしい匂いを放っている事に気が付くと、其の魚を持ってメリオダスへと差し出す。其れを断るメリオダスは己の焼く魚の食べ頃を見計らっており、魚には一瞥もしなかった。補足するなら其の魚は正しくディアンヌ専用サイズの巨大さで、魚でディアンヌがメリオダスの頭を突けば、まるでメリオダスが魚に飲み込まれそうな図が完成している。


「ねぇ、ディアンヌ。本当に怪我はもういいのかい?」

「え…?う…うん!もう平気」


不意にキングに容体を心配され、ディアンヌは慌てて顔を逸らし、メリオダスを突いていた魚を齧りながら目を逸らす。明らかな不審な態度ではあるが、キングは全く其の様子に気付く事は無く、バンが笑った。


「バーーーカ。団ちょに構って欲しくてわざとやられたフリしてたんだろ」

「ディアンヌはそんな娘じゃない!!」


酒を片手にニヤニヤと笑うバンに全力で否定するキングの後ろで、表情を引き攣らせるディアンヌが明後日方向を只々見つめる。そして話を振るなと言わんばかりに満腹で眠いと告げてディアンヌが横たわれば、其れを見てナーガが塒を巻いて頭を伏せる。ナーガも眠いらしい。


「二人共、落ち着けよ」

「で…でも団長!」

「お前らが喧嘩してるとエリザベスも緊張すんだろ」

「メリオダス様、私は別に…その………」


またしても喧嘩を始めようとした二人をメリオダスがエリザベスを理由に仲裁に入れば、エリザベスはとんでもないと首を振って曖昧に笑う。そんなエリザベスにキングは目をやると、常々思っていた疑問をメリオダスへとぶつけた。


「そうだ…!この娘は団長とどんな関係なの?」


メリオダスを見るキングの後ろで、キングを馬鹿にする様に舌を出すバンの姿を見て見ぬ振りをして、は膝元で伏せるチャーリーの背を撫でる。身の無くなった骨だけの魚は焚き火の中へと投げ捨てれば炎に飲まれた骨はパチパチと音を立てて燃えた。


「王国の王女様だ。たしか…第三王女だっけ?聖騎士から王国を救う為、“七つの大罪オレら”を必要としてんだよ」

「お…王女様!!?」


メリオダスの紹介に、キングは破顔して声を荒げた。何処か慌てている様な素振りに何を焦っているのかとチャーリーが息を吐く。


「そ…それを早く言ってよ団長!!そうとわかってたらキチンと正装したのに!!」

「なぁにが正装だよ」

「キング様、お気になさらずに…」

「――――んぐぐっ」


正装という言葉に食って掛かるバンに、構わないと遠慮がちに微笑むエリザベスを尻目に、キングは徐に力み出して呻く声を上げ、突如、其の姿が変貌した。


「ほっ!」


可愛らしい幼さの残る顔は中年の男のものに。細く小さな身体は縦と横に伸びた。質素な衣服は柄ばかりで目が痛い何ともダサい服へと変化し、首から下げた宝石がきらりと光を放つ。思いっきりバンは口の中の酒を吹き出した。


「おおっ、服が変わった」

「そこじゃねぇ!!」


世に出回る手配書其の儘の姿になったキングは、王国転覆前、聖騎士として王国に居た時と同じものだ。何方も同一のキングである事には変わりは無いが、其れでも突っ込む所は衣服の変化では無く、メリオダスの感想にバンは全力で突っ込む。


「いやー、この姿になるにはずっと気を張る必要があってさ。七つの大罪、“怠惰の罪グリズリー・シン”キングです…。以後お見知りおきを…」


畏まった口調で決めながら、胸に手を当てて右足を後ろに引き、僅かに頭を下げて名乗るキングにエリザベスは言葉も出ず硬直する。


「…ブタだな」

「え?」


キングの変貌を見て、ホークが率直な意見を言えば、バンが横目にホークを見ながら呟いた。確かに、ホークが言う台詞では無い。


「王女様とは知らず死者の都での非礼、お許し下さい!」

「そ…そんなことは…」

「エリザベスはそんなことで怒りはしねぇよ。本当に気が良くて優しい奴だからな」


暑苦しい剣幕で、汗を滲ませながらエリザベスに迫るキングは見るに堪えない。至近距離にあの顔が近付いてくると思うとエリザベスに同情しか無かった。実際エリザベスはキングを邪険に扱う事は無かったが引いてはいる様で僅かに仰け反っている。そんな二人の間にメリオダスは割り込むと、キングの顔を手で押し返しながら、二人との距離を強引に開かせた。


「と…とにかくもっと肩の力を抜いてください」

「でも…」

「ど…どうか!お気楽にっ」


必死に元に戻る様、遠回しに訴えるエリザベスに対し、己の立場もあってキングは困り顔で渋る。それでもと引かぬエリザベスは懇願する様に願い、キングは脂汗が滲んだ強張る表情を僅かに緩ませた。


「は…はぁ。そういうことなら…」


気を緩ませた瞬間、小さな音共にキングの身体は中年の男の物から元の可愛らしい容姿へと戻り、倒れ込むキングを受け止めるようにクッションの形をしたシャスティフォルが受け止める。だらりと身をシャスティフォルに預け、キングは心底疲れたといった風に長く息を吐き出した。


「ふーーーー。久々で肩がこったーーー」

「あ、服が戻った」

「団ちょの目は節穴かよ!!」


ほっと胸を撫で下ろすエリザベスの傍で、キングの衣服が変化した事に呟くメリオダスを、バンが力一杯突っ込みを入れる。其の際、飲んでいた酒が口から零れ落ちたのは言うまでも無い。


「他人に気を遣う暇があんなら、もっと気を遣うべき相手がいたんじゃねぇのか」

「………!」


しゃっくりをしながら、顔を真っ赤にさせ、何時もは強い眼力を放つ瞳を虚ろにさせて、バンが酒に口を付けながらキングにやけに真面目な表情で言う。言葉を詰まらせバンを見つめるキングに、二人の間の空気が凍る。メリオダスは素早く焼き上がった魚を二匹掴むと、そっと音も無く気配も無くバンとキングの間に割り込めば、睨み合う二人の口に高温の焼き魚を当てがった。


「うぁちィーーー!!」

「魚、焼けたぞ」










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