夕食の魚も平らげた後、一行は未だ湖の前で焚き火を囲みながら酒を飲み、休息を取っていた。これといった事もせず、ただ久しぶりの再会に他愛の無い談笑を楽しむ。戦いばかりの日常の中の、暫しの穏やかな時間だった。
「それにしてもキング様って、とてもお強いんですね。メリオダス様達が苦戦した相手をたった一人で圧倒してしまうなんて…」
クッション型のシャスティフォルを抱きながら、ふよふよと浮遊していたキングにエリザベスが輝いた瞳でキングを見上げる。現場に居合わせなかったエリザベスだが、死者の都でギーラを赤子の手を捻る様に簡単に倒してしまったキングに大きな衝撃と感心を与えた様だ。
「そうそう。その件でみんなに聞こうと思ってた」
ジロリとキングの目が寛ぐメリオダス、ディアンヌ、バンとに向けられ、ディアンヌは思わず顔を逸らし、メリオダスは口笛を吹き出して、そもそも気にしていないバンは流し込むように酒を飲む。はチャーリーの背を撫でながら決してキングの顔は見なかった。
「確かにあの聖騎士はなかなか手強い相手だった。けど、君達の本来の力なら倒せた筈だよ」
「え?」
「ど…どういうことだ?」
徐にキングが口にした事実に目を丸くするエリザベスと、ホークが問い掛ける様にキングに尋ねる。するとキングは真っ直ぐと其々の反応を示した四人に向けて、鋭い目付きと言葉を投げ掛けた。
「四人共、神器はどうしたの?」
聞き覚えの無い神器という言葉に話が見え無いエリザベスとホークは黙ってキングの視線の先の四人を見る。するとを除く三人は、揃って笑みを浮かべた。
「失くしちゃった」
「売っちゃった」
「盗られちゃった」
「…!!」
衝撃のあまり、キングの表情が一瞬中年の男のものとなり、言葉も出ないキングは暫し其の儘、身を硬直させ、次に元の姿へと戻った時には腹の底から声を張り上げるのだ。
「ありえない!!七つの大罪結成時にリオネス王国国王から賜った神器を」
口を手の甲で覆いながら、浮遊しながら後退るキングは相当衝撃的だった様で、眉間に皺を寄せていきり立つ。
「売った!!?」
「店の資金がかかっちゃって」
「盗まれた!!?」
「投獄された時になー」
金を連想させる様に親指と人指し指を引っ付けて笑うメリオダスと、相当酔いが回っているのかホークの背に緩んだ表情で伸し掛かるバン。続いてキングが勢い良くディアンヌに振り返れば、ディアンヌは己の髪で顔を隠す様に手で覆いながら、大きな瞳を潤ませてキングを見つめる。
「な…失くしちゃったものはしょうがないよ!うん!」
「僕…僕ってばダメな娘?」
「そんなことないよーーー!」
「「………。」」
一言も言っていないディアンヌに対し、何処までも甘く優しいキングは涙ぐむディアンヌを懸命に励まし悪く無いと訴える。ディアンヌにだけ態度の違うキングをメリオダスとバンはジッと見つた。
「で、は?売ったの?盗まれたの?失くしたの?」
ディアンヌが泣き止んだ事を確認してから、今度はへと振り返りキングは顔を傾けながら手を腰へと当てての前まで移動し、宙に浮かびながら佇む。メリオダスやバン、ディアンヌの様に無いとは口にしなかっただが、無言は肯定している様なもので実際の近くに神器の姿は無いのだから、キングは最初から神器が無い事を前提に話を進めた。
「黙ってちゃ分からないよ。ほら、怒らないから言ってみて」
あまり口数が多く無いに、出来るだけ落ち着いた声色で問うキングは、いよいよ浮いていた足を地につけてと視線の高さが合う様に問い掛ける。チャーリーはキングを一瞥した後、を見上げるとそさくさと立ち上がっての膝の上から降りた。
「怒らないから」
降りたチャーリーは眠るナーガの隣に横たわり、寄り添う様にして頭を下げて目を閉ざす。どうやら口を挟むつもりは毛頭無いらしいチャーリーを見やっては目の前に立つキングに視線を戻すと閉ざしていた唇を開いた。
「今は持ってないけどある」
「そっか。無いならしょうがな………ん?ある?」
当然無いと答えると思い込んでいたキングは、思わぬ返答に首を傾げる。今一度肯定する様には小さく頷けば、服の袖に仕舞っていた杖を取り出すと、何処へと向ける訳でも無く軽く振るった。
「Accio、神箒セクエンス」
呪文を唱え、神器の名を呼び、暫しの間。何処からか聞こえてくる風を切る様な音に皆が空を見上げれば、遠い遥か彼方から此方へ飛んで来る小さな影。其れは徐々に鮮明に其の姿を現して、の傍で停止した。
「これが…様の神器?」
美しいフォルムは神秘的な雰囲気を漂わせ、宙にゆらりと揺れながら浮遊する箒を恍惚の表情でエリザベスが見惚れていれば、キングが肯定する様に言葉を紡いだ。
「神箒セクエンス。此の世で最も古く、何時からか魔力を帯び始めた大樹から造られたとされるの神器さ」
牢獄に入れられる前に奪われた箒型の神器、セクエンスは最後に見た時と変わらぬ姿で其処にある。何処でどの様に誰の手に渡っていたのかは分からないが、処分されずに丁重に保管されていたらしい。が杖を仕舞ってセクエンスに手を伸ばせば、触れた木の枝はしっくりとの手に馴染み、の膝の上へと乗る。
「もう!あるならあるってそう言ってよ!」
「あるって言った」
セクエンスが手元にやって来た事に、安堵しながらも不服そうな表情のキングに、はしれっと言い返すと、エリザベスは前のめりになっての膝元にあるセクエンスを見つめながら興味津々とばかりに目を輝かせた。
「様は此の箒で空を飛ばれるんですか?」
「うん」
「素敵ですね!私、鳥の様に此の空を自由に空を飛べたらどんなに気持ちが良いか…昔凄く夢に見てたんです」
小さく笑いながら微笑むエリザベスは綺麗で、嘘偽りの無い無垢な表情が眩しい。心に穢れがないからこそ、浮かべる事が出来る其れに、の表情を自然と柔らかくなった。
「乗る?」
「え?乗せてくださるんですか!?」
「うん」
空を自由に飛び回る事など、魔女のには珍しくも何ともない事。けれど決して人間には出来ない事であり、だからこうしてエリザベスの様に空を飛ぶ夢を見るのだ。その細やかな願いを夢を、叶えてやってもバチは当たらない。
「ありがとうございます!本当に夢みたい!」
眩しい程の笑顔、頬を赤らめて笑うエリザベスはうっとりとセクエンスを見つめ空を飛ぶ己を頭の中でイメージする。快適なものだったのだろう、緩んだ表情に考えている事は筒抜だったが、不意にエリザベスは笑みを引っ込めて不安の色を見せて呟く。
「でも私、ちゃんと乗れるでしょうか…」
「怖いならメリオダスと一緒に乗れば良い」
「じゃあ後で空の散歩でもしに行くか!」
「はい!」
私が一緒に乗る、と言わなかったのはちょっとしたなりの配慮だ。セクエンスはの意のままに飛ぶことが出来る。其れはセクエンスの主であるが乗って居なくてもだ。ならば、あまり話した事もないが一緒に乗るよりも、信頼関係にあるメリオダスが一緒の方がエリザベスは安心し、心から空の旅を楽しめると思ってである。
「ありがとな」
「別にいいよ」
子供の様にはしゃいで喜ぶエリザベスに、メリオダスは優しい表情で笑ってに礼を囁く。其れを構わないと答えながらセクエンスをエリザベスの周囲で旋回させれば、エリザベスの興奮も高まり歓喜を上げた。
「様は優しい方なんですね」
飛び回るセクエンスに手を伸ばし触れれば、セクエンスは其の手に収まる様にエリザベスの手の中で落ち着き、エリザベスの頬に持ち手の木の棒を擦り寄る。ふふ、とセクエンスの愛らしい行動に笑いながら、エリザベスはセクエンスを優しく撫で、に笑いかけた。優しいつもりも、優しくしたつもりも無いのに、優しいと言うエリザベスにほんの少し苦笑が漏れる。
「全然。そんな事ないよ」
そんなをチャーリーが薄っすらと開いた瞳で見ていた事を、エリザベスとは気付かない。今一度チャーリーが瞼を閉ざせば、ナーガは夢でも見ているのだろう。小さな鳴き声を上げた。
「それにしても三人は神器が無いなんて…」
「フ…キングちゃんよ。武器の一つや二つでそう鼻息荒げるなよ」
ぽつりと呆れた声で呟いたキングに、ホークはくだらないと鼻を鳴らしてキングを見やれば、もっと言ってやれと言わんばかりにバンがメリオダスに絡みながら煽る。キングは冷めた瞳でホークを見下ろせば、ふわりと浮遊して湖へと近付いた。
「ブタ君」
「え?ブタ君?」
「例えばこの湖を七つの大罪の誰かの魔力としよう…。君は湖の水を手の平でどれほど掬える?」
広々と広がる透き通った湖を目の前にキングはホークに問うた。どれ程と聞かれても掬える量は手の平分しか掬えない。無言で蹄を掲げるホークにキングは頷くと、湖を前に身を屈ませ、冷たい水の中に手を浸すと、掬い取る様に水を掬うが指と指の隙間から水は音を立てて零れ落ちる。
「そう…。どれほど魔力があろうと素手ではこのとおり。でも武器を持てば―――グラスやジョッキで掬う程度の魔力を出す事が出来る。そして…」
続いて空になった木製のジョッキで水を掬えば、掬われた水の量は言うまでもなく手と違いって多い。キングはジョッキの中の水を湖に戻しながら、反対の手を水のへと翳す。
「神器ともなれば家一軒分の容量、つまり今とは比較にならない魔力が引き出せるんだよ!!」
普通では有り得ない量の水が、ふわりと浮き上がって円形状に波打ちながら、宙に浮く。家一軒分、ホークママと同じ位の大きさの其れにホークは神器の力と、其の価値と重要性を目の当たりにし理解すれば、今度は態度を一変させて小さな足でメリオダスの胸倉を引っ掴み捲くし立てるのだ。
「お前らなんつーお宝手放してんだっ!!」
「はっはっ」
「まぁ…今ここでないものの話をしても無意味だ。でもこれから先は七つの大罪以外に神器も探さなきゃね」
激しくホークに揺さぶられるメリオダスは、されるがままに空笑する。キングは今後は仲間探しの他に神器を探す必要性を訴えれば、反論は特に上がらず皆納得の面持ちだった。
「はもう絶対に手放しちゃダメだよ。僕みたいに肌身離さず持ち歩く事!いい!?」
「………。」
そしてキングはに人差し指を突き立て、強く神器を手放すなと念を押せば、其の迫力には口を閉ざすもキングは言うだけ言ってすっきりしたのか、はたまた最初からの返答に期待していなかったのか、小さく息を吐いて腕を組んだ。一先ず話の区切りがついた事でメリオダスがキングを見上げて問い掛ける。
「それはそうと…王国では今何が起きてる?聖騎士共が突然謀反を起こした理由は何だ?」
「さぁ、オイラも詳しくは…ただ…聖騎士達に妙な変化があった事は確かだね。王国民を守る事より戦に向けての準備を優先しているようだし、それこそ王城内は物々しい警戒態勢らしいよ」
つい先程までメリオダスに絡み酒をしていたバンは、陽気な寝息を立てて岩に寄り掛かりながら眠りこけている。そんなバンを一瞥した後、キングはメリオダスの問いに己の知る限りの事を話した。そもそも何故メリオダスが問い掛けたのかと言うと、死者の都での一件までキングは聖騎士側と手を組み、行動を共にしていた為、内部事情を知っていたからである。
「あの…キング様!!父上や…姉様達は無事でしょうか!?」
「や…ごめん。オイラも直接見たわけじゃないから…」
「そう…ですか」
王城内の警戒態勢と聞けば、エリザベスの脳裏に過るのは父である国王と城に残る二人の姉の安否である。相当心配なのか、立ち上がりキングに問い詰めるエリザベスの表情は悲痛で、詳しく内容を知らぬキングは申し訳無さそうに口籠りながら謝罪を口にすれば、眉を下げて落胆するエリザベスは父や姉が気になるのか明らかに肩を落としており、メリオダスは酒を片手にエリザベスを盗み見た。
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