焚火を消し、薄暗くなりだした空に皆は揃って豚の帽子亭の中へと移動する。巨人族であるディアンヌは一緒に中へと入る事は出来ない為、外でホークママと共に一夜を過ごす。店内に戻る際、寝こけるバンを叩き起こす事は忘れない。


「さてさてさーて、キングくん。今日からお前は七つの大罪の仲間であると共に、豚の帽子亭の従業員になるわけだ。其処でお前の役割を決めようと思うわけ」


徐に人差し指を立ててメリオダスがキングに向かって笑顔と共に振り返れば、キングは驚きに目をひん剥いて戸惑いながら己を指差す。


「え…まさかオイラも働くの?」

「働かざるもの食うべからず」


当然だ、と言わんばかりに腕を組んで頷くメリオダスに、キングは表情を強張らせた。まさか酒屋の手伝いをする羽目になるとは露程にも思わなかったからである。


「…って事はディアンヌとバンとも働いているわけ?」

「大看板娘に気紛れ料理番、そんで魔女っ娘掃除婦」


ディアンヌが看板娘なのは分かる。確かに身体は大きいが愛嬌ある笑顔と可愛らしい顔立ちは客を引き込むには持って来いの人材だ。バンが料理上手な事はキングも知っていた為、特別驚く事も無い。そして掃除担当のも、愛想笑いすらまともにしない彼女は明らかに接客は向いて無く、小さな身体では肉体労働には不向きで、自然と簡単で誰でも出来る役割を与えられたのだろう。の魔力である魔法を使えば、掃除なんて他の誰かがするよりも早く、そして綺麗に仕上がるからである。


「よし!じゃあオイラはダンディな給仕で!!」

「いや客が来なくなる」


ポンッと軽い音を立て、中年男の姿となったキングは、漆黒のスーツに身を包み片手を胸に、もう片方の手には盆を抱えてにやりと笑う。悪どい笑みと清潔感の無い容姿、整っていない顔に一度眠って酔いが冷めたのかバンが冷ややかな指摘をした。


「接客はブタ野郎とエリザベスで足りてるしな…ヘマは多いけど」

「ブタ野郎?」

「えへへ…」


給仕をする気満々のキングに、給仕の人手は足りてるとホークをさらりと貶し、エリザベスには補足を加えて言うメリオダスに、ホークは復唱し、エリザベスが誤魔化すように苦笑する。ホークは持ち前の話術で客と会話をするし、エリザベスも其の外見から男性客からの評判も良かった。只、ホークは残飯への執着が酷く時には客より残飯で、エリザベスは不器用なのか度々皿や酒をひっくり返すドジが残念な所である。其れでも給仕の担当を増やそうとしないのは、そんな難のある一人と一匹で酒屋は十分に回転し営業出来ているからだ。


「じゃあもう出来る事ないっ!!!」

「諦めんの早っ」


カッと目を見開き、凄まじい形相で訴えるキングに、改めて人間相手に好印象を与えて仕事が出来る様には見えず、やはり給仕は却下だと判断する。再び軽い音を立てて元の姿に戻ったキングは暫し己が出来る仕事を頭を捻りながら思案すれば、途端名案が浮かんで手を叩き表情を明るくさせた。


「あっ、いっそこういうのはどうかな?」


キングの提案を聞こうと皆がキングを見やれば、ふわりと浮遊するキングは天井すれすれまで浮かび上がり、クッション型のシャスティフォルを抱き抱える。其の際、何故か再び中年男の姿となれば、強面の顔には似合わない緩みに緩みきった表情でふわふわと浮きながら横になった。


「こーやって、ごろっとしながら店の天井を漂う…それをお客が見て和むんだよぉ…マスコット的な?」


中年の男が気持ちの悪い笑みを浮かべてクッションを抱いてくるりと回転し、時にはクッションの上に横向きになって寝転がる。此れが未だ美少女だったならキングの言う様に和む光景になっていたかもしれない。けれど実際は只のおっさんでしか無く、ついでに言うと最早其れは仕事では無く寛ぎだ。


「「「「「(怠惰…)」」」」」

「うんうん、和むかも」

「却下」


ディアンヌを除く五人が寛ぐキングを見上げて同じ思いを胸に抱き、外から窓を覗き込んで見ていたディアンヌが名案だと頷くが、素早くメリオダスは其の案を一蹴するのだ。じゃあ何をすれば良いのだとキングは元の幼い姿へと戻り床に降りてくれば、メリオダスは顎に手をやって暫し口を噤むと、閃いた案に手を合わせて音を鳴らせば、眉を寄せるキングに担当を言い渡すのである。


「じゃ、キングは仕入れ係に決定」

「それ何気に一番キツくない?」


有無を言わさぬ物言いで拒否権も与えられず役割を与えられ、キングは渋々と頷き承諾する。窓の外はすっかりと暗闇に包まれており、静かな夜がやって来ていた。直に黒で塗り潰された空には幾多の輝く星が浮かぶ事だろう。


「そろそろ暗くなってきたし、今日はもうお開きだ」


窓の外を見てメリオダスが歯を見せて笑えば、外からはおやすみとディアンヌが笑って横たわる音が聞こえた。エリザベスとメリオダス、其の後ろにホークが二階への階段へと向かえば、は立てて肩に凭れ掛けていたセクエンスを持ち直す。


「寝る前にエリザベスと気分転換に夜空の散歩して来たら?」


其れは数刻前、エリザベスと交わした約束。メリオダスに声を掛けただったが、帰って来たのはエリザベスの満面の笑み。花が咲いた様な笑顔からは夜の散歩に対して期待が見え隠れしていた。


「お、いいな。どうだ?エリザベス。行くか?」

「はい!行きたいです!」


メリオダスがエリザベスを見やって、エリザベスは強く一度頷く。そんな彼女に駄目だと言える筈も無く、むしろ言うつもりも毛頭無くて、メリオダスはエリザベスと共に外へと出た。


「じゃ、ちっとばかしセクエンス借りるな」

「適当に飛ばせるから、帰りたくなったら帰るって言えば戻させるよ」


二人に次いでも外へと出れば、の手と中に収まっていたセクエンスがふわりと浮遊し、乗れと言わんばかりにエリザベスとメリオダスの前で横向きに停止する。丁度跨りやすい低い位置で乗る者を待つセクエンスにエリザベスは胸を躍らせながら、横向きに座ると、其の前にメリオダスが跨いで乗って、エリザベスは控えめにメリオダスの腰に腕を回した。


「行ってきます!」

「お前らは先に寝てていいぞ」


笑顔を振り撒くエリザベスに、メリオダスは軽く手を振って、はセクエンスに飛べと命を下す。乗った二人を落とさぬ様にゆっくりと上昇したセクエンスは、遥か高く登ったのなら途端スピードを出して飛び出した。瞬く間に見え無くなる二人とセクエンスに、見送りに外へと出ていたバンが大きな欠伸を一つ零す。


「んじゃま寝るとすっかぁー」

「俺は未だ起きとくぞ。エリザベスちゃんが安全に寝れる様にメリオダスの野郎を縛る重大な任務があるからな!」


散歩に出掛けたメリオダスとエリザベスを見送り店内へと戻れば、眠た気に目を細め、二階へと上がるバンと、使命感に燃えるホークは鼻を鳴らして店内に居る。次いでも二階へと階段を登り始めれば、慌てたキングがとバンを引き留めた。


「ちょっと待って!僕は何処で寝たらいいの?」


キングの問い掛けにとバンは押し黙り、ホークも沈黙する。家兼店の主人であるメリオダスに指示仰ごうにもエリザベスと共に出て行った後だ。どうしたものかと考えた末、バンと、そしてホークは敢えての聞かなかった振りを決め込んでキングから目を逸らすのだ。


「空き部屋は上の物置しか無い」

「え!?物置!?」

「チャーリー、行くよ」

「はいはい」


戸惑うキングを哀れに思い、チャーリーはキングに部屋は無い事を告げると、キングは驚愕を露にして声を荒げる。バンが階段を上って二階へと消えれば、次いでが歩き出し、チャーリーを呼び付ければ、チャーリーはキングに背を向けてへと歩み寄るのだ。


「ちょ、待って!」


の足元ではナーガが這いずり、チャーリーが続いてキングの呼び止めには応じずは階段を登る。後ろからは慌ただしく飛んで追いかけて来るキングの声が聞こえるがは聞こえぬ振りを決め込んだ。


「部屋空いてるじゃないか!」

「…此処はメリオダスとエリザベスの部屋」

「え?団長とエリザベス様、一緒の部屋なの?」


片付いた二階の部屋に出れば、途端声を上げるキングには空室では無い事を告げる。するとキングはメリオダスとエリザベスが同室である事に破顔し、顔を仄かに赤くするのだ。男女が同じ部屋で同じベットで寝起きしているのに何も起きない筈が無いと想像しての事である。メリオダスとエリザベスの部屋を抜け、更に階段を登り三階へ。扉を開けて中へと入れば、其処に広がる部屋の惨状にキングは思いっきり声を荒げた。


「汚っ!!」


先ず目に付くのは、ベットを中心に散らかる物とゴミ。ベットの上には早くも騒音とも取れる強烈ないびきを掻いて大の字に眠るバンがおり、其の五月蝿さには思わず耳を塞いでしまう程のものだ。


「…何してるの?」

「寝るの」

「此処で!?しかも其処で!?」

「ベットは一つしか無いし、バンが使ってるから」


汚い部屋の片隅の、僅かにゴミが浸食されていない隅。其処には腰掛ければナーガが寄り添い塒を巻いて、ナーガの身体を枕代わりには頭を乗せて横たわる。ナーガはの頬に頬擦りし、チャーリーもぴたりと寄り添って一人と二匹は眠る様な体勢を取るのだ。割り込もうと思えば割り込めるバンが眠るベットだが、バンと一緒に眠る趣味はには無い。


「じゃあ此処は…」

「バンとの部屋だ」


扉の前で呆然と立ち尽くすキングに、欠伸を噛み締めてチャーリーが答える。チャーリーは言うだけ言うと瞼を閉ざし、頭を項垂せればもう反応を示さない。困った様に視線を彷徨わせるキングに横になりながらは一息吐くと、起き上がる事もなく其の儘に窓際を目で指した。


「…窓際で寝たら?」

「え?」


気怠げに杖を振れば、クローゼットの向こうにある物置部屋から丈夫なロープと拳くらいの直径のある円柱の木が二本運ばれて来る。宙に浮くロープは一人でに動いて編まれて行き、木も幾つかのロープが通る程の穴を開けると、其の間に適度なサイズに長方形に編み上がる。両端に木に空いた穴が通って固定されれば、瞬く間にハンモックが出来上がった。其れを窓際まで飛ばし、窓の両サイドに設置されていた木に括り付ければ、夜空を見ながら眠れるハンモックの完成だ。


「良く見えるから」

「…ああ、星空?」


出来上がったハンモックに、に礼を述べてキングは恐る恐る近付いてハンモックに手を掛ける。主語の無い言葉を疑問に思いながらふと窓の外に視線をやれば、綺麗な星空が見えるも、其れより地面、眠るディアンヌの寝顔が見えて顔を真っ赤に飛び上がるのだ。


「え!!?ちょ、何で…気付いてたの!?」

「分かりやすいし」


明らかに動揺を示すキングに呆れ顔をしてやって、は次いでバンへと杖を向けてまた一振り。バンを中心に防音魔法を掛ければ耳障りな五月蝿いいびきは瞬く間に静かに消え受ける。電気の消灯も魔法で行い、光は窓から差す月明かりだけとなった。


「デ、ディアンヌには内緒だよ!?」


焦り上擦った声で訴えるキングは、逆光で顔が見えないものの顔を林檎の様に真っ赤にさせているに違いない。キングからの顔は見えているのだろうか。きっと見えているのだろう。


「わかってる」


微笑みを浮かべて約束を交わし、は杖を袖に仕舞い瞼を閉ざす。遠くからセクエンス戻って来る気配を捉えれば、扉が開く音がして、階段を登り何やらホークが喚く音と暴れる音が聞こえた。ホークがメリオダスをロープで厳重に縛り付けている頃だろうか。すっと静かに三階の部屋へと飛んできたセクエンスはの傍の壁に立て掛かる様にして停止し、一人でに扉が静かな音を立てて閉まる。下の階も静かになった。微睡む意識に抵抗はせず、夢の世界へと向かう。良い夢が、見れると良い。










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